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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第二章 操血女王の平民生活
83/228

53 追跡

ブックマーク、ありがとうございます(*´▽`*)

読んでくれて嬉しいです('ω')ノ



 陽が沈んできたとはいえ、ここは王都の平民街のど真ん中である。


 人の影は少なくなってきたものの、まだまだ通行人は大勢いる。


 そんな中「どいてどいてぇ!」と大声を叫びながらオッサンを抱えた少女が疾走すれば、言わずもがな――目立つ。


 わたしは鍵を持つクラッツェードと、一つしかない合い鍵をプラムたちが持って行ってしまったため、仕方なくフルーダ亭の二階窓から抜け出し、<身体強化テイラー>の助力を以って外へとその身を翻した。


 そして騒動の足跡を辿るようにして、わたしは近隣の家屋の屋根へと飛び移り、忍者のごとく目下の大通りではなく、屋根から屋根へと移動を開始した。


 一体何がどうなっているのかは分からないけど、一瞬だけ視界に映ったヒヨヒヨの表情は明らかに焦りと恐怖があった。


 元々はわたしを攫うつもりで近づいてきた無法者だし、あれから仲を深めて良好な関係になったわけではないのだけれど……それでも一応はレジストンと二重契約を結んで、形式上であってもこちら側にいる人たちだ。そこまで心の奥深くまで真っ黒に汚れた人たちにも見えなかったし、ここは助け合いの精神で接触したほうがいいかなと思ったわけだ。


 問題があるとすれば、勝手に外に出て、銀糸教関連に巻き込まれることだけど……そこは上手く臨機応変に対応することにしよう。


 わたしは足に力を込め、大きく跳躍する。


 直前まで足場にしていた屋根よりも、目の前の建物の方が数階分高い。その差を埋めるためにジャンプし、わたしは無事、背の高い建物の上へと移動した。


 大通りを俯瞰する。


 騒ぎの向きを追っていくと、ヒヨヒヨが人気の多い場所をあえて走っていることが判る。


 わざとなのか、偶然なのか。


 それは本人に聞いてみないと分からないことだけど、もし故意にそういう場所を選んで移動しているのであれば、相手は無差別に人に危害を与えない者か――その存在を多くの人間に見られたくない者か、だろうか。


 下から「おいおい、なんだぁ?」「今、女の子がオッサンを抱えて走っていたような……」「尻尾?」「あ、あぶねぇ!」「きゃあっ!」「お、押すな押すな!」「痛ぁ~い!」「なんでオッサンが誘拐されてんだっ!?」「衛兵を呼べっ!」などなど、人の数だけ豊かな感情表現が響き渡っている。


 とりあえずヒヨヒヨが周囲の人間から目撃されることも辞さない状況であることは確かのようだ。


 しかし、彼女の後を追うように一瞬だけ見えた……あの白い布――聖職者が着込んでいるような長い法衣を着込んだアレは、何者なのか。


 わたしは思考を走らせながら、彼女たちが移動する先へと追い付けるよう、再び方角を定めて屋根の上をつたっていく。


 念のため、まだ距離が離れているこの場所からも周囲の気配を探ってみるが、いかんせん足下の喧噪が大きく、上手く探知ができない。


 仕方ないので気休めにしかならないけど、視覚で周囲を確認しながら走るが、特に怪しい人影は見つからなかった。


「……」


 ヒヨヒヨが大通りの人を避けながら走る速度よりも、<身体強化テイラー>で強化したわたしが邪魔の少ない屋根をピョンピョンと渡る方が圧倒的に速い。


 目測だけど、あと数分で追いつけるはずだ。


 この王都の警備体制ってどうなっているんだろう?


 さっき下から「衛兵」って聞こえたから、門の近くチラホラ見えた兵士たちが騒ぎに駆けつけてきてくれるんだろうか。


 これだけ多くの人が声をあげてるんだから、少なくとも誰かしら国所属の人はやってくるだろう。来なかったら来なかったで、この国の治安はどうなってるんだ、って話だし。


「ふっ!」


 前傾姿勢になりながら、屋根の角を蹴る。


 眼下にはわたしが追いかける大通りと交差するように垂直に伸びる街道。その上空をわたしは飛ぶようにして横切る。幸いにして、大通りの騒ぎに意識が向いてる歩行者の人たちは、上空のわたしの存在に目を向けることは無かった。


 う、ちょっと距離が足りないかも。


 ジャンプによる距離が足りない分は魔法で補う。足裏に空気を噴射させ、わたしは軽々と街道を飛び越えていった。


 空から見下ろす景色は、いつも地上から見える光景とは違う。けれど、その街道と並ぶ建物の光景は、わたしの記憶にあるものと一致することができた。


 この辺りは――、


「もしかして、公益所?」


 わたしはヒヨヒヨが向かう先と思われる場所を口に出した。


 もし逃げるしかない相手に出会った時、自分だったら何処へ逃げるか。


 兵の駐屯場所がある門付近か、クラウンがいる可能性のある公益所になるだろう。もし、それ以外に頼る場所があったり、複雑な路地の知識があるのなら、他にも手法はあるだろうが、それを除外するならこの二択が最善のように思える。


 もしかしたらクラウンの戦うところを見られる?


 ああでも、相手が誰かに姿を見られたくないのなら、公益所に逃げ込んだ時点で手を引くかもしれない。クラウンについて興味はあるけど、それが一番被害の少ないケースなら、それがいいだろう。


 そんなことを考えているうちに、わたしは遠目にヒヨヒヨの後ろ姿を捉えた。


 なんだか脇に抱えられながら後を向いているマクラーズの姿が情けなく見えてしまう。お世辞にも背が高いとは言えない少女に抱えられているんだから、その印象はなお強いものだ。


 彼女は今、公益所への道を真っ直ぐ走っている。


 このペースならあと数十分も経てば、公益所に辿り着けるだろう。


 ヒヨヒヨが公益所について、それでひと段落するなら、わたしも早いところフルーダ亭に戻った方がいいかもしれない。せっかくそれなりにクラッツェードやディオネとも仲良くなってきたというのに、水を差すようんい無断外出で怒られるだなんて真っ平御免だ。


 あー、でも……もう月が明かりを持ち始めてるから、既に彼らも帰ってきているかもしれない。手遅れかなぁ……なんて言い訳しよう。外の騒ぎが気になって出かけちゃった~、みたいなこと言っても怒られるのは変わりなさそうだしなぁ。


 くっ、前世の王女時代はスルー技術も長けていたはずなのに、何故だか今は人恋しい気持ちの方が強い。


 わたしは弱くなった……?


 もちろん、本来の血が少ないことで操血そうけつも魔力も微々たる程度しかないので、弱くなっていることは確実だ。


 それでも心は弱くない……むしろ200年の人生を経験した心は誇るべき武器のはずだ。だというのに、わたしは3回目の転生後からどうにも、拠り所を求めているような気がする。


 ……まぁ、元々今生ではゆっくりまったり、興味あることを満たしつつ、平穏な人生を送りたいと思っていたので、全然問題ないはずなんだけど。


 あれ? そもそも今って……そんなに平穏な人生? 奴隷になったり、男爵家でも酷い目にあったし、今もこうして王都のいざこざに首を突っ込んでいる。わたしは一体、何がしたいのだろうか。


 う~ん、頭の中がごっちゃごちゃになってきた……。


 これもかれも、身体年齢に精神が引っ張られている所為に違いない! と思うことでこの場は保留にしておこう……。


「………………えっ!?」


 脳内でそんなことを考えていると、不意に視界の中心に捉えていたヒヨヒヨの姿が消えた。


 否。


 彼女が走る通り、その脇道から凄まじいスピードで影が躍り出て、彼女たちをそのまま反対の脇道へと押し込んだのだ。


 公益所はもう目と鼻の先だというのに!


 周囲の人間はみな一般人なのだろう。


 誰も影の存在を認知できず、急に姿を消した少女とオッサンに、別の意味で動揺していた。


「これはマズイかも」


 マクラーズを抱えてこれだけの距離を走れられるということは、少なくともヒヨヒヨは一般成人男性よりも強い腕力を持っていることが判る。


 そんな彼女が為す術もなく、路地へと押しやられたのだ。相手は彼女以上に力を持つ存在なのだろう。もっとも彼女が逃げの一手を打っている時点で、それは自明の理でもあるか。


 相手は多少強引にでも、今日という日の中で決着をつけようとしているのだろう。


 つまり、それだけの何かをヒヨヒヨたちが持っている、ということにもなる。


 わたしは彼女たちが消えていった路地の傍まで移動し、地上へと降り立った。


 何処!?


 薄暗い路地を見渡すが、特に違和感はない。


 いや……窓際に飾ってあったのか、花瓶が落ちて割れている。よく見れば、壁面にも何かがこすれたような摩擦跡があった。これは……尻尾の跡?


 わたしは断続的に残っている跡をたどり、ゆっくりと路地裏の奥へと足を進めていく。


 背後からはざわざわと人の声が大きくなっていくのを感じる。ヒヨヒヨ遁走の影響とその犯人が忽然と消えたことが原因なのは間違いないけど、こんな場所でその人たちとかち合うわけにはいかない。「こんな場所で何をしてるの?」と聞かれて納得できる答えを用意できないし、何より時間を取られ過ぎる。


 少し歩数を多くして、わたしは路地裏の中のさらに細い横道へと顔を出した。


 尻尾の跡は……この奥に続いているようだ。


 曲がり角を進んでいくと、不意に足元に嫌な感触がした。


 ビチャ、と水気のある音。


 けれど水たまりのような感触ではなく、粘っこい液体の中に踏み入れたようなものだ。


「うぅ……」


 あんまり見たくないけど確認せざるをえまい。


 いつの間にか天は黒く、月の灯りだけが空を照らしていたが、その光はこの路地までは届かない。仕方ないので、わたしは魔法で少量の光球を発生させ、地面へと視線を移した。


「これは」


 路地に散乱する謎の液体と――…………尻尾の先端が千切れた部位が転がっていた。


 尻尾は蠍のもので、その大きさは前世で見た大蠍のものに近かった。幾つもの尾節含めて四つほどの節の辺りで、何か強い力で引きちぎられたような痕があった。


「うーん……信じたくないけど、やっぱりさっき見た尻尾はこれだったのね」


 これはヒヨヒヨのものだ。


 わたしの名前から想像したささやかな幻想は、この尻尾の形態で見事に崩壊したわけだが、今はそんなことにガッカリしている場合ではない。


 亜人の痛覚や能力がどういうものか分からないけど、身体の一部を引き裂かれたのだ。痛みはあるだろうし、戦況だって不利に傾いていることだろう。


 もう少し前へ進むと、壁際にねじ切られた鉄柵が転がっていた。その出所を確認して――わたしは、地面に開いた正方形の穴を見つけた。謎の液体もそこへ入り込むようにして途絶えている。


「…………地下水道?」


 王都のトイレは、どちらかと言うと原始的だ。


 水洗式でもないし、魔法による洗浄も考えられていない。


 ぼっとん式で、井戸から汲んだ水桶を横に置き、用を足したら水で局部を手荒いする……というものだ。無論、わたしは魔法水洗式(しかも温水)で対応している。


 でも、料理や朝の水洗いなどで魔力を消費している上に、お腹を壊して頻繁にトイレに駆け込む日があった時は地獄だった。その時ばかりはこの世界のトイレ方式に則るしかなく、桶の水を使っての手洗いはちょっと嫌だった。でも魔力切れで吐くわけにもいかないので、仕方がない。


 と、話は逸れたけど、この王都には二種の地下要路が存在するらしいのだ。


 一つは汚物を流すための下水道。もう一つは井戸の水が流れている地下水道である。


 下水道は近くの大きな川から水を引いて、その淡水を使って何処かに流しているらしいのだけど、詳しいことはクラッツェードも知らなかった。まあ好きで下水道に足を運ぶ人もいないだろうしね。どこに流しているのか衛生面的に気になるけど、川から川へと流していないことを強く望む。もしそんな運用だったら、もうこの世界の川魚を食べる気にならない。


 地下水道の方は人が生活に使える地下水だけが流れている水道だ。大部分が自然にできた空洞ばかりで、人工的に入れる場所は少ないと聞いている。下手に開発をしてしまうと、地下水が別のところへと流出してしまう危険性があるからだそうだ。王都の文明レベル的には、そんなこと深く考えずに掘ったりしそうなものだけど、過去に何か手痛い事故でもあったのかね。


 この二つを比較すると、言うまでもなく人が上り下りできるのは下水道の方である。


 それでもわたしはどうしても「地下水道」と言いたかった。いや「地下水道」であってほしい。


 だって……今からこの下へと降りようというのだ。


 その先が悪臭漂う下水道だなんて……い、嫌すぎる!


「うぅぅぅ……」


 一瞬、ヒヨヒヨのことは忘れて帰ろうかな、だなんて非情な考えが浮かんだが、頭を振って掻き消す。


 魔力さえあれば……異臭だろうが、汚水だろうが、ブロックして優雅に散歩ぐらいできるというのに、今の脆弱な体が恨めしいぃ……。


「き、気合よ、気合っ!」


 ぱぁん、と両頬を手で叩き、わたしは深呼吸をした後――地下への暗闇へとその身を放り込ませた。



2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました

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