62 クラッツェードの料理はいつだって罰の味
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わたしは首根っこ掴まれたまま、フルーダ亭へと送還された。
そのままレジストンに叱られるのかと覚悟していたら、彼は「俺は他にちょっと叱ってやらないといけない相手がいるので」と笑顔を強めて去っていった。
因みに、わたしが助けた貴族と侍女の二人も彼が連行していった。
どことなく逃げ出したい雰囲気を醸し出す二人と、それをさせまいと二人の方を押すレジストン。その後姿を見送ることで、何となくだけど……ただの誘拐された人、というわけではなく何かしらの事情を持っている人たちなのだろうと感じた。
それにしても……どうも「クラッツェードの友人」という枠にしては、レジストンは裏を多く抱えていそうだ。ただクラッツェードの友で、親切心からクラウンの保護者を買って出てくれたり、わたしの面倒を見ようとしてくれたりしているのではなく……もっと大きな思惑の上で動いている気がする。
他にもディオネとかとも知り合いだし、交友関係は広そうだ。
さっきは兵士たちを連れてわたしの前に現れたけど、あれだって騒ぎを聞きつけて近くの衛兵を呼んできた――というよりは、兵士たちがレジストンに従ってついてきた、という印象の方が強い。
実際に指示を出すことはなかったけど、何気なく目配せしていたしね。
兵士たちは「あちらにおられるようです」「まったく……また脱走とは」「夜更けは勘弁してもらいたいものですな」などとため息交じりに会話しつつ、急ぎ早に大通りの方へと向かっていった。
手に何故かロープや網などを持って。
何か大捕り物でも始まるんだろうか。興味が惹かれたけど、笑顔の鬼に襟を掴まれてしまっては、さすがのわたしも身動きが取れなかった。
そして、兵士たちが集まっていた場で、あの二人を任せなかった点も気になる。
まるでレジストンが自分自身で確認したいことがあるみたいな意識が感じられた。そして、彼はきっと、それが許される立場なのだろう。
思えば、ヒヨヒヨやマクラーズたちと二重契約を結んだり、と一般平民では考えられない常識破りな手を迷いなく使っていたのを思い出す。
ああいう手合いは、過去の王城にもいた。
……なるほど、あの人はこの国の――深い部分に携わる人、なのかもしれない。
となれば、わたしのクラウンの保護者に名乗りを上げたのも、わたしに探りを入れるため。
なぜそんな真似を? と考えれば思い当たるのは――、わたしが伸した盗賊たちから上がった暴君姫の噂であったり、銀糸教の一件だ。
あとは明らかに貴族じゃないのに、デブタ男爵家の外馬車で王都の敷居をまたいだことぐらいだろうか。あっ……あとは、プラムが誘拐されたと思って派手に動いたことも含まれるかも……。
わたしはふむ、と顎に手を置いて考える。
が、それはすぐに外的要因によって阻止された。
「よぅ、家出娘。そうして難しい顔して考えこめば、誤魔化せると思ってんのか?」
「……ク、クラッツェードさん」
そう、現実逃避のために思考を他事に巡らせていたのだが、わたしが今いる場所はフルーダ亭。
椅子に座るわたしを取り囲むようにして、クラッツェード、プラム、ディオネ、ついでに変異したゲェードがいた。結局、ヒヨヒヨやマクラーズは逃げ切れたのか、その点は気になったものの、それを教えてもらえる雰囲気じゃなかった。
「セラちゃんっ!」
「はいっ!」
プラムがガシッとわたしの両肩を掴み、凄まじい形相で近づいてきた。
思わず、声が裏返ってしまう。
「し、しんぱっ、心配したんだからぁっ! 急に、いなくなってぇ!」
そして彼女は両目から大粒の涙を零し、わたしに抱きついてきた。
それだけで、彼女がどれほどわたしを心配して、不安な時間をこのフルーダ亭で過ごさせてしまったのかを痛いほど理解した。
「ご、ごめんなさい……」
「だめっ! 罰として、セラちゃんは今日ずっとこのままなんだからっ!」
ギューッと力を込められ、わたしは「ぐぇ」と小さく声を漏らした。
確かにちょっと苦しいけど、これが罰ならなんて可愛い罰なのか。わたしもプラムの背中に手を回し、ゆっくりとその背中をさすりながら「ごめんなさい」ともう一度、謝った。
「ふむ、しっかりした子かと思っていたが、実際のところはまだまだヤンチャな年頃だった、ということかな」
「ヤンチャで済む話じゃないだろ……ったく」
レジストンは去り際、クラッツェードとディオネに何言か話をしていたので、おそらく何処にいたか程度の話は通っているのだろう。
「だが、これが『罰』というのは聊か温いのでは?」
あ、ディオネが悪い顔をした。
わたしは嫌な予感を感じ、サァーッと血の気を引かせる。
プラムはそんなわたしの様子に気付かず、泣きながらわたしを抱きしめ続ける。おかげで言い訳しながらこの場を逃げることができない。
<身体強化>を使えば、簡単に振りほどける圧力だが、わたしがプラム相手にそんなことができるわけもなく……仕方なく、わたしは断頭台に登る気分で、そのままクラッツェードたちの様子を見上げるしかなかった。
「そういえば、夕飯がまだだったね」
思いついたように、ディオネが言葉を漏らす。
「そうだな。誰かさんがいなくなってから、それどころじゃなかったからな」
続いてクラッツェードが頷き返した。
「そうだよ! セラちゃんが心配で心配で、ご飯のことなんか考え付かなかったんだからね!」
そしてプラムだけが純粋な気持ちで叱ってくれる。
そうプラムだけが純粋であり、他二人は悪巧みを思いついたかのようにニヤリと笑ったのだ。
「ちょっと遅くなっちまったが、お前さんも外を歩き回って疲れただろ。今日は俺が腕を振るってやるから、少し待ってな」
「え、ちょっ!」
そう言って、クラッツェードはわたしの肩にポンと手を置いて声をかけ、すぐに厨房の方へと足先を向けて去っていった。当然、わたしの声に足を止めることもなく。
まずい……奴め、創作料理の悪夢を作り出して、それをわたしへの罰にするつもりだな!?
それでも一介の料理人か! 自分の料理が罰に値するものと自覚することに思うところはないのかっ! と言いたくなるけど、そんなことを今の悪いことをしたわたしが言えば、火に油を注ぐことは必至。
泣く泣く、わたしは彼の背を見送る他、無かった。
「プラム。わたしたちは外に食べに行こう」
えええっ!?
笑顔でプラムにそんなことを言ってしまうディオネに、思わずわたしは目を剥いた。
一緒にクラッツェードの地獄料理を食べないにしろ、一緒の食堂で食事をすると思っていたのだ。まさかここまで徹底的に捨てられるとは……!
でも心優しいプラムはいやいやと首を振って拒否した。
「セラちゃんへの罰なんだもん……ずっと、こうしてるんだもん」
「お、お姉ちゃん……」
すっごく良心が痛いです……本当にごめんなさい。
もうクラッツェードの昇天料理でもなんでも食いますので、いい加減、泣き止んで下さい……。
わたしの胸もしくしくと痛くなってきました。
「グァッ」
そんなわたしを慰めるでもなく、むしろ「あーあ、プラムを泣かせたぁ」みたいな雰囲気で、ゲェードがわたしの頭の上に乗っかって、一鳴きする。ついでにわたしのおでこをペシペシと小さな手で叩いてくる。
痛くないけど……何だろう、とても情けない気持ちになる。
「プラム……でも、そのままだとセラフィエルも料理を口にできないだろう?」
「私が食べさせてあげるんだもん」
「そんな態勢だと、セラフィエルが吐き出した時、お前にもかかってしまうぞ?」
ちょっと待て!
どんな危険度の料理を食べさせるきなの!?
吐き出す前提!?
いや、確かに前回もちょっと吐き出したけど、あれは嘔吐というより、ペッと吐き出すような可愛いものだ。でもディオネの今の口調だと、本気モンの嘔吐を誘い出すような料理がこの後、やってくるような雰囲気だ。
さっきはプラムのために何でも食ってやる、ぐらいの覚悟があったのに、それがあっという間に萎んでいく。
「うぅ……」
さすがのプラムも真正面から吐き出されるのは抵抗があるのか、わたしとディオネの顔を見比べて、本気で迷うかのように眉を八の字にした。
わたしの本音はこのままプラムに粘ってもらって、何とかうまく煙に巻けないかなぁといったところだけど、わたしの安全のためにフルーダ亭の敷地を貸してもらい、居候させてもらっている身でありながら、緊急事態とはいえ勝手に外へと抜け出した負い目がわたしの言葉を封じてくる。
……しょうがない。
さすがに毒を入れられるなんてことはないだろうし、クラッツェードが用いる食材だって一般的なものばかりのはずだ。不味くなることはあっても、さすがに死にそうになるような致死的料理が出来上がることはないだろう。……ないよね?
ここはきちんとクラッツェード料理を受け入れ清算して、わたしの反省の意を見せることにしよう。
「お姉ちゃん……わたしは大丈夫だから。どんなに不味くて、お腹壊したとしても……わたし、頑張るから。ちゃんと食べて……反省するよ」
厨房奥から「お前ら最近、ほんとに遠慮なくなってきたな……」という苦々しい呟きが聞こえてきたが、聞こえないフリをして流す。
「セラちゃん……」
プラムは少し顔を離して、心配そうにわたしの表情を伺う。
「あんまり無理しちゃ駄目だからね? 舌がピリピリしたらちゃんと吐き出すんだよ? お腹痛くなったら、トイレ行くフリして戻していいんだからね? 食材が勿体ないからって無理して食べること無いんだからね?」
それはわたしたちが当初、ここで住み始めてから経験した――クラッツェードの創作料理被害から見出した解決策の数々であった。
ディオネがどこか楽しそうに、くつくつと笑っているが、厨房奥からは不穏な気配が漏れ出してきている。まぁ……彼の中では真面目に美味しいものを作ろうとした結果なのだから、ここまでいいように言われちゃムッとする気持ちも分からないでもないけど――事実なのだから仕方がない。
被害者はいつだって食べる方なのだから。
「うん、だからお姉ちゃんはディオネさんと一緒に、ちゃんとした夕飯を食べてきて!」
まだ素直に頷けないプラムだったけど、ゆっくりとわたしから離れて、ディオネと顔を見合わせ、小さく頷いた。
いつのまにか、わたしへの罰なのか、クラッツェードへの罰なのか、いまいち分かりにくい状況になってしまったけど、まあ些細な問題だろう。
厨房から聞こえる包丁の音や、鍋を回す音が乱雑になり始めてきたのを感じつつ、二人はフルーダ亭を出て、外食へと向かっていった。
――さて、それじゃあ覚悟を決めますか。
数十分後、黒い笑みを浮かべてやってきたクラッツェードの料理は――まさに猛毒と呼ぶに相応しい逸品であった。
毒と聞くと、即効性だとか即死とかを想像するけど、ジワジワと一日中、断続的に来る腹痛と下痢に悩まされるような料理も十分な毒であると、この日、わたしは学ぶことができた。
2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました




