65 王都に根付く存在
いつもお読みいただき、ありがとうございます(*´▽`*)
レジストンの説明編が…………中々終わらない! もうしばし、お付き合いくださいm( _ _ )m
マクラーズとヒヨヒヨの立場が明確になり、レジストンはようやく本題だと襟元を指先で正しながら口を開いた。
「さて、時系列を追って話すことにしようかな。我々が認識している顛末の始まりは――今からおおよそ一月前ぐらいになる」
一月前――となると、わたしやプラムがデブタ男爵家で色々と騒動に巻き込まれている時期だ。
ちょうど男爵家を出たあたりになるかもしれない。
平民の世界に無いのか、そもそも王都にないのか分からないけど、ここにはカレンダー的なものが無いので、いまいち日々の進みが分かりづらいので、王都に来てどのくらい経ったのかが時折分からなくなってしまう。
せめて毎週、同じ曜日に定期的な催しでもあれば「ああ、あの催しが三度行われたから、三週間経ったんだね」という目途も立つのだけれど、今の所わたしが知っている範囲で、そういった目安になるイベントは無かった。
そのうち、この世界の暦を調べて、カレンダーなるものを作るのもいいかもしれない。
「その時期から、どうにもね――第二王女殿下に対する噂が王都内で聞くようになったんだ」
第二王女殿下。
王族の名を聞いたところで親近感を抱くはずがないのに、何故だかわたしに関係がありそうな名前に聞こえてしまうのは何でだろう。
わたしが見聞きした王族と言えば……以前、レジストンたちとの話に登場した銀髪の王女ぐらいだ。名は確かアリエーゼ、だったと思う。
わたしの窺うような視線に気づいたのか、レジストンは「ああ、アリエーゼ王女のことだよ」と補足してくれた。こういう時、気の利く人が話し手だと、本当に話が分かりやすく円滑で助かる。
「元々、奔放癖があるのと、正義感が拗れた性格が災いして………………まぁかなりのじゃじゃ馬なもんで、変に噂が立つこと自体は珍しいことでもない――んだけど、彼女も王族の一人。一応、噂の出本の確認や、その噂自体に危険が孕んでいないかを確認する必要があった。それが俺たちで把握する異変の始まりだったと踏んでいる」
「それって……確か、夜盗を討伐したとかそんな感じのものでしたでしょうか?」
「ああ、うんうん、それ。まぁーった城を抜け出してチョロチョロと余計なことをしてしまったのかと、彼女に直接話を聞きに行ったんだけどね。本来なら話を聞いて、お目付け役の専属侍女に叱っておいてもらう程度で終わる予定だったんだけど、想定外なことにアリエーゼ王女殿下は『覚えがない』と言ったんだ。常識外れな行動をする子だけれど、彼女はこういった場合に嘘をつくことはない。そして彼女が嘘をついていないことも、目と雰囲気を見れば分かる。基本……嘘が苦手な子だからね」
まだ会ったことのない、眉目秀麗と謳われる銀髪の美少女、アリエーゼ王女殿下。
それだけを聞くと、完璧超人系の人かなって思っていたけど、レジストンの口ぶりから何となくだけど……ちょっと残念系? な子なのかなと思ってしまった。
「とまぁ、そんな感じで事実とズレた噂が錯綜し始めているということに気付いたわけだ。その数日後に王女殿下と同じ銀髪の子が王都入りしたって聞いて、時期的にも何か関連性があると踏んで君に接触した――それがくらり亭で君たちにちょっかいをかけた一件に繋がる」
「なるほど……」
「同時にギルベルダン商会という新興商会が王都で幅を利かせようとするかのように、急に名が挙がってくるようになってきた」
「……俺の商売が上がったりになったのも、その商会が原因だったってわけだ」
そこでクラッツェードが忌々し気に口を挟んだ。
そういえば、初めて彼を見かけた時、彼は壁間内市場で商人と言い争っていた。
彼が売り上げほぼゼロのフルーダ亭ではなく、薬学という専門知識を生かした薬草や香草採取を副業とし、それを売って生計を立てていたことは知っている。
きっと、その販売ルートをギルベルダン商会が邪魔をしたのだろう。市場の流通をコントロールしようとでも動いていたんだろうか。
「そして、お次は銀糸教と来たものだ。いやぁ……あまりの矢継ぎ早な新情報に、さすがの俺も目を回しちゃいそうになっちゃったよ。ハッハッハ」
レジストンがまいったね、と笑う。
そういえば冒頭に銀糸教は解決した、と言っていたけど、結局どう落としどころがついたのだろうか。教祖的な人物が捕まった、とかかな?
疑問をそのまま率直に聞いてみた。
「その銀糸教は解決したって先ほど言ってましたけど……どうなったんですか?」
「うん? そうだね、結論を言えば、銀糸教の創設者は死亡した。遺体も昨日確認したから、それは間違いないよ。特に教徒が他にいるような宗教でもないし――そもそも、銀糸教っていうのは、アリエーゼ王女殿下を崇める宗派でもなんでもなく、ただの囮だったんだ。だから首謀者が死んだことで、いったんこの話は完結したことになるね」
「お、囮……?」
「そう、陽動。簡単に言ってしまえば、首謀者は何でもいいから俺たちや王族の視線を、この地区に向けたかったんだ。そのことは遺体で見つかった首謀者、トッティ=ブルガーゾンの上着内ポケットに入ってあった密書を発見したことでより確かなものとなった。上に立つ人間であり、疚しい動きをしていたにも関わらず、更なる上層部からの指示が書かれた密書をご丁寧に持ち続けるほどのアホだとは組織の連中も思っていなかったんだろう。回収されずに残っていたのは僥倖だったよ」
銀糸教の創設者であり、首謀者の名前はトッティという者らしい。響きからして男の人だろうか。
顔を合わせることもなく、いつの間にか亡くなっていたという話を聞いて、どこかこの数週間の銀糸教に対する警戒の日々は何だったのかと少しだけ力が抜けてしまった。
「――偽装も考慮したけど、物の直近の記憶を触れれば読み取れる、なんて恩恵能力も歴史の中じゃあるぐらいだからね。そんな危険な証拠をわざわざ偽装するほど奴らも馬鹿ではないだろうから、ほぼこの密書は本物だと踏んでいる」
「はあ」
そんな恩恵能力もあるんだぁ、とわたしは感心してしまった。
今までの常識だけで高を括っていると、いつか足元を掬われそうな気がする。この世界では魔法でも操血でもなし得ないことを手に出来る力がある――ぐらいまで考えておくのが無難だろう。
恩恵能力――甘く見てはいけない力だと、改めて認識できた。
「そのぅ……奴ら、だとか組織、だとか言ってますけど、それって何なんですか?」
わたしの質問に、事情を知っているのか、レジストンだけでなく、クラッツェードやディオネも肩を少し動かした。ヒヨヒヨたちも裏稼業にいたせいか、おおよその予想がついたのか、視線を逸らし少しだけ顔をしかめた。
「この王都には……長い長い年月を経て澱み溜まった人々の欲望や怨嗟が、やがて根を張り、地上で暮らす人々からは見えない場所で蟻の巣のように蔓延る連中がいるのさ。その名を――樹状組織という」
「樹状組織……」
「国を支える王族や貴族と長い歴史の中で何度も衝突を繰り返してきた組織……って言われているけど、実際にその全容を確認したものはいないとされている、幻の敵でもあるんだよ」
「何度も衝突しているのに……正体が分からないんですか?」
「そ。奴らと刃を構えるときは何時だって表層での出来事ばかりなんだ。表層で活動するのは末端ばかりで、そいつらは樹状組織の幹部と思しき連中とは密に繋がることが無い。だから尻尾を捕まえれずに、いつも辛酸を舐めさせられてきた――っていうのが、俺たちの認識だね」
「そう、なんですね……」
ここでいう末端とは、マクラーズたち雇われも含めたことなのだろう。
そして、その銀糸教を作ったトッティという人も同様に。
もしかしたら、あのヘドロ法衣や赤黒法衣もそうなんだろうか? あんなのが末端にウジャウジャいるような組織だったら、かなり危険度が高い。
そんなのがのうのうと潜んでるとか、王都……本当に大丈夫なの?
「拠点が王都なら……虱潰しに調査したら、何かしらの痕跡がありそうな気もしますけど……」
「そう考えるのが普通で、当然……俺らの代も含め、歴代の王室付調査室も幾度なく、王都の隅々まで調査してきた。それでも……末端を捕まえることはあれど、やはり本命は掴み切れなかったんだ。隠れることにかんしちゃ、手に負えないほどの洗練された組織だと敵ながら思うよ」
となると、現時点で樹状組織について詳しく聞こうとしても、これ以上の進展は無さそうだ。
わたしは一つ頷いて「その樹状組織が、銀糸教を作る様に指示した……というより、王都でレジストンさんたちの目を向けるための工作を行うように指示した、ということなんですね」と話の軸を戻した。
「そういうことになるね。結局は銀糸教でもなんでも良かったんだ。要は、王族の中で最も平民の中でも話題性があり、特徴も分かりやすいアリエーゼ王女殿下に基づいた工作を行い、俺たちの調査の目をそこに向けさせた。きっと、セラフィエルさんが王都に来たのは、彼らにとっても予想外のことだったと思うよ。銀髪の子なんて早々いないと思っていたら、同年代同性の子が突然現れたんだからね。でも騒ぎを起こす種が増える分には彼らにとっても嬉しい誤算だったというわけだ。アリエーゼ王女殿下は難しくても、平民街にいる君なら浚うことは容易だ。そう考えて、君のことを探り、最終的にはマクラーズたちに誘拐するよう指示を出したりしたわけだ。より、銀糸教という存在を確固たるものにすることで、より一層、俺たちの注意を向けたかったんだろうねぇ。それにまんまと乗せられた点については、中々に悔しい思いをさせられたもんだよ」
そういう背景だったのね……。
渦中の中心にいると、全体像が全然分からなくなってしまうものだけど、まさに今回がそれだった。
バラバラに飛び散っていたピースがレジストンの説明で、一つ一つゆっくりと、着実に埋まっていく感覚が生じた。
王都に来てからの記憶を遡っていたわたしは、そこでハッと思い出す。
「あ、あの、レジストンさん?」
「うん?」
少し声を潜めるわたしの様子に合わせて、レジストンも近づいて腰をかがめてくれた。
「そういえば……クラッツェードさんの記憶の件って、大丈夫なんですか?」
……クラッツェードの記憶が抜き取られた可能性がある、という問題をすっかり忘れていた。
確か……記憶を抜き取る能力<連記剔出>の問題だ。
そもそも、そのことがあるから、フルーダ亭に滞在している間は、クラッツェードに記憶の漏れがないかを毎日確認し、余計な情報を彼の前で話さないよう注意を払う日々を送っていたのだ。
「ああ!」
そうだそうだ、と軽いノリでレジストンが反応するもんだから、わたしは訝し気に眉を潜めた。
「その件も解決だよ。これについては君に大感謝だね」
「え?」
解決したことにもビックリだが、わたしに感謝? どういうこと?
「君が下水道で保護した二人。あの片割れが……<連記剔出>の能力者だったんだよ」
「ええええっ!?」
予想外な犯人に、わたしは目を思いっきり開いて驚いた。
「どうにも怪しい二人組だったからね。保護と療養っていう名目で捕らえて、吐かせたらペラペラと教えてくれたよ。彼らの立場も、マクラーズたちと同様に雇われ者だったみたいだね」
「え、ええっ……ゆ、誘拐された人たちじゃなかったってことですか? というか、よくそんなことを簡単に喋ってくれましたね……」
「んー、誘拐という意味では強ち間違いではないかな? それと彼らも所詮は雇われ者さ。国王権限でヴァルファラン王国内全領地における指名手配をして、国内で一切の活動を禁ずることもできるんだよ、って脅してあげたら、喜んで教えてくれたよ。希少な上に危険な能力だから、彼らは今後、俺たち王室付調査室で監視することになりそうだね。諜報にも長けた能力だから、それなりに調教が済んだら、彼らにも積極的に働いてもらう日が来るかもね」
なんだかすっごく仄暗い笑みを浮かべている気がするんですけど……!
脅すとか、調教って……。
わたしは思わずレジストンからすっと目を逸らして、喉に詰まった空気を吐き出した。
「それと、クラッツへの能力も解除させているから、安心していいよ。クラッツの記憶操作が戻っていることは、実はもう彼本人に確認を取っているんだ」
「そ、そうなんですね……」
ちらり、とクラッツェードの方を見ると、彼も何の話なのか察していて、憮然とした態度のまま肩を竦めた。要するに「もう心配する必要はない」という意味だろう。
しかし、なんだろう……。
問題が解決していくことは嬉しいことなのに、あまりにも情報が一気に舞い込みすぎていて、目が回りそうになってしまう。
そして、話は当然終わりではなく、レジストンは休憩なしで顛末を語っていく。
2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました




