66 真相
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もうそろそろで二章も終わります。ここまで読んでくださった皆様、大感謝です♪
「しかし、彼らの身柄を確保できたのはやはり大きいね。彼らは幾つか貴重な真実をもたらしてくれた。そういう部分も含めてセラフィエルさんの今回の行動は、褒められはしないけど、勲章ものだと思うよ」
そう言って、レジストンはわたしの頭を優しく撫でる。
褒められない、というのは勝手に単身で飛び出したことを指しているのだろうが、その後に口にした「勲章」と称するあたり、手にした見返りは相当に役立つものだったらしい。
わたしは下水道の奥に隠された部屋で縛られていた二人組の姿を思い出す。
「あの……記憶を抜き取る、という能力を発動させるのにどの程度の制約があるのか分かりませんが、そんな力を持つ人を手元に置くのは危険なんじゃないでしょうか?」
あの二人はあまり危険そうな性格に見えなかったが、その能力があまりにもぶっ飛んでいる。
人の記憶を抜き取るだなんて、魔法でももちろん無理だ。
そんな芸当を何の代償も払わずに行使できるとすれば、その危険度は計り知れないものである。しかも記憶を抜き取られた本人はそのことに気付きもしない。
よほど目の前の光景と記憶に矛盾が生じ、その事態に冷静に対処できるような思考の持ち主でない限りは、クラッツェードのように誰かに指摘でもされない限りは気づけない。
そんなわたしの心配をすぐに読み取る、察する達人のレジストンは「ああ、大丈夫だよ」と笑って答えてくれた。
「その心配は尤もなことだけど、大丈夫。かの能力は確かに警戒すべき能力だけれども、王室付調査室は俺一人の組織でないし、彼らに顔見せしていない部下も複数いる。そんな中で不用意に俺の記憶を抜き取り、逃亡もしくは意識をすり替えようとしたところで、すぐに拘束されるのがオチさ。俺の部下はみな優秀だからね。俺の記憶に不和が生じているかどうかぐらい、見極めるのは難しくないことさ」
すごい信頼関係だ。
難しくない、なんて簡単に言っているが、それがどんなに困難なことかは小さな子供だって理解できる。
よほどレジストンと部下が互いのことを理解しあっていない限り、成り立たない言葉だ。
王室付調査室。
王族の影でありながら、友であり、互いに道を誤れば対等の存在として剣を向けることのできる組織。
生半可な人間が身を置くなど許されない立ち位置である組織だということは分かるけど、ここまでの信頼関係を結ぶことは親兄弟であっても難しいというのに……彼はあまりにも簡単に信頼を口にする。
きっと、わたしが王室付調査室に深く関与することは無いだろうけど、ちょっと興味が湧いた。
それにしても……そんな場所にこれから本格的に身を置くマクラーズとヒヨヒヨは大丈夫なんだろうか。
そんな気持ちで視線をレジストンの背後の壁際で控える二人へと移すと、彼らは何とも言えない表情で口を結んでいた。
早くも転職先を間違えたか、という心情が読み取れたので、わたしはそっと気づかないフリをしてあげた。
「それに……彼らも人間だ。生きるためには金も必要だし、食べることも必要だ。そんな彼らヴァルファラン王国の人種をまとめあげる王族に『逆賊』の烙印を押されでもしたら、それこそ立ち行かなくなることは明白さ。彼らにとって安楽な生き方というのは、王族や上流貴族たちとの接点が低い場所で、違法ギリギリのラインで美味い仕事を見つけて資金を稼ぐ――ってとこなんだろうけど、今回でその年貢も納め時だったってわけだね」
ハッハッハ、と笑うレジストンを横目に、わたしは例の二人に「ご愁傷様」と心の中で断っておいた。
ヒヨヒヨも言っていたけど、今回の仕事はどうにも雇われ側からすれば「軽いもの」として受け取られていたようだ。
銀糸教という旗印を掲げ、アリエーゼ王女殿下を崇めることも公言していたはずなのに、なぜ安易に彼らは首を突っ込んだんだろうか。
もしかして……依頼主――トッティって人があまりにも間抜けだった……って言うと故人に失礼かもだけど、よほど扱いやすかったのかしら。
何かあってもすぐに逃げ出せる的な印象を持っていた、とか?
「それで……貴重な真実、って何なんだい?」
その辺りはクラッツェードもディオネもまだ聞いていない事柄だったようで、ディオネが話の本筋に戻すようにそう尋ねた。
「<連記剔出>の能力者は、対象から一人の人物に関連する情報に限り、その人物に連想する一部の記憶を抜き取ることができるらしいね。つまり、クラッツで言えば、セラフィエルさんという人物に狙いを定めて、能力を発動。そうすると、クラッツの中にあるセラフィエルさんの情報が、その時から数時間以内の分だけ抜き取れるみたいだ。でも、セラフィエルさん以外の情報は記憶の中に残るから、その時に俺と話していた会話自体は覚えている。でも会話の中で出てきたセラフィエルさんの情報はすっぽり抜け落ちる、って感じだね。発動条件は、自身から半径2メートルほどの範囲に対象を含めないといけないらしい。発動後待機時間は三日程度。銀糸教に雇われた際には能力のことを黙っていて『星の調べ』っていう能力名をでっちあげて、あたかも星から知りたいことを教えてもらう、みたいな体で説明していたらしいね。大方、口の軽い雇い主から<連記剔出>の能力者として足が付くのを恐れての行動だろうねぇ」
なるほど……やはり色々と制限はある能力のようだ。
半径2メートルという距離まで接近しなくては発動しない能力なのに、記憶を抜かれたクラッツェードと一緒にいたレジストンが気づかなかった、ということは、おそらく能力の発動自体に予備動作や呪文、もしくは発動時間などはほぼ無いのだろう。
きっと、一瞬で能力の行使を終えるに違いない。
ただし発動後待機時間は三日と長いと……。発動距離も短く、抜き取れる記憶も僅かな時間だとすれば、使うタイミング――そして対象人物の選定が物を言う能力、ということになりそうだ。
「で、彼はうまい具合に『星の調べ』という隠れ蓑を使って、危険なく適度に仕事をこなしつつ最小限の労力で依頼料をふんだくるつもりだったらしいんだけど――想定外な出来事が起こった」
「……それが、あの下水道の奥で捕らえられていたことに繋がるんですか?」
「そうだね。甘く見ていた銀糸教のボス、トッティは……まさかの伝説上の組織だと思っていた樹状組織と繋がっていた。仮に繋がっていたとしても彼らは逃げる算段を用意していたんだけど、よりにもよって大物――樹状組織の幹部を名乗る者が彼らを襲ったようだ」
レジストンの視線を受け、わたしは「まさか……」と呟く。
「そう。セラフィエルさんが一戦交えた法衣をまとう者。それが樹状組織の幹部を名乗る連中さ。赤と黒が特徴の法衣の男に、彼らは組織内で待機していたところを押さえつけられ、連れ出されてあの場所にいたってとこだね」
――赤黒法衣。
わたしからすればヘドロよりも硬質変形した槍のようなものを扱う赤黒法衣の方がくみし易いと思ったけど、魔法を使えない普通の人間からすれば、あの存在は化け物の類に分類されることだろう。
「幹部を名乗る法衣は、彼らの能力に興味を示したみたいなんだ。『星の調べ』……まぁ実際は<連記剔出>なんだけど、それを解明し、血肉にするために連れ去ったと法衣はトッティに告げたらしい」
「それを間近で聞いていた二人は気が気じゃなかったでしょうね……」
これからの自分たちの末路を耳にすれば、誰だって震えあがるだろう。
そう思って何げなく返したわたしだが、その言葉にレジストンは「ちょっと違うかな」と挟めた。
「まあこれが俺の言う『貴重な事実』になるんだけど……そもそも法衣が幹部を名乗るシーンを彼らが実際に聞いていたわけじゃないんだ。その時、彼らは気絶していたんだからね」
「え?」
それじゃあレジストンは誰からの情報をもとに言っていたのだろうか。
憶測……にしては、あまりにも自信ありげに話していたし……。
答えを求める表情をしたわたしに一つ笑ってから、彼は話を続けた。
「地下で目を覚ました彼らは、まぁ――ちょっと危害を加えられそうになってね。そこで<連記剔出>をトッティに使い、彼が動揺するであろうタイミングで逃げられないかを画策したらしいんだ。だから――さっき話した幹部の話は全て『トッティの抜き取られた記憶』というわけさ」
「あぁ……そんなことがあったんですね。でも、その……トッティさんが何で動揺するって分かったんでしょうか? 記憶を取られても気づかない可能性の方が強いですよね?」
「それは、記憶の対象となる人物が、例の法衣だからさ」
「あっ」
そういうことか。
そこまで言われて、わたしの想像の中で当時のシーンが明確に構築されていった。
赤黒法衣は<連記剔出>の能力者たる二人を浚い、例の地下に潜った。その時にトッティも同行しているとし、その場で赤黒法衣の記憶を抜き取ったら何が起こるだろうか。
――トッティは、突然記憶にない赤黒法衣の姿に驚くだろう。
そして、汚れた仕事をしている上に樹状組織と繋がっている身であれば、当然、その謎の存在に強い警戒心を抱くはず。
そうなれば自ずと起こるのは、仲間割れだ。
「あ、あの……もしかして、トッティさんの死因って」
「うん、想像の通り。記憶を失って法衣を警戒し始めた彼を、その法衣が殺したんだ」
「そう、だったんですね……」
ということは、わたしが崩落させ落下したあの部屋に彼の遺体があった、ということだろうか。
ふと、地上へ上がる際、瓦礫の下を心配するわたしの問いに対して、侍女風の女性が「せいぜい地下に這いずり回る虫が潰れた程度でしょう」と言ったのを思い出す。
…………あぁ、そういうことだったのね、と何となくあの言葉の意味が分かった気がした。
「そして、そのトッティの記憶にあった法衣は、もう一人の白い法衣にも別の指示を出していたようだ」
白い法衣――間違いなくヘドロ法衣のことだろう。
「アイツか……」
嫌なものを思い出すように、ヒヨヒヨが舌打ちをする。
「……気分のいい話じゃないけど、赤黒法衣は今回の一件で関わった雇われ者。つまりマクラーズたちを全て死体も残さぬよう殺すように……指示を出していたみたいだ」
「なっ!」
自分たちが殺害対象だとハッキリ言われ、マクラーズが思わず声を上げる。
「マクラーズの言葉を受け、俺の部下をあの建物内に忍ばせておいた。彼の言葉も含め、間違いなく白い法衣は待機していた雇われ者たちを屠っていったことは間違いない。それも音もなく、高波に呑まれる者のように、一瞬で消えていったそうだ」
酸性の粘液のような体。
きっと、その体の中に今回雇われた者たちは溶かされていったのだろう……。あまり想像したくない最期であった。
「な、何故……そんな真似を?」
マクラーズの問いにレジストンは「後始末、とのことだ」と言った。
「赤と黒の法衣は今回の一件に関わった者、その全てを消せと言った。そうすれば、今回の陽動に疑問視する者がいようとも、手掛かりはなくなり、より疑心だけが深まっていくだろうから、とね。法衣の指示はそれだけだったみたいだけど、それだけ分かれば大体の魂胆は分かる。つまり、陽動自体は成功し、既にその役目は終わっていた……ということだろう。だから銀糸教に関する動きも停止していたし、雇われ者たちは処理しやすいように一か所の建物に待機するよう指示が下りた。そして中途半端に盛り上がった出来事は、俺たちの中で疑念だけを残し、綺麗に舞台から消える、っていう寸法だろうね。きっとトッティも<連記剔出>による影響に関わらず、あの場で殺される運命だったんじゃないかと思うよ」
「……」
それは人道から外れた、あまりな計画だった。
間違いなく、樹状組織は人の命を軽く見積もっている。
せいぜい、計画という盤の上で都合よく動かせる駒程度の認識なのだろう。
……あのヘドロ法衣を葬ったのは正解だったけど、赤黒法衣を取り逃がしたのは失敗だったかもしれない。
そんな考えが浮かんだが、それだと<連記剔出>を持つ二人に万が一が起こっていたかもしれないから、何とも言えない。
彼らが生き残ったからこそ、レジストンはこうして貴重な情報を手に入れることができたのだから。どちらに転んでも良し悪しが発生する結果に、わたしはもやもや感を覚えた。
「そこまでする陽動……そいつらは結局、何がしたかったんだ?」
この数週間に起こっていた王都の衝撃の状況に静まり返る室内で、クラッツェードは結論を尋ねた。
「それはね――結局、現時点では分からないんだ」
「これだけ材料が揃っていても……か?」
お前でも難しいのか、と暗に驚くクラッツェードに、レジストンは苦笑した。
「これらの事態は全て王都の西地区で起こっていた。だから俺は奴らが西地区に目を向けさせている間に、王都の他地区で動くつもりなんじゃないかと疑った。それで西に注意しつつ、ギルベルダン商会の動向も同時に監視しながら、他地区で怪しい動きがないかを部下に確認させたんだが……」
「何も無かった、と?」
ディオネが言葉を繋ぎ、レジストンが頷く。
「驚くぐらい、何もなかったよ。となれば次に思いつくのは、まだ表面上からは確認できない何かが水面下で動いているのか――」
「――もしくは、王都の外で何かが起こっているか、ですか?」
今度はわたしが言葉を繋ぐ。
「その通りだよ。その可能性に至ったのが、昨日――というのがかなり痛手だったけどね。西地区に陽動が集中していたのは、ある意味、罠だったんだろう。俺たちがそれが『陽動』であると掴むことも予想の範疇で、西地区に事態を集中させた。まるで西地区以外の王都で動きがあるんじゃないかと――思わせるためにね。王都に意識を集中させることで、王都外への監視を弱めさせた。それこそが今回の陽動の真の目的じゃないかと俺たちは踏んでいる」
レジストンの言葉に誰もが呆気にとられる。
そこまで――そこまでして、樹状組織は何をしたかったのか。
王都の外で、レジストンの監視を弱めた中で、一体何を目論んでいたのか。
「王都内ならまだしも、全領地の近況を貴族や税務官らに確認して整理するには、どんなに順調で早くても最低でも1年以上はかかるだろうね……。それに我々では足を踏み入れられない、不可侵領域もあるしね」
不可侵領域?
わたしはデブタ男爵家のあった西との抗争がある辺境と、この王都しかまだ行ってないのでピンと来なかったのだが、他の面々は話が通じているらしく、誰も疑問は抱いている様子はなかった。
どうやらヴァルファラン王国の中では常識っぽい話のようだ。後で誰かに尋ねることにしよう。
「……どの道、既に陽動の目的は達していたんだろ? だったら既にそいつ等の行動は終わり、また姿を眩ませているはずだ。今から追いかけても無駄足になるんじゃないのか?」
クラッツェードのその言葉は的を得ていた。
陽動の意義が終わったからこそ、ヘドロ法衣は関係者を全て殺そうとした。
つまりその時点で――王都外で彼らが成しえようとした「何か」は完了していることを指している。
既に手遅れなのだ。
「分かってるよ。それでも……僅かな手がかりが無いか探るほか、今の俺たちに手はないからね」
肩を竦めるレジストンは、いつもと変わらぬ表情に見えるが、どこかその態度にぎこちなさを感じた。
今回の一件は、彼の中で収穫も大きかったが、代わりに見逃した魚も大きかったのだろう。そして、その魚は水中深くに潜り、その行方は知れぬまま。途方もない追いかけっこだ、とわたしは思った。
レジストンは室内の面々を見据えるように視線を動かした。
「これからは……一見、平和そうに見えても裏で何が起こるか分からない状況が続く。王都や各領土の守護は、それぞれの領主に強化を求める形になるだろうから、早々、大きな被害が発生しないと思いたいところだけど……例の法衣の強さはセラフィエルさんやヒヨヒヨから聞いているからね。楽観視はできない。俺はこれから……奴らが何を求め、何を成したのかを追いかけることになると思う。けど、それにはどうしても……人手が足りないんだ」
そこまで言われて、わたしは何で彼がフルーダ亭にこの面子をわざわざ集めて、顛末の説明をしたのか、何となく察した。
ただ説明するだけなら、それぞれが関与した部分について各自に伝えるだけでいいし、何なら彼の部下に言伝という形で依頼してもいいはずだ。
だというのに彼は全員の都合を調整したうえで、この一室に集め、今回の一件を説明した。
人手が足りない、と言った。
そして、レジストンはわたしたちに踏み込むかどうかを確認した。
わたしは彼の目を見る。
ちょうど彼も全員の目を順番に見ていたところで、その途中にわたしとピッタリ合ってしまった。
わたしは何か言おうと思ったけど、言葉は出ず、ただ微笑んで頷いた。
その行動に彼は目を丸くした後、笑みを深くした。どうやら……わたしの意思は伝わったようだ。
――――樹状組織。
何が目的なのか分からない上に、存在すらも未だ確認されない謎の組織。
そして、あの法衣たちが所属する、王都に害なす無法者。彼らは間違いなく、近い歴史の中でこの王都に刃を向ける者たちだろう。
その刃の矛先には、隣にいるプラムもいる。
……そんなことはさせない。
彼らが刃を研ぎ、虎視眈々とヴァルファラン王国を突き刺す剣を準備しているというならば――それを抜く前に、へし折るまで。
護る者や矜持は、この部屋の人間、全員がバラバラかもしれない。
けれど、王都にきてまだ一月経つかどうかのわたしが抱いた想いは、ここに住まう彼らも同じく抱いているようだった。
「すまないが……有事の際は、君たちの力を借りたいんだ。今日は――それをお願いしたくて、ここに集まってもらった」
そう言って頭を下げるレジストンに、反対意見を出す者は誰もいなかった。
二章は結局、樹状組織の思惑に振り回されたセラフィエルたちを描く話。という感じです(*´▽`*)
銀糸教という宗教自体に特に深い事情はないという(笑)
2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました