勇者と悪魔契約者との激戦
ユクスとカザイの戦いが激戦になる一方、もう一つの戦いでは、とある変化が起きていた。
「おいもうやめろ! それ以上対価を払い続けると死ぬより酷い地獄が待ってるぞ!」
「うるさイ……うるさァァァァぁぁイ!」
そう咆哮するフウリンは、背中の羽を靡かせて衝撃波をシオンに向けて放つ。
それは漆黒に染まり、見るからに禍々しい攻撃だった。
しかし、その攻撃はシオンに届く事は無かった。衝撃波を真正面から文字通り切り伏せたのだ。
シオンがとった行動は至ってシンプルで、それはただの横薙ぎ。もしこれを一般人がやっても何も起きずに衝撃波に飲み込まれていただろう。
だが、それを勇者がやるとなると別物になる。光属性が常時付与され続けている聖剣。それはあらゆる闇をも浄化する神聖さえ持つとされており、その程度の衝撃波など、攻撃もろとも無力化できる。
「鬱陶しイ……鬱陶しいんだよお前エエエエエ!」
攻撃が当たらずに激昂するフウリンが吠える。
逆の立ち位置にいるシオンは打って変わって冷静沈着そのものだった。
戦いでは冷静さを欠いた方が負ける、なんて昔からのセオリーを大事に受け継いでいるシオンは基本的に戦場では冷静でいる。性格面では激情しがちなのだが。
感情を全面に出して言葉は放つものの、その感情に任せて攻撃はしない。どんなに憤怒していても、どんなに沈痛な思いを持っていても、それをシオンは絶対に【聖剣には乗せない】。
故に、剣の軌道がそれる事は無いし、無理な力を出して攻撃する事もない。
むしろ、それありきだからこそ勇者の称号を持っていると言っても過言では無い。
簡単そうに見えるが、これが出来る人間がシオンの他に何人いるのか……というレベルなのである。
さて、フウリンも今でこそ感情で動いているが、決してバカではない。
攻撃を繰り出しつつ、相手の動きを一つ一つ頭の中に記録しながら戦っている。
いくら相手が闇をかき消す光の使い手だとしても、闇属性は光属性に決して相性不利ではない。むしろ、互いに相性不利であり、同時に有利でもあるのだから。
そう、闇属性と光属性は互いに弱点属性である。
一方的にフウリンがやられているのは、相性ではなく単純に強さの差。もしくは、人間が生まれた時から持っている理性という能力が薄れかかっているからだろうか。
「私ハ……悪魔なンダ……。タリナイ……足りナイ……力が……タリナイ……ヨコセ……代わりに……私の全てを持っていけェェェェェェっ!!」
そして一瞬の鼓動。
当事者でないシオンすらも聞き取れたそれは――心臓の鼓動音。ただし、1つ。ドクンッ! と、大きな音を1つだけ。
だが、その音を後にフウリンの体はいよいよ人間離れをし始めた。
「……ああ、クソ。結局、お前はそうなるのか……。ダメだ、そこまで辿り着いてしまったら、私にはもう何も出来やしない。せめて、この剣で止めを刺す事を手向けとして受け取ってくれ……」
再びシオンは聖剣を両手で持ち、眼前にいた悪魔を睨む。
そう、悪魔。もはやフウリンは人間じゃなくなった。
人は悪魔と契約し、一定のラインを越えると救済が出来なくなる。その魂すら悪魔に売り捌くからだ。
フウリンの体は悪魔の羽に鋭い牙、鋭く尖った爪に蛇のように自我のある尻尾。着込んでいた服やらは膨れ上がって隆々となった筋肉によって千切られていた。
息を吐くように瘴気を出している口からは、最早人間が発せられる言葉は出てこなかった。
極めつけはその瞳だ。フウリンの琥珀の瞳じゃない。血と怒りに染まった朱の色をしている。そしてそれは小さな円形をしており、そこには眼球と呼べる物はなくひたすらに朱に染まっているだけだった。
もう人間じゃない。
悪魔だ。
現に、背後についていた悪魔ももう見えないでいる。
きっとフウリンの魂と融合したんだろう。それか、もうフウリンの魂は喰われてしまったのかもしれない。どちらにせよ、もうフウリンはこの世に居ない事は明白だった。
その事実にシオンの心は傷ついていく。
それは救えなかった人間を目の当たりにした勇者の性なのか、シオンの心の根底にある優しい感情故なのかは分からない。
変わってしまったフウリンに向かってシオンは駆け抜けた。視線は変わらず、空を舞った状態のフウリンに向けて。
ヒビが入る程に地を蹴りつけ、光を付与した聖剣の切っ先――その焦点をフウリンの眉間に狙いを定めて解き放つ必殺の一撃。
かつて歴代の勇者が天使と協力して、悪魔を退治したという逸話に出てきた剣技。
――名を【星を砕く一撃】。
名前の通り、それは一撃で星すら砕くとされた音速の突き。
その迅速な動きと圧倒的な破壊力を兼ね備えたその攻撃は、素直なほど真っ直ぐにフウリンの心臓の部分を突き穿つ。
だが、
「なんだと!?」
その攻撃によるダメージは無かった。
技のスピードも、動作も、狙いすら完璧だった。一つ一つの動作全てが完璧だった筈。
なら、何故攻撃が当たらないのか。
その答えは1つだ。
「……ヨウヤク出テコレタ。サテ、ハジメマシテ、カナ? 人間ノ勇者サマ?」
攻撃が当たる寸前、フウリンの体は水に溶けるように闇へ消えた。
その箇所だけ……今回は心臓とその周辺部分に物理判定その物が消えような光景だった。
シオンから見れば、一瞬で敵の体が水になったように思えたぐらい、それは不思議な光景だ。何かに触れたという感触さえ掴めなかった。正しく【無】そのものだったと思う。
だが、そんな芸当ができるには理由が必要だ。
そして、その答えはもうシオンの頭のなかにある。
そう、悪魔だ。
悪魔の力の影響だろう。
少なくともフウリンにあのように奇抜な能力やその類いは無かった筈だ。
「……ついに本体が現れたか」
「クケケケ、ヨウヤクコノ体ノ主が契約ニ応ジタカラナ、コウヤッテ表ノ世界ニ出テキタ訳ダ。アア、ソウイエバ自己紹介ガマダダッタ。コンニチハ、脆サダケガ取リ柄ノ非力デ愚カナ人間ヨ。私ハ避力ノ悪魔メフィリア。宣言シヨウ、貴様ノ攻撃ハ1発タリトモ私ニ当タリハシナイ」
指を指し、高らかに悪魔メフィリアは笑う。
明らかに感じる魔力は桁違いだ。それでも、勇者の持つ含有魔力の方が多いが、それよりも厄介なのがメフィリアの能力の方だ。
一撃一撃が強烈かつ重たい技が多い勇者にとって、攻撃が当たらないの事は致命的と言ってもいい。
(……さて、どう対処したものか……)
聖剣を構えつつ、脳内でこの戦闘をイメージする。
相手との間合い、自分の動くスピード、相手の動くスピード、敵の攻撃の予測、そんな様々な事象を脳内で予測して先手を打つ。
この緊迫した戦場で、勇者シオンはそれを堂々とやってのける。
もちろん、イメージに意識し続けると現実の動きが疎かになり、かといって闇雲に攻撃しても無駄なだけだ。意識は常に均等に配分される。
「範囲攻撃で凪ぎ伏せる! 【ホーリーレイ】!」
それはいつぞやのジャイアント・クラブキング戦で見せた光属性最高クラスの魔法。
上空から照り焦がす浄化の柱を複数出現させて攻撃する広範囲制圧に長けた魔法だ。
これなら1発程度避けられたとしても、残りの光の柱が悪魔を焼き尽くすだろうとシオンは考えた。
だが、シオンの予想に反して、アクマがとった行動は意外なものになる。
行動しなかったのだ。
ただそこにいて不気味に笑っているだけだった。
空から降り注ぐ光の柱に焼かれてもなお、依然とした態度で笑ったままだ。もちろん、普通の魔物なら触れた瞬間に存在が消える程の威力だ。少なくとも魔法の強さに関しては問題はない。
調子が悪かった事でもない。
その理由に【ホーリーレイ】によって、この迷宮を覆うように出来ていた森の一部が焦土と化しているからだ。
ならば、奴の能力とはなんだ?
今までの攻撃を避け続けている奴の能力とは一体何なんだ?
もう少しだけ、様子を見てみるべきか。
そんな事を思うシオンに、悪魔メフィリアは不気味に言葉を落とす。
「当タラナイ。当タルワケガナイ。私ガ人間ノ攻撃程度デダメージヲ受ケルト思ウナヨ。貴様ノ攻撃ハ私ニハ届カナイノサ!」
空中に浮いたままのメフィリアがケラケラと笑っていた。
見た目で分かるが、本当にダメージは与えていなかったらしい。
(……厄介な相手だな……。とっとと片付けてユクスの応援に行きたいところだが……)
ヒュンッと風切り音が鳴る。
それはシオンの顔の隣を掠めた何かの音。
振り向けば、地面に刺さっていた漆黒の羽が見える。
「外シタカ……。回避ダケダト攻撃ガ上手クイカンナ」
羽の殺傷力は高そうだ。
だが、回避に力を入れているせいか、攻撃に関しては素人と同じ程度。
(……付け入れる隙は少なくなさそうだな……)
そう、攻撃に関しては隙だらけだ。
そこに必ず弱点がある。
例えば攻撃の寸前とか。さすがに攻撃の最中に攻撃されれば回避は不能だとシオンは予想したのだ。
「確カニ私ハ攻撃ハ、カラッキシダガ、コレナラドウダ?」
メフィリアの羽が大きく開く。
漆黒の4枚羽が超満月を背に、メフィリアの全力の一凪ぎが行われた。
無音が一瞬駆け抜けたあと、遅れてくるのは強大な衝撃波。それはシオンが両足で力を入れて踏ん張らなければならない程の重さだった。
「コレナラ私ノ命中不安モ気ニナランダロ? 結構疲レルカラ、アマリヤリタクナイケドナ」
ケラケラ笑うメフィリアを下から睨むシオン。
その体には無数の切り傷が見られる。
衝撃波に混ざって、あのナイフのような羽も仕込んでいたらしい。
羽の攻撃により防具もかなり傷んでいるが、それでもまだ致命傷にはなっていない。
シオンはまだ諦めていなかった。
「……あの店主が言ってたのを思い出した……。ああ、こういう事か」
独りでにシオンは呟く。
それに反応するのはメフィリアだった。
「ドウシタ? 圧倒的ナ恐怖ノ前ニ、トウトウ精神ガ病ミ始メタノカ?」
「いや、昔に聞いた言葉が頭を過っただけだ。どうだ悪魔、聞くか?」
シオンの両目に火が灯る。
身体中に熱が電流のように駆けていく。
聖剣は熱で打たれた状態に戻ったみたいに力強く光熱を発していた。
「――死ななきゃ安い」
かつて筋肉ダルマと呼ばれた男がシオンに向けて言った言葉。
あまりにも拍子抜けしそうな言葉だが、その中に秘められた意味は深い。
敵を冷静に分析する時、必要になるのはどうやって時間を稼ぐか。いくらでも方法があると店主は言っていたが、その中でも最も簡単で誰でも出来る手段として、己の体を張ることが挙げられる。そう言っていた。
その言葉通り攻撃が当たる寸前まで、シオンは決してメフィリアから視線を外さなかった。
攻撃はくらってしまった。
だが、まだ動ける状態だ。
死ななきゃ安い、とはよく言うものだ。これは一般人には出来る芸当じゃないだろうに。
しかしまぁ、なんにせよ、だ。
「……悪魔メフィリア。ようやく貴様を討つ算段が取れた。覚悟しろ」
その言葉には、メフィリアですら後ずさるような低く重い感情が乗っていた。
「……次の攻撃は絶対に当たるぞ」
勇者の鋭い視線が、今度こそ完全に悪魔を捉えていた。




