64 レジストンの素性とヒヨヒヨたちの更生への道
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そして、メリークリスマス♪
チキン、コンビニに買いに行ってこよっと(笑)( *´艸`)
――王室付調査室、室長。
そんな聞き覚えもない役職名が、レジストンのこの国における立場というものだった。
彼の説明から考えるに、王室付調査室というのは、前世まででもあった暗部や諜報部などと近しい役割を担っているようだ。
王族に仕える、秘密部隊、といったところか。
王国の表舞台では貴族たちが政界や領土管理、国家経済の循環を担当する。治安については王城内では騎士たちが、平民街では衛兵たちが、各領土では貴族たちの私兵たちが警備や犯罪の取り締まりなどを行う。
しかし表だけではどうしたって権力や法の抜け道などを悪用し、あの手この手を使って悪事を働く輩が湧き出てしまうもの。
また諸悪の根源たちは何重にも人の手を挟めて美味しい汁だけをすすり、いつも検挙されるのは実行犯ばかり。
結局のところ、どんなに騎士や衛兵が頑張ろうと、根源から解決するまで至ることは稀なことだった。
そんな事情が王国建設から幾度となく発生し、頭を痛めた治世者たちが対応策を講じた結果、王室付調査室という暗部が結成されたらしい。
王室付調査室の者たちに、爵位はない。表向きは平民と同様の扱いである。
レジストンもその前代である彼の母も、家名は持たず、王の影でその使命を果たしている。
けれども、レジストンがいるように、別に生涯独身でいろだとか、誰にも名を知られたり友を作ったりするな、などの制限はないようで、王室付調査室として外部に漏らせない秘匿情報さえ口外しなければ、職務に害が出ない範囲で自由は認められているらしい。
わたしからすれば、随分と甘々な待遇だなぁと思ったが、どうもこの王室付調査室に属する室長というのは、代々王族たちと仲の深い者――つまり、王族たちからして信を置く友人であることが第一条件らしく、近しいだけに王族も酷な待遇は望まず、今ではそういった待遇が当たり前のようになったとのことらしい。
現在もこうして気軽にわたしたちの前に姿を現しているあたりが、まさにその状況を体現していると言ってもいいのかもしれない。
因みにレジストンのお母さんは、リジットって名前らしく、このフルーダ亭の元亭主と結婚したみたいで、仲睦まじい関係だったらしい。
寡黙ながらも優しさと誠実さを合わせもっていた彼の父は、レジストンが生まれた翌年に不慮の事故で亡くなったらしく、リジットも子供が物心ついてから自身の立場を明かそうと思っていたこともあり、本当の自分を告げることも、大好きな夫と共に子供を育てることも叶わなかったことに大層落ち込んでいた過去があったそうだ。
これはレジストン自身が知る由もなく、現国王から彼が最近聞いた昔話のようだ。
そういった経緯もあり、リジットはレジストンが10歳になると同時に自分の裏稼業とその役割、王族に対する忠心を明かし、以降は夫の残したフルーダ亭の運営と並行して、早期に彼の教育に精を出していたらしい。
その甲斐もあって……という言い方はしちゃ駄目なんだろうけど、早めに彼の一族が国においてどんな立ち位置にあるかをレジストン自身が自覚していたおかげで、3年前にリジットが任務の過程で殉職した後も、いざこざなく彼は跡に就くことができたらしい。
それを彼が口にした時、クラッツェードが「嘘つけ、ショックで数か月、立ち直れなかった癖に」と突っ込むと、レジストンも苦笑で応えた。
こうやって言い合えるほどには、彼も母の死を乗り越えた、ということなのだろう。
こういった世襲制に近い、身内だけで連綿と引き継がれていく立場というのは、往々にしてどこかで歪み――要は欲目に駆られて、誰かしら問題を起こす代が出そうなものだけど、この王族と王室付調査室の間では未だそういった事件は生じていないらしいから大したものだ。
だからこそ、未だに王室付調査室の室長にある程度の自由と采配が任されているんだろうけど……。
そんな王室付調査室の彼らは代々、表ではどうにもならない……明らかな悪事に手を染めていても「私自身は何もしていない」と白を切ったり、「私を捕まえていいのかな? 私を捕まえるために人員を割き、その間に警備が手薄になった王城に何か悪いことが起きなければいいのだがね」などと開き直って脅しにかかる連中に対し、裏で誰にも気づかれずに証拠を揃え、王の承諾の元、その罪の重さに比例した処罰を独自に行う――という仕事を繰り返してきた。
罪の重さに比例した処罰、というのは、場合によっては暗殺、というケースもあるらしい。
大体は王族独断では裁けない伯爵以上の貴族であったり、領地一つ以上もしくは領民千名規模の被害を起こしうる罪を抱く者に対して、行われることが多いらしい。
そして、王の友である王室付調査室室長と王族。
彼らは互いに互いを裁く権限も持っているらしい。
それは友であるが所以の権利らしく、王族が誤った道を進み、国を、民を蔑ろにするような事態になるのであれば、王室付調査室が裁きを。
逆に王室付調査室がその権限を悪用し、罪に手を染めるようであれば王族がそれを断罪する、と。
はぁー、なんだか互いに監視しつつ、友人として関係を続ける、というのも不思議な関係だなぁ、と思っていたわたしだが、ふと、レジストンの説明の最中だというのに、思わず口を挟んでしまった。
「あのぅ……踏み込むと言いましたし、レジストンさんたちの『本当のこと』を教えて欲しいとも言いましたが……ここまで機密情報を聞いちゃってもいいんでしょうか?」
恐る恐る、そう告げると、レジストンは「何をいまさら」みたいに肩を竦めた。
「もちろん。その辺りを誰にどこまで話すかは、俺自身に権限があるからね。だから話すべきと思った相手には隠さずに伝えているんだ。クラッツェードやディオネも驚いている風には見えないだろ? 彼らは俺が『友人でありたい』と思ったその時から、素性を明かしているからね」
「そ、そうですか……」
なんだか予想以上に重いぞ……。
これって、容易に口を割らない、と信頼を置かれている裏返しでもあるわけで。
それを裏切った時の彼の制裁はいかほどのものなのか……。
わたしはともかく、天然が入ったプラムは別室で待ってもらった方が良かった? でも……変に隠し事をする方が今後に支障を来しそうだし……というか、もう手遅れだから、プラムの口の堅さ――というより、うっかりが出ないことを信じることにしよう。
「ちょっと待て……その理論で行くと、なんで俺らもこの部屋に留まって話を聞く羽目になるんだよ……」
追随して言ってきたのは、マクラーズだ。
そう言えば、なんか自然にレジストンの素性紹介が始まってしまったので忘れていたが、彼とヒヨヒヨはちょっと前まで敵側にいた存在だ。
普通に考えて、王国に密接な関係を持つ彼の素性を話すにはデメリットしか感じられない。
しかしレジストンは何事もないかのように、飄々と答えた。
「ああ、君たちには王室付調査室に入ってもらう予定だからね」
「はぁっ!?」
「えぇ!?」
マクラーズとヒヨヒヨが同時に目を見開いて、驚いた。
というか、レジストン以外の全員が反応それぞれに驚いている。
あ、いや……プラムだけは、とりあえず良く分からないから微笑んでいよう、という姿勢でにこにことしていた。
「こう見えて……君たちのような輩の中で、更生可能かどうかな人間を見極めることに関しては、自信があるんでね。まあ言ってしまえば、今の王室付調査室のメンバーはみんな、マクラーズのような出自の者ばかりだからね。君たちは彼らが過去浮かべていた瞳に似ている。このまま燻った人生を過ごすよりは誰かのために動く方が有意義だと思うけどね。最初は王室付調査室の役目と責任を理解してもらうために、3年ほど王室付調査室内で教育を受けてもらうことになるけど、どうせその時に今の話をするつもりだったから、丁度いいかなって思って」
笑顔で話すレジストンに、二人は愕然とした。
まさに寝耳に水。
「それとも……このまま大した目標もなく、斜に構えて、悪に染まり切ることも出来ず、善に舵を切ることにすら足踏みをする――そんな人生を過ごすことが君たちの生きがい、なのかな? 君たちの過去は当然、俺の部下が洗い出した。殺し……までは手が出せず、しかし生きるために汚い仕事を引き受け、何人もの不幸な結果を生み出した罪は抱えている。今回の誘拐は随分と思い切った悪事へと手を出したものだが、まぁ……それは未遂に終わったし、当人もあまり気にしていない風なので、特別度外視するけど――この先も、同じような生き方を繰り返すようなら、こちらも黙っているわけには行かないよ。まだ、君たちが抱えている罪の数々は贖える範囲だ。もし、その機会を求めるならば、俺の手を取れ」
「……」
「……」
その言葉に、二人はやや顔を俯かせた。
そしてヒヨヒヨはチラリとわたしの方を見る。
――悪事を善行で贖う。
それは下水道でわたしとヒヨヒヨが話した一節だ。
きっと、彼女はその時の会話を思い出して、わたしのほうを見たのだろう。
あの時は「レジストンさんと相談してみないと……」と言葉を濁したけど、まさかこんな形で方向性が重なる機会が来るとは思わなかった。
わたしが頷くと、ヒヨヒヨは僅かに口元を綻ばせた。
ほんと、どうしたんだ?
あのツンツンしたヒヨちゃんが、やたらと可愛らしくなっていく。
え、デレ期? それともツンデレ? これが古き科学世界でその立場を確立した、一種の萌えキャラ? というものなのだろうか。
あんまりそっち方面の知識はない上に、200年近く前の知識なので、あんまり覚えてないけど……確かこういう風に、ツンツンからちょっとデレるみたいなキャラのことを言っていた気がする。
現実でそういうキャラがいると鬱陶しいことこの上ないと思うのが今までのわたしの価値観なんだけど……意外とそうでもないのかもしれない。
「私は――喜んで、その話を受けるわ」
ヒヨヒヨは顔を上げて真っ直ぐにレジストンを見据えた。
隣のマクラーズがギョッとして、目を見開いたまま彼女の横顔を見る。
「きっと……ここでアンタの手を取らなかったら、私はどこまでも堕ちていくだろうし、絶対に後悔するだろうから……。今まで、私が不幸にしてしまった人たちに、謝る機会はないだろうし、その資格もないんだろうけど……でも、少しでも、この何時からか間違ってしまった道を正せるなら……私はその手を掴むわ」
「お前……なんか、あったのか?」
マクラーズの素直な感想に対し、ヒヨヒヨは「……まぁね」と少し照れたように返した。
この二人は仕事を組むことは多くとも、常に一緒にいたわけではなかったらしい。何となく波長が合う、というか……レジストンが言う通り、二人とも今の生活が正しいとは思っておらず、しかし軌道修正することも出来なくて、今の道を歩んできたのだろう。
だからこそ彼にとって、突然の彼女の心変わり、素直さに面を喰らったのかもしれない。
自身の罪を認め、日陰から身を出して、陽の当たる世界で贖う姿勢。それが眩しくも羨ましく映ったのか、マクラーズは「参ったねぇ」と呟いて、どこかバツの悪そうな顔で彼女から目を逸らした。
「だそうだが、マクラーズ。君はどうなんだい?」
レジストンは少し挑発するかのような口調で、マクラーズに尋ねた。
彼は僅かに逡巡したあと、髪をガリガリと掻いて、大きく苦笑しながらため息を漏らした。
「……そうだねぇ、ま、どこを歩いてもフラフラしていたような人生だ。貴族家を追い出された身にゃ、お似合いの人生だったっちゅう自負はあったんだが……どうやら真っ当な人生、っていうのにも未練が残っていたみたいだ……。結局、俺って人間は何処までも自分に甘ちゃんだったってわけだな」
やり直せるなら、やり直したい。
そういう心情を自ら「甘ちゃん」と評したマクラーズは自嘲気味に笑った。
まぁ、悪いことを散々した後に「やっぱり真面目に生きたい!」なんて胸を張って言えるわけないよね……。むしろそんなことを堂々と言う人間だったら、レジストンもこの場に置いてないだろうし。
つまり……彼もヒヨヒヨと同様、まだ更生できる人間、という証なのだろう。
彼らの様子をクラッツェードは視線だけで見送り、ディオネは後頭部に両手を置きながら静かに聞いていた。
二人はレジストンの意志を尊重するつもりなのだろう。余計な口は挟まない、というスタンスのようだ。
マクラーズは少しだけ間を置いて、レジストンに向かい頭を下げた。
「宜しく――頼みます」
その言葉にレジストンは一つ頷いて、
「契約成立、だね」
と返した。
人によっては「甘すぎる」と不平を漏らすこともあるだろう。実際に被害に合った人間からすれば「ふざけるな」と怒鳴りたくなる結果でもあるかもしれない。
それでも……これはこれで、いいのかもしれない、とわたしは思った。
どうにもならない悪人ならば救いの余地がないというのもわかるけど、彼らはそこまで染まっていない。ならば、このまま悪だと断罪するよりは、意識を改めて誰かのためにその手を雪ぐ――そんな転換期があってもいいのではないかと思う。
どの視点で見るかによって判断が変わる話かもしれないけど……わたしは、こと彼らに関しては、これでいいのだと――そう思った。
「ちょっと横道にズレたけど、続きを始めようか」
レジストンは変わらぬ笑顔で、話を続けた。
2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました