勇者パーティーと満月の夜
失踪まがいですみませんでした。
これからボチボチやっていきます。
これからもよろしくお願いいたします。
ユクスがカリーナと共に行動する少し前へと時間は遡る。
商人ギルドのグランドマスターに招待されたシオンは、エレベーター形の魔法道具に乗ってこの建物の最上階へと向かった。
そして辿り着いた先には、白く重そうな扉。
この先には商人ギルドのトップが居る。
そう思うと、シオンは勇者ながらも身震いさえ覚えてしまっていた。
(……この先に、この大陸すべての商業を束ねる人が居るのか。そして、私一人だけを呼ぶ……か。ここはユクスの言葉にならっていつでも戦える準備だけしておくか)
ギィ……と音を立てて扉が開く。
そして、その部屋が視界に映る。
「……誰も……居ない……?」
もぬけの殻。
その言葉が相応しかった。
「……訳ない事は分かっている。姿を見せろ」
シオンが低い声でそう言うと、どこからか声が聞こえてきた。
『ふふふ、さぁ問題だよ。はたして私はどこにいるでしょうか?』
小バカにしたような口調で、声だけが響いた。
声の方向は天井……。しかし、そこにはスピーカーがあるだけ。ロイズ本人はこの部屋のどこかに隠れているらしい。
「……何のつもりだ? 私は今日、遊びにここへ来たつもりはないのだが?」
『別に、いいじゃないか。ちょっとした遊びだよ』
「だから、今はそんな事よりも……」
『折角、かの勇者様が来たんだ、私なりの歓迎方法なんだよ。って言っても、罰ゲームが無いとつまんないか。じゃあこうしよう。これから3分以内に私を見付けられなければ私の勝ち。逆に見付けられたら勇者様の勝ち。勝てば敗者の言うことを1つ聞く。こうしようか?』
「……こうしようと言われてもな……。一体何のつもりなんだ」
『だから、言ったでしょう? これは、私なりの歓迎方法なんだって。それに、私に何か質問しに来たのでしょう? 勇者様にとっても悪くない提案だと思うけど?』
確かに……と、シオンが思っていると、部屋にある時計からガコン、と音が聞こえた。
どうやら、シオンの有無を許さず、ゲームは始まったみたいだ。
(……くだらない遊びをしている場合じゃないのだが……)
そしてまた、声が聞こえる。
『さぁ、楽しいゲームの始まりだよ。さて、私が勝ったら何をしてもらおうかな』
くだらない遊び、そうシオンは吐き捨てたが、その理由は、単純にこのゲームがつまらないからではない。
こんなに広い部屋だ。一般的に見れば、3分で対象を見付ける事はほぼ不可能だろう。3分でこの部屋の物を調べ尽くす事は不可能だからだ。
例えば、クローゼットの中、仮眠用のベッドの下、書籍棚の奥の扉、等々、確認が必要な箇所が多いのだ。
しかも嫌らしい事に、そのどれもが部屋の隅々に配置されていて、その怪しい数箇所だけを探すとなると、移動にさえ時間がかかる。
そう、この所謂【かくれんぼ】は、緻密に計算され尽くした【かくれんぼ】だったのだ。
だが、それでもシオンはつまらないと言った。
その理由は……
『さあさあ、どうしたんだい? 立ち尽くしてるだけじゃ分からないだろう?』
天井のスピーカーから、シオンを煽る声が聞こえる。
そして、一歩、また一歩と歩いて部屋の中央まで来た。
そのまま腰の聖剣に手を当て――
『ちょ、まさかこの部屋の怪しい場所を一気に斬り伏せる気じゃ――』
声が言った通り、斬り伏せた。
だが、斬ったのは、クローゼットでもベッドでも、ましてや書籍棚でもなく、天井だった。
「……うわ、うわわわっ!」
そして、天井から人が落ちてきた。
それは、間違いなく、ロイズ・クーデンダルト本人だった。
「……いやぁ、やるじゃないか。このゲームをクリアしたのは勇者様が初めてだよ。攻略方法は正攻法じゃないけど」
実はある条件をクリアすると出てくるスイッチを押して、そこから難問クイズを解き明かさなければクリアできないんだけど……と、悲痛混じりにロイズが言った。
「でも、なんで分かったんだい? 私が天井裏に隠れていたって」
「気配を感じた。それも結構、邪な感情だったから余計に、な。あなたが勝った場合、私の聖剣でも貰おうと思っていたのだろう?」
「……うぐ、バレてたか。まあ、本当に貰えるとは思ってなかったけど。商人ギルドのグランドマスター故か、欲には勝てなかったよ」
そう、このゲームはシオンにとって、つまらないゲームだった。
この部屋に入った時から感じていた視線、そして邪念。そのどちらも天井から来るものだった。
初めは魔族でもいるのかと思ったが、ゲームの内容から察するに、ロイズだったというわけで、初めから答えがわかっていたようなものだから、《つまらない》だったのだ。
「じゃあ約束通り、なんでも言うことを聞いてあげるよ。って言っても、勇者様が欲しいのは【情報】だよね? それも、迷宮関連のもの、じゃない?」
「……何でもお見通し、らしいな」
「ま、商業というのは情報が命だからね。今の流行やお客が求めるニーズだとか、工場の生産スピードや材料が採れる場所の環境だとか、色々な情報が元に商業は成り立ってるから、私にとっても情報は必要なんだ」
「……そうか、だが話は早いに越したことはない。単刀直入に言うが、その迷宮はどこにある?」
そう言うと、ロイズは申し訳なさそうに口を開く。
「ごめんね、私でも迷宮の場所は分からない。ただ、その場所を知っている人物なら知っている。私も個人的に話を聞いているからね。あ、勿論、変装はするよ。いきなり私が聞きに行ったら相手も驚くだろうし」
「なら、迷宮を知っている者は誰だ? どこにいる? それを教えて欲しい」
「……カリーナ。最近、この街にやってきた冒険者だよ。経歴は一切不明だけど、最近じゃずっと商人になるための試験を受けているよ。ずっと落ちてるけど」
「経歴不明? そのカリーナはどんな人なんだ?」
「私も個人的に調べていて、実はカリーナ本人とさえ話したことがあるんだけど、何がなんでも商人になりたいと言う事しか分からなかった。でも、不思議な子でね、なりたいと言うくせに、1年間の学校コースには応募せず、一般試験のコースで応募してくるんだよ。元々、一般試験コースは年老いて冒険者を辞めてしまう人達用に儲けたコースでね、冒険者ならではの現場知識なんかも問題文に出ているんだ」
「……まぁ、とにかくだ、その商人になりたいと思っているカリーナが、迷宮のありかを探しているんだな? で、その肝心のカリーナはどこにいるんだ?」
そう言うと、ロイズが水晶玉のようなものを取り出して、そこに魔力を注ぎ始めた。
「この水晶で彼女がどこにいるかが分かるよ。あ、ちなみにこれは、私の一族の秘宝だから口外しないでね? したら、勇者様のある事無い事、全部記事にしてばら蒔くからね?」
「勇者相手に脅しとは、中々肝が座っているじゃないか。その時は真っ先に首を撥ね飛ばしてやるからな!」
「はは、ごめんごめん、冗談だよ。今度、バルドと一緒に飲みに連れていってあげるよ。その時、バルドを落とした恋愛テクを教えてしんぜよう」
「……んなっ!? と、盗聴していたのか!? どこだ、魔法痕はどこにある!?」
個人的に結構聞いてみたかった話だが、なぜその事がバレているのか、そこが問題だった。
昨夜、ユクスが寝静まってから独りでに『あの二人が恋愛関係……』だとか『どうやって付き合ったのだろうか……』なんて呟いたからだろうか。
それでも盗聴を疑わざるを得なかった。
が、それを華麗にスルーしてロイズは続ける。
「ま、飲み云々は後にして……あ、見つかった。どれどれ……ってあれ?」
「何!? 見つかったのか!? 何処だ、どこにいる!?」
「ええと、場所は……街を抜けてすぐにある森のダンジョン……だけど、正確な位置までは特定できないなぁ。というか、なんでそんなところに……? って、一緒にいるのって……」
「…………ユクス?」
どういうことだ? と、疑問符が二人の頭から離れなかった。
◇
「ちょ、ちょっと! いい加減、離してよっ!」
「……やばいやばいやばい! 勢い余ってやっちまった……。俺、いきなりパーティーの汚点になっちまった……!」
「ねえ! 聞いてるの!? しかも、何ここ!? ダンジョンじゃない!」
「あああああ……! どうしよう……マジで今回はヤバい気がする……」
「ねえっ! いい、加減に、離してって!!」
カリーナが強引に手を振りほどいた。
そして、パニック状態に陥っていた俺の思考は、その行為でクリアになった。
「……あれ、何処だ、ここ……」
「何処だ、ここ? じゃ、ないわよっ! 助けてくれた事に感謝はするわ! けど、なんでこんなところまで走るのよ! とりあえず安全な場所に連れていってくれるかと思いきや、ダンジョン真っ只中じゃないのよ!!」
……無我夢中で走ってたら、気付いたらダンジョンの中にいました。なんてこと、あり得る?
あり得るんです。だって今、そうなってるんですから……。
「……え、ええと。怪我は無いか?」
「……お・か・げ・さ・ま・でっ!! なんでこんな場所に来たのよっ!」
「無我夢中だったんだよ! 仕方無いだろ! 俺にも色々と事情があんだよ! つか、お前もよく着いてきたな!」
「だから、最初は安全な場所に連れていってくれるのかと思ってたのよ! 街を出るあたりから、色々とおかしいとは思ったけど! というか、あんたがずっと手を握ってたんでしょ!?」
なんだと!?
なによ!?
と、二人の声がダンジョンに響くだけだった。
幸い、辺りに敵影は無い。気配もない。
「はぁ、どうしてこうなっちゃうんだろ、最近ツいてないなぁ……」
なんて、近くにあった切り株に座るカリーナがボヤいた。
「……そういえば、お前に聞きたいことがあったんだ」
「……お前、じゃないわ。カリーナよ。聞きたい事って何かしら? ストーカーさん」
「ストーカーじゃねえよ! ユクスだ!」
「……じゃあ、あんたは本当に勇者様のパーティーメンバーの、ユクス……なの?」
やっぱ、知っているんだな。
どうやらこの世界、情報が出回るのが早いみたいだ。
観念したように、俺は口を開いた。
「……そうだよ。俺は勇者パーティーに入ってる。ちょっとした情報があったから、俺達はこの街にやってきたんだよ」
「……そ、そう。なら、話は早いわ。私を勇者パーティーに……」
「却下だ」
俺はカリーナの言葉を斬るように言葉を被せた。
「な、なんでよ! 話ぐらい聞いたってバチは当たらないでしょ!?」
「勇者パーティーってのは、そんな簡単に入れる場所じゃねぇよ。あと第一に、俺にそんな権限はない」
「なら、まだ入れないって決まったわけじゃないじゃない!」
「俺に権限は無い。けど、商人ギルドの採用試験にあんな落ちてる奴が、勇者パーティーに入れるわけないだろ」
「っ!? つ、次合格するわよ! 見てなさい! 明日の試験でギャフンと言わせてあげるわよ!」
「……ヒイラギソウの群生地は? ミスリルの剣を造るには何と何と何が必要? そこに生えてるトゲのついた植物の名前は?」
「……えっ!? え、ええと……、せ、選択肢は何よっ!」
「……はぁ、ヒイラギソウっつったら、この大陸全土に生えてんだろ。ミスリルソードにゃ鉄とミスリルとアダマンタイト。その植物はカトリソウ。そんなんじゃ、いくらマークシートだからって合格は無理だ。それに知ってんだろ。次が最後の試験だって」
くっ……と言い返す言葉がないように見えた。
次落ちれば、今後一切受けられない。
今まで注ぎ込んだ試験料も報われない。
本人もそれは分かってるんだろうけど。
「……じゃあ、どうしろって言うのよ……。私が、私が行動しないと……」
落ち込むカリーナに、俺は聞きたかった言葉をかける。
「だから、なんでそんなに商人ギルドに入りたいんだよ」
「……それも、勇者パーティーに入るためよ」
また、勇者パーティー、か。
だから、なんでそこまでして勇者パーティーに入りたいんだ? 金や名誉が貰えるからか? 皆の憧れだからか? 俺は、そんなもん欲しくはないがな。
というか――
「……つか、それ以前に、商人が勇者パーティーに入れるわけじゃない。逆に聞くが、なんで商人になったら勇者パーティーに入れると思ったんだよ」
「……え、だって、勇者パーティーに必要なのは商人だって、あの人が……」
「……あ? 誰だよ。俺の知らないところはともかく、俺の前であいつ、シオンはそんなこと一言も言ってないぞ」
「そ、そんな……。だって、あんただって色々な知識を持ってるし……」
「俺のは自前だ。独学で勉強したんだよ。つか、見た目で分かるだろ、この格好、どこが商人だよ」
服装を見せつける。
冒険者の服装だ。商人とは掛け離れている。
あ、ちなみに独学の勉強は嘘です。
ちゃんと先生が居ました。勿論、魔族の。
「で、その情報は誰から聞いたんだよ。勿論、その情報は99%嘘だがな」
「そ、そんな……。じゃあ、私は今まで……」
「つか、よく十数回の試験料を払えたな。小遣いでもあったのか?」
「……お金なんて……無いわよ……」
「は? じゃあ、どうしたんだよ。まさか、自分の体を売って……」
言った瞬間、カリーナから石を投げられた。
顔面で受けてしまい、血が出てきた。
めちゃめちゃ痛いんですけど?
「……お金は、借りたの。その情報をくれた人達からね」
「借りたって、莫大な額だろ。お前みたいな奴、払えるわけがない。多分、お前が払えないって言った瞬間、お前のことを奴隷商人にでも売ろうとしたんだろうな」
「……そう、かもしれないわね……。でももう、どうすることも出来ないのね……。借りたのは、事実だし」
「……お前、一体誰から借りたんだ。そんな大金持ってるやつ……いや、この街は商業都市、そこら辺の商人ですら、金貨の風呂に浸かれるぐらいだしな……」
それっきり、俺達は話さなかった。
落ち込んで、何も話さなくなったカリーナを、何故か放っておく事が出来ず、俺も暫くその場にいた。
やることと言えば、武器の手入れぐらいしかないけど、なにもしないよりはマシだと、俺はずっと武器の手入れをしていた。
「……ねえ、帰らないの?」
「……あん? なんだ、いきなり。逆に聞くが、お前は帰んないのかよ」
暫くぶりに話した言葉はそれだった。
もう少しで日も暮れる。
辺りに気配こそ無いが、夜のダンジョンは昼にも増して危険度は増える。
危ない場所には変わらない。そんな場所に、何故居座っているんだろうか。
「……逆に聞くのが得意なストーカーさんね。私は、帰らないんじゃないわ、帰れないの」
「宿屋に出せる金も無くなったのか?」
皮肉っぽく俺は言ったが。
「……ええ、そうね。昨日の分で終わり。自分なりに、魔物を倒して稼いだりもしたけど、全部試験料で消えちゃったの」
「そうか、じゃあどうするんだ? また、金を借りにいくのか?」
「……今日も借りる約束をしていたわ。でも、あと2日ほどは寝る場所の心配も要らないから、試験料だけ借りようと思ってたけど」
「野宿でもしようってのか? 結界の魔法もアイテムも無しにか?」
「私は大丈夫なの。あと、2日ぐらいはね」
「そうかい。でも、借りるったって、どこで会ってんだよ。街の中だろ? 日も暮れてきたし、そろそろ帰りましょうや」
「……街じゃないわ。この森なのよ、待ち合わせ場所は」
「はあ? 一体、なんでだよ。いくら金貸す行為を人に見られたくないからって、こんなダンジョンに……しかも、これからなら夜じゃねえかよ」
「でも、彼らを頼るしか無かったの。どれだけ怪しいって思っても、私は絶対に……」
唇を噛み締め、カリーナはそう言った。
考えれば考えるほど、俺の中の疑問は膨らんでいく。
どうして、そこまでするのだろう。
何か、秘密があるんじゃないだろうか、なんて吹っ飛んだ考えまでもが脳裏を過る。
「あんたは帰りなさいよ。勇者様が待ってるんじゃないの?」
「さぁな。昨日は運動場を爆発させたし、今日は工場でも爆発させてんじゃねえかな」
「え、何やってるのよ、勇者様。情緒不安定?」
「……ともかく、そんな怪しい奴等とは縁を切れ。借金は誰かに立て替えてもらえよ。この街に知り合いの一人や二人ぐらい居るだろ?」
「居ないわ……。私だって、ここに来たのは少し前なのよ。私も、あなたと同じ、旅をしていたから」
まじかよ。
そう呟いて、後頭部をかきむしる。
「もうじき、彼らが来るわ。あんたが居ると色々とマズイのよ。さぁ、早く帰って!」
「こんな場所に女一人置いていけるか! お前も帰るんだよ! ほら、着いてこい! 一晩くらいなら宿だって貸してやる!」
俺がカリーナを連れていこうとすると、
「おおっと、待ちたまえよ、君達」
声が聞こえた。
声の発生源を目で辿る。
「これから良いものが見れるかもしれないんだ。その子を街へと返しはしない」
「はぁ!? 何言って……ぐぉっ! おい! 何すんだよテメ……むぐぅ!」
俺は背後から二人の人間に組伏せられた。
魔法の詠唱を嫌ったのか、口をタオルで塞がれる。
そして、腕をロープで縛られ、近くの大木に張り付けられる状態になってしまった。
途中、無詠唱の魔法を使ってみたが、タオルに何か細工しているのか、いつもより効力が無い。抵抗は虚しく失敗したらしい。
(な、なんだコイツら……。ダメだ、声が上手く出せねぇ。呪文の詠唱すら出来ないな……。無詠唱でも……、俺一人はともかく、あいつを連れて逃げるのは無理そうだな……)
横を見れば、俺と同じようにカリーナも縛られている。
俺と違う点は、あいつは口を縛られていないという事くらいか。
「な、何するのよ! 離しなさいよ! まだ契約は終わりじゃないわよね!?」
必死にカリーナが叫ぶ。
「ええ、必要な金は貸しましょう。でも、我々もバカではないのでね。貴方が金を返す宛がない事ぐらい分かるんですよ」
男の姿が見える。
月の光だ。少し曇っているが、男を照らす程度の光はあった。
男は白衣を着ていた。手にはメモ帳のようなものがあり、その周囲には彼の部下らしき人影がある。
「な、何をするつもりなの……? 悪ふざけは止めて! 早く、早く、私をほどいて!」
「……いやだなぁ。私達は前借りに来たんですよ。返す宛のない、貴方を思って、貸した分の2割をある条件を飲めば、帳消しにしてあげようと思ってね。なに、暫くその場に居るだけでいいんですよ。それだけで2割はチャラ。しかも簡単。悪い条件じゃないでしょう?」
とりあえず、この男が女性を縛り付ける趣味があるのは分かった。
それでも尚、カリーナは叫び続けていた。
「……いいから、早く! 早くほどいてよ! じゃないと、私っ!」
月が出てきた。
お陰で男の従者すらよく見える。
今日は、満月らしい。空に輝く月が、より一層綺麗に見える。
って、こんなこと考えてる場合じゃ……。
「……早くほどかないと、どうなるんですか? もしかして、この月に関係があるんですか?」
ニタニタと、不気味な笑みを浮かべて男はカリーナに近付いた。
「ああ、そう言えば貴方はなんでここにいるんですか? この場所を教えた覚えはありませんが……まぁ、予備のロープがあって幸いでした」
ええと、つまり契約の場所が、偶然にも俺達が走って辿り着いたこの場所だったって?
えええと、なんの冗談ですかね……。
「ま、折角ですから、貴方も見ていってくださいよ。もしかしたら、とんでもないものが見れるかもしれないですよ?」
俺には嫌がる女の子を無理やり縛りあげているのを見ている変態、という風にしか映らないがな?
そうこうしているうちに、立派な満月が姿を表した。
ここにいる変態共より、何億倍も美しい。
だが、俺の思考は突然のカリーナの絶叫で書き消された。
「……あ、あああっ……! ご、ごめん、ね。ストーカー、さん。出来たら、逃げてね。でも、もし、かしたら………あんたを、私……」
「――――殺すかも」
悲痛な声色は、突然止んだ。
そして、変わりに誰かの叫び声が聞こえた。
いや、叫び声なんかじゃない。
これは、
これは……
「た、助けてくれぇぇ! あがぁッ!」
「嫌だ! 死にたくな……ぐうッ!」
断末魔だ。
人の、死が見える。
殺されているのは、男の部下。
殺しているのは……。
「す、素晴らしい、やはり、やはり彼女はっ! ああ、夢にまで見た、幻の一族! 私の、研究対象!」
男が叫ぶ。
男と俺の視線は、あるものをとらえていた。
長く美しい白髪は所々が赤で染まり、瞳は紅く輝き、1動作毎に尾びれのように赤の残光を帯びていた。
自分よりも大きな太刀を片手で軽々と扱い、男の部下の首を一凪ぎで跳ねていた。
夢でも見ているような、そんな気分だ。
だって、眼前の化け物は、その姿が誰かによく似ているから。
彼女が縛られていたロープは既に切り裂かれ、かつてそこにいた人物も消えている。
様々な事象が、眼前の化け物の正体を物語っているが、理解が追い付かない。
そして、気付いた。
(あの、長い耳は……)
化け物の頭に生えている動物の耳。
それは、その化け物がとある種族である事の証明に他なら無かった。
かつて、その強大な力ゆえに、誰からも相手にされず、怖がられ、恐れられ、住むべき場所さえなくした、既に絶滅したという情報さえ出回っている、禁忌の一族がいた。
その特徴は、満月の夜、狂気の籠った赤い瞳と、どこまでも遠くの音が聞こえる聴力を持った耳が現れる事。
その一族の名前は――
「最高だ……。やはり居たのだな! 禁忌の一族!」
狂気の笑みを作った化け物は、子供が遊び道具を放り投げるように、簡単に骸を投げ捨て、嗤う。
「あは、あははははははははははっっ!!!」
そう、彼女の一族は
「幻兎族っっ!!」
かつて、最強の傭兵だと畏怖されていた、禁忌の一族。
幻兎族。
カリーナは、幻兎の一族だった、らしい。
気付かぬうちに2万PV……。
ありがとうございます(小声




