54 下水道での戦い 前編
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あ、これヤバいんじゃない? と思ったのは、落下すること5秒経っても落下中だった時。
わたしは慌てて竪穴に設置されている錆びた鉄はしごを掴み、一瞬肩が外れるかというほどの衝撃が襲い掛かってくる。
「っ」
いかに<身体強化>で強化していようとも、限界というものがある。
どうやら今の落下によって加速した慣性は、<身体強化>による強化を上回る負荷を体にかけたみたいだ。
わたしと先ほど出現させていた光球を足元に向ける。
思ったより……深い。
ヒヨちゃんは本当にこんな穴に落とされてしまったの?
ただ落下するだけでも相当なダメージを負うことは必至だ。
骨を折ることは間違いなく、内臓だって無事ではないだろう。最悪、打ちどころが悪ければ死の可能性すら十分にある。
「……急ごう」
今のわたしには誰かの怪我を回復する手段はない。
魔法にも治癒魔法はあるがゲームみたいな「唱えれば回復」みたいな便利なものではなく、どちらかというと科学時代の手術に近いことしかできない。要は医師が持つ麻酔やメスの代わりはできても、負ってしまった傷口や内臓の損傷を瞬時に回復させるようなご都合主義な手はない、ということだ。
高等かつ繊細な魔力操作が必要となり、一歩間違えればトドメを刺す結果にだってなりかねない。それだけのリスクがあるというのに、出来ることは血流や筋肉を故意に動かし、骨折位置を調整したりする程度。それですら、レントゲンや内視鏡カメラなども無い世界では患部の位置の特定が難しいため、失敗する方が圧倒的に多いという。
科学と魔法が融合すれば、かなりの成果を得られそうなものだけど、科学技術なしでは魔法も片手落ち以下なのである。
なので前世やその前の世界では、基本、生命維持に関わる傷を負えば「終わり」という考えが定着しており、魔法使いたちはまず「自分たちの身を護る魔法を優先して身に着ける」風潮になっていた。
わたしは操血という特殊な能力を持っていたから、ちょっとそこの枠から漏れた存在だったけどね。
まず出血という概念がわたしには無い。
正確に言うと、出血はするものの、血流を操作することができるので、基本失血死は無い。
次に傷口の代替として操血による凝固が可能で、小さな傷であれば皮膚や内臓に関わらず、その穴を埋めることが可能なのだ。欠損が激しい場合でも血液でそこを補うことも可能だが、今のところはそういった事態は経験したことがない。
何故だか……いつも死ぬときは一瞬だったからね。
とはいえ、痛みはあるので、あまり無茶はしたくないけれどね。
ヒヨヒヨやマクラーズが取り返しのつかない怪我を負う前に、彼らの元へと移動したいところだ。もっともヒヨヒヨの尻尾に関しては、それが亜人にとってどの程度の怪我に分類されるのか、分からないところだけど……。
慎重にかつ急いではしごを下り、ついに足がつく場所へと降り立つ。
予想通りというか何というか……悪臭が酷い。
脊髄反射で魔法を使いそうになるところを、ぐっと抑える。
単発で使用する魔法と違って、こういった環境に対する魔法は持続的なものになってしまう。匂いに対してならば、常に身体の周囲に風の防護膜を張るような形になる。
昔なら迷わず使うところだけど、<身体強化>で強化されているとはいえ、魔力はまだまだ少ない。こんなところで持続系の魔法を使えば、あっという間に魔力欠乏になることだろう。毒を含んだ匂いでなければ生死が関わることもないので、ここは我慢することが最善だ。これから戦闘行為がある可能性を考慮すれば、魔力も温存しておかなくてはならない。
ただでさえ、真っ暗なこの場所を照らすために、持続系の光球を放っているのだから、尚更のことだった。
「…………」
匂いが嫌ならデブタ男爵家の時みたいに操血で鼻の穴でも閉じてしまえばいいけど……どうも口で呼吸するのも嫌な気分になるのよね……。臭いが口の中で染み付いたらどうしよう、とか……まあ鼻呼吸でも結果は似たようなものなので、本当に気分的なものだけれど。
わたしは犬歯で指の腹を切る。
指からぷくりと浮かぶ血に命令し、わたしは鋭利な血の刃を操作して服の袖を切り取る。
袖の切れ端を細長く整えていき、それをマスク代わりに口元に巻いて首元で結ぶ。これで多少はマシになることだろう。
さて、光球を出している以上、わたしの魔力は今もゴリゴリと削られている。
もしかしたら地下に灯りがあるかなぁ、なんて淡い期待を抱いていたけど、それは粉々に砕け散った。壁面に燭台はあるものの、肝心の蝋燭は無い。おそらく地上から持ち運んで、この燭台に設置していくスタイルなのだろう。
魔力欠乏に陥る前にさっさと事を済ませる必要がある。
まず左右に伸びている道をどちらに行くかだけど……明らかに右の方角で壁が崩れたり、道の真ん中を流れる下水が飛び散ったりしているみたいなので、ヒヨヒヨは右方へと逃げたことが分かる。
わたしは時間制限を念頭に置いて、すぐ横の下水に足を滑らさないよう気を付けつつ、下水道を走っていく。
やがて――、すぐにわたしは彼女たちに追いつくことになった。
「……!」
少し開けた広場みたいな場所は、おそらく各所を流れている下水の合流地点の一つなのだろう。
その壁際に苦悶しながら腕を抑えて蹲るヒヨヒヨと、床に倒れ伏したマクラーズの姿。そして彼女たちの前には白い法衣を纏った何かが佇んでいた。
わたしの光源は、この真っ暗な世界では最も目立つものだ。
既に光の存在に気付いていたヒヨヒヨは、こちらを見て信じられないものを見るかのように目を見開いていた。
「ちょ、えっ!? ば、ばか! 来るんじゃない!」
慌ててわたしに静止を告げる彼女だが、わたしは止まる気は毛頭ない。
よりつま先に力を込め、距離を詰めようとして――相手も同様に詰めてきたことに、わたしは思わずギョッとする。
法衣が予備動作もなく、こちらに向かって迫る。
2秒と立たずにわたしたちは交錯する間合いまで到達し、法衣は腕を振り上げ、すれ違い様にわたしを切り捨てようとしてくる。無手だというのに「切り捨てる」という表現になったのは、法衣の袖から見えたその手が人とは異なるものだったからだ。まるで鉤爪のような長く鋭い五本の指。あれに触れた者は間違いなく、その身を切り裂かれることだろう。
「…………こ、のっ!」
<身体強化>の出力を上げ、感知能力、全筋力の強化を行い、迫りくる凶指の一線を体を捻って掻い潜った。
「…………!」
相手の動きが一瞬だけ鈍るのを感じる。
おそらく眼前の子供が予想以上の動きをしたことに驚きを抱いたのだろう。
法衣の腕が相手を追跡すべきか、距離を取って仕切りなおすか、二択の狭間で揺れたことをわたしは逃さない。
「てやぁ!」
先ほど作った指の腹の傷口から、細長い血刃を生成し、迷いに揺れた法衣の腕を一閃した。
戦闘慣れしていない者ならば、敵とはいえ、腕を切り落とすことに忌避感を覚え、躊躇することもあるだろうが、ことわたしに関してはそれはない。相手が殺意を以って襲うならば、こちらも相応の殺意を以って対応する。
伊達に過去、血なまぐさい時代を生き残っているわけではないのだ。
くるりと壁を蹴って、法衣の背中側に降り立つ。
直後、ボチャン、と法衣の切り落とした腕が下水の中へと落ちていった音が響く。
――ご愁傷様。
わたしは法衣とすぐ向き直る姿勢を取り、背後にいるヒヨヒヨに声をかける。
「大丈夫ですか?」
「え、あ、いや……な、なんで?」
「え? あの、怪我をされているみたいでしたので……一応、心配していたのですが」
何故か疑問で返されてしまったので、わたしも少しどもりながら返してしまった。
「あ……あぁ、私もマクラーズも死ぬほどの怪我じゃ……――じゃなくて! なんでお前がこんな場所にいるんだよっ!?」
ああ、そっちの意味か。
「いえ、ヒヨちゃんがフル……わたしの前を通り過ぎたところを見まして、ひょっとしてお困りかなぁ~って思って追いかけてきた次第でして……」
危うく「フルーダ亭」の文字を出すところだったが、それは寸前で止めることに成功する。わたしの潜伏先は一応、一部の人間を除いて秘密事項の一つなのだ。
「……ヒヨちゃん?」
「ご、ごほん。ヒヨヒヨさんの身を案じて、馳せ参じてきたわけです」
「……呼び方については後で追及させてもらうとして、アンタ、馬鹿でしょ」
「馬鹿って……ひゃっ!?」
なぜか馬鹿扱いされたことに言葉を返そうと思ったのだが、ゆらりと無言でいた法衣が距離を詰め、残った腕を突き出してきたので、わたしは慌ててバックステップし、距離を取った。
「話は後にしたほうがいいですね」
「…………言いたいことは山ほどあるけど、分かったよ」
呆れと諦めの色を含んだ声で、背後から彼女が起き上がろうとする気配を感じる。
「ちょっと……何で起きようとするんですか?」
「あったりまえだろ……。子供のアンタに戦わせて……っ、私がのうのうと休んでるとか、色々と……有り得ないっての……っ」
身体の節々に傷があるのだろう。
起き上がる動作はぎこちないし、手足は震えている。それでも無理に動かそうとする反動で、痛みが全身に無遠慮に走っているのだろう。彼女は平然を装うとしているみたいだが、痛みと連動して声が途切れる様子が丸分かりだった。
わたしたちの会話などお構いなしに、法衣が再び足を踏み込んで接近してくる。
今度はわたしも冷静に対処し、彼の腕を横をすり抜け、胸元まで間合いを詰めると同時に、残った腕も血刃で切り落とす。
「…………は、はぁ?」
もしかしたら、わたしがさっき何をしたのか見えてなかったのかもしれない。
わたしが法衣の腕を切り落とした様子を見て、ヒヨヒヨは間の抜けた声を漏らしていた。同時に足の力が抜けたのか、スルスルと壁をこするようにして、彼女はまた地面にへたり込んでしまった。
わたしは両腕を失った法衣の胴体を思いっきり、蹴り飛ばす。
堅めの泥を蹴ったような妙な感触だったけど、相手を後方へと吹き飛ばすことはできたようだ。
「何が目的か知りませんけど、これ以上酷い怪我をしたくなければ、早々に立ち去ることを勧めますよ」
と、警告を法衣に向けて発する。
……両腕を切り落としている時点で、これ以上酷い怪我とか、どんな判断基準なのよと自分に突っ込みたくなるけど。
純白の法衣に身を包んだソレは、腕を失ったことに絶望することも、痛みで泣き叫ぶこともなく、淡々とわたしと向き直り、下水道に低く響くような声を漏らした。
「……オ前、何者ダ?」
「……ちょっと名乗るのは遠慮したいと思います」
一応、被保護中の身なので。
下手に情報を漏らせば、レジストンやクラッツェードたちに迷惑をかけることは必至だ。……単独行動している今を鑑みれば、何をいまさらな話だけど、これについては人命救助ということで、どうか許してほしい。
「銀髪……マサカ、イヤ……似テハイルガ、別人、カ」
光球に照らされたわたしの髪色を見て、何やら自問するかのように呟いているけど、もしかして例の王女様と勘違いしたのかな?
しかし、この人……本当に人間?
ぜんっぜん腕について気にした素振りを見せないんだけど……。
「……マア良イ。目撃者ハ生カシテオケナイノデナ。ココデ諸共、死ヲ迎エルガイイ」
「ふぅ、引いてはくれないようですね」
そろそろ……魔力残量が不味い。
光球だけに割くとしても、あと二分程度が限界と見ていいだろう。
こんな場で動けなくなるわけにもいかないので、短期決戦が難しければ、何か別の手を考えないといけない。
……いっそのこと、相手の法衣を燃やして光源にしようかしら。
そんなことを考えながら、法衣の様子を見ていた時だった。
ズル……ズルッ……と這いずる微かな音をわたしの強化された聴力が拾う。
何事かと視線をやや下に向けると…………そこにはわたしが落としたはずの二つの腕が、下水から這い出て法衣の足元へと移動している光景があった。
「……っ」
思わず息を飲む。
どこぞのホラー映画のように、自我をもった両腕は、法衣の足を伝い、胴を伝い、法衣の中へと消えていったかと思うと、ゴキュゴキュと嫌な音を立てて、袖から新しい腕が生えていた。
前世ではスライムのような液体生物がおり、核が破壊されないかぎり分裂と融合を繰り返す生態だったけど、それに近いものだろうか。でも、ここまで人型を保ち、人語を介する存在は今までに会ったことがない。つまり――知能が高い、ということだ。銀髪に反応するところを見るに、記憶する領域や、その記憶を以って判断する知恵もある。
……これは、ちょっと厄介かも。
わたしは額に流れる一筋の汗を煩わしく思いながらも、小さな手を握りしめた。
2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました




