60 黄金の光【視点:縁の下のタクロウ】
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もっと面白い話をかけるよう、邁進していきたいと思います(*´▽`*)
ヒヨヒヨとマクラーズが、あの妙な液体で構成された白い法衣姿の者に追いかけられている最中、某は急ぎ、王城へと戻った。
心のどこかでは、マクラーズたちを逃がす手引きをしてから――という思いもよぎったが、某が誰に忠誠を誓い、誰のために戦い、誰のためにその命を懸けるべきか。それを考えたら、すぐに行動指針は固まった。
まずは、レジストン様に状況報告。それが最優先事項である。
頭の中で現在地と王城までのルートを構築し、もっとも人目につかず、最速で辿りつける経路を想定し、それに従って、王都の屋根と屋根の上を突き進む。
それが1時間前の事だった。
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レジストン様への報告を終え、某は指示に従い、再び平民街へと戻ってきた。
主からの指示は、現在の状況判断と敵の正体の見極め、そして戦況に応じての対応だった。
増援は追って送り出してくれるとのこと。
前二つの事項については監視がメインだが、戦況に応じての対応については、最悪、ヒヨヒヨたちの命に危険が生じた場合、それを助けるかどうかの判断を任せる、とのことだった。
下手をすれば某も捕まって殺される等の二次災害に繋がりかねないものなので、動く際はかなりの慎重さを要求されることだろう。
それでも……雇用関係だけな上に、相手は法の外側で動いていた連中だ。
本来であれば助ける助けないの判断以前に、状況に合わせて見切りをつけてもおかしくないものだが……どうにも、主はその辺りが甘い御方である。
――しかし、それを否定しては、過去の某とレジストン様との関係も否定することになる。
あの二人は、過去の某だ。
世の理不尽に呑まれ、どうしようもなく外堀が埋まってしまい、選択肢は細々と狭まっていき、辿り着いた生きる手段は、人の道理から踏み外した道のみ。
それでも過去の犯罪歴と更生の余地を鑑みて、まだ彼らの道を矯正できると判断されたのだろう。
今回の任務は――云わば、某が過去の自分を見つめ直す機会でもあり、救われた自分が過去の自分に対して支えてやれることを自覚する機会でもある。
レジストン様は何をどうしろ、と細かい指示はされなかった。
状況判断、敵の正体の見極め、戦況対応の大まかな目的こそあれど、その手法や判断は全て任されている。
おそらく……その判断の結果、マクラーズたちを見殺しにする結果になったとしても、レジストン様は何も言わないだろう。けれども過去のことを忘れ、今の自分だけしか見ていない――視野の狭い者として失望を抱かせてしまうかもしれない。
某は主の忠実な駒であると同時に、主の想いを正確に汲み取り、代行する者でなくてはならない。
――主であるレジストン様を失望させるような真似は、全力で避ける。
それは忠心を捧ぐ者として必須事項ではあるが、いかに最善の道へと手を伸ばそうと、状況というのはどうにもならない程、困窮してしまうことも多々あるのだ。
もし、マクラーズたちを助けることと引き換えに、レジストン様に多大な不利益を与える危険性が生まれるようであれば、某は――レジストン様にいかに失望されようと、首を斬られようとも、マクラーズたちを見捨てる手段を講じる。
これは必須ではなく、必然だ。組織の手足である我々は、頭だけは絶対に潰されるわけにいかないのだ。それだけは絶対である。
かの偉大なる「縁の下のゴンザブロウ」ならば、それすらも何事も無かったかのように捌いてしまうのかもしれないが……まだまだ某は未熟者であるな。
そんなことを考えつつ、王都の屋根から屋根へと飛び回っていたら、目的の人物が見つかった上に、あの危険人物――白い法衣の姿が無かったことを受け、ほっと胸を撫で下ろしたことは自分の中だけの秘密だ。罠ではないことは、二人の様子から窺い知れる。
今の彼女たちはどちらかというと死地から辛うじて逃げ切り、力が抜けたように倒れ込んでいる、という表現が似合う状態だったからだ。
「ヒヨヒヨ、マクラーズ! 生きていたかっ!」
家屋の端を器用に伝って地上へと降り立ち、二人の元へと近寄っていく。
突然頭上から声をかけて距離を詰めていく某に対して、ヒヨヒヨは警戒の色を強めたが、某の黒装束を眼にして何者かを察したのだろう。
彼女は肩の力を抜いて、大きく息を吐いた。
彼らは予め、某たちの存在をレジストン様より知らされている。
……と、言ってもそれは限られた一端で、他者に漏らされたところで問題のない範囲ではあるのだが――まぁ、某の服装、黒装束が主の直下で動く諜報部隊であることは彼女も契約時に説明を受けたということだ。
マクラーズは気絶しているのだろうか。
大通りの横道に壁を背に座り込むヒヨヒヨと、その横に身動き一つしない男が横たわっていた。しかし、呼吸を表す胸の動きは確認できたので、命に別状はないと判断する。
某は二人の状態を確認し、命に別状はないことを先に確認した。
二人を中心に漂う悪臭から……下水道で何かしらの動きがあったことは確かのようだ。早いところ水場にでも突っ込んでやりたいところだが、まずは情報の整理が必要だ。
「あの白い法衣は何処へ行った? もしや……撃退した、のか?」
一瞬だけ張り詰めた糸が緩んだように見えた彼女だが、気を抜いている場合じゃなかったと大きく頭を振って、勢いよく立ち上がって某の両肩に掴みかかってきた。
「そ、そうだっ! お、おねがい! あの子を助けてあげて!」
「あの子……?」
例の組織所有の建物から逃げ出した際に確認できたのは、マクラーズを抱えたヒヨヒヨだけだ。
他に誰もいなかったはずだが――。
「セラフィエルって子だよ! 私たちを助けるために、アイツの囮になってるの!」
――セラフィエル。
その名はつい最近、耳にした名前だ。王都に突然来訪した、謎多き銀髪の少女。
その少女の話をするときのレジストン様が、まるで新しい世界でも発見したかのような昂揚感を隠し切れない様子だったので、よく覚えている。
確か今は――レジストン様のご友人であるクラッツェード様の店で、同伴しているプラム=パトフィリアと共に保護していると聞いていたはずなのだが。それに常時でないとはいえ、あのクラウンに所属するディオネ=ロンパウロも護衛として雇っていたはずだ。
とても単独行動が可能な環境ではないし、本件とは関連性が無い存在だと思っていたため、この場でその名を聞いても、一瞬、考えが回らなかった。
「……銀髪の子、か?」
「そうだよ!」
「何故、彼女がこんな場所に……」
「私たちがアイツから――あぁ、その何だ、真っ白い……そう、白い法衣みたいなモンを着込んでるヤバい奴に追われてたんだけど……ソイツから逃げてるとこを見たらしいんだ。そ、それで……あの子が、助けにきてくれてっ――」
某が彼女たちの監視・連絡役の任を受けていることを知らないため、例の法衣のこともしどろもどろながら伝えてくる。
僅かに彼女たちはあの幼い子を置いて逃げたのか――と責めたくなる感情が浮き上がった。
だが、ヒヨヒヨの様子を見て、某はその思いを消し去った。
彼女は負い目を感じている。
それでも「そうすること」が最善であり「そうすることしかできない」自分を責めているように思えたからだ。己の力不足を悔やんでいる。まだ幼い少女を囮にしなくてはならない選択しか選べなかったその事実を悔やんでいる。
――なるほど、レジストン様はやはり正しい。
気を失っているマクラーズは置いておいて、少なくとも彼女は裏の世界にこれ以上足を踏み込まなくても、表の世界の道へ軌道修正することができる、善性の心を持っている。
例の少女とどういった経緯が絡んだのか分からないが、今回の事件をきっかけに彼女は良い方向へと変われるだろう。
少し前に天井裏から監視していたヒヨヒヨとは、まったく別人のような様子に内心驚きつつも、もしかしたらこの姿が生来の彼女なのかもしれない、と思った。
諦観を甘受し、それが当たり前なのだと殻に閉じこもっていた以前の様子に比べれば、銀髪の少女の身を心配し、泣き出しそうな顔を浮かべる彼女は痛々しい。
――だが、同時に人として好ましい、とも思えた。
きっと閉じこもっていた殻にヒビが入るような出来事が、この短い時間の中であったのだろうな、と思った。
「端的に頼む。その子は今、どこで敵の目を引き付けている?」
「たぶん……まだ地下の下水道、だと思う。私たちは……そこから地上に出てきたけど、もしかしたら移動して、今は別の場所にいるかも……」
そこから、と指された場所を見ると、外された鉄柵が壁に立てかけてあり、下水への穴が開いていた。
下水道は王都全域に複雑に広がっている迷路のような場所で、明かりもない場所だ。本来、整備に向かう場合は、蝋燭等のきちんとした準備と地図が必要なところである。
某も流石にその地形全てを頭の中に入っているわけではないが……このまま手をこまねいている場合でないことも確か。
多少の夜目は効く方ではあるが――覚悟を決めて行くしかないか。
某は装束の内袋から照明弾を取り出し、それを夜空の上へと発射させる。
プシュッと音を立てて、赤いスモークを帯びた照明弾が打ちあがる。高価な火薬を使用した照明弾だが、使うことに迷いはなかった。
「直にこの場所にレジストン様の配下がやってくる。合流したら保護してもらえ。某は――地下に潜って少女たちの行方を追う。そのことも伝えておいてもらえると助かる」
「私も、一緒にっ」
「足手まといだ。自分でも分かっているだろう? お前の体力は既に限界だ。傷も少なからず見受けられる。敵と少女の情報を某に伝えた――それで十分な役割を果たした。あとは某が受け持つ」
「…………わ、分かった。あ、それとっ!」
「なんだ?」
「法衣の野郎は……おそらく物理攻撃が利かないし、マクラーズの恩恵能力も利かなかった。今のところセラフィエルが放った火だけが有効だったと思う」
物理攻撃が利かないことは……あの液状化した様子から何となく察しはついていた。
が、マクラーズの恩恵能力が通じない、というのは予想外だった。
彼の能力はレジストン様から聞き及んでいたが……相手は恐怖を感じない特殊な生物、ということだろうか。いや、火が有効ならば、少なからず火に対して恐怖心もしくは警戒心を持っていてもおかしくない。ならば、何故通じなかったのか……不確定要素が多いな。
あと、危うく聞き流すところだったが、セラフィエルが放った火、とはなんだ?
彼女の恩恵能力が<身体強化>であることは耳にしていたが、火が絡む要素は特に聞いていない。もしかして火種なる何かを持っていたのだろうか。
どちらにせよ、この場で悩んでいても仕方がないか……。
「気をつけよう。情報、感謝す――」
「きゃあああああああああああああああああっーーーーーーーー!」
る、と言い終える前に、少し離れた位置から悲鳴が響いた。
『!?』
某とヒヨヒヨは互いに顔を見合わせ、それから悲鳴の方向へと視線を向けた。
ここからでは様子が見えないが、悲鳴を合図に、大通り側でざわつきが広がっていく音が聞こえてくる。
聴力に神経を集中する。
「うわ、なんだ!?」
「ば、化け物だぁっ!」
「に、逃げろ!」
「なんだ、あのドロドロした奴は!?」
「マズイ、女の人が飲まれるぞ!」
「だからってどうすりゃいいんだよっ!」
「衛兵を呼べ! あとは公益所に何とか出来る奴を呼んで来いっ!」
そんな騒動が届いてくる。
「…………ドロドロした奴? 化け物?」
「まさか……」
某と同時に、亜人として人間よりも身体能力が高いヒヨヒヨを拾っていたようで、某たちは同じものを想像したようだ。
「そんな……アイツが地上に出てきたってことは……」
彼女は最悪な想像をしたのだろう、片方の肩を手で押さえて、静かに震えた。
「断定するには早い。その子が別の場所から地上へと逃げてきた。それを追ってきた可能性もあるだろう。なんにせよ、某は今からそこへ向かう。ヒヨヒヨは予定通りここで待機していてもらおう」
「お願い……、っ、あの子を助けて……あげて!」
「分かった」
短く回答し、某はすぐさま移動を開始した。
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騒動の中心はそこまで離れていなかった。
移動して数分でその場所まで到達でき、すぐにその存在を視界に入れることができた。
濃緑の液体、まさに下水の主と言っても差し支えない、汚泥という表現が似合いそうな化け物がそこにいた。
純白の法衣は何処へ行ったのやら、丸裸になったヘドロは体面のほとんどを黒く炭化させ、法衣を着込んでいた人型だった時に比べ、圧倒的に体積を減らしていた。比較的小柄な某の半分程度ぐらいだろうか。
「オォォ、ォォォオオオーーー、……食ワ、セ、ロ…………力ガ、足リヌ……」
パリパリ、と黒くひび割れた炭化部分が崩れ去っていく。
目の前で腰を抜かした平民の女性を喰らおうとしているのか、縮小した体積を平面上に限界まで伸ばし、彼女を飲み込もうとしていたところで、某は短剣を抜き、ヘドロに向かって刃を振るった。
短剣の刃は液体とも個体とも言えない微妙な感触を切り裂き、その衝撃を受けてヘドロは戸惑ったように動きを止めた。
「ゴゥ、オウウウゥゥァアァァ、…………アァァア、喰ウ、喰ワネバ……」
「今のうちに逃げろ!」
「あぁ……す、すみません……こ、腰がぬ、抜けてっ……」
女性とヘドロの間を塞ぐようにして短剣を構えながら、女性に避難を促したが、どうやら恐怖で体が硬直してしまったようだ。無理もないと思うと同時に、非常に面倒な事態だと悪態をつきたくなる。
対するヘドロは、かなり衰弱しているのか、気味の悪い咆哮を上げながら、ゆらりゆらりと体を左右に動かし、その動きに合わせて一つ二つと、また炭化部分が崩れていく。
しかしヒヨヒヨの言葉にもあった通り、物理攻撃は効果がないようで、炭化部分以外の短剣による切り口はみるみるうちに結合していき、元の状態へと復元されていった。
某は後ろの女性を脇に抱え、その場から離脱する。
ヘドロは某たちを追おうと触手のようなものを生やし、それを伸ばそうとするが、上手く行かずにベシャッと音を立てて、地面へと倒れ込んでいった。
相当弱っているな。
完全に倒すなら、この機を逃す手はない。
「あ、ありがとう……」
「気にするな」
助けた女性は近くの野次馬に任せ、某は再び路地裏から這い出てくる存在と対峙した。
付近の火種といえば、夜の街を照らすために等間隔で配置された篝火ぐらいだ。
可能であれば酒もあれば良かったのだが、あれだけ弱っていれば、篝火の火力だけでもダメージは与えられるかもしれない。
まずは炭化部分を重点的に短剣で攻撃し、慎重にダメージを積み重ねていく。
見たところ――火傷のように黒ずんだ部分は復元しないようで、崩れた分だけ奴の体は小さくなり、動きも緩慢になっていくようだ。
「ォォオォオォ、アァァオオァ…………」
攻撃方針が固まったところで、某は短剣の柄を握り直してヘドロへと距離を詰めようとして――つんのめりそうになりながら、その足を止めた。
理由は明白。
ヘドロを中心として囲うように野次馬たち群衆が弧を描き、その丁度中間地点のぽっかり空いたスペースに、いつの間にか、小さな人影があったためだ。
篝火と月灯りに照らされるその髪は――銀。
一瞬、セラフィエルという少女かと思ったが、違う。
明らかに装いが違うのだ。
そしてその装いは某も知るところであり、本来、このような場所にいてはならない存在の証でもあった。
銀髪の少女――アリエーゼ=エンバッハ=ヴァルファランは、簡素ながらも華麗なドレスを舞わせ、ビシッとヘドロに向かって指を向ける。
「照明弾が上がったから野次う――ごほん、見に来てみれば、まさかこのような化け物が、王の御膝元で暴れているとは思いませんでした。王都の民は国王陛下の子も同然。庇護されるべき存在ですわ。そして――それは国王陛下の娘である王女の私にとっても同然! 王都で暴れる不貞の輩は、この私が成敗してさしあげますっ!」
騒然の中にまだ幼くも耳通りの良い声が響き、その発生源は何やらポーズを決め、ご満悦なご様子。
あぁ……きっと、また英雄物を題材にした創作物でもお読みになられたのですね。口上が非常にわざとらしいと言いますか……もう恥ずかしいので、止めてほしい。
まず、なぜ貴女様が、こんな時間に、護衛もつけずにお一人で、王城ではなく平民街にいらっしゃるのか、聞き出したい項目が多々あって頭がこんがらがりそうですが、ひとまずそこから退いていただきたい。
突如降りかかる頭痛に眉をしかめていると、アリエーゼ王女殿下の体を包むように、黄金の羽衣が浮かび上がる。羽衣から発せられる金の鱗粉は、薄暗い夜の街にはとても美しく映え、野次馬たちも思わず状況を忘れて「ほぅ……」と声を漏らしてしまうほどだ。
しかし、某は感動よりも先に焦燥感が立つ。
え、まさか……この大通りで能力をお使いになるつもりですか!?
貴女様が何故「暴君姫」なんて二つ名をつけられたのか、その理由をお忘れですか!?
眼を剥いて焦る某の気持ちなど知らずに、王女殿下を包む羽衣は更に輝きを増していき――、
「悪しき者よ、これが王都を穢した天罰――その光を眼に焼き付けて滅びなさいっ!」
そんな気合の入った台詞と共に、羽衣から閃光が夜を押しのけるように照らし、黄金の照射が王都の敵を飲み込んでいった。
2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました