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魔族王子と満月の夜 2

 俺はその日、初めて殺戮という言葉を知ったんだと思う。

 何十人もの、屈強な男達を軽々しく殺して回る化け物を見たからだ。

 月明かりがまた、化け物に付着した鮮血を照らす。

 風の無い時間に、響き渡る数多の断末魔。


 ――悪魔だ。

 目の前にいるのは、人の姿をした、悪魔だった。


「ああ、あの華奢な体で、どうやって人を殺す事が出来る程の腕力を持っているのか……、そしてあの艶かしく、吸い込まれそうな深紅の瞳にはどんな効力があるのか、ああっ! 考えれば考える程、研究材料が増えていく……! くくく、あはははははっ! 私は今、最っ高に満たされているつ!!」



 その悪魔を目の前にしても、どこまでもブレない男がいた。


「カザイ様! これ以上は危険です! 部下達に撤退の命を!」


 男は、カザイと言うらしい。

 そしてその、カザイという奴の側近らしき女性が、何やら物申している。


「はぁ、はぁ、はぁ……確かに、無駄に部下を失うのも面白くはありませんね。ここは1度引いて、捕縛の対策でも練りましょうか。今ある物では捕縛なんて出来そうにありませんしね」


 カザイは切り裂かれたロープを見ながらそう言った。


「フウリン、撤退の準備を」


「はっ! 撤退命令! 直ちに撤退せよ!」


 そう言うと、次々に部下は森の中に身を隠すように散り散りに逃げていった。

 勿論、逃げていく人達をみすみす逃がす程、眼前の彼女は優しくはないらしい。持ち味のその恐るべき素早さを用いて、次々に首を、胴を、その身体を斬り伏せていった。


 今でも、俺は目の前の光景を信じることが出来なかった。

 悪夢、そう悪夢を見せられている気分だ。


 既に骸になった人間に視線を向ける。

 これを、あのカリーナがやったんだという、その実感が沸かなかった。

 商人試験すら、まともにできないバカなあいつが、これをやったなんて……。


「まぁ、貴方には不幸だったとしか言えませんね。どのみち、私の顔を知ったのですから、生かして帰そうとは思ってませんでしたが、まぁ、私達を逃がすための囮になってください」


 カザイはそう言うと、俺に背を向けて歩き出した。


「大丈夫、明日までこの満月は続く。明日の夜、また来ますよ。貴方が囮という使命を全うしたのなら、その場所に墓でも建ててあげますからね」


 そして、本当に闇に消えていった。

 消えていく前に言っていた、明日まで、という言葉。

 ああ、そうか。だから、あいつもあと2日は大丈夫だと言ったのか。確かに、この状態なら、簡単に安全に夜を越せる筈だからな。


 カザイの部下も、殺られるか、逃げ延びたかのどちらかだった。

 だが、この短期間で死んでいった者は少なくなかった。

 周囲に人が居ない事を察知したのか、眼前のカリーナはその表情を曇らせる。


(……幻兎族、特定の満月の夜に、自身の潜在能力を極限まで引き出せる能力を持った禁忌の一族、か。確かに、禁忌にさせられる理由も分かったぜ)


 俺は、昔に教えてもらった、禁忌の一族の情報を思い出して考えた。

 危険なんだ。

 単純に。

 誰もが恐れるさ、誰もが怖がるさ、そして、誰もが近付かなくなるさ。


(というか、色々と語ってるけど、俺これヤバイのでは? 折角、ヤバい事から逃げたしたくてこの場所に来たのに、それ以上のヤバいことに巻き込まれているのでは?)


 何故だか、凄まじい身の危険を感じ、盛大に冷や汗をかいていると


「……あはっ♪」


 あ、やっべ。

 カリーナと目があった。

 相手の方は、久々に出会った恋人を見るような、そんな可憐な表情を作っていたが、これまで俺が感じたことの無いような強い殺気を隠せていなかった。

 周囲に倒れている遺体の上を容赦なく踏み荒らしながら化け物はゆっくりと近付いて来る。


 動こうともがけど、ロープで縛られていて動けない。

 マズイ、非常にマズイ。

 咄嗟に出てしまったのが運の尽きだ。この広大なダンジョン、その一辺でしかないのだ、ここは。

 誰もこんな場所に俺が居るなんて知らないだろう。

 一体、誰が助けに来てくれると言うんだ。

 声ひとつ出せないこの状況下で……。


(クソッ! 無駄に固いんだよこのロープ! 無詠唱程度の炎の魔法じゃ焼ききれねえ!)


 これ、タオルには魔法効果を弱める効果がついていて、ロープの方には魔法耐性でも付いてやがるな!?

 絶体絶命だ……。

 もう、本当にダメだ。




 ――殺される!!!




 俺が、心の底からそう思った瞬間だった。





《対象ノ生命活動ヲ脅カス程度ノ危険ヲ察知シマシタ。緊急用即事魔法ヲ展開。出力――1。魔術名【守護騎兵】発動》



 声が聞こえた。

 それは、どこか人工的に作られた、感情の籠っていない機械的な声だった。

 どういうことなんだ? という疑問より、どこから聞こえてきたんだ? という疑問の方が先に脳裏を過る。


 答えは、背中。正確には腰の方なんだが、確かにその場所なら1つ見当がついている。


(……魔導書か……!)


 そう思うより早く、それは出現した。

 黒の甲冑を纏った騎士が2体現れたのだ。

 ……だが、生気が感じられない。

 大きなバスタードソードを構えている分には、そこそこ様にはなっていたが、よく見れば、甲冑の中は空洞だった。

 この甲冑は、文字通り魔力によって精製された、謂わば魔力の化身、精霊に近いものだと思われる。


 その甲冑を見て、ニタリと笑ったカリーナが、太刀を構えて突っ込んできた。

 そのまま太刀を振り上げ、力一杯、その太刀を甲冑の頭頂部をめがけて降り下ろした。


 ガキィィンッ!


 それは、鉄と鉄が混じり合って出来た音だった。


(……おいおい、嘘だろ……?)


 俺は目の前で起きたことを一瞬だけ理解できなかった。

 軽く振り回しただけで命を消すことのできる力を、あろうことか、黒の甲冑は真っ向から受け止めたのだ。


 相手も驚きを隠せず、歯噛みをして後方へ飛び移った。


《魔力消費量30%。残リ70%。推定稼働時間、10分》


 また声が聞こえたが、その内容を聞く限りでは、甲冑とカリーナ、そのどちらもが化け物並だと思う他無かった。

 一撃で甲冑の魔力を30%削ったのが大きいのか、逆に30%で抑えられた甲冑側がすごいのか、もう俺には分からないのだが、どちらにせよハイレベルな戦闘だということは分かった。


 甲冑は2体出てきたが、1体は俺の少し先でバスタードソードを構えたまま動いていない。

 恐らく、1体は後衛、もう1体は前衛の振り分けになっている。


 だが、後衛がバスタードソードのみでなんて、後衛としては効果が薄い気がするけど……。

 なら、前に出て2対1で数的有利を取った方が強いんじゃ……。


 俺がそう思うと、微動だにしなかった2体目の甲冑が、突然動き出した。

 砂埃が舞うほどの脚力で走り、1体目の甲冑の増援に向かった。


(もしかして、俺の思った通りに動くのか……?)


 それならば、今の不自然な動きにも納得がいく。

 そして、1度は敵無しかと思えるほどの強さを見せつけたカリーナだが、流石に甲冑2体の相手は難しいらしく、次第にその表情が曇っていく。


 そしていつしか、お互いがカバーし合っての、一切の隙を見せない完璧な動きにカリーナは防戦一方になっていた。

 段々と後退していくカリーナに、ついに容赦のない一撃がヒットした。

 切り裂かれたのは右肩辺り。

 

「くぁッ!」


 と、悲鳴を漏らすカリーナ。

 鮮血が舞い、それが返り血となって甲冑に付着した。

 それを月明かりが照らす。

 中が空洞になっている伽藍がらんの甲冑だが、その動き故に本当は魂が宿っているのではないかと思えてしまう。


 これは……行けるのでは?

 形勢逆転だ!

 動けない程度にダメージを与えれば……。


「…………ふふ、ふふふふふふ」


 ああ、そう上手くは行かないらしい。

 何やら肩を斬られた彼女は、その傷口に手で拭い、手に付着した血痕をペロリと舐めた。

 そして、もう何度目になるだろうか。

 彼女が不気味に笑う。


「あははははっ! 死んじゃえっ!!」


 それが、カリーナが幻兎族に覚醒してから初めて笑い声以外で放った言葉だった。

 大地が割れるほどの脚力で駆け、太刀を両手で構えて降り下ろした。

 先程と同じようにバスタードソードを構えて受け止める体勢になった甲冑。

 そして、次第にお互いの刃と刃が重なり……


 バキィィンッ!!


 と、今度は鉄が砕ける音がした。

 

(……マジかよ……)


 俺が呆気に取られる程、それは衝撃だった。

 砕けたのは……バスタードソードの方だった。

 カリーナ、彼女が今回、初めて太刀を両手で降り下ろした。それが理由なんだと思う。

 本来、太刀のような刀身の長い武器は、片手で戦うようには設計されていない筈。

 軽々しくカリーナは片手で戦っていたが、感覚が麻痺していたようだ。それ、異常な事だったな……。


 カリーナはバスタードソードを文字通り割った後、一瞬の隙すら与えずに甲冑を縦に斬り伏せた。真っ二つに甲冑は裂かれ、魂を失ったように鎧は崩れて床に転がり落ちる。

 

 それだけでカリーナは止まらない。

 止まらず、そのまま2体目の甲冑を、あろうことか、同じく両手持ちで太刀を凪ぎ払うように一撃で仕留めたのだ。

 俺は、その流れるような見事な動きに見惚れさえしてしまった。


 この場に静寂が訪れる。

 大木にロープで縛られ、タオルで口を塞がれ、身動きも、魔法を唱える事すら出来ない俺を、カリーナが見据える。

 息遣いが荒いことと、すぐに動こうとしない所を見ると、それなりに消耗はしているらしい。


 それでも、俺はこの通り動けないからどうする事も出来ないんだがな。

 ……魔導書、他に何かないのか!? 今度は騎士じゃなくてドラゴン呼んだりさぁ!?


《回答。只今、一時的ニ魔力補給ノリンクヲキラレテイマス。必要ナ魔力ガ足リマセン。蓄積魔力量0》


 会話可能なのかよ。

 じゃなくって、リンクが切られている? いや、リンクした記憶もないけど、まさか手にとって開いた、あの時に自動でこの魔導書と繋がったのか?

 いやいや、そういう事でもなくて、何が言いたいかって言うと……これ、死んだ。 


 俺に止めを刺そうと、カリーナが今度こそゆっくりと歩いてくる。

 そして、俺の目の前に立ち、俺の瞳を覗き込むように顔を近付けてきた。その表情は、前と打って変わって無表情だった。

 やがて、彼女の右手が動き出す。

 腹を括って、目を瞑った。




 衝撃は遅れてやってきた。


  

 でもそれは、俺が死んだ事による物ではなかった。

 目を開けると、カリーナがいた。

 いや、数秒前も同じ格好でカリーナは居たんだけど、そうじゃない。

 俺の知っているカリーナ、だった。

 

「お、おい、お前……。いや、これって……」


 言いかけて、気付いた。

 あれ、口元のタオルは?

 カリーナを今一度確認すると、その左手、傷を負ってないその手に、かつて俺の口に巻かれていたものがあった。


「……にげ、なさい。私は……弱いから、力を……制御でき、ないの。……はぁ、はぁ……これさ、え、外せば……後は、大丈夫……よね?」


「カリーナ……お前……」


「……逃げて……く、あああああっ!!」


 すると、今度はカリーナが呻きはじめた。

 頭を抱え、苦しそうに嗚咽を漏らす。

 その間、俺は魔法を詠唱し、ロープを綺麗に切り裂く。

 使った魔法は【ウインドカット】。風による斬撃を放ち、対象を切り裂く魔法だ。

 それなりに魔力を込めて放った事もあり、ロープはあっさりとバラバラになった。

 集中していたお陰で、ロープ以外の場所は切られていない。こんな時だからなのか、自分でも驚くほど集中出来たと思う。


 一時はどうなるかと思ったが、何とか命は繋がったらしい。

 あの一瞬、俺の知っているカリーナが居なければ……。

 考えただけでも恐ろしい事になっていただろう。


 今は、悔しいが逃げるしかない。

 彼女が動けない内に早くここから逃げなければ……。


 俺は、カリーナに背を向けて走り出した。

 万が一の事を想定し、魔導書には魔力を多少なりとも送っておく。いや、送るって言うか自動で吸われるんだけどさ。それでも自分からある程度の魔力を送っておいた。

 魔導書に触れて、後はそのまま魔力を本体に注ぎ込むだけで、魔力の充電が出来た。ちなみにこれも魔導書のアナウンスから今しがた教えてもらった。


「って、走ったはいいけど、どこだよここ!? このダンジョン、でかすぎんだよ!!」


 悪態をつきながらも、とにかく距離を取るためにがむしゃらに走り続けた。

 すると、声が聞こえた。

 それは魔導書でも、カザイとかいうふざけた研究者でもない。それでいて、俺がよく聞く声。


「ユクス! こっちだ!」


 勇者シオンのものだった。


「シオン!? なんでお前ここに……」


「話は後だ! というか、なんだこの魔力は! このダンジョンに災害級の悪魔でも降臨したのか!?」


 恐らくはカリーナの魔力を察知したのだろう。

 そりゃあシオンですら驚くだろう。

 それほどに今のカリーナは規格外なのである。


「それは後で話す! ちなみにシオン! 帰り道は分かるか!?」


「ああ、こっちだ! 足下がぬかるんでる所があるから気を付けろ!」


 お前が言うなよな、なんて言ってシオンの後ろを付いていく。

 こうして、俺は死なずにこのダンジョンから生還することが出来た。


 ただ、1つだけ、心残りは出来た。

 カリーナ……。


 今回の件、俺もあいつも被害者だった。

 思うところはあるが、それでも無理やり覚醒させたカザイとかいう奴、まずはそいつを調べなければな。

 明日まで、満月は続くらしい。

 

「……ユクス、話がある。今日は宿に戻ってゆっくり話さないか?」


「……奇遇だな、俺だってあるぞ。そっちこそ、話に付き合えよな」


 話したいことは沢山ある。

 そう言って、俺とシオンは街まで全力で駆け抜けた。

 







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