魔族王子と交渉の場
連れてこられたのは、前までの部屋のさらに奥にあった部屋。
以前の2つの部屋と違い、ここには照明がちゃんとあり、それは暗闇に慣れていた俺の目が痛くなるぐらいであり、明らかにこれまでの部屋とは違う。
言うなれば、その部屋は会議室のようで、横に長いテーブルにそれぞれ椅子が設置されている。
この部屋の光景に唖然としていると、ただ無言でカザイとその部下は椅子に座る。
俺はまだ、立ち尽くしたままだった。
「……どうしました? どうぞこちらへ座ってくださいよ。簡単な物もご用意可能ですので」
「……随分と気前がいいんだな。何を企んでんだよ」
「……企む? 別に、そんな事を考えずとも、あなたは喋ってくれるのでしょう? それとも、話す気が無くなりましたか?」
そうカザイが告げると、隣にいた部下が俺をキッと鋭い目で睨んできた。
この部屋は出入り口が1つしかない上に、前の部屋にもカザイの部下は忍んでいる。
はは、これじゃあまるで……。
「……選択肢が1つしかない言い方しやがって……」
「……勘違いをしないでいただきたいのですが、この場はただの休憩所兼、会議場所。話し合いをする場所でもあるんです。さぁどうぞ、向かいの席へ」
「……いいよ、あんたが欲しがってる情報を与えてやる。その代わり、条件が2つある」
「……その発言は、時と場合を考えてから言って欲しいのですが、まぁその度胸を認めてあげましょうか。いいですよ、聞くだけなら、ね」
「まずは俺から情報を拾ったら、すぐに俺をここから出してくれ」
「……二つ目は?」
「あの亜人達を解放しろ。あいつら全員、恐怖心が染まっていた。カザイ、お前は一体何を……」
すると突然、カザイは笑い出した。
俺の話を割愛するように、いきなりだ。
俺は別に面白い話なんてしてないがな。
「ああ、これは失敬。まさか、そんな言葉が貴方の口から出るとは思いませんでしたから」
「……どういう意味なんだよ、それ」
「いえ、気にしないでください。こちらの話ですので。――ええと、それで条件の方ですが、何度も言うようで悪いのですが、本当にこの場所がどういう所で、それが何を意味しているのか分かっていながら、それを仰ったのですか?」
「……ああ、そうだ。俺はこれでもな、あんたの事を少し調べてきたんだ。あんたがまだ、商人だった時のあんたを、信用している」
そうだ。
俺は、ここに来る前に、通りの方でちょっとした聞き込みをしてきていた。
それも、ロイズの指示だ。
必ず聞き込みをしてから行った方がいい、と真剣な表情でされたのだから、それほど重要な事だろうと俺は察していた。
そして実は、カザイという男の事を、ロイズは知っていた。
それは、かつてこの商業都市の発展に尽力を注いでいた一族の一人であること。
彼の一族は、物を売るというより、物を作る事に長けていた。彼らが作るものは大陸全土で有名になり、この都市の発展に一番貢献した人物でもあった。
だからだろう、カザイを調べてから行けと行ったのは。
ロイズは俺とカザイが、このような交渉の場で席につく事を予想していたんだ。
なぜ予想かできたのかは、至って不明瞭な点ではあるけど。本人は商人としての勘、何て言ってたが、さすがにこうも具体的に事が進められてるのだから、どこかで裏がとれていたんだろうか。
まぁ、理由はこの際置いておく。
まずは眼前のカザイの事だけを考えろ。
「……ふむ、さてはロイズ辺りからそう言われたんでしょうかね」
「……どうでもいいだろ。少なくとも、俺は今のあんたじゃなくて、商人だった時のあんたを信じている。ただ人のために、この街のために必死だった頃のあんたを」
「……でもそれは過去の話ですよ。私にとって過去に意味はない。私はずっと、前を……未来を見て生きてきた。だから、研究者になった、そして今、明確な目的がある。私は、それだけで十分すぎるんですよ」
ですが……と、カザイは話を繋げた。
「……過去に意味は無いが、それは事実でした。今は研究者としてのカザイですが、確かに商人だったカザイもいた。――不思議ですね、今、私と貴方の間には明確な対立軸がある。にも関わらず、私は貴方の言葉で何故か懐かしい気分になっている」
カザイは話した。
何故かそれは、嘘じゃないと断言できた。
「……いいですよ、貴方の条件は2つとも飲みましょう。元より、研究対象が見付かった今、あの奴隷には何の価値もありません。貴方の話を聞き終わり次第、奴隷契約を破棄しましょうか。ただ、私は破棄するだけで、アフターケアは一切致しませんので」
「……交渉成立、だな」
「……ええ、こちらが一応、同意書になりますが、必要ですか?」
「いや、いらない。あんたを信じてるからな。そんなものに頼らんでも、大丈夫だろ」
そう言って俺たちは少し笑った。
カザイの隣に座っている部下の女の子――確かあの夜にフウリンと呼ばれていたような……――が、俺達の笑いあう姿を見て引いていた。不気味なんだろう。端から見ればそう映ると思う。
今だって、絶対に対立している二人がいきなり互いを信じようとしているのだから。
だからこそ、俺はカザイに嘘偽りなく話をした。
「……俺はあの夜、助けられたんだ。他でもない、カリーナ本人に……」
カザイの目は真剣だった。
隣のフウリンはメモに俺の話を記録している。
話ながら、俺も考える。
ただ、俺はカリーナに助けられただけの話をしているだけだ。ただ、それだけの事。なのにその事実は、カザイを震撼させるに相応しい言葉だったらしい。
何故だ?
あの時のカリーナは意識が混濁していた。1つの体に、暴走したカリーナと、通常のカリーナがいた。
それは、幻兎族だからじゃないのか? あの資料を見るに、超満月の起こる日に覚醒すると記載されていたなら、覚醒したカリーナと通常のカリーナが居ても可笑しくはないだろう。
では何故、この情報を欲しがっている?
きっとそれは、資料にすら残せない、それこそカザイの目的に必要な事だと思う。
カザイはまだ隠している。
でも、今カザイを疑う話は出来ない。
これ以上は踏み込んでは、絶対に帰ってこれない。
俺に勇者みたいな、強力な力があれば、この場を切り抜ける事が出来るんだが、そんな力のない俺は、せいぜい敵の力を借りて脱出する他ない。
ここでの情報収集はここまでが限度か。
「……つまり、その時はあなたのよく知る女の子だったと言うわけですか?」
「……そうだ。あの時のカリーナは本当だった。俺を、助けてくれた。ただ……」
「……ただ?」
「とても苦しそうだった。何かを抑えているような、そんな顔だった」
「……そうですか。やはり……彼女こそ……」
そう呟いた言葉を、俺は聞き逃さなかった。
「……彼女こそ? それはどういう……」
「……何でもないですよ。此方の話ですので」
聞かれるとマズイ話だったらしい。
目的の核心部分を突くような言葉だったか。
「まぁ、必要な情報でした。かなり時間を有意義に使えた事を感謝しますよ、ユクスさん」
「……お前、名前……って、そりゃ俺ぐらい知ってても普通か。大々的に言われてるらしいし」
俺がそう言うと、カザイは徐に立ち上がり、指を鳴らした。
すると、俺の座る椅子の背後に、前の部屋で折檻されていた筈の亜人族の奴隷達がいきなり現れた。
俺は、驚きを隠せなかった。
カザイが使ったのは、高位の魔法だ。空間系の魔法。魔族はともかく、人間でそれを扱えるのは多く見積もって《二人》程度だと、俺は師匠から聞いている。
しかも、この魔法を使える見込みのある人間も、何十年もの鍛練をしてようやく使える筈なんだ。
商人をしていたカザイに、それを扱うための鍛練をする時間なんて無かった筈だ。
おかしい、何故使えるんだ……?
「それでは、外まで送りましょうか。その子達をよろしくお願いしますよ」
ハッと我に帰る。
素早く、首だけを後ろに回して奴隷達を見る。
その誰もが困惑していた。
いきなり連れてこられた事、足についていた枷が無かったこと、そして、喋られるようになっていた事に対して。
「……あ、あの……」
一番俺の近くにいた元奴隷の少女が俺に話しかけてきた。
小麦色の髪の長い少女だった。
まぁ、少女と言っても、見た目からして彼女が一番年齢が上だと思うけれど。シオンとか俺とかと年齢は変わらないと思う。
「……君達は、自由だ。安心してくれ」
「……え、自由って……」
まだ、状況はわかっていないらしい。
当然と言えば当然なんだろうが。
「……カザイ、頼む」
「……ああ、承知した」
そう言うとカザイは、右手を自分の前に出す。
何かの詠唱をした後、魔法を唱えた。
直後、空間に穴が開き、俺達を飲み込もうと、それは次第に大きくなった。
「ではまた、出来れば私の計画が終わったぐらいにまた、会える事を楽しみにしていますよ」
カザイの言葉と同時に、眼前の空間の穴は俺達を飲み込んだ。
飲み込まれる直前、俺はしっかりと見た。
白衣を着ていたカザイの背後に、黒い翼があったことを。
白と黒、対照的な色であり、だからこそ目立って見えた。何か、パズルのピースが少しずつ合わさっていくのを感じていた。
◇
何かに揺さぶられ、俺は目を覚ました。
そこは、下水道の道……ではなく、建物と建物の間の暗い道だった。
しかも俺はゴミ袋にかこまれて寝ていたらしい。
そして起こしてくれたのは、あの元奴隷の少女だった。
「……あ、あの、お怪我はありません……か?」
肩を回したり、首を鳴らしたりして体の異常が無いかを確かめる。
「……大丈夫みたいだ。あ、起こしてくれてありがとうな」
「い、いえ、お礼を言うのは私達の方ですから……そんな……」
目を向ければ、少女の後ろには少女よりも体の小さい女の子達が不安そうに俺を見ていた。
リラちゃんと同じくらいの少女や、ちょっとだけそれより年上の女の子ばかりだ。
共通なのは、皆が皆、同じ髪の色をしている事。
「……君達は……もしかして、天弧族……か?」
「……はい、私達は皆、天弧の一族です……」
天弧。
幻兎族と同じく、月から力を供給する事ができる一族だ。
幻兎族と違い、超満月の影響は無い事が確認されており、それ故に天弧族は人間に対して危険性は見られないとされ、禁忌の一族には認定されなかった。
確かに、カザイの目的が幻兎族ならば、同じような能力を持つ天弧族をも調べるのは、研究者として当然の事か。
「……何か、カザイからされなかったか?」
「……色々と体を触られたり、月の光で魔力を溜めるのを間近で観察されたり……しました」
「……あー、うん。なるほどな。ごめん、変な事聞いて」
「……いえ」
思ったより酷いことはされてないか。
いや、本人達にとっては相当酷いことをされているのかもしれないか。ちょっと反省。
「あ、あの、これから私達は……どうなるのでしょうか……」
「ああ、多分、大丈夫だ。心配するなよ。ここが街の通りのどこかなら、あと少しでアイツが来るからな」
「……え? それはどういう……」
その声は、新しく来た声によって書き消された。
そう、ここが地下水道とか、そう言った地下にある場所じゃなければ、あの道具を使って俺達の場所を知らせることが可能だし、あとコイツの足の早さは俺の師匠の予想すら上回るしな。
「ユクス! 大丈夫か!? 無事か!? 無事なんだな!?」
流石、勇者。
仕事が早いじゃないか。
メインストリートの道から勇者が現れた。
太陽を浴びながら走ってきた為か、額には汗が垣間見えた。
「ああ、何ともない。けど、ちょっとした事件があってな、この子達、どうにかできない?」
「彼女らは……」
「カザイに捕まってた亜人の子達。なんとか解放させてきたけど、これからどうするか考えてなかった」
え? と天弧族の女の子が驚きの表情を見せた。
無計画だったのは謝ります。すいません。
「全く、少しは考えてから行動しろとあれほど……」
「気付いたら勝手に行動してた……じゃ、理由にならないか?」
すると勇者は口許を抑えて、ふふっと笑った。
その笑顔は、後ろの太陽光に負けず劣らず輝いていた。
「だんだんお前も、勇者パーティーに染まってきたんじゃないのか?」
冗談混じりに勇者が言う。
俺はゴミ袋達から体を起こした。
「……勘弁してくれよ、全く……」




