61 地上へ
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ちょっと更新遅れ気味で、申し訳ないですm( _ _ )m
わたしと、誘拐? されていた二人を脇に挟んで、三人は地上へと上がっていった。
両腕が塞がっているわたしがどうやって地上へ上がるかといえば、当然魔法の力だ。
わたしの怪力に加え、頭上を同じ速度で飛行する光球、はしごを無視して足裏から風を噴射させて垂直に浮いて行く浮力。その全てに驚きを隠せない両脇の二人は、窮地を脱したばかりなはずなのに、質問ばかりだ。
「……今、私たちはどうやって浮いているの?」
「わ、わわわ!? き、君は一体……どうなってるんだっ? 恩恵能力にしちゃ……能力が多すぎるような……」
「あのぅ……さっきの法衣が近くにいないとも限らないので、できれば静かにお願いできますか?」
あの赤黒法衣は撤退の意図を見せたものの、それがフリでない確証はどこにもない。
今もこうしてわたしたちが無防備になる瞬間を狙って、例の槍の矛先の狙いをつけている最中かもしれないのだ。
「疑問が尽きないのだけれども」
「待てよ……これらの能力を別々だと考えるから分からないだけで……一つの能力を応用しているのかもしれない? でも……光に風に……この腕力。ううーん……わ、分からない。一体、どういう恩恵能力だったら、こんなことが可能になるんだ!?」
「あのぅ……静かに」
駄目だ。
全然わたしの話を聞いてくれない。
こんなことなら、二人の拘束を先に解いて、自力ではしごを登ってもらい、殿をわたしが押さえておけば良かったかも。
わたしが抱えて魔法の力で脱出した方が手っ取り早いと思って、浅慮のまま動いたのは失敗だったかもしれない。
「なるほど……あそこは下水と繋がっていたわけですか」
「目が覚めたらあの場所だったからね……私たちはこうして崩落箇所を通って抜け出しているわけですから、必ずしも下水と繋がってるとは言い切れない、けど……」
「そうですね。はぁ……鼻が曲がりそうな臭いですね」
「そうだね……」
どうやら二人はあの場所が地下であり、下水と隣り合わせの場所だということは知らなかったらしい。
うん、やっぱり誘拐の線が強かったのかな?
少しおどおどしながらも砕けた口調の男性と、淡々と冷静沈着な様子の侍女風の女性。貴族と侍女、と言うには両者の間に壁がないというか、ちょっと親しい関係に見えるけど、そこまで違和感が強いということでもない。
引っかかるといえば、その割にやけに落ち着いている、というか、状況に合わせた順応性が高い気がする点だろうか……。
確かにわたしの魔法に驚いたり、取り乱したりという反応はあったけど、それも「そういうもの」として受け入れるや否や、平常心を既に取り戻している。どうにも場慣れしている感が拭えない。
頭上を見上げれば、僅かに光が見えた。
時刻は夜なので、おそらく近くの篝火の灯りだろう。
わたしは風魔法による風圧で頭上を囲っている鉄柵を吹き飛ばす。
後はそのまま地上まで飛んでいくだけだ。
「もうすぐ地上ですよー」
そう伝えると、下ばっかり見ていた二人も上へと視線を向ける。
「おぉ……一時期はどうなるかと思いましたが、危機一髪とはこういうことなんでしょうかね」
「い、生きた心地がしなかったよ……」
「今回はとんだ虎の尾を踏んでしまったみたいですからね。私もちょっと焦りましたよ。次回はもうちょっと安心できる職場を見極めないといけないですね」
「いや……当分はちょっと。一年ぐらい休みたいよ。しかし、まさかこの子に助けられるとは、ね……」
「え?」
やけに落ち着いた口調の侍女と、貴族と思われる男性の会話に耳を傾けていたら、男性がわたしのことを知っているかのような口ぶりをしたため、思わず反応してしまった。
「アマン」
「あ! あ~、いや、まさかこんな小さな子供に……それも女の子に助けられるだなんて思わなくて、ね?」
言い間違い?
それにしても……やけに焦ったように訂正をしてくる。
う~ん、ただ誘拐されただけなのかな……なんだかちょっと二人のことが気になってきたぞ。
あ、気になったといえば……。
「あの……」
「はい?」
わたしの遠慮がちな問いかけに応えてくれたのは、侍女風の女の人だった。
「つかぬことをお伺いするのですが……」
「ええ」
「誘拐されたのは、お二方だけ、ですか?」
「誘拐……ええ、そうですね。捕らえられたのは、私たち二人だけです。それが如何されましたか?」
丁寧なのにどこか探る口調に対し、わたしは思わず言葉を探してしまう。
誘拐、という言葉を否定しなかったけど、どこか……そう、わたしの言葉に乗っかるような、そんなニュアンスにも感じ取れた。
まあでも、どうやら二人以外に仲間がいないようで、その点だけは安心した。
「いえ、その……さっき、部屋の天井をぶち抜いてしまったじゃないですか。その際に階下に瓦礫が崩れて落ちてしまったので、あれに……誰か巻き込まれていたら、と不安に思っていたんです」
「あぁ……あ~……ええ、ご安心ください。瓦礫の下に私たち同様に捕らえられた者はおりませんでしたし、いたとしても――せいぜい地下に這いずり回る虫が潰れた程度でしょう。気になさることはありませんよ」
「そ、そうですか?」
何だか……やけに言葉の端々に毒がこもっていたような気がしたけど……。
思わず地上への道から眼を逸らし、脇に抱える女性の方へと視線を移すと、彼女と視線が合った。
ニコリとも笑わず、無表情な彼女は「ええ」と短く相槌を打って、そのまま口を閉じた。わたしもそれ以上、続けるのは何となく気まずくなり、苦笑することで誤魔化し、視線を頭上へと戻した。
そして、徐々に地上の灯りが見え始め――、
突然、猛烈な光が地上を覆い、その眩い光は頭上を見上げていたわたしたちの視界も真っ白に覆いつくした。
「きゃあっ!?」
「うっ!」
「うわぁっ!?」
わたし含めた三者の悲鳴が木霊する。
危うく両脇の二人を落としそうになったが、すぐに指先や腕に力を入れて抱え直す。手を縛られた状態で、下水から地上を繋ぐ縦穴に落としてしまえば、どんな悲惨な未来へつながるかは想像が容易い。
あ、危なかった……。
光は一瞬で収まり、チカチカする視界を瞬きを繰り返して徐々に回復させつつ、わたしは少し風の出力を上げて、地上へとその身を乗り出した。
すぐに周囲の気配を探ったけど、わたしの集中力は近くの騒動ですぐに散ってしまう。
さっきの光が原因だろうか?
わたしたちのいる脇道から見て、大通りの方で大勢の人が騒いでいるのが耳に届いた。
久々にも感じる地上の空気に、わたしは少しほっとした気持ちを抱きつつ、両脇の二人をすぐ近くの建物の壁に背を預けさせて、伺いを立てる。
「ちょっと何があったかを確認しに行ってきてもいいですか?」
「その前に、これを何とかしてほしいわ」
女性は後ろでに縛る縄を見せるように体を捻った。
確かに僅かな距離とはいえこの場を離れるなら、彼らも自由に動けるようにしておいたほうが、何かあった時に対応しやすい。
「それじゃあ、縄を解きますので、ここで休んでてください」
「ありがとうございます。あと、私たちは縄が解ければこの場を去ろうと思います」
「え、でも……」
一応、誘拐の被害者ということで、公益所か衛兵の詰め所まで彼らを保護しつつ、連れていくつもりだった。窮地は脱したとはいえ、赤黒法衣は健在だし、他に敵がいないとも限らない。
それに誘拐される……ということは、彼らにそれだけの「価値」があるという証明であるし、逃げた事実は赤黒法衣が既に知っている。
安全に匿ってもらえる場所に身を置かなくては、再び同じ目に合う可能性は低くないと言えるんじゃないかと思う。
ヒヨヒヨたちが何故、あの法衣たちに追われていたのか。
この人たちは何故、あの法衣に誘拐されていたのか。
あの法衣たちは何者なのか。
目的は何なのか。
この王都であまり良いことが起こっていないのは分かるけど、あまりにも全容が霞かかっていて判断材料が少なすぎる。
そんな中で彼らをこのまま解放するのが良策なのかどうか……わたしは迷ってしまった。
「ご心配、ありがとうございます。貴女は優しい子ですね」
「えっ?」
急に優しい子なんて言われて、わたしは思わず目を瞬いた。
プラム以外の他人からそんなことを言われた経験がないため、わたしは迂闊にも照れて頬が赤くなるのを感じた。視線を逸らしてもごもごしていると、今度は男性の方が少し笑いながら言葉を繋いだ。
「助けてくれて、ありがとう。ここまでで大丈夫だよ。こう見えて、私たちは色々と経験している大人だからね。身を寄せる伝手もあるんだ。そこでしばらくはゆっくりと体を休めたいと思うよ」
わたしがジィッと男性を見ると、彼は柔らかく微笑んでくれた。
うーん、大丈夫なのかなぁ。
数秒だけ思考を巡らせたが、わたしはクラウンでも貴族でも衛兵でもない。周りから見れば、ただの小さな女の子だ。魔法を見られているとはいえ、その印象はぬぐわれないだろう。
そんなわたしがここで「いえ、安全な場所まで責任もってお送りします!」と言い張るのも、ちょっとおかしい話な気がする。
先に逃げてもらったヒヨヒヨたちの行方や無事も気になるし、ここは彼らを信じて別れるのが妥当なのかもしれない。
「分かりました。今、解きま――」
「いや、それには及ばないよ」
すね、と言い切る前に、わたしは聞き覚えのある声に待ったをかけられた。
「その者たちの身柄は、責任もって俺が保護するよ」
驚いて、声の方を向けば――そこには数名の兵士を従えた、レジストンがいた。
「それに聞きたいことも多々、あるしねぇ」
いつもと変わらぬ飄々とした態度のまま、彼は壁に背中を預ける二人を見る。
その視線を追うと、そこには笑顔を固めたまま冷や汗を流す男性と、表情は変えずに視線だけレジストンから避ける女性の姿があった。
「それと」
「ひゃっ!」
急にわたしは両脇に手を差し込まれ、ひょいっと持ち上げられる。
慌てて犯人を見れば、すぐ近くにレジストンの端正な笑顔があった。笑顔だというのに、笑っていない。そんな矛盾した表現が似合う、笑顔だった。壁際の二人と同じように、わたしも本能が悲鳴を上げ、頬に汗を垂らす。
「君にも……色々と聞かないとね? なーんで、フルーダ亭から抜け出してるのかな、とか。こんな場所で一人で何をしていたのか、とか」
「あ、あはは……」
わたしは笑顔で返しつつも、この後、我が身に降りかかるであろう説教を想像して身を震わせるのだった。
2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました