52 面倒事の予感
ブクマ、ありがとうございます('ω')ノ
読んで下さり、感謝です!
この第二章、30~40ぐらいで終わる予定だったのに、まさかここまで長くなってしまうとは……。
そんなに広げたつもりも無かったのですが、文才が無くて申し訳ないです(;´Д`)
52話は、51話の時間軸から半日ほど遡ってのスタートとなっています。
昨日、天ぷらモドキを作り、それなりに評価は良かったわけだけど、当然わたしとしては満足していない。
試行錯誤の末ようやく食べられるレベルにはしたものの、衣は非常に薄く、しっとりとしていて、正直、天ぷらとは程遠い食感だった。どちらかというと唐揚げに近いかもしれない。でも中身が肉じゃないし下味もつけてないため、やはり料理としてはしっくりこない結果だった。
あれは天ぷらとは呼べない。不味くはないけど、理想からはかけ離れた味だったのだ。
プラムたちが山から採ってきてくれた茸や山菜はまだ結構な数が残っているので、一夜明けて、わたしは今、クラッツェードと共に食への探究を深めるために、台所へと正午少し前から籠っていた。
因みにプラムとディオネは現在も夢の世界の中だ。
プラムは久々に山で体を動かした疲れと、帰ってきてから天ぷらモドキもたくさん食べた満腹感のせいか、満足そうな表情で今も布団に身を包んでいる。元々、朝はあまり強くなさそうなので、身体を動かした翌日は一層眠りが深いのだろう。色々な食料を採ってきてくれたお礼に、今日は起こさないでいる。
ディオネはどちらかというと原因は酒だろう。
昨日、天ぷらモドキを喜んで食べてくれた後、クラッツェードが厨房の棚に隠していた安酒を見つけだし、わたしが把握しているだけで5本も瓶を開けていた気がする。最後の方ではクラッツェードと喧嘩に近い形で酒の奪い合いがあったみたいだけど、夜も遅い時間だったので、わたしはプラムを連れて先に寝たから、その勝負の行方は知らない。
今日は仕事とか大丈夫なんだろうか? まぁ、爆睡してるぐらいだから、大丈夫なんだよね。
わたしたちは今、水を入れた大きめの桶の中で試作に用いる分だけの茸などを洗っている最中だ。
「お前、俺が色々と試そうとすると止めるってのに、自分ではやるんだな」
少し恨みがましい視線でこちらを見てくるが、貴方の創作料理と一緒にしないでもらいたい。
「わたしは根拠を持って試しているから、いいんです」
「俺だって根拠はあるぞ」
え、あるの?
あの不味い創作料理には、きちんと参考にすべき下地があったのだろうか。だとしたらそれを参考にしたクラッツェードではなく、その下地を考えた発案者を責めるべきかもしれない。
驚いて顔をあげると、クラッツェードはふん、と自信あり気に鼻息を漏らした。
「食材を見て触れれば、こう――湧いてくるんだよ。こうすれば美味いんじゃないか、ああすれば味が深くなるんじゃないかってな。俺はいつもその感覚を頼りに色々と最高の味を求めて、日々研究をだな――」
「それは根拠でもなんでもないですっ」
真面目に聞いて損した。
結局のところ、直感的な話じゃないか。
仮に科学的根拠や他人のレシピをもとにした根拠でなくても、この野菜は苦味が強いから卵と絡めると美味いんじゃないかとか、食材一つ一つの特徴から基づく調理の組み合わせなどを説かれれば、説得力も出てくるもんだけど……クラッツェードの話は全て「何となく」で片づけられてしまう残念な考えだ。
「む……、それじゃお前はどういう根拠に基づいてるんだよ」
「え、そ、それは……」
一瞬、あの世界でのレシピについて口に出そうになったが、あれは説明するにはあまりにも常識離れした代物だ。言っても信じられないだろうし、万が一聞く耳を持たれたとしても、色々と秘密にしていることに抵触しそうな話題だ。
とてもじゃないが上手く説明できる自信がない。
どう返そうか考え込むわたしを見て、クラッツェードは「何だ、そっちも無いんじゃないか」とやや勝ち誇ったかのように言ってくるが、とっさに誰もが頷く正論を用意できないことが悔しい。
「むぅ……わたしの料理は多少の冒険をしても、最低限食べられる品質を約束できるから、いいんです!」
「お、俺のも食べれないことは…………うん、無いはずだぞ」
「こないだ吐き出したじゃないですかっ!」
「あ、アレはだな……海より深い事情がだな」
「水溜りより浅く、数時間で蒸発するような程度の事情ですよ、もう……! あっ、だから味見は素材の段階でしても意味がないですって!」
気付けば反射的に洗ったばかりの茸を口に運ぶクラッツェードに、わたしは待ったをかける。
最初にここで料理を口にした時も言っていたけど、彼は毒見兼味見で素材をそのまま口にすることが癖になっているようで、わたしが改善を求めるも、今みたいに無意識にやってしまうことがある。
「ぐ……どうにも何年もやってきた癖だからな。染み付いて中々離れないんだ」
「食べるなら、味付けをする段階でやってください。よほど怪しい店で買ってきた食材ならまだしも、森に詳しい森獅のディオネさんや、山菜に詳しいプラムお姉ちゃんが採ってきたものなんですから、明らかに腐ってでもいない限り、毒見はいらないですよ」
「わ、分かった分かった。そう怒るな」
腰に手を当てて注意するわたしに対して、クラッツェードは耳にたこが出来たと言わんばかりに手を振る。
癖や習慣というものは、改善意識を持たないと中々修正できないものだというのに、本当に分かってるのかなぁ……。
わたしは厨房台下の窯に予め入れておいた薪に火をつける。もちろん魔法で。
そして調理台の上に中鍋を置き、そこに油を入れる。
油が熱される間に、ボウルを手元に置き、小麦粉を袋から流し込み、水を適量と思われる程度に入れていく。もちろんこれも魔法で。
そんなわたしの手際を何とも言えない目で見てくるクラッツェード。
「な、なんですか?」
「いや……なんていうか、その魔法とやらは便利すぎないかと思ってな」
そういえば昨日は窯に火を熾すのに、着火石でせっせとやってたね。水だって本来は井戸から必要な分だけ運んでこないといけないものだし。
そんな世界を当たり前だと思っていた彼からすれば、魔法の利便性は何度目にしても信じられない光景に映るのかもしれない。
「みんな使えれば便利なんですけどね」
「そりゃそうだな。火元も不要だし、水だって飲み放題なんだろ?」
「水に関しては注意が必要ですよ。ほぼ大丈夫ではありますけど、硬度が高くなるとお腹壊したりするんで」
過去、魔法実験の過程でミネラル分を多く含んだ超硬水を飲んだことがあるが、あの時は体に合わず、下痢に苦しんだことがある。死ぬことは無いと思うが、一歩間違えれば、そういう末路へと転がってしまう危険性もあるので、最低限の注意は必須なのだ。
「高度?」
「なんとなく違う意味を言っているような気がしますが……まぁ、水にも色々とあるわけで、術者の采配でその辺りを微調整できるんですよ。原理は分からないですし、調整方法も体で覚えちゃってますので、それ以上のことは『魔法だから』と片付ける他ないので、深く質問されても答えられないですよ」
魔法に関しては色々と研究をして、わたしは過去二つの世界でその分野の権威を持っていた。
それでも結局、科学文明では可能だった成分の分析をすることができなかったので、わたしが魔法で発生させた水にどのような成分が含まれているのか……そして、魔力操作の加減によってその成分がどのように変化していくのかは分からず終いだった。
残ったのは「魔力をこう調整すれば硬度が変わる」という感覚に近い成果のみだった。
ミネラル――カルシウムやマグネシウムなどの成分が魔力によって生じているのは確かなので、とっても気になる研究だったけど、わたしには科学的な研究施設を造る技術も知識も無いので、それは諦める結果となった。
なんにせよ、飲みやすい水を魔法で精製する感覚は手に入れたので、良しとしている。
「……お前はどこからそんな知識を得ているんだ?」
「え!? あ~……ええと、うっ! あ、頭がっ!?」
「おい、どうした!?」
「す、すみません……思い出そうとしたら頭痛がして……。多分、失った記憶の中に答えはあると思うんですけど……痛みが邪魔するんです」
「すまない、余計な質問だったな」
「い、いえ……こちらこそ思い出せなくてすみません」
という記憶喪失ネタで誤魔化したけど、うぅ……完璧に騙しているので、良心が痛む!
止めて! 本気で心配そうに肩に手を置いて気遣わなくてもいいから! これ、演技だから!
「しんどかったら休んでていいぞ」
「だ、大丈夫です。このままここを離れるとクラッツェードさんの悪癖が暴走しそうな気がするので……」
「……お前なぁ、はあ。まあいい。大丈夫ならいいが……無理はするなよ」
「ありがとうございます」
ごめんなさい、と心の中で付け加えておく。
さて料理の続きだ。小麦粉と水をボウルの中で混ぜ合わせる。
昨日と同じことをしても意味がないので、今回は水の分量をやや抑えめでチャレンジすることにした。
昨日のレシピはあくまでも「卵と片栗粉とマヨネーズ」を使った場合のものだったのだ。その材料に合わせて水の分量も変わってくるはずだ。だというのに、わたしは材料だけ三種もカットし、小麦粉と水をレシピ通りの分量で混ぜ合わせた(つもり)だったのだ。
だから、もしかしてだけど……水が多すぎたり少なすぎたりしたんじゃないかと思ったわけだ。
小麦粉だけなら、水はもう少し少な目の方がいいんじゃないかと思い、今日はそれを実践することにする。天ぷらを作るだけでも、そのレシピは多数存在するだろうから、今度、あの夢の世界に行ったら、同じ料理でも複数のレシピ――それもこの世界に材料がありそうなものをチョイスしておくべきかもしれない。
はぁ……料理って奥が深いね。
わたしがド素人なだけ?
まぁ、両方なんだろうね。
しかしこの天ぷら作りの過程で、一つ、大きな進展もあった。
それは食材の味である。
一部、科学世界時の食材名と一緒のものがあることも気になるけど、何より――山で採ってきた山菜は全て、食材そのものの味がきちんと残っていたのだ。
店や王都の市場でクラッツェードが買ってきてくれる野菜みたいに、ただ歯ごたえや水分を含んでいるだけのものではない。食べ慣れた味が食材そのものに含まれていたのだ。
この国の野菜がどうやって育てられ、収穫されて、市場に出回っているのか生産ラインは分からないけど、どうもその辺りの過程に問題がありそうな気がする。
なんだろう、気になるけど……今は銀糸教の件で外出禁止だし、調べようがない。
クラッツェードたちはあの水っぽいだけの野菜を食べて「美味い」って言ってたけど、昨日の天ぷらモドキはそれ以上に美味いと言っていた。つまり、味覚がわたしと大きくズレているわけではないのだ。どちらかというと食文化が未熟。そんな状態な気がする。それとも他に何かしらの事情でもあるんだろうか。
「おい、そろそろいいんじゃないか」
クラッツェードの声に顔を上げると、ちょうど中鍋の油がパチパチと音を立てていた。
わたしはそれを見て、洗ったばかりの茸を水切りし、ボウルの中に入れて混ぜる。
あとは昨日の焼き回し。中鍋に入れて、揚げて、菜箸で取り出す。
それからは味見、実験、味見の繰り返しだ。お寝坊さんな二人は起きてくる気配がないから、厨房にいるわたしたちは昼食代わりに味見を繰り返していった。
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「食い過ぎた……それじゃ行ってくる」
ややお腹をさすりながらクラッツェードはフルーダ亭を出た。
今日は山などで薬草を採取してくるようで、帰りは陽が落ちるころになるとのことだ。
行ってらっしゃい、と手を振って彼を見送り、わたしは一階の従業員用の控室の三人掛け椅子に腰を下ろした。
「うぅ~……わたしも食い過ぎたぁ」
ぽっこり、小さなお腹が出ている気がする。
だらしないけど誰も見てないからいいよね? とわたしはスカートに入れていたシャツを抜き出して、ついでにスカートのフックも外して緩め、お腹周りに余裕が出るようにした。
それから数分も経たずに、わたしはウトウトとし始めた。
どうやらこのお子ちゃまボディは、お腹いっぱいにご飯を食べると、すぐに眠くなるようだ。
クラッツェードが出かけた際にキチンと鍵も閉めたし、厨房の火ももう全て消している。余った山菜類も地下の冷暗所に戻したし、もうこのまま眠っちゃっても大丈夫だよね?
「ふわぁ……」
大きな欠伸をして、広い椅子に体を横にする。
う~ん、羽毛ふかふかのソファーだったら良かったんだけど、どうもこの木製の椅子は堅すぎていただけない。
どうしよう、二階で寝てるプラムのとこに合流して、もう一回寝ようかなぁ。
でも既に瞼は重いし……眠い。
<身体強化>で体も強化されてるし、ここで寝ても体を痛めたりはしないよね? うん、もうここで眠ることにしよう……。
「……すぴぃー」
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ハッ!?
気付けば、窓辺から差し込む日差しは消え、夕暮れの紅が差し込んでいた。
うわぁ、何時間寝てたの!?
わたしは慌てて体を起こし、そこで一枚の毛布がかかっていたことに気付く。
「あれ、これって……」
確か眠った時って、毛布なんか掛けてなかったよね。
わたしは眠気眼を擦りながら、毛布を肩にかけ、椅子から立ち上がる。
するとすぐ目に入る机の上に、一枚の紙があった。手に取ってみてみると、
『セラちゃん、昨日の料理美味しかったよ! 私もディオネさんも気に入っちゃったから、今日も頑張って山菜採ってくるね! セラちゃんは家でジッと待っててね』
と書いてあった。
間違いなくプラムの文字だ。
「う、う~ん……地下の冷暗所にまだ結構残ってるんだけど……持つかなぁ」
食材が余りあることは嬉しいんだけど、ありすぎると無駄にしてしまうこともあるので考え物だ。しなびたり、腐ったりする前に残っている食材を調理することを考えた方がいいかもしれない。こうなると、冷蔵庫とかが欲しくなるけど、魔法や科学が無い世界では贅沢も言っていられないか。
わたしは寝癖を掌で抑えながら、部屋を出た。
二階に上がって、各部屋を覗いてみたけど誰もいない。どうやら三人はまだ誰も帰ってきていないようだ。
まだちょっと胃もたれしているので、正直、料理研究は止めておきたい。かと言って、他に何かやることがあるかと言えば、何もない。
「ひ、暇ね……」
肩にかけた毛布を指先で遊びながら、再び一階へ。
何となく窓辺に近い客席に座り、わたしは窓から街の様子を眺めることにした。
夕方、と言ってももう大分、太陽は沈みかけている。これからは夜の時間になることだろう。となれば、クラッツェードたちも山を下りて、王都内には戻っている頃かもしれない。
「今日は……天ぷらは止めて、鍋とかにしようかな」
食材が大量に余るなら、鍋が一番、食べやすいし、消費も早いだろう。
問題があるとすれば……調味料の類が圧倒的にないことぐらいだろうか。
塩と小麦粉はあるというのに、何故に醤油も味噌も砂糖も酢も無いのか……。せめて似たような調味料ぐらいあってもいいと思うのだけれど。
塩があるということは、きっと海もあるのだろう。
さっきクラッツェードも「海よりも深い事情」なんて言葉を使ってたぐらいだし、おそらく海はこの世界の「常識」の枠に当てはまるはずだ。塩もそこで定期生産できる環境が出来ているのだろう。じゃあ他の調味料はそれを作る術がないから出回ってないってこと? ……醤油と味噌は大豆、で良かったっけ? 砂糖はてんさいやサトウキビとかだったと思う。他にも採取できたっけ? 酢はどうやって作るかすらも分からない……。
「んー、なんかこの世界の食事事情はチグハグな感じがするんだよね」
わたしはいつまでここに引きこもっていればいいんだろう。
そろそろ外に出て、色々と知識を補完したいし、探索の旅に出てみたい。クラウンになれば、そういった伝手も広がりそうだし、少なくとも退屈しない日々を暮らせそうだ。
「やりたいことは盛沢山だね。うん、焦らず一つずつ楽しんでいこう」
そう独り言ちた時だった。
――窓の外を人影が通り過ぎる。
「え?」
それはつい最近、見知った顔だった。
「ヒヨちゃん……と、マクラーズさん?」
なんかあの小柄なヒヨちゃんが、マクラーズ(おっさん)を担いで疾走するというパワフルな光景を見た気がしたんだけど……まだ寝ぼけているのかな? しかも、ヒヨちゃんという名前からは到底考えられないような尻尾も生えていた気がする。
チラッと見えたあの尻尾の形状は、わたしの「ヒヨちゃん像」からかけ離れた様相なので、できれば何かの間違いであってほしい。まさかアレがヒヨちゃんの……亜人としての能力じゃないよね?
思わず去っていった方向を見送ると、ベチャッという音を立てて何かが街路に降り立つ。
それは寸分の間も置かずに、飛び跳ねるようにしてすぐに姿を消していった。
しかしわたしの<身体強化>で研ぎ澄まされた動体視力は、ヒヨちゃんたちを追いかけていくようにして駆けていったソレを視認していた。
「…………」
どうにも、面倒事のようだね。
それも――笑いごとじゃ済まないような……面倒事だ。
わたしは毛布を畳んでテーブルの上に置き、緩めていたスカートのフックを閉め、ゆっくりと椅子から腰を上げた。
同時に「けぷっ」とゲップが出るという恥ずかしい顛末となったが、誰もいなくて本当に良かった。
さて、まだお腹の中も残ってるようだし、消化のためにも寝起きの運動でもしてきますか。
2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました