55 下水道での戦い 中編
すみません、ちょっと長いですm( _ _ )m
いつも読んでいただき、感謝です(≧∇≦*)
暗い、狭い、臭い。
見事な負の三拍子揃った下水道で、わたしは相手の力量……というより特性を見直す。
正直、ヒヨヒヨを追跡しているときは、相手にそれなりにダメージを与える分なら<身体強化>か操血を使えば、万事問題ないと考えていた。
それは相手が特殊な生態系を持つ魔獣のような類ではなく、確かに実態を持つ「人間」だと踏んでいたからだ。
――つまり、物理攻撃が有効かどうか。
それが是か否かで<身体強化>や操血の有用性というものは大きく変わっていく。
相手は下水に落ちたはずの切断された腕を呼び戻し、何事も無かったかのように元あった場所に復元、もしくは再生させた。
こういった手合いは、物理による攻撃は効果が薄い。どちらかというと、魔法を使って戦うのが定石である。
「…………」
まっずいなぁ……、前世ならこの下水ごと吹き飛ばすぐらいわけないことだけれど……今のわたしにその力はない。
ジリ、と近づく白い法衣の姿に、わたしは半歩下がって距離を取る。
一発逆転を狙って、現在の魔力量でも放てる最大の魔法を放つか……相手の出方を探りつつ弱点になる攻撃手段を模索するか――どちらにせよ、前者は賭け、後者はジリ貧になってしまう。
……こうやって、間合いを取り合っても意味がないよね。
「はっ!」
わたしはもう一歩下がると見せかけて、軸足に力を入れて、一気に法衣へと迫った。
「ム」
気のない声を前に、わたしは鋭くジャンプし、強化した右足をその頭部に叩きこむ。
メコ、という音を立てて、頭部に当たる部分がへこむが、それを意に介さない様子で法衣から復元した右腕が伸びてくる。
今度はわたしの動きを封じるために、掴みかかろうとしてきたみたいだ。
わたしは咄嗟に伸びてくる腕に右手を置き、ナイフのような指を躱しながら逆立ちするような格好で身を翻した。
その背中にもう一方の手が近づく気配を感じ、軽く法衣の後頭部を蹴りつけ、その反動でその手も避ける。
下水に落ちないよう、通路に着地し、三歩ほど後ろへ。
緩慢とした動きで法衣は頭をさすることもなく、頭部をへこませたまま、こちらへと体を向ける。
やっぱり……あまり攻撃として有効ではないみたいだ。
「子供ニシテハ、アリエナイ力ダ……オ前ノ能力ハ<身体強化>……カ。ダガ、ソウナルト、ソノ光ハ何ダ……? ソレニ、先程ノ攻撃モ不可解ダ。オ前、何カ……アルナ」
「……さて、どうでしょうかね」
わたしに追尾して移動する光球の様子と、身体能力の高さ。
その両立に違和感を覚えさえてしまったようだ。
無論、隠している余裕なんかないので致し方ないことだけど、その気付きが戦況を悪化させる方へと手伝わないことを祈るばかりだ。
法衣の気を逸らしているうちにヒヨヒヨたちが逃げてくれればいいのだけれど、二つの気配はまだ同じ場所にとどまっている。さっきの態度だと、わたし一人に戦わせることに思うところもありそうだし、何より動こうにも怪我が酷くて動けないのだろう。
わたしは意を決する。
この戦い……「勝利」などと欲をかけば、敗北する。
となれば――、この場合、逃げるが勝ち、である。
わたしは宙に浮かぶ光球に向かって手を振る。
わたしの手によって光はかき消され、世界は暗闇に包まれた。
「視界ヲ封ジタツモリカ? 馬鹿メ……私ニハ通用セヌ」
だろうね。でなければ、わたしが到着するまで、ヒヨヒヨをあそこまで正確に追い詰めたりはできなかったはずだ。だから、そんなことは先刻承知。
わたしは残った魔力ギリギリを手に集中させ、わたしの身体と同じ程度の巨大な火球を生み出す。
先ほどまで白く照らされていた下水道は、今度は赤く燃える光に照らされる。
「――ナッ!?」
「今度は驚きましたね。つまり――火は有効、ということでしょうかね」
炎に照らされたわたしの顔は実にあくどいものだったことだろう。
「汚物は――」
わたしはゆっくりと掌を法衣へと向け、
「消毒ですよっ!」
付近の下水ごと蒸発させる威力の火球を、ぶち込んだ。
「ひぃ!? し、死ぬぅぅぅ!?」
対面で涙声が響きわたるが、もちろんヒヨヒヨたちを巻き込むつもりは一切ない。それでは何のために助けに来たのか、って話になってしまう。
わたしは法衣に直撃した後、徐々に狭い下水道を埋め尽くす炎の軍勢に向けて走り出し、炎の中でもがく法衣の両足を血刃でたたっ斬る。
切断自体のダメージはないだろうけど、これで少なくとも俊敏な動きは一時的に封じれるはずだ。地面との支えが急になくなり、ベシャンと間抜けな音を立てて、法衣は地面にうつ伏せになる。
「コノ、ォ……!」
恨みがましい声が炎の中から聞こえたが、無視する。
服の至る所についた焦げ跡を払い、わたしは一気に法衣の脇元を駆け抜け、ヒヨヒヨたちの元まで移動すると、一息吐いて、二人を両脇に抱え上げた。
「は、はぁっ!? ちょ、ちょちょ……何がどうなって!?」
「静かにしてください。地下で音が反響しやすいので、なるべく追跡を遅らせるためにも口を閉じていてください」
「む、むぐっ」
抱え上げられたヒヨヒヨは状況判断ができる程度にはまだ冷静さが残っていたのだろう。
慌てて右手で口元を塞いでくれた。
マクラーズは相変わらず気絶しているのか、ぐったりとしているので、重いけど楽でもある。
しかし、パワーがあるとはいえ、わたしよりも身長が高い二人を抱えるのはかなり難しい。抱える、といっても二人の横腹までしか腕も回らないし、彼女たちを落とさないようにするには思った以上に腕に力を込める必要があった。
「頭……擦らないように、気を付けてくださいね」
身長差的に、ヒヨヒヨやマクラーズの頭は地面すれすれの場所にあり、膝から足にいたっては地面と接地している状態だ。地面に擦れるなら、頭より足の方がいいだろうという重心分配の結果だけど、移動の際はどうしてもズレたり、振動で地面に当たりそうになってしまうかもしれない。
ヒヨヒヨは「どう気をつけろっていうのよぉ……」と言っているかのような不安そうな顔を向けていたけど、それを了承の意として受け取り、わたしは「それじゃ逃げますね」と言葉を残して、両手両足に<身体強化>の力を最大限に発揮させる。
法衣を燃やす炎の灯りが、かろうじて小さな広場から八方に広がる道を照らす。
わたしはその一つをテキトーに選択し、我武者羅に走り出した。
……こっから先は真っ暗闇の世界だ。
足を滑らせて下水に落ちたら、許してね?
あまり口に出したくないお願いを心のなかだけで漏らし、わたしは後方の炎の灯りが遠ざかっていくのを確かめつつ、王都の地下を駆けて行った。
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<身体強化>を使ってもなお、疲弊したのはこれが初めてかもしれない。
「ぜぇ……ぜぇ……はぁ、ふぅ……」
わたしは下水に何度か足を踏み外しそうになるものの、何とか堪えて突っ走り、何度目かになる小広場のような下水合流場所へとたどり着いた。
ここが王都のどこなのか分からないけど、わたし含めて三人が休むのに十分な場所なので、ここらで足を止めることにしたのだ。
人間は慣れる生き物だと言われるけど、ここの異臭に慣れることはなかった。
有酸素運動が、有異臭運動になっていたかと思うと、一か月は立ち直れないかもしれない。
わたしは鋭くなっている気配探知で、広場の間取りを何となく把握し、足元を交差するように流れている下水に落ちないよう、ヒヨヒヨとマクラーズを壁際に落ち着かせた。
「…………もう、驚いて何も言葉が出ない」
「…………わたしは、予想以上に、はぁ……体力使って、ふぅ……言葉が、出ない、ですぅ……ぜぇ」
「つぅ……、膝が擦り剝けて痛い……」
「それは……言わない、約束……はぁ、ですよぉ……」
「わ、分かってるよ……」
も、もう限界。わたしは二人のちょうど間に収まる形で壁に背中を預けた。
ぐてぇ、とだらけるわたしを何処か呆れたような視線が追っている気配がある。真っ暗で見えないけど、この微妙な無言の間はそういうことだろう。
「ほんと、規格外な子、だね……。こんなに頭ん中がぐっちゃぐちゃになるほど混乱したのって久しぶりだよ」
「……」
「さっきみたく、光を出すことはできないの?」
「たぶん……しばらくは、無理、です……」
「そう」
「……」
「……」
疲弊を代償に、脅威から遠ざかったことで少なからず、わたしたちの間の空気は和らいだ気がした。悪臭はそのままだから、決して爽やかな感覚は無い。あくまで雰囲気的な部分だけ。
「ねぇ」
「……は、はぃ?」
あんまりこの空間で深呼吸時間を多く取りたくないので、早めに息を整えたいのだけれど、気になることが多いヒヨヒヨ氏はそれを許してくれないみたいだ。
でも邪見に扱うつもりはないので、わたしは素直に聞き返した。
「なんで……助けたの?」
「えぇ……?」
「な、何よ、その素っ頓狂な言葉は……」
「だ、だって……助けた後に『なんで』って聞かれると、何というか、気力が抜けるというか……悲しくなるというか」
自己満足だの、偽善だのと罵られているような気分に近いかもしれない。
「あ、ち、違う! その……あーいや、そうだね。まずは『ありがとう』って言うべきだったね」
「あっ」
誤魔化すようにしてヒヨヒヨは戸惑いがちにわたしの頭を撫でてくれた。
なんでかなぁ、プラムもそうだけど、わたしはこうして甘えさせてくれる行為っていうのかな。そういうのに今生は弱いみたいだ。さっき、一瞬だけささくれ立った心も、あっという間に温かく中和されてしまった。
もしかして、わたしって単純?
「さっきは思わず……馬鹿って言ってごめん」
「べ、別に気にしてないですよ?」
「うん…………」
「……」
なんだろう、この気まずい空気は。
ヒヨヒヨはどこか言葉を選んでいるかのように口を紡いでは、こちらに視線を向けてくる。その所作がこの空気を生み出しているのだろう。
「でも、やっぱり……馬鹿だと思う」
「え、えぇ~?」
「だってそうじゃん……私たちはアンタを攫おうとしたんだよ? たとえ偶然、逃げてるとこを見つけたからって、見捨てる理由はあっても、助ける理由はないじゃん……」
「……」
「だから……アンタが何でかこんなクッサイ場所まで来てさ、それが私たちを助けるためだって知った時……ぜんっぜん意味が分かんなかった。もうね、この騙し騙されの世界で生きてきた私たちにとっちゃ、アンタの行動は理解不能なんだよ」
そういう割には、どこか自嘲気味な口調だ。
わたしはジッと、横に座り込むヒヨヒヨを見つめた。
「な、なによ」
「いえ……本当に理解不能、なんですか?」
「……そうだよ」
「うーん」
わたしは少し悩む。
多分だけど、ヒヨヒヨはわたしを理解できないのではなく、理解したくないのだと思う。
理解してしまえば、今まで裏稼業に手を染めていた自分自身の……きっと汚い部分が浮き彫りになってしまう……そんな感情に包まれているんじゃないかと思う。
でも、だったら、何故そんな不安の胸中を悟らせるような言葉を出してしまったのか。
彼女は今、おそらく悩んでいるんじゃないだろうか。
今まで自分を支えてきた裏の世界と、わたしという表の世界が混同する現状で、どちらを自分の立ち位置にすべきかを。
……わたしの自惚れだったら恥ずかしいけどね。
「ヒヨヒヨさんは……悪人ですか?」
「なんだよ急に……。まぁ世間一般的にゃ悪人じゃないの?」
「はい、わたしもそうだと思います」
ハッキリそう述べると、面白くなさそうな感情が無言の時間から窺える。
「でも……ヒヨヒヨさんやマクラーズさんは、まだやり直せる位置にいる悪人、のような気がします」
「へ?」
「ふふん、こう見えてわたし。人を見る目は多少なりとも持っているつもりなんですよ? ヒヨヒヨさんたちって、今まで人や動物を殺したりする仕事を請け負ったことってありますか?」
「……いきなり突っ込んだ質問だね」
「どうなんでしょうか?」
「………………無いよ。別に自分たちの手が汚れることを恐れてたわけじゃないからな。ただ……悪人だろうが善人だろうが、殺せば何かと周囲の親しい人間と問題が起こる。それが嫌なだけだった。それだけだよ……」
その言葉は何だか建前のように感じた。
本心は別にあり、それを上辺だけ塗り替えたような、張りぼてのような言い訳。
「本当は誰かを殺そうとすることが怖かったんじゃないですか?」
「……」
短い沈黙。
「そこまで弱っちぃつもりは無いんだけどなぁー。っていうかさ、大体、人攫いだって似たようなもんだろ? 殺しとは別みたいに考えてるっぽいけど、攫った後なんてロクな最期になりゃしないんだから。それが死だったら……間接的に私が殺したも同然、だろ」
「そうですね……それは事実の一面だと思います。でもヒヨヒヨさん。今の口ぶりだと、ヒヨヒヨさん自身も初めて『そんな事実』に気付いたかのような感じでしたね」
「なっ!?」
「もしかして、攫った相手……わたしに少し歩み寄ってくれたことで、わたしの未来や気持ちを理解してくれたんでしょうか?」
「……」
「……」
再び沈黙が降りる。
やがて数分経ったあたりで、やや身じろぎしながら彼女は口を開いた。
「私さ……人攫いは二度目、なんだ」
「……」
「前回もマクラーズと一緒に仕事とってさ。依頼主はとある領土の富豪でね……なんでも屋敷の厨房に忍び込んだ浮浪児がいたらしくてね。食材を勝手に食っただけじゃ飽き足らず、逃走時に高額な調度品を壊したりしちゃったみたい。んで怒った富豪が裏社会に依頼を出して、それを私たちが受けちゃったってわけ。そん時……私はね、正直、浮浪児が一方的に悪いと思ったんだよ。勝手に人ん家に入り込んで、人のもん食って、人のもん壊して……。だから何の罪悪感も抱かずに、そいつを捕まえて富豪に渡したんだ」
「……」
「渡して報酬をもらった後、そいつがどうなったかは知らない。けどまぁ……無事でないことは確かだろうね。でもそんな末路は考えようとも思わなかった。私たちの勝手な考えで……『どうせ悪いことをしたんだから、しょうがない』って割り切って、忘れたんだ。今回のアンタの件だってそうだよ。私たちの中で『いち宗教の象徴になるぐらいなら、そこまで危険はないだろう』って勝手に決めつけて、被害に合うアンタの都合なんてどっかに置き忘れてさ。楽勝な依頼だって受けたんだ。ま……結果は散々だったけどね、ハハハ」
「……」
「良く考えたらさ。あの浮浪児と私たち……何が違ったんだろうね。あいつも私も生きるための選択をしただけだ。私にはそのための手段があって、あいつには無かった。それだけの違い。今までは、その違いは弱さだと下に見ていた。弱いから悪い。自分の力で逆境を跳ね除けられないのは、弱さの所為だってね。そう……思い込んで、私は生きてきた。昔は私もその弱い側だったってのにね……」
衣擦れ音がする。多分だけど、膝を抱えているのかもしれない。
「いつしか無難に生きるのが、最善だと思った。弱い奴から搾取して、強い奴からは物陰に隠れてやり過ごす。そうやって生きていくのが楽だし、この世で最も賢いと思ったんだ。そう思ってから……私はあまり仕事に関して深く考えないようになった気がする」
彼女の吐露は、まるで堰を切ったかのように止まらない。
わたしとしては、少しは仲良くなれるかなぁぐらいの軽い気持ちで、ちょっとだけ突っついたつもりだったのだけれど、思った以上に彼女は心の中に自分でも気づいていなかった感情の渦を抱えていたのかもしれない。
「それが……今回、なんていうか、粉々にぶっ壊れたって感じ、だね。今ならわかるよ。私たちは昔、富豪の前に突き出された浮浪児と同じだ。生きるために他人に迷惑をかけてきたツケが回ってきたんだろうね。だから殺されても文句は言えない……ぶっちゃけ、この地下に落とされたとき、そんなことも考えてたんだよ。死ぬのは怖いのに、死ぬのは仕方がないって」
ヒヨヒヨの肩が震えるのを感じた。
泣いているのかもしれない。
先程までは戦闘中ということで感情が昂り、様々な負の感情が保留状態になっていたのだろう。それが今、一息つける場となったことで、吹き出し始めたのだと思う。
「でもさ……何でかなぁ。一度は攫おうとした小さな子がさ、そんな私たちの『当たり前』をぶち壊しちゃったんだもんなぁ……」
ああ、それで……彼女はきっと、色んな価値観が混ざり、壊れ、感情が濁流のように荒れてしまったのだろう。
「なんていうか……眩しかった。理不尽しかないこの世界で……それでも、逆らって……楽じゃない道を自信満々に突っ込んできたアンタを見て……私は自分の道が分かんなくなってきちゃった……」
「ヒヨちゃん……」
迂闊にも、まだ「ちゃん」付で呼んでしまったが、それどころではない彼女はそれには反応しないでくれた。
「ハハハ、なんかね、今まで考えないようにしてた部分が一気に流れ込んできたみたいな気分……。うん、私が何よりも大馬鹿だよね……こんなちっちゃな子に何言ってんだろ……ごめん、聞き流して」
膝に顔を埋めてしまったのだろうか、最後の方は言葉がくぐもって聞こえた。
わたしは頭を撫でてくれたお礼に、丸くなった背中を撫でてあげる。
かなり予想外な展開で戸惑っているけれど、わたしの行動のおかげで彼女の心の靄が少し晴れてきていることは感じ取れた。
彼女にわたしの一件や、浮浪児の件以外にどの程度の余罪があるのか知らないけど、できれば真っ当な道に戻れるなら、その助けになりたいと思った。
「ひっく、うぅ……、慰めないでよぉ……なんか、惨めな気分……」
そう言われたので、思わず手を止める。
「うぐぅ…………ひっく、止めないでよぉ……」
今度は撫で撫で続行を求められたので、わたしは苦笑しながらその背中を撫でてあげた。
やがて、何十分かそうしているうちに、彼女の鳴き声は徐々に収まっていった。
落ち着いてきたようなので、わたしは撫でている間に考えていたことを口にすることにした。
「ヒヨちゃん、無事ここを抜け出したら、レジストンさんに貴女が裏稼業でやってきた行いをすべて話しましょう」
「……え?」
「レジストンさん、どうにもそういった方面に詳しそうな感じがしますし」
いきなり警察機関に顔を出して「私、これだけの悪事に手を染めましたぁ~!」と言っても、弁解の余地なく、牢屋にぶち込まれるだろう。
まあそれが正しい姿と言われればそれまでなんだけど、わたしの心情的にはまずレジストンに話を通したいところだ。
そもそも、この世界の倫理観や生殺価値観、法的観点などが未だ細部まで把握できていないので、そういった面も考慮しての判断だ。
「うぅ……自分から牢の中に入れって言うの?」
「えっとですね、今ってヒヨちゃんたちとレジストンさんって新たに雇用契約を結んだじゃないですか」
「うん……まあ、銀糸教の連中を内部から探るためにね」
「でも、もしヒヨちゃんたちが本当にどうしようもなくて、無法者で、救いようのない悪者だったら、レジストンさんはそんな手を取らないと思うんです。怖い想像ですけど……そういう輩だったら多分、拷問とかかけて必要な情報だけ入手して、あとは自分たちで解決に向かうんじゃないかなぁって思います」
「ご、拷問……」
脳内で拷問器具を笑顔で準備するレジストンの姿を思い浮かべる。
あれ、おかしいな。意外と違和感がない。
「だからきっと……レジストンさんも、ヒヨちゃんたちを雇い入れるだけの何かがあるような気がするんです。それに賭けて……今までの罪を償いませんか?」
「つぐな、う……?」
この国に贖罪という言葉があるのか分からない。でも言葉の意味は彼女にきちんと伝わっているようだ。
「今までの悪事を、これからの善行で贖う、ということです」
「ど、どうやって……?」
「そ、それはレジストンさんと相談、ということで……」
方針は決められても、この世界の法の枠内で具体案を講じれる知識はないので、そこはレジストンに分投げすることにした。
「できる、のかな……」
「大丈夫、と無責任なことは言えませんけど……わたし個人としては、ヒヨちゃんは明るい道で歩こうと思えば、歩けると思いますよ。ヒヨちゃんが今までの生き方に後悔して……これから変わっていきたいのなら、わたしも一緒に口添えしますので」
「……うん。ありがとう」
良かった。
最初の突っ張っていた時の姿は何処へ行ったのやら、もうここには素直になってしまったヒヨヒヨしかいなかった。
わたしは彼女の背中をもう一度だけ撫でて、内在する魔力を測る。
うん、この休憩時間で少しだけ魔力が回復した。これなら数分程度なら再び光球を発生させ、出口までの活路を照らすことができるだろう。
「さて、そろそろここを出ましょうか」
わたしは光球を発生させ、暗闇を白く照らし出す。
胸中を吐露した後のヒヨヒヨの表情が浮かび上がったわけだが、目じりを赤くしつつも、ちょっと照れながら「分かった」と呟く彼女は……年相応に可愛らしかった。
これで亜人としての能力が、鳥だったり猫だったらなぁ……すっごく似合うのに、と余計なことを考えてしまったが、もちろん声には出さない。
わたしはゆっくりと立ち上がり、光球をより天井に向けて浮遊させる。
そうしてより広域が光によって、今いる小広場が鮮明になっていく。
「あ、意外と近くに上に上がるためのはしごがあったみたいですね」
光球に照らされた先にわたしが降りてくるときに使った鉄はしごと同じものがあり、どうやら王都のどこかに繋がっているようだ。
探す手間が省けて、わたしは思わずほっと息を吐いた。
「みたいだね」
ヒヨヒヨも安堵を隠せずに、はしごの先を見上げていた。
「あれ、もう立てるんですか?」
「なんか……小っ恥ずかしい思いをしたら、疲れとか色んなモンが吹っ飛んじゃったし……元々、亜人の血が流れてるからね。人種より傷の回復が早いんだよ」
「はぁ~」
亜人ってそういう側面もあるんだね。
色々と亜人の話を聞きたいなぁ……。
「それにこれだけ回復すれば、尾も再生できそうだ」
「尾? 再生?」
わたしの疑問を余所に、ヒヨヒヨは立ち上がって、その尻尾を見せてくれた。
尻尾は途中から千切れており、ちょっと痛々しい様子に見える。そういえば、地上で千切れた尻尾を見てたんだった。速攻で戦闘に突入したため、すっかり失念していた。
でも……再生って?
「私の半分は蠍蜥蜴種だからね。根本から神経ごと焼却でもされない限り、体力さえあれば再生できるんだよ。尻尾限定だけどね」
そういって実演してくれた。
正直言うと……ちょっとグロかった。
切断面から肉のようなものが盛り上がってきたかと思うと、その中心から新しい尻尾が生えてくる。どういう仕組みなのか、さっぱり分からないけど、今は「そういうもの」として受け取る他無かったようだ。
ヒヨヒヨはこの再生能力のご披露にちょっと自信あり気なドヤ顔をしていたので、わたしは本音を隠し「わぁ、凄いですねぇ~」と褒めることにした。棒読みになっていなかったか、ちょっと心配。
「尻尾さえあれば、マクラーズを抱えながら上へと登ることができるから、後は私が背負ってくよ」
「え、と言っても……まだ怪我は治ってませんし、あまり無理は……」
「大丈夫だって! さすがにこれ以上世話になるのは御免だよ! 助けてもらっただけでも十分すぎるぐらいさ」
明るく言うヒヨヒヨに、わたしはそれ以上は何も言えなくなってしまった。
だから、笑顔で「ありがとうございます」と言うと、ヒヨヒヨも困ったように笑い「それはこっちの台詞だって」と言ってくれた。
うん、なんだかいい感じ。人間関係はギスギスよりも、こっちの方がいいよね!
わたしは歩み寄ってくれたヒヨヒヨとの会話を楽しみつつ、にじり寄ってくる「空気読まず」の存在に内心で大きくため息をついた。
「それじゃ、ヒヨちゃんは先に上がってください。光球はヒヨちゃんの肩近くに固定しておきますので」
「え、いやいや、それはさすがに悪いよ」
「ううん、わたしはどの道、ここでやることが残ってますので」
わたしの言葉の意図を汲んでくれたのか、ヒヨヒヨは表情を徐々に固くしていった。
「だ、だったら尚更――」
「逃げるだけなら、わたし一人の方がやりやすいです。それはヒヨちゃんも分りますよね?」
「……」
時間はない。
遠くから水をかき分け、近づいてくるあの存在は――もう一分も経たずにここに到達することだろう。今から三人ではしごを登っても、おそらく――登っている最中で襲われる可能性が高い。どうやって探知して追ってきたのか分からないけど、遠くから聞こえる水音は迷いなくこちらに向かってきていた。
「ヒヨちゃん」
「……分かったよ。上に出て……助けを呼んでくる」
「はい、でしたら……フルーダ亭にお願いします」
「あの激マズ飯屋のフルーダ亭、か。分かったよ……」
「宜しくお願いします」
隠しておくつもりだった、わたしの隠れ場所も伝えてしまった。
これで、もう確実に大人組に怒られること間違いなしだけど、それはもう諦める他ないね。敵が想像以上に面倒だった……それだけが誤算だっただけのこと。
「…………また、ね」
「はい」
ヒヨヒヨも無駄話をする余裕がないことを悟ったのか、短く、それだけを告げ、はしごを登っていった。尻尾でマクラーズをぐるぐると包み、力強くはしごを掴みながら彼女は下水道から姿を消していった。
さて、一度、わたしの姿を奴に見せる必要がある。
この真っ暗闇の中、上とはいえ、わたしの光球は視界にとらえやすい。わたしからヒヨヒヨたちにターゲットが向いてしまわぬよう、きっちり奴には「わたしはここにいる」と見せつける必要があるだろう。
「魔力は……無理かぁ」
ヒヨヒヨと一緒についていった光球はあと数秒で自動的に消える仕組みになっている。
つけっぱなしだったら、そのまま魔力欠乏になっちゃうからね。その数秒が……わたしのやや回復した魔力を使い切る瞬間。
つまり、今以降の戦いで魔法を使うという選択肢は一切ない、ということになる。
……わたしの姿を発見させたら、速攻で逃げよう。
そう意気込むわたしの視線の先――漆黒の空洞の中から、やがてそいつは下水に波を立てながら迫ってきていた。
2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました