勇者パーティーと店主の話
「……で、どうしてこうなったのか、懇切丁寧に教えて貰えませんかね?」
夕飯時、俺は本日の夕食を食べながら、テーブル席の向こう側に座る二人に聞いてみた。
ちなみに、夕食の内容は、季節の野菜が沢山入ったカレーだ。この宿の店主が自家製で作っている野菜なんだとか。
確かに新鮮味があって、他のカレーよりも美味しい気がする。
「なに、食前の運動をしていただけだ。久々にやったせいで、少々テンションが上がってしまった事は認めるが」
「ああ、食前の運動だ。この運動はやりすぎぐらいが丁度いいと思っているんだが、ボウズ、お前もそう思うだろ?」
食前の運動……ねぇ。
いつの時代にこんな食前の運動があるんでしょうかねぇ……。
でもまぁ、誰がこれを予想しただろうか。
誰も予想は出来なかっただろう。
だから、これは防げなかった。何をしても無駄だった、そう思うしかない。
――だって、普通、軽く運動しただけで、この街の運動場が半壊するなんて…………。
「……何が軽く運動した、だよ。マジで、どーーーーーーすんだよぉ!!!??」
「うお、なんだ、急に。ビックリしたじゃないか」
「うるせえ! あれほど程々にしておけって言ったのに、このザマかよ!? 幸いにも、誰があれをやったかは周りは分かってなかったからいいけど、勇者自身が勇者パーティーに汚名を付けてどうすんだよ」
「そ、それは……すまなかった。私が軽率だったのは、認める……」
しゅん、とした表情で俯くシオン。
その隣でバクバクとカレーを食べているのは、他でもない、犯人第2号である。
というか、普通に新聞にも載るような大事件をやったあとに平気な顔でよくご飯が食えるよな、この人。
道徳心とか道端にでも落としてきたんだろうか。それとも最初から持っていないのだろうか。
「まぁボウズ、そうかっかすんなっての。後の事は、どうにでもなるんだから」
「どうにでもなるって、そんな他人事みたいに……」
「大丈夫だっつってんだろ。事前に言っといてんだよ、俺と勇者が運動場で楽しい運動をするから、もしかしたら、ぶっ壊れるかもしれないってよ」
「……え、誰に?」
「あぁ? そんなの決まってんだろ。この街の責任者――ロイズ・クーレンダルトだよ」
「……ロイズ・クーレンダルト……」
俺は無意識にその名前を復唱していた。
「なんだ、分かんないのか? 他の街でも名前くらいは知っていると思ったんだがな。ロイズ・クーレンダルトって言えば、この街の創立者の一族であり、現状での商人ギルドのグランドマスターだ。この街で起こっている相場の操作なんかもしてるらしいぞ。あんま知らんけど」
なるほど、簡潔に言えばテルディアで一番偉く、商人ギルドの中でも一番偉い人って事だよな。
……いや、なんでこのおっさん、そんな人と知り合いなんだよ!?
この筋肉ダルマと商人ギルドなんて、野花と暴炎魔法ぐらい違うだろ!?
「……そう言えば店主殿。なぜ、そのような方と知り合いになったんだ? 接点があるようには到底見えないが……」
っと、考えていたところで、俺が思っていた事を全てシオンが言ってくれた。
シオンもシオンで不思議そうに聞いていた事から、俺と同じくらい疑問に思ったのだろう。
「……まぁ、昔にな。ロイズとは色々あったんだよ」
「色々っていうと、俺とシオンみたく、パーティーでも組んでいたのか?」
「まぁ、パーティーというか、俺が一方的に駆り出されていただけなんだがな。というか、それも10年以上前の事だから、気にしないで忘れとけ」
「いやいや、気になるところで話を止めないほしいんだが。そこで切り上げられると余計に聞きたくなるんだけど」
「ああ、私も是非聞いてみたい。代わりと言っては何だが、このカレーをお代わりしよう」
「あ、じゃあ俺も。すいませーん! カレー2つお代わりいいっすかー?」
俺は店員にそう伝え、既に空いている皿をテーブルの端へと移動させる。
作り置きのカレーな為、盛り付けだけで済むのですぐに料理はやってきた。湯気から香ばしい匂いが俺とシオンの鼻孔をくすぐる。
癖になる味付けだ。あと三日はこれをずっと食べ続けられると錯覚さえ覚えるほど、俺はこのカレーに好感を持てた。
っと、カレーも大事だが、店主の話も同じくらい興味がある。
カレーを食べつつも、視線は店主の方に向ける。
「ったく、仕方ねぇな。別に大した話では無いんだがな……」
そう言う店主は、何故か照れ臭そうな表情をしていた。
「……実はよ、ロイズは俺の昔の女なんだよ」
「「ブッフォッッッ!!!!?」」
俺とシオンはほぼ同時にカレーを吹き出した。
カレーを配膳してくれたお店の方……本当に申し訳ない。
その人は俺達を見て、慌てておしぼりを持ってきてくれた。めちゃくちゃいい人だった。本当に申し訳ない。心から非礼を詫びたい。
と、一瞬だけ申し訳ない気持ちが巡ったあと、先程、店主が言った言葉の情報が頭の中に回ってきた。
え? 昔の女? 商人ギルドのグランドマスターが?
「汚ったな!? お前ら汚ねえよ!? おい、服とかテーブルクロスとかにかかったじゃねえかよ!? これ染み取れんのかなぁ……。一応言うが、俺の店だからな!?」
「……い、いや、吹き出した事と、その二次被害には全力で非礼を詫びるが、それ以上に爆弾発言があったような気がしたんだ。なんでも、昔の女だとか……」
「ああ、昔の女だ。だが、本当に昔だからな? 今はあまり顔すら会わせてない。今日が久々に会いにいったぐらいだなぁ」
「……いや、昔の女って……。そのロイズって人が女性ってことにも驚くけど、なんでおっさんみたいなゴリゴリマッチョが商人ギルドのグランドマスターと知り合ってたんだよ。その経緯が分からん」
「経緯……っつってもな。俺とロイズはただの幼馴染みなだけだが」
幼馴染みッ!?
いや、それ!!! それで十分な経緯!!
「昔からよく遊んでたんだよ。あいつは少し無邪気だったから、凡人の俺とも対等に遊んでたし。そういやあいつ、しょっちゅう屋敷を抜け出して俺と遊んでたんだぞ。当時は俺もロイズが偉い奴等の娘だなんて思ってもいなかったから、それを知った時はビビったなぁ」
「ロイズ殿の親御さんには何も言われなかったのか?」
「いやいや、散々言われたさ。うちの娘をこんな泥だらけに、とか頭の悪い遊びばかり……だとか、当時の俺を泣かせるだけの罵詈雑言は言われたさ」
今となってはいい思い出だがな、と店主は付け足した。
幼い頃に会って遊んでいた時代のそれからは、ロイズさんは商人ギルドのグランドマスターの後継者になるための勉強を毎日させられていたらしいので、当然、店主とは遊ばなくなったという。
それでも手紙のやり取り程度ならしていたと店主は言っていた。
「それからは俺は冒険者に、あいつは商人ギルドのトップになったって訳さ」
「……それで、肝心の恋人同士になったっていうのは?」
「それから少し時間が経った後だな。お互いに立つべき場所に立った時だったから、俺が上位ランクの冒険者になっていて、あいつがグランドマスターになってた時ぐらいの話だ」
っと、そこで店主は店員に酒を持ってくるよう催促した。
店主いわく、この話は酒でも飲んでないと言えるような内容じゃないらしい。
外見からは想像もつかないぐらいの、似ても似つかない物語だという。
ものの数秒で酒の表面が蒸発していくような、かなり度数の高い酒を少しずつ飲みながら、店主は話しだした。
「当時の俺は、自分の力に酔いしれていた。だってそうだろ、数年間ずっとトレーニングで鍛え上げた筋肉と、偶然的に手にいれた鉱石を加工して作られた最高の武器を手にして、その辺の魔物を余裕で討伐しまくっていたんだからな」
その頃からか、その隆々の筋肉は。
「舞い上がっていた俺に、近付いてきたのがあいつだ。ロイズ・クーレンダルト。そん時は商人ギルドのグランドマスターになったばかりだったな。俺が1人で酒を飲んでいると、あいつがこう言って近付いてきた―――――
『やぁバルド。久しぶりじゃないか、私の事を覚えているかな?』
『……おまえ、もしかしてロイズか!? おいおいおい、久しぶりすぎるだろ! とりあえず座れよ、酒なら奢ってやるからよ!』
『そうかい? じゃあ遠慮なく隣を頂こうかな。幸い、君の隣は空いているみたいだしね』
『ん? ああ、今日は他の奴等は皆用事で居ないからな。1人飲みだったんだ』
『……ふふっ、そう言う事じゃないんだけど、まぁいいや。あ、酒は奢らなくていいよ。実は持ってきているんだ』
そう言って、ロイズは鞄から一升瓶を取り出した。
ラベルには『特性果実』と達筆な字で書かれていた。
『なんだそりゃ、果実? 果実酒か? っかーッ! 酒っちゃあ、度数が高い方が美味いに決まってんだろうに!』
『それは人それぞれだろう。これは私が設計した果実酒でね、果実本来の甘さを売りにしたお酒なんだ。女性とか、甘口のお酒が飲みたい人をターゲットにしていて、もう生産も始まっている。既に他の街には手配済みさ。これは絶対に売れるよ。間違いない』
『……ま、大商人様の言う事なんだから、きっと売れるんだろうけどさ。ま、とりあえず乾杯しようや』
『ああ、そうだね。じゃあ、乾杯』
二人はグラスを交わして乾杯した。
1人はエールを、1人は果実酒を飲む。
それからは、何気ない会話を楽しみあった。
この二人の宴は朝まで続き、最後は二人ともぶっ倒れて近くの馬小屋に放り込まれる程、ベロベロに酔っていた。
翌日、二日酔いで痛む頭を押さえながら、バルドは起きた。
記憶が飛んでいて、昨晩何を話したかすらも覚えていなかった。
……たしか、ロイズと会って、色々な話をしていたような……。
そう言えば、そのロイズはどこにいるんだ?
そう思って辺りを見渡す。
『………………あ?』
結論から言えば、ロイズは居た。
何故か下着姿で。
――――
「ってな事があったんだ。マジで何も覚えてない俺は、ロイズからいろんな事を言われたさ。一線は越えた越えないの話とか、やれ口説かれたとか。覚えてないけど、多分ヤってないわ俺。あと口説いてもいない」
「……それで、いつ彼女になったんですか?」
「……だから、その時だって。ある事ない事言われたけど、ヤってない証拠がないから、結局ノリで付き合っちまったんだよ。マジで後悔してる」
まぁ、確かに酒のせいにして逃げるのも男らしくはない。
なんか、どっちもどっちな話だったなぁ。
と、俺が勝手に興味を無くしていると、俺の目の前の勇者は何故だか瞳を輝かせていた。
「店主殿! 是非、そのロイズという方に会ってみたいのだが、アポを取って貰えるだろうか!?」
「はぁ!? 何で俺が取らなくちゃいけねぇんだ! お前勇者なら簡単に会えるだろ!?」
「いや、店主殿がいる時の会話を聞いてみたいのだ。ダメだろうか?」
「ダメだダメだ! 俺は店番あるし、今はあんまり外をうろつきたくないんだよ。一応言うが、あの運動場ぶっ壊したの、結構有名になってんだからな? つか、その事を謝ってこいお前は。ともかく俺は行かんからな!」
と、話が盛り上がってる最中、悪いんだけどさ。
勇者さんや、あんた、1つ忘れてはいないか?
「おい勇者。お前この街に来た理由、忘れてないだろうな?」
「…………わ、忘れてなどいないさ! だ、だだだだから、明日はその事でロイズ殿に伺ってみようと思ったんだ!」
あ、コイツ絶対に忘れてたな。
咄嗟に話を繋げてきやがった。
この店主と戦うために来たんじゃないからな?
ま、いいけど。咄嗟の話にしては、わりと理に叶っているし。その方がもっと情報も入りそうだ。
「なぁお前ら、そういや何でこの街に来たんだ? さっきから言ってる、この街に来た理由ってのはなんだ?」
店主――バルドはそう言った。
そう言えば、この人も歴戦の冒険者ならこの街の外の事とか知っているのではないか?
そう思って聞いてみた。
「俺達勇者パーティーは、この街の近くに出来た迷宮についての情報を知りに来たんだ。何でも、その情報を持ってる奴がこの街に居るらしくて。何か心当たりとかは無いか?」
う~む、と頭を捻る店主。
こりゃダメか?
「……すまんな、そう言った情報は入ってないな。第一に、俺自身があまりこの街の外に出ていないのがあるしな。それこそ、商人ギルドの奴等の方が、この街の外に出てるんじゃねぇのか?」
「何? 商人ギルドが、か? 冒険者と違って、あまり外に好んで出るとは思えないんだが」
勇者はそう言う。
いや、確か違った筈だ。
今日その事を俺は知ったんだ。
「……もしかして、実技の試験か? 商人ギルドに入るための、実技試験で外に出るんだろ?」
店主は頷いた。
「そうだ。それがあるから、もしかしたら、その一環で偶然にもその迷宮を見つけた奴がいるのかもしれないな。ま、憶測だけどな」
確かに、これは憶測だ。
が、この話も理に叶っているんじゃないか?
試してみる価値は十分にあると思う。
「ま、何にせよ明日か。明日、そのロイズって人に会いに行ってこようぜ」
「ああ、そうだな、そうしよう」
そう言った後、俺達は解散し、部屋へと戻った。
そして、寝る時間になったとき、部屋のベッドの事に気付いたシオンにめちゃくちゃ理不尽を言われた。が、今更何を言っても聞く耳を持たないと思った俺は、とにかく冷静になっていた。全てを聞き流していた。
結局、疲れ果ててシオンはベッドで眠り、俺はソファで1人、夜景を横目に佇んでいた。
ま、こうなるんだろうなとは途中で思っていたさ。
俺は魔族だからいいんだけど。あんまし寝なくても。フカフカのベッドで横になりたいとは思ったが、今は勇者が占領しているし、まぁ今日はいいや。
とにかく明日だ明日。なにか明日は目標に近付きそうな1日になりそうな予感がするんだ。
そんなことを思って、ただ時が過ぎるのを待っていた。




