魔族王子と研究施設
カザイの研究施設は、この街の工場区の外れの方、寂れたゴミ捨て場の地下にあるらしい。
ロイズの情報によれば、少なくとも少数精鋭の部隊ではなく、もう少し多くの人員がいるとの事。
俺の目的は2つある。
1つは、施設に忍び込み、カザイが何をしようとしているのかを知ること。それが悪いと思える事ならば止めなければならないし、カリーナが関わっているなら尚更だ。
もう1つは、カザイが自身で言っていた通り、奴は俺以上に幻兎族を知っている。もしかしたら、その情報を知ることが出来るかもしれない。その情報を入手する事も目的の1つになる。
この潜入捜査にシオンの援助は無い。
なんでも、ロイズがシオンにやって貰いたい事があるとか何とか。
その直前に貸しを作っていた為、それを拒否することが出来ず、プクッと頬を膨らましながら嫌々とロイズについていった。
去り際に、ロイズが俺の耳元で『後はよろしくね。便りにしてるよ』なんて言ってきた。
もしかして、俺が何をしようとしてるのか、ロイズには分かっているんだろうか?
彼女の情報網は並みじゃないしな。カザイの事も既に分かってたり、してな。そりゃないか。
どちらにせよ、シオンが来ないという事に関しては、メリットでもあり、同時にデメリットでもある。
デメリットは言わずもがな、戦力が大幅に下がること。俺一人でやるにしても限度はあるし。
メリットは、動きやすくなる事と、シオンに幻兎族の事を悟られる心配がなくなること。
このメリットなら、デメリットを上回ると思い、俺は行動に移したのだった。
そして今、カザイの研究施設の前に来ている。
それは、一見してもただのゴミ箱。鉄で出来た、この辺では珍しくない、ありふれたゴミ箱。
そのゴミ箱の中、恐らくはゴミが入っているだろう黒いゴミ袋を全部退かしてみる。
そうすると出てきた出てきた。
地下へと続く隠し通路の入り口が。
「……ベタだけど、確かにこの位置じゃ監視カメラに映ってないんだよな」
この位置取り、狙ったかのような絶妙な場所である。
俺は意を決して隠し扉に手をかける。
重い音を立てて扉が開かれた。
闇の中に吸い込まれるかのように中へ侵入した。
「っと、地下水路みたいなとこだな……。下水が流れてやがる」
左右に石で出来た道と、その間の水路で出来た道だった。
おそらくここは、この街の地下水路だろう。
カザイはここに研究施設を作ったのか。
左右の壁にあるランプは弱い力で光を放っている為、かなり薄暗い。
とにかく道を進んでみる。
暫くはこの水路が続いていた。
そして俺は1つの扉を見付けた。
「……この扉、魔法で強化されてるな……。偽装魔法と防御強化か……。魔力が低い奴には見付けられない訳か」
偽装魔法はその付与具合で偽装の効果が変わる。
魔力を付与させ続けて強化すれば、その付与した魔力量を持った人以下の奴には見付けることが出来ない。
ちなみに俺自身にも強固な偽装魔法をかけてある。魔導書に書かれてあった古代の魔術も駆使してあるので、高位な魔法使いですら俺の真実を暴くことは出来ないだろう。
この扉もかなり強化が施されているが、俺の魔力は魔導書によって強化されているため、俺を欺く事は出来なかったようだ。
もう1つの魔法強化は防御系。
こちらは単に地震などの災害等で扉が破壊されないようにしているだけだろう。
いくら強度を上げようと、俺は別にこの扉を破壊する気はないからな。
魔力で強化された扉なら、簡単な魔力操作でこじ開けられる。
俺はこの解錠作業を幼い頃に叩き込まれたからな……。なんでも、魔力操作の練習には丁度いいとか言われて。ちなみにこの解錠方法はマジックピッキングと言われているらしい。誰が名付けたのかは不明です。
「……さて、入るか」
扉を難なく開けて、ついに敵の本拠地へと踏みいった。
「……ここも結構暗いな……」
外の水路よりはマシだが、ここも光が弱い。
本当に研究なんて出来るのかと思ってしまう。
ともかく、詮索だ。
何か奴の目的を掴めるような情報が欲しい。
そして本音を言えば、幻兎族の詳しい情報が欲しい。
まずはこの部屋を探してみるか。
研究施設と言うだけあって、本やら資料やらがその辺に散らばっている。
辺りに人の気配は無いから遠慮なく探しますか。
薄暗いけど、結構夜目が効く方だし、好き勝手させてもらおうか。
暫くこの部屋を探してみたが、手に取って見ている資料やら本やら、その全てに共通してとある事が関連している。
「……吸血鬼、禍津神、幻兎、魔族堕ち……他にもあるが、これって全部……禁忌の一族だ……」
つまり、カザイは禁忌の一族全てを研究していたのか?
そしてその中のひとつ、幻兎族を手始めに……って感じか。
……いや手始めに、ってなんだ。
そうだよ、あいつは何をしたかったんだ?
結局のところ、あいつ自身の目的が分からない。
カリーナを捕まえてどうしようとするんだ? 単にコレクションって訳じゃ無いだろうし。
その辺ももう少し探ってみるか。
「ん、これは……幻兎族の資料か」
ふと手に取った資料が幻兎族の資料だったらしい。
いや、ちょっと語弊があるな。
いままでにも幻兎族の資料はあった。だが、これは今までの資料のまとめみたいなものらしい。
それはこのような物だった。
《幻兎族。禁忌の一族。人々から恐れられたのは、今から約300年前の人間と魔族による大戦争の時の事である。月が出ていれば、無限に魔力を補充出来る特殊能力に加え、特殊な状況下における覚醒能力。これらの要因から、その力を人々が恐れて禁忌の一族に指定されたとされている》
《しかしながら、人間と魔族による大戦争では、幻兎族の部隊の戦果は大きいものであった。特に、通常の人が疲弊している夜時間の間、月の力を得た幻兎族が居なければ、人間の部隊はすぐに瓦解していたと言われている。》
《超満月について。超満月とは、二日間続く特別な満月である。不定期にそれは発現し、1日目を前月、2日目を後月と言う。その満月は通常の人には普通の満月として見えるが、幻兎族、あるいは覚醒状態にある幻兎族の近くにいる場合に限り、それは目に映るようになる。
前月では幻兎族の近接戦闘能力が強化され、後月には魔法攻撃強化が付与される。後月の際、額に1本の角が生えてくる。月からの魔力をこの角を媒介にして供給しているものと思われる。
また、覚醒状態に陥ると、自我を保つのが難しくなる事が確認されている。強大な力を得る代わりの代償だろうか。私はこの現象について調べたのだが、1つの仮説が浮かび上がった。》
《大戦争の際、自我の狂った幻兎族は、もしかしたら敵である魔族だけでなく人間にも攻撃したのではないだろうか。自我のコントロールができないせいで、夜営している人すら襲ったのではないだろうかという仮説だ。それならば、禁忌の一族になる理由にもあり得る。》
《最後に、禁忌の一族である幻兎族の角について。この角を折る、もしくは額から抜かれると、幻兎族は途端に死ぬ事が確認されている。つまり、力の鍵であり、同時に自身が死ぬデメリットにもあった。そしてそれは、貴重な武器の素材にもなる。幻兎族の角を使った杖を闇市場で見たが、本来の力よりもかなり抑えられていたが、永久的に月から魔力を供給される能力があった。この事から、私の目的の1つを達成する事が出来ると見て、引き続き研究を続けていこうと思う》
以上だった。
それが、カザイの研究資料の全てだった。
明確な目的は綴られていないが、幻兎族の情報は手に入った。
そして、恐らくは幻兎族の角を使った何かの開発がカザイの目的なのだろう。
つまり、カザイの目的はカリーナの額の角……になるのか? 確かに、最初に襲われた時はまだ1日目の前月だった。そして1日立った今日は後月。
まだ夜になってないから覚醒状態に陥ってないとはいえ、それは逆に危険なのでは無いだろうか。
あいつもあいつで簡単な自衛なら出来るだろうが、昨日みたく大人数で襲われれば呆気ないものだろう。只でさえチャラ男にタカられていた時だって怖がってたしな。
じゃあつまり、この仮説が正しいとするならば、昨夜の襲撃は様子見って事になるのか?
逃げるために俺を囮に使った、とするならば、相手は手段を選ばない事になる。
となると危ないのは、カリーナ、だよな。
「……今は……何時だ?」
俺は時計を探す。
資料の棚と棚の間に小さな壁掛け時計があった。
それによれば今はまだ昼の2時。月が出る時間にはまだまだ余裕がある。
「……早いとこ、この施設を詮索して出るか。満月が出るより早くカリーナに会わなくちゃな」
会って、話がしたい。
カリーナの真の目的をも、俺は知りたかった。あれほど勇者に固執した理由を。
きっと、禁忌の一族とも無関係な話じゃ無いんだろう。
カザイが動く前に、カリーナを守らないと、最悪な結末を迎えることになりそうだ。
「……ここでやることは終わったか。奥の部屋、行ってみるか」
このフロアには人の気配は無かった。
だが、次の部屋はどうだ? まだ分からない。
細心の注意を払って進もう。
奥へ続く扉がギギギィ……と低い音を立てて開かれる。
予想以上に重い扉なんですけどーっ!?
ば、バレてない……よな?
「……さっさと探して……おい、なんだここ」
それは、研究施設……というより、実験施設だった。
円柱状の水槽に、捕縛された魔物や動物、はたまた人までもが浮いていた。
また、頑丈な檻の中には、重りのついた鎖に繋がれた亜人族が沢山いた。
そして、水晶に映し出されている映像は、大きな魔物が人や動物を食い散らかしているものが流れている。
なんだ……ここ。
異質。異彩。
明らかに、違法だ。
これを違法じゃないとしてなんになる。
魔物はともかく、亜人族達は誘拐なんじゃ……ないのか?
「……人間の、する事かよ」
思わず口に出していた。
目に映る光景は、あまりにも現実味を感じないものばかりだった。
立ち尽くした俺が次にとった行動は、亜人族達の檻に向かう事だった。
「……おい、無事か?」
「………………」
返事はない。
視線は俺に向けているから、自我はちゃんとある。もちろん、この檻の中に居る全員。
「……喋れないのか?」
こくり、とそれぞれ首が動く。
そして、俺との距離が一番近い亜人族が肩の描かれた紋章を見せてくる。
「……奴隷の……紋章か。そうか、奴隷だから、主に喋ることを禁止されているんだな……」
また、こくりとうなずいた。
とうとう分からなくなった。
カザイは何をしようとしてるんだ?
まさか、人体実験なんかじゃ……。
奴隷だって、檻に繋がれてるし、一体全体、何のために……。
その時、この部屋の最初に見た、水晶の映像が頭の中にフラッシュバックする。
…………いや、まさかな。
だとしたら、相当なイカれ野郎だ。
悪いが、亜人達は俺にはどうする事も出来ない。
勇者なら、こんな時はどんなことをしようと、亜人族達を助けることに尽力していただろう。
だが、俺は冷たい性格なんだ。俺が今何をしようと、ここにいるコイツらを助けることは無理だ。
奴隷契約をいじる力はない。俺にもっと魔力操作の力があれば余裕なんだろうが……。
いや、1つだけ、あるな。
奴隷契約を無くす方法が。
「……カザイを……殺す……か?」
それは、主人そのものを無くす事。
つまり、そいつが死ぬことによってできる契約破棄。それなら、誰だって出来る。
出来るんだが……。
「……私を殺す? やめたほうが良いと思いますがね。無駄だということを実感するだけで、かなり時間の無駄になるでしょう」
背筋が凍った、気がした。
背後から聞こえたその声に、思わず肩が震える。
「……カザイ……ッ!」
「……ふむ、私は割りと有名になったらしい……。おや? 見た顔ですね。それも随分と最近に……」
「カザイ様、昨夜、幻兎族と行動を共にしていた男かと思われますが……」
「……ああ、彼か。と、すると……あの晩、君は生き残った、ということになりますか……。さて、困りましたね、どうやって君が生き残れたのか、私は実に興味が沸いてしまった。是非、詳しくお聞かせ願いたい」
側近と思われる女性も、カザイの背後からやって来た。
「……断る、と言ったら?」
「……私はね、自分の目的のためなら、この命を悪魔にさえ捧げる所存でね、どんなことをしてでも為し遂げるんですよ」
顎に手を当て、面白そうにカザイは言う。
「君の話は実に興味深い。今の私の研究対象である幻兎族と必要以上の交流経験を持つ君の話は大変有用だろうと思う」
そして、俺に向かって言い放つ。
「……まずは状況を見てもらいたい」
水槽の裏、亜人族の檻の上、天井、カザイの背後、そんなありとあらゆる場所から、昨夜見たような人影が現れた。
カザイの……部下達か。
「その上でもう一度君に問いましょうか。私と話をしませんか?」
全て、手のひらの上で踊らせれているような気分だった。
俺がここにくるのも、幻兎族の資料を見たことも、全部がカザイの計算通りなのだろうか?
だが、この状況、否定したらすぐに死ぬ。
魔法も、詠唱はおろか、無詠唱でも一人ダウンさせたぐらいで状況は変わらないだろう。
選択肢は、1つしかなかった。
「……分かった、話をしようか」
「ええ、英断だと思いますよ。命は代わりがありませんからね」
そんな怖いことを口ずさみながら、カザイは不気味に笑った。




