表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/50

プロローグ

「君ほど優秀な魔法使いはこの世界で他に居ないだろう。どうだろうか、君さえよければ私と一緒に魔王を倒す旅に出てもらえないだろうか?」


 街一番の大きな酒場の真ん中で、俺は勇者――シオン・リンクライトから、パーティーへの勧誘を受けた。

 この世界で、魔王とついを為す唯一無二の存在、勇者である彼女から名誉あるパーティーの勧誘だ。当然、周りで酒を飲んでいたり叫んでいたりとしていた他の冒険者が一斉にこちらを向く。

 そして次々に飛び交う喚声。窓が割れるんじゃないかと思うくらいに爆音だった。

 冒険者は口々に言う。やったじゃねぇかボウズ! とか、こんな美少女のパーティー入れていいねぇ! とか、皆そんな事を言って冷やかしたり煽ったりしてくる。


 眼前の少女を見る。

 頬が少し紅潮していた。まぁ、こんだけ煽られれば当然と言えば当然か。俺だって恥ずかしいし。


「どう……だろうか?」


 シオンが上目遣いでもう一度問い掛ける。

 おおっ! と沸き上がる喚声。


 常人なら、勇者からのパーティー勧誘なんて喉から手が出る程に欲しいものだろう。きっと、二つ返事でOKと言う筈だ。だって、パーティーに居るだけで名誉がもらえるんだから。

 でも、俺は……俺だけは悩む。

 だって、だって……



 俺、魔王の息子なんだもの…………。







     ◇






 俺がシオンに出会う前の話をしよう。

 俺はユクス・サータニアス。魔族の王、リザリウス・サータニアスの息子、つまり魔族の王子という事になる。

 俺が生まれて喋る事が出来るようになると、俺は色々な事を両親やその側近から教えられた。世界は厳しいから、魔国の王子だから、人間は残酷だから、等々言われながら、厳しい幼少時代を過ごした。勉学、剣術、魔法、それら全てを幼い頃に叩き込まれた。その鍛練は気が遠くなるくらいに厳しいものだった。


 俺が3歳の時、妹が生まれた。ノエリア・サータニアス。不幸か幸せか、妹には魔法の才能があった。生まれながらにして天才というやつだ。でも、それを盾にして俺を責めることなんて無かったし、寧ろ好いてくれている様だった。どんなに辛いことがあっても、唯一、年の近い妹と話すことが救いだった。



 この生活に自由が無いと疑問に思いはじめたのは15才の時。俺はいつものように1日ずっと鍛練をしていた。

 その日は魔法の練習だった。勉学や剣術の練習とは違い、魔法は生まれた時の才能に強く影響する。俺はギリギリ適正があった程度。魔法適正に関しては一般人となんら変わりない。最初は火属性低級魔法、俗に言う基礎魔法とやらさえも、繰り出すのに精一杯な程だった。だから、とてつもなく厳しい鍛練を繰り返し、ようやく天才と同じスタート地点に到達した。もちろん、スタート地点だ。妹のノエリアは既に更なる高見へと行っている。


 ある日の夜だった。

 練習を終え、ヘロヘロになりながら自室へと戻る途中、父親とその側近との会話が耳に入った。庭園で鍛練をしていた帰り道、父親の部屋の窓が空いていて、そこから会話が聞こえたのだ。天気も気温も丁度いいからか、偶然に会話が耳に入る。


「魔王の継承権の話だが……、お前はユクスとノエリア、どちらに継承させれば魔族のためになると思う?」


「……私個人としては、ノエリアお嬢様の方に一票……というのが答えです」


「……そうだな、やはり時代は天才に任せようか」


 瞬間、俺は胸を締め付けられる思いに刈られた。

 盛大に裏切られた気分になった。

 耳を疑ったが、その後も同じような話を続けているあたり、真実らしい。

 夢かと思ったが、鍛練で痛む体が現実へと意識を戻す。


 側近の人は俺もよく知っている。何せ、俺の鍛練の指導者の一人であるから。いつも厳しい人だが、俺の事を思ってやっているといつも豪語していたから、それなりに俺を思っていると思ったのだが、違うらしい。結局は口ばかりだった訳だ。


 確かに、凡人が天才に勝つのは難しい。

 だからこその十数年の鍛練だったんだろう。苛酷で厳しい鍛練を続けてきた、その全てを一瞬で容易く奪われた気がした。

 それでも、俺の足は止まらなかった。ヨロヨロとした動きで、晩御飯も取らずに自室を目指す。その間も息は荒く、胸は苦しいままだった。途中、ノエリアにばったり会ったが、俺の顔を見て心配そうにしているノエリアを無視して歩いた。今は……少し、妹とは間を置きたい。いや、妹に限った事じゃない。今は一人になっていたかった。


 自室に戻り、ベッドに倒れると、自然に涙が出てきた。そして、腹の底から悔しさが込み上げてくる。自分に対しても、父親や側近の奴等に対してもだ。魔王を継承させる為に俺を鍛練させてたんだろう? なら、なんで俺を魔王にさせない!? 俺はもう父親の考えが分からない。いや、側近もだ。

 だってそうだろう? 俺の15年間はなんだったんだ? 

 ……ダメだ。何を考えても悔しさで染まってしまう。というか、これから俺はどんな顔して彼等に会えばいいんだ? 言うなれば、俺なんて必要ないって事なんだろうな。

 そう思うとまた涙が溢れてきた。

 自由のない毎日。鍛練と睡眠を貪る日々。自由を捨ててまで得てきたこの努力を否定されたこの悲しみは、どうやっても拭えないんだろう。

 もう、何も考えたくない。

 そう思った矢先だった。


 コンコンっとドアを叩く音が響いた。


「あの、お兄様……? 今、お時間大丈夫ですか?」


 妹のノエリアの声が続く。

 俺は急いで涙を袖で脱ぐって、息を整える。

 俺はノエリアに言葉を返す。


「ノエリア? どうしたんだ? もう夜だぞ?」


「あ、いえ、先程お兄様が張り詰めたような表情をしてらっしゃったので、わたくし、心配で……」


 扉越しにノエリアが言った。


「あの、お兄様、入ってもよろしいでしょうか?」


「……ああ、大丈夫」


 躊躇したが、俺はノエリアを呼ぶ事にした。

 出来ればこのまま、眠って居たかった。けど、一通り考えてみて、俺はノエリアに聞きたかった事があった。だから、俺はノエリアを呼んだんだ。


 扉が開き、ノエリアが現れる。廊下ですれ違った時と変わらず、部屋着であるワンピース姿だった。

 青く長い髪、華奢で白い肌、子供ながらにしても整った顔立ち。兄の俺と違ってノエリアは容姿端麗だ。魔族からの人気だって高い。少なくとも俺よりある。

 そんなノエリアが口を開く。


「その、お兄様。何か、悩み事があるなら私に打ち明けてください。私に出来ることなら、何だってしますから! お料理だって最近出来るようになったのです! おすすめはオムライスです!」


「ははっ、そっか。ノエリアは料理が出来るようになったんだな。じゃあ今度食べさせてくれよ。ノエリアが作るオムライスだもんな、絶対美味しい筈だよ」


「……! はい! 勿論です!」


 笑顔で一杯のノエリアの頭を撫でてやる。

 撫でられている時のノエリアは猫みたいに癒される顔をしていた。


「……なぁノエリア、例えばの話なんだけどさ」


「……? はい」


「あのさ、もし俺がこの世界に居なくてさ、ノエリアが俺みたいにいち早く生まれて、でも才能もなくて、それでも魔王になれって言われ続けていたら、ノエリアは魔王になろうって思うかな?」


 俺が唐突に話を繰り出したからか、俯くままのノエリア。俯きながらも返事はする。

 

「……それは、お兄様は魔王をやりたくないという事ですか? お兄様は魔王をやるためにこれまで頑張って来たんじゃないのですか!? 私はお兄様に魔王をやってもらいたいのです!」


 声を張り上げるノエリアに思わずたじろぐ俺。


「ま、待って待って! 例えばの話だからこれ! 落ち着いてくれ!」


「例えばの話でも、私はそんな話は嫌です!」


「……それでもさ、魔王は誰かがならなくちゃいけない。それも、優秀な奴が。もし、ノエリアが俺の立場だったらどう動いてた?」


「……私は、それが使命でしたら、やり遂げると思います。だって、それが運命ですもの。やらなきゃ……いけないんだと思います」


 静かに、ノエリアは告げた。

 そう、だよな。

 俺は確信した。やっぱり、俺より……。


「ノエリア、お前は本当に強い子だな。もし俺が居なくなっても、お前は強くあり続けるんだぞ? いいな?」


「……お兄様、どこかへ行ってしまわれるのですか!? 嫌ですお兄様、どこへも行かないで……。それが叶わないのなら、せめて私も連れていってくださいませんか?」


 服の裾を掴みながら、ノエリアは震えながら訴えた。彼女の目元を見ると、小さな滴が流れていた。

 ノエリアは察しがいい。だから、俺の目論もくろみも気がついているんだろう。

 だから俺はノエリアに、最初で最後の嘘をついた。


「大丈夫、俺はどこにも行かないよ。ちょっとだけ、そんな未来を想像してただけだからさ、泣かないでくれよ」


「……嘘です。お兄様は嘘をついてます」


「本当だよ。じゃあこうしよう。俺が嘘をついてたら、次会う時に1つだけ何でも言うことを聞いてあげる。それでいいか?」


「……本当に、居なくならないでくださいね」


「……ああ」


 心が、痛かった。

 ノエリアに嘘をつく事が、親父達に過去を否定された時よりもよっぽど胸が苦しい。

 そうだ、俺はこの城を出ていく。魔王が住まう、魔王城を今日中に。


 だって、俺がいたら、絶対にノエリアは全力で魔王になることを否定するだろう。ノエリアは優しいから、俺の事を思って絶対にそうする筈だ。

 だから、俺はここを出ていく。

 魔族のこれからを見続けるには、俺みたいな凡才は狭すぎたんだ。ノエリアがやるべきだ。悔しいけど、ノエリアなら任せられる。そんな気がするんだ。


「……分かりました、お兄様。じゃあその時は私と結婚してください」


「へ!? 結婚!? なに言ってんだお前! それがどんな意味か分かって言ってるのか!?」


「別に、約束を破るつもりはないのですよね? ならいいではありませんか。こんな約束をしたって」


 ま、まぁ確かにその通りだけど。

 そうだ、ノエリアは頭も切れるんだった。

 いやでも、ここを出たらノエリアに会うこともないだろうし、別にいいか。


「まぁいいよ。ていうか、兄妹で結婚って出来ないんだからな。分かってるよな?」


「前に占い師のおばさまが言っておられたのですよ。愛があるなら良し、と」


 うぅん。

 まぁいいや。それで。


「じゃあ、私はもう寝ますね。お休みなさいお兄様。貴重なお時間を頂きました」


「いいよ、ノエリアなら。また、おいで」


「はい、そうさせて貰いますわ。お休みなさいお兄様。また、明日」


「うん、お休みノエリア」


 そして扉が閉まる。

 閉まる直前『また明日は、言ってくれないのですね』と、悲しそうなノエリアの声が聞こえた気がした。







     ◇






 月が輝いている夜空を見上げながら、俺は歩いている。

 荷物は最小限にして、厚いレザーマントを被り、魔王城から抜け出した。

 行き先は……そうだな、魔国を出よう。

 幸い、俺の容姿は限りなく人間に似ている。だから、そう簡単に怪しまれずに済むはずだ。



 月夜を歩く俺の後ろには、大きな魔王城が佇んでいる。もう、2度と戻りはしないだろう。

 一度振り返り魔王城を見やる。

 そして、俺はまた歩き出した。暗い暗い、夜の道を。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ