68 一方その頃の二人 前編【視点:アマン】
ブックマーク、ありがとうございます( *´艸`)
67話ですが題名を「67 一方その頃【視点:アリエーゼ】」→「67 一方その頃の王女【視点:アリエーゼ】」へと変更しましたm( _ _ )m
本当は全部「一方その頃」にしようと思っていたのですが、アマンの話が予想外なことに二分割されてしまったためです(;´Д`)
時系列的には、セラフィエルと共に地上へ上がり、レジストンがつれてきた兵に連れていかれた後の話です。
僕の名前はアマン。
庶民の出なので、姓は持っていない。
ただのアマンだ。
小さい頃から我儘も言わず、黙々と農地を営む実家の手伝いをしていた。
同年代の子も多く村にはいたけど、顔も体格も頭も家柄も全て村という小さな世界の中でも平均値。良くも悪くも目立たない性格だったため、周囲に埋もれて僕という個人はあまり覚えてもらうことがなかった。
別にそのことに不満があったわけでもないし、遠くから見ていると仲が良すぎて喧嘩したり、一方的な虐めの現場を何度も同世代の中で目撃していたので、僕のような没個性は安全地帯のように思えた。
だからこの性格を変えようと思わず、ただひたすら両親の教えのまま、鍬を振る日々だけを続けていた。
そんな僕に転機が訪れたのは、遠くの村から引っ越してきた一家がこの村へと足を踏み入れた時だった。
なんでも度重なる西との衝突に乗じて、人身売買を生業とする輩が一つの村を襲ったらしく、そこから何とか逃げ切った一家とのことだった。
この国の王様は、奴隷業を廃止して平等――とまで行かずとも、それなりに地方の民のことまで考えてくれる御方らしいのだが、やはりそれはどうしても一方通行になりがちで、国から地方改善の御触れや手法が回ってくることはあっても、庶民から国へ言葉を届けることは難しいと聞いたことがある。
当時はよくわかっていなかったけど、まず庶民・平民が直談判をすることは防衛の観点から不可能。手紙にしろ、検閲が幾つもあり、王の手元に届くとしても半年はかかると言われている。
それ以前に王の手前である宰相であったり、外務部門で差し止めをくらうこともあるようで、基本、握り潰されて王の耳に届くことはあまりないらしい。
今ならそれすらも王都民であったら、の話で、王都の外の領地内にあるいち村の場合は、その領主に話すのが筋だ。
そして領主が判断をして、王へ報告するかどうかを吟味する。
……自分が生まれ育った村のある領主が、そんな面倒な真似をするとも思えないので、まあ結局は僕たちの声はどこにも届かない、という結論になる。
この話は当然、親からの情報ではなく、領主様の息子が村の視察に訪れた際に聞いてもいないのにペラペラと喋った内容から手にしたものだった。
きっと彼は一介の村人たちに「俺はこんなことも知ってるんだぜ! 凄いだろ!」と自慢がしたいがために話したんだろうけど、良識を持っていた人たちは「こいつ、口軽いな……」と思っていたことだろう。
まあ何にせよ、西との衝突に紛れて犯罪を犯す連中がいても、その悲鳴は国の上層部には届かず、埋もれてしまうわけだ。
そのことを理屈ではなく、人生経験から自然と理解していた村人たちは、難民として逃げ出してきた他村の家族を匿った。
どうせ領主もその息子も家令も、領地内の各村にどれだけの人間がいるかなんて知らないし、管理しようとも思っていない。
彼らが村へ干渉するときは、領主への年貢の最低ラインを下回る時ぐらいだ。
それ以外は視察という名目で、顔のいい娘がいれば屋敷に強引に連れて帰るぐらいの機会しかない。こうして考え直すと、アイツらもアイツらで人攫いを生業としているように思える。
そういった根拠もあり、彼らは一人息子しかいない三人家族で、家もそれなりに余裕があった僕の家を仮住まいに受け入れることになった。
逃げてきた家族は、うちと同じく、両親と子の三人。
違う点といえば、子が女の子だったことぐらいだろうか。
他人との過度な接触を避けてきた僕だったけど、その子を見た時、素直に「可愛い子だなぁ」なんて思ってしまった。
肩まで伸びる黒髪に凛とした表情。
表情は不愛想に見えるけど、不思議と嫌な感じはしない。むしろ、酷いことがあって命からがら逃げ延びてきたというのに、彼女の親と違って、その子は落ち着いていた。
「は、初めまして」
らしくもなく、緊張してしまった。
普段の僕なら、どうせ距離を置くんだから、と緊張することなんてなかったのに。
しかし一度それを意識すると、悪循環に陥るようで、僕は思考がグルグルと余分に回ってしまい、その後も舌を噛むように言葉を乱しながら、彼女に声をかけた。
あたふたとする僕を、母さんと父さんが微笑ましいものを見るかのように目を細める。
ち、違うっ!
別にそういう男女とか疚しい気持ちがあっての動揺じゃなくて、僕は僕自身が何故だか緊張してしまうその事態に戸惑っているだけで……!
「貴方――」
そんなことを思っていると、不意に彼女が口を開き、透き通るような声を出した。
その目はしっかりと僕を捉え、ジッと見つめてくる。
思わず僕は口を閉ざし、彼女の続きを待ってしまった。
もしかして、僕の態度を勘違いされてしまっただろうか?
そう考えると頬に汗が流れてしまう。
しかし、彼女の口からこぼれた言葉は、僕はもちろん、この場にいる誰もが予想しないものだった。
「……面白いぐらい、個性がないわね。まさに平均を絵に描いたような素朴さよ。逆にそれが個性になるだなんて素晴らしいわ」
ニコリ、と微笑むこともなく――真顔でそう言われたのは、今でも僕の中で鮮明に残る記憶の一つだ。
それが僕ことアマンと、侍女を装って一緒に旅をしているメリアとの出会いだった。
*****************************************
そんな幼き頃のことを思い出したのは何故か。
きっと、これから行われる尋問を悪い方へ悪い方へ想像するあまり、走馬燈のように懐かしい日々を思い出してしまったのだろう。
あの地下での絶体絶命から救い出され、メリアの貞操も守られて脱出できたのはかなりの幸運だと思ったけれど、その直後にまさかさらに拘束されるとは思ってもいなかった。
しかも……どういう組織なのかは分からないけど、かなりキナ臭い連中に僕たちは捕まったようだ。
目隠しをされ、メリアと共に連れてこられたのは窓も何もない一室。
燭台の上で揺らめく蝋燭の火が怪しく光っていた。
一瞬、こんな密閉された部屋で火を焚いていいのかと思ってしまったけど、良く見れば天井の端に穴が幾つも空いているので、そこが通気口になっているのだろう。
王国には死刑の一種で……密室に何百本の蝋燭を点け、数日放置して死に至らせるという処刑方法があると耳にしたことがあったため、一瞬自分もそうなるのではないかと身震いしてしまったが、空気の出入り口が配備されているのであれば、ひとまずその方法で処刑される心配はしなくて良さそうだ。
部屋の中には正方形の木造テーブルに、椅子が四つ、二つずつ対面になるように用意されていた。
人数は僕を含めて四人。
僕とメリアは出入口と真逆の椅子に座らされ、対面には二人の男が座った。
服装はそこら辺にいる平民とそう変わらない服装だけど……ただの見た目通りの男でないことは僕でも分かる。
ちらり、とメリアの方に目を向けると、彼女は「前を見なさい」と言わんばかりに、少し目を細めたので、僕は慌てて前を向く。
すると、メリアの正面に座っていた優男風の男がその様子を見ていたのか、やんわりと微笑んだ。
直後、メリアははぁ、とため息をつく。
え? なに、今の一瞬のやり取り。
僕、なんかした?
明らかに優男とメリアが何かを察したかのような仕草をしたので、僕は内心焦りを覚える。
そんな動揺から落ち着かせる間もなく、もう一人のやや筋肉質な男が口を開けた。
「あぁ、急にこんな場所につれてこられて不安に思う気持ちは分かるが、少し質問に付き合ってほしい。君たちが嘘偽りなく素直に事情を話さえしてくれれば、可能な限り便宜を尽くそう」
声色はキツメだが、そこまで怖いという雰囲気を出さない不思議な男の人であった。
「まず自己紹介だけ。俺の名はジズ。で、隣の奴はフォンウェイっていう」
「どうぞ宜しくお願いします」
筋肉質の人がジズ。優男の人がフォンウェイというらしい。
「私の名はアマンといいます」
「メリアです」
何とか声を震わせずに話すことができた。
メリアはいつも通りというか何と言うか……微塵も感情の機微を感じさせないものだった。
「まず俺たちのことだが……まあ連行時の様子から薄々は気づいていると思うが、王城の一部隊に在籍をしている身だ。まぁそうだな……一介の兵士と思ってくれていい」
その割にはラフな格好だ。
ついさっき僕たちを確保した連中は間違いなく兵士の格好をした人たちだから、彼らの身分は頷けるものだった。けれど、そんな彼らが僕たちを何かの容疑で、もしくは危険視して捕らえたというなら、もう少し警戒した格好でもおかしくないのだけれど……。
僕の視線に気づいたのか、フォンウェイさんが補足をしてくれた。
「ああ、実は私たちは今日、非番の日だったのですよ。自室で思いのまま過ごしていたのですが、本件の関係で急な呼び出しを受けましてね。それで不躾ながら、このような格好でここに参じることになってしまったのです。それなりに戦えて、それなりに話を聞くことができる人材の中で、ちょうど手が空いていたのが私たちだったので、このような形になってしまいました」
僕たちは貴族でもなんでもないので、正直、不躾だとかそういったことはないけれど、フォンウェイさんは丁寧な口調でそう説明してくれた。
なるほど、戦闘行為に多少なり自信がある。その現れがその格好にも繋がっているのかもしれない。
「あぁ、あと……もし本来の口調でないのでしたら、崩していただいて結構ですよ?」
「え?」
フォンウェイさんの突然の言葉に、僕は思わず疑問を返した。
僕に言ってる……?
確かに外向け、というかメリアと相談して決めた仕事用の口調にしてはいるけど、そこまで不審に思われるほど取り乱したつもりはなかった。
どこで気づかれたのだろう。
何となくだけど……隣のメリアの雰囲気が固くなった気がした。
ど、どうしよう……大人しく従った方がいいのだろうか。
「私の考えすぎでしたら、すみません。こう見えて様々な人とお会いする機会に恵まれてましてね。それで言葉遣いを取り繕っているかどうか、何となくですが分かるようになってしまったのですよ。ですが、それはあくまで何となくの範囲のお話ですので、私の勘違いでしたらお詫びいたします」
「あ、いえ……」
どう返したらいいんだ、これ。
ていうか、僕、まだ名乗りの一言しか発していないんだけど……そんなことまで分かっちゃうの?
思わずメリアを見ると、彼女は視線を正面に向けたままだった。けれど、僕の視線には気づいており、スッと目を閉じて、僕にアドバイスをくれる。
「アマン、言われた通り、口調をいつものに戻したら?」
「え、あ、うん……」
僕はどこか居心地が悪くなりつつも、言われた通り、言葉を平常時に戻した。
フォンウェイさんは何かを確認するかのように、頷いた。
そして、机の下では何故かメリアが僕の足を思いっきり踏みつけてきた。
思わず声を上げそうになるのを我慢する。
彼女がこんな状況の中で、場を乱すような真似をするのは珍しい。
あるとしたら……そう、既にどうにもならない鳥かごの中に入り込んでしまった時に見せる、苛立った状態の時ぐらいだ。
えっと、つまり?
この状況って、すでにヤバいってこと?
2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました