63 分水嶺
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「銀糸教については、ひとまず解決したと思っていいよ」
そう言われたのは、例の事件の三日後の昼だった。
フルーダ亭に訪れたレジストンが、職員用の小さな食堂部屋に集まった関係者全員の前で発した言葉がそれだった。
レジストンは、マクラーズやヒヨヒヨを引き連れてにこやかに椅子に座っている。
クラッツェード経由でヒヨヒヨたちが無事なことはこの数日で聞き及んでいたけど、実際に元気そうな顔を見るのとでは訳が違う。
ヒヨヒヨは身体の数か所に包帯を巻くものの、その表情は以前と比べてどこか垢抜けたような印象を受けた。彼女たちは椅子に座るレジストンの後方で控えるように壁際に立っている。わたしと視線が合うと、ちょっと照れたように視線を逸らすも、口元はちょっと緩んでる。
あれ、なんだろう……なんだかとっても可愛らしい女の子に見えた。
もしかして、こないだの下水道で、心の内に溜め込んだ膿を少し吐き出したのが良かったのだろうか。
なんにせよ、わたしに対しても以前はちょっと距離を感じていたものが、縮まり、温かいものへと変わっていることに、わたしは嬉しくなり、笑顔を向けた。
隣のマクラーズはそんなわたしたちを眺めて、静かに肩を竦めた。
あの様子だと、気絶していた間に何があったのか、聞いたのか、もしくは予想がついたのかもしれない。
――っと、今はレジストンの説明に耳を傾けるべきだ。
このタイミングで銀糸教の話――それも、解決を報せるものということは……例の地下での一件は、もしかしたら無関係な出来事ではなかったのかもしれない。
クラッツェードの料理と言う名の罰の効果で、二日間、腹痛に苛まれていたわたしだが、その症状が治まってきた昨日、レジストンはわたしの元にやってきて、下水道での事件のことを聞いてきた。先にヒヨヒヨたちからも情報を得ているようで、彼女と共に行動していた時の話はスムーズに進んでいった。
わたしがヘドロ法衣を倒したことには素直に驚き、「本当に規格外な子だねぇ」と苦笑していたのは印象的だった。ただ、赤黒法衣については、そんなに驚きも無く、再確認の色が濃かったので、そのあたりについてはあの貴族風の男の人と侍女風の女の人からも事情聴取をしたのだろう。
……ちなみに、ここ以外の異世界を彷徨っていただろう、本来のわたしの血が幾分か戻り、操血・魔力が大幅に強化され、さらに<身体強化>によってその増幅域が倍増されたという変化は黙っておいた。
それを話してしまうと、わたしの転生のことや操血のことまで説明することになるし、そうなってくると記憶喪失という便利な言い訳もできなくなってしまう。
それに……魔法はまだしも、血を操ったり、死んでも血が世界の境界を越えて転生するとか……ちょっと気味が悪いと思うんだよね。
自分のことながら悪く言うのもどうかと思うけど、客観的に考えても、あまり他者が受け入れられるような話ではないだろう。
現に、前世では「鮮血の女王」なんて呼ばれ方をされ、女王という座を鎖に、国にいいように囚われたのだから。
わたしを取り囲む環境は、奇異と畏怖ばかり。誰もわたしを一人の人間として扱う者はいなかった。
あぁ……いや、ジルクウェッドだけは違ったかな。
あいつは愚直というか、馬鹿正直の真面目一辺倒というか、ともかく周囲の価値観に振り回されない奴だった。
故にわたしへ説教をしたり、寡黙ながらもわたしの警備につくことが多かったけれども……今思えば、前世の中では悪くない記憶の一つだったと思えた。
「随分と突然解決したもんだな……何があったんだ?」
クラッツェードの声に、わたしは少しだけ過った哀愁を振り払った。
「そうだね……それを話すには、まず――」
と言って、レジストンはわたしとプラムへと視線を向けた。
なに? と思って視線を返すと、彼は口の端を上げて目を細めた。
「二人が今後、どうしたいかを聞いてからになるかな」
「え?」
わたしとプラムは顔を上げて、彼の真意を探る。
銀糸教の話をするのに、わたしたちの今後がどう関係するのか。
「聡明な君なら、俺の言いたいことは……分かるんじゃないかな?」
「きゅ、急にそんなことを言われても……」
聞き手に回る気満々だったわたしは当然そんな心構えなどなく、思わず口ごもってしまう。
だからといって、レジストンは答えを続けてくれるわけもなく、わたしをジッと見るばかり。おかげで室内の注目はわたしへと集中してしまう。
……どうあっても、考えて答えを出せ、ってことね。
レジストンがこうして話の矛先を向けてくるということは、答えへと結びつける材料は既に用意されているのだろう。
銀糸教関連で何があったのか――それを聞くか聞かないかは、わたしたちの今後次第。
ということは、それを聞いたら最後、わたしたちにとって避けられない柵に囚われる、ということを示している気がする。
おそらく銀糸教それ自体というより……その先に繋がっている何か、があるのだと思う。
「――わたしたちが今後も……普通に働いて、普通に得たお金で食べて暮らして……平和に過ごしていきたいって言ったら、レジストンさんはこれ以上は何も教えてくれない、ということですか?」
プラムは首を傾げ、クラッツェードやディオネは何かを察したかのように目を細め、レジストンは笑みを深くした。
「そうだね。銀糸教のことはもう気にしなくても大丈夫。その結論だけで君たちには納得してもらうつもりだよ」
「……魔法について、随分と興味があったみたいですけど、それはいいんですか?」
「別に君たちとの関係を切るとか、そういう話じゃないからね。ただ銀糸教の脅威は去ったんだから、変なことは気にせず、気楽に暮らしてもらいたいってだけさ。魔法については、今後はいち友人として話を聞くことはあると思うよ」
肩を竦めるレジストンをジト目で睨みつつ、わたしは周囲の反応をそれとなく探った。
なるほどねぇ……つまり、これ以上踏み込むってことは、まさに藪の中の蛇を突っつくような行為ってことみたいね。
ヒヨヒヨとマクラーズは、レジストンの背中を見ながら「意地悪いヤツ……」みたいな表情を浮かべている。つまり彼らは事情を知っているということ。
レジストンとの関係も浅い二人において、レジストンが無意味に情報を漏らすようなタイプには見えないので、きっと――この件の「過程」ではなく「結末」に深く関わっているのだろう。
クラッツェードとディオネは元々レジストンとの交流も深い二人だ。事情をおおよそ察してからは、視線や姿勢を無駄に動かさず、ただただジッと壁に背中を預けたままだ。そこに違和感や空気の違いを感じさせないのは流石だな、と思った。
プラムはわたし側の人間なので、レジストンの思惑が良く分からず「つまり、どういうこと?」と少し呆けた顔をしていた。
さて、どうしたものか。
銀糸教の件は解決した。
その短い結論だけを飲み込んで、他の平民たちと同じ生活のサイクルに戻るならば、それまで。
きっと上辺だけの平和な日常を謳歌することができるだろう。
でも――この王都の地下で、得体の知れない何かが蔓延っている。
それも事実の側面だ。
仮に何も知らずに暮らしていても、いつどこでどんな偶然が重なって、不幸に見舞われるかは分からない。その時になって、やはり深く関わっておくべきだったと後悔するかもしれない。
けれども関わったがために、巻き込まれ、手痛い傷を負う危険性だってあるのだ。
普通に考えれば……「あ、もう何も気にせずに暮らしていいんですね! ありがとうございました!」で終わらせればいいと思う。
プラムだって一緒なのだ。彼女は戦う術を持たない、ただの人間だ。生まれ故郷を襲われ、近しい人たちを一挙にその手からこぼれ落した少女に、これ以上の不幸は望めない。
どちらに転んでも危険はあるし、逆に何もないかもしれない。
いっそのこと、この王都を出るのも手だけど、水面下で動いている何かが王都だけの話かどうかも現時点では分からない。何かが起こっているのは分かるけど、その安全と危険の境を見極めるための材料が……やはり少なすぎる。
わたしはいつの間にか沈む思考と共にうつむきがちだった顔を上げ、レジストンと視線を交錯させた。
「一つ聞いてもいいですか?」
「うん」
「――王都は……いえ、このヴァルファラン王国は『平和』ですか?」
「……」
僅かに、レジストンの表情が苦々しいものへと変わるのを見逃さない。
「平和、とはどういう意味かな? そのあたりの考え方は人によって価値観が違うからね。容易には答えられないよ」
「それじゃあ定義を言いましょう。わたしの言う『平和』とは――この王都含めたヴァルファラン王国に対して、仇なす存在がいるかどうかです。そこら辺にいるゴロツキや盗賊とかではなく、国を挙げて対抗しないと対処できない危機か……もしくは、国民や貴族たちに知らせずに、水面下で『誰にも知られずに解決したい』相手がいるかどうか、です」
「西のガルベスター王国については――」
「あ、それは除外でお願いします。わたしの聞きたいことは、既にこの国に蔓延っている『何か』についてです」
「……」
何度も抗争が続いている西のガルベスター王国については、もちろん、国を挙げての対応が必要な脅威だと思うけれど、わたしが今聞きたいことはそれじゃなかった。
意図はすぐにレジストンに伝わり、彼は小さく溜息をついて微笑んだ。
「……君の言う『平和』であろうと努力はするけど、絶対かと問われれば、俺には答える言葉が――現時点では持ち合わせていないかな」
「そうですか」
もし――仮にレジストンたちが、その見えざる脅威の尻尾を掴み、既に掃討への目途が立っているなら……プラムのためにも「何も知らない」平和な生活を選んでもいいかな、と思っていた。
けれど、このレジストンの返事と表情から察するに、おそらくその目途は勿論のこと、相手の全容も掴めていない暗中模索の状況だと理解した。
つまり……最悪、国家が転覆するような未曾有の危機が生じる可能性も無いとは言い切れない、ということだ。
重ねて言うならば、今のレジストンの発言は、いち国民ではなく、どちらかというと国側の言葉に聞こえた。国民を護る側、だと。
……やっぱり、レジストンはヴァルファラン王国の要人、もしくは防衛を任される位置にいる人なんだわ。前はクラウンだって言ってたけど、仮にそれが本当だったとしても、そっちは本命の立場じゃないみたいね。
絶対の安全は確証できない仮初の平和を取るか、一歩踏み込んでより近い場所で情報を得て、常に臨機応変に対応できるような位置に自ら飛び込むか。
どっちが大変で疲れるかと言えば、圧倒的に後者の方だけど……少なくとも前者よりは「万が一の事態」を防げるのではないかと判断する。
「……踏み込んだら、レジストンさんたちの『本当のこと』、教えてもらえますか?」
わたしが彼の顔を見上げて、そう問うと――彼は迷いなく頷いた。その迷いのなさから……彼としては、わたしたちに彼ら側に付くことを望んでいる、ということが見て取れた。
クラッツェードたちはそこで驚きを隠せずに瞠目していた。
わたしは周囲の空気が変わったことを無視して、プラムに声をかけた。
「プラムお姉ちゃん、もしかしたらちょっとだけ慌ただしい日常になっちゃうかもしれないけど……わたしがきちんと護るから――わたしを信じてもらっても、いい?」
「うん? んー、良く分かんないけど……セラちゃんのことは信じてるよっ!」
ニコリと可愛らしく笑う彼女は、「あ、でも! セラちゃんを護るのは私だからね!」と眉を上げて言ってきたので、わたしは思わず笑ってしまった。
絶対に「万が一」は起こさせない。
何も知らずに、何もできずに失うだなんて真似はさせない。
わたしはこの世界に転生して、初めて触れて、姉として頑張ろうとしてくれる少女のために、今後はこの国の裏に潜む何かの情報に触れる決意をした。
「レジストンさん、教えて下さい。銀糸教に何があったのか……いえ、銀糸教の先に繋がっていた、何かを」
「そう言ってくれると助かるよ。正直……君の力は、俺たちの切り札の一つにもなり得るものだからね。そして、平行線をたどる我々の追いかけっこに穴をあけてくれることを期待しているんだ。……本音は君たちのような小さい子を巻き込みたくはないんだけどね」
「もう巻き込まれている……というより、自分から頭を突っ込んじゃいましたので、どうせならそのまま突っ切っちゃいますよ」
そういうと、彼はくつくつと笑い始め、つられてわたしも挑戦的な笑みを浮かべてしまった。
この選択が正しいかどうかなんて、誰にも分からない。
でも、全てが解決するその日が来るのなら――その時に今日のわたしの判断は「正しかった」と笑顔で言えるよう、行動しようとわたしは強く手を握りしめた。
2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました