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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第二章 操血女王の平民生活
81/228

51 動き始めた事態と、それぞれの動き その4【視点:トッティ=ブルガーゾン】

ブックマーク、ありがとうございます♪(*゜▽゜)ノ


今回、ちょっと長めです。

視点主のトッティは、銀糸教だの何だのと騒いでいた組織のボスの名前です。



 光あれば闇がある。


 それは世の常であり、人のごうとは切っても離せないことわりでもある。


 人類が知恵を身に着け、文明を築き上げていき、より世界への影響力を増せば増すほど――目に見えぬ細かな老廃物が歪みとなって零れ落ち、やがてそれは――うみとなる。


 世界規模でも国規模でも、あるいは数十~数百程度の村などの集団コミュニティであっても、その膿は必ず発生し、長い年月を経て蓄積していくのだ。そして蓄積していった膿はやがて、どんなに洗い落とそうとしても削りきれない強固な癌となって宿主を破壊せしめんと蠢きだす。


 内紛、反乱、戦争――溜まった膿と歪みは、火山の噴火のように地表へと大爆発を起こし、その対価として多くの犠牲を生み出し、それは人々の歴史の中で耐え難い後悔と反省点として刻まれていくのだろう。


 ここ、王都――ヴァルファラン王国にも膿はしっかりと溜まっていった。


 700年を超える歴史の中で、ゆっくりとコールタールのように粘度の高い液体のように、底へ底へと徐々に容積を重ねていく。


 ――それは、栄華を求めて、しかし決して手に入らぬそれに手を伸ばした愚者の嘆きか。

 ――それは、恋焦がれる異性が別の誰かの手を取った時に生まれた憎悪か。

 ――それは、狂ったように追い求める探究心が歪曲して生じた執着か。

 ――それは、名誉・名声を欲すがあまり自身を高めるのではなく、他者を陥れることに心血を注いだ屑の欲望か。

 ――それは、親友に、家族に、恋人に――信を置くすべての人間に裏切られた聖者の呪怨か。


 ありとあらゆる汚れが黒く、黒く――沈んでいく。


 そしてそれは……まるで大樹の根のように王都の深部へと張り巡らされ、やがてその実態の見えない謎の集団を生み出し、それを「樹状組織ビリンガル」と呼んだ。暗くへばりつくような膿を誘蛾灯のように見立てて、王国への反思想を抱く者たちが吸い寄せられていくかのように集まっていったのだ。


 この組織については、誰が名付け、誰が呼び始め、誰が先導し、誰が浸透させたのか、誰にも分からない。


 ただ、それは歴史上に生まれた空想の産物でも、吟遊詩人の詩に登場する比喩でも、悪を崇める罪人が妄想の果てに生み出した戯言でもなく……事実、存在するものであった。


 確かに存在する。

 けれど誰も認知できない。

 まさに摩訶不思議な存在であると言えよう。


 王族を始め、歴史に名を連ねてきた施政者たちは何も愚かではない。


 歴史の長さに比例して、徐々に増え続ける不可解な事件をヒントに「樹状組織ビリンガル」という組織の存在にまで辿りつけたことからも、どちらかというと有能と言えただろう。


 しかし有能な彼らが持ちうる権力を使い、時には王都の急所に近い患部にメスを入れてでも「樹状組織ビリンガル」なる存在を消し去ろうとしたが……現代に至るまで、その祈願は実らなかった。


 不思議なものである。


 樹状組織ビリンガルを構成するのは人である。


 現に今までに検挙した末端組織も人が絡んだ組織ばかりだ。となれば、必ずどこかに綻びが生じるものだ。人とは感情を持つが故に不完全な生き物なのだから。


 仮に組織の頂点に立つ者が常識では考えられないほど「私情を捨てられる人間」であったとしても、組織である以上、必ず多くの人間関係が生まれる。そして綻びとは、そういった人間関係の末端から生じるものなのだ。そこから連動するように糸を引いていけば……いつかは大元に辿りつく、はずなのだが……この樹状組織ビリンガルに関しては未だに尻尾を掴むどころか、全容すら把握できない始末であった。


 そんな空想上のお伽噺と片づけても良い存在である樹状組織ビリンガルに名を連ねる末端組織、17番の符号を奉った「陽炎かげろう」、その頂点でありボスである俺、トッティ=ブルガーゾンは葉巻に火をつけ、大きく息を吸って、白煙とともに吐く。


「ふぅ~……」


 ドローがほどよく軽い、良い葉巻だ。


 舌から伝わる微かな味と煙から感じるさわやかな香りに、気分は自ずと高揚し始めた。


「悪くない、気分だ」


 部屋の傍らを視れば、そこには三つの影があった。


 一組の男女と、一人の赤と黒を基調とした儀式服――法衣を着た人影。男女は後ろ手に縛られており、床の絨毯に肩をつけて寝そべっている。


 意識はあるようで、その額に汗を流すも、何か打開策はないかと部屋の隅々へと視線を這わせていた。


 一人はアマン=グラン。もう一人はメリア=ロバーツであった。


 宣師せんしという肩書を名乗り、俺の受け持つ組織「陽炎」に雇われた二人組である。


 先生――アマン宣師せんしは、少し不安気な面持ちで隣に同様に組み伏せられている女性を見る。対して女性――メリアは「いやぁ困りましたねぇ」とでも言っているかのようにすまし顔を返していた。


「先生、今どんな気分ですかな」


 ビクリ、と先生は肩を震わせた。


 当初こそ『星の調べ』という得体の知れない能力を持ち合わせる目下の人物は、俺にとってはどこかおそれを抱かせる存在であった。しかし今はその立ち位置も逆転し、俺の言葉に怯えを見せる彼に対し、どこか優越感を感じていた。


 別に先生が傲慢な性格であったわけではないので、彼自身に何かしらの負の感情を抱いてはいない。


 だが凡夫として生まれ、生きるために泥水をすすり、惨めな思いを重ねようと、他人から一線を画す人間という存在には程遠かった俺から見れば、彼は優秀な人間なのだ。


 たとえ身体能力が低かろうと、頭が悪かろうと、全てをひっくり返すだけの力を持っている。それだけで俺と彼の間には永遠とも思える隔たりがあり、凡人と才覚の違いをまざまざと見せつけられている気分に陥る。


 正直、妬ましいとも羨ましいとも思う。


 しかし、今はどうだ?


 俺の羨望を向けられた男は俺の眼下に自由を奪われて這いずっている。凡人の俺の前で、だ。


 劣等感がじわじわと消失していき、勝者としての余裕が生まれてくるのが分かる。


 実に――いい気分だ。


 しかし彼の能力『星の調べ』は油断ならない力でもある。


 ――星に願いを届け、地上をすべて見通す星より宣託を受ける。


 最初に話を聞いたときは「なんだそりゃ」と笑ったものだが、平民街に暴君姫ぼうくんひ以外に銀髪の少女がいる情報を得たばかりでなく、その少女がなんと<身体強化テイラー>を保持している可能性がある――という秘匿性の高い情報まで持ってきたのは驚いたな。


 表面上、先生たちを信じる素振りはしていたものの正直言うと、銀髪の少女の存在は部下より聞いていたが、恩恵能力アビリティの有無については実証されていたわけではないので、つい最近まで彼らの能力に対して半信半疑だった。


 だが雇った無法者どもの一人であるマクラーズから、つい先日、同様の報告があったと部下から聞いた時は、さすがの俺も信じざるを得なかった。何故ならマクラーズを含め、誰にも<身体強化テイラー>については伝えていなかったからだ。だというのに、マクラーズからも同じ報告があったとすれば、さすがに疑う余地は少なくなる。


 宣師せんしは「得たい情報」を祈祷とともに願いとして乗せ、それを受けた星が真実を返してくれるという三日に一度しか使えない、眉唾物の力だと契約時に聞いている。


 それを以って、銀糸教のシンボルとして奉ると伝えていた銀髪の少女の情報を得られたのだ。信じられない力だが、その一端は実に有用なものであった。こんなもんが三日に一度も使われていいものなのかと、神がいるなら問いただしたい気持ちにさせられる。


 もっとも……いかに有用な力であっても「()()」で塗り固められていた動きの上でその力を駆使したところで、それは掌の上で道化が躍っているようなもので、実に滑稽そのものであった。


 よくもまぁ、銀糸教だの、あの暴君姫ぼうくんひに憧れているだのと、普通に考えて怪しいとも思えるような思想の上で転がってくれたものだと嘲笑を浮かべてしまいそうになる。まあ、俺もそう見えるように演技したってのもあるんだが……。


 いや――あの御仁の言った通り、やはりこの国において「銀」は特別なものなのだろう。


 王家の一人である暴君姫ぼうくんひの存在がいかに国家の最終手段として重宝されているかが分かるな。いかに訝しむような情報であっても、その情報の輪郭を明確にするまでは、国も秘密裡に動かざるを得ない。


 つまり、俺が「銀糸教」を作り上げ、銀の髪を持つ少女を求めている――なんて情報を僅かに流せば、国はそれが真実かどうかを突き詰める必要性が出てくる、というわけだ。


 それがどんなに現実的でない情報であっても、な。


 証明するかのように、部下たちには狂信的な様を見せつけ、ちょいと大衆にちょっかいをかければ、国の犬どもがあたりを嗅ぎつけはじめていた。普段はうっとうしい連中だが、こうして思惑通りに踊る様子を見るのは予想以上に楽しいものであった。


 しかし、それだけの能力者も今は地べたに這いずり回る敗者である。


 くくく、このまま靴の先でも舐めさせてやろうかと劣等感から反転して生まれた優越感が暴走しがちになるが、視界の端に映る存在がその昂りを鎮めてくれる。


 赤と黒の法衣を纏った、組織の幹部を名乗る存在。


 どんな人間なのか、その実態は頭からかぶっている特殊な形の法衣に全身を隠されているため、覗うことは叶わない。


 声質も独特で、なんというか……無機質な印象がぬぐえない声だった。


 不気味な出で立ちは不安を煽ってくるが、彼の口にした「組織の幹部」というものは、そんな猜疑心すら吹き飛ばすほどの価値があった。


 組織の末端に属する俺ですら、全容はおろか、組織の一部すらも掴めない謎の団体。


 その幹部が目の前にいるのだ。


 別に「陽炎かげろう」のボスの座が窮屈なわけでも不便なわけでもないが、やはり男であれば、上の座につきたいと思うのは仕方のないことだろう。そのツテがあちらから寄ってきたのだ。利用しない手はないだろう。


 彼が幹部かどうかの証拠はないが、現在地――地下脈路と呼ばれる組織独自の道に俺を案内してくれたのは彼だ。どう考えても組織の深い位置にいなければ、この場所は知りえない。俺も今まで名前は知っていても、どこに在り、どうやって足を踏み入れることができるのかは知らなかったのだ。それだけで彼の幹部たる証明はより真実味を帯びていると言えるだろう。


 今回の組織内での俺への命令は、西地区での扇動。それも派手に目立たず、足跡を残さない程度に情報漏洩や手足(荒くれ)を使っての動きを見せる。餌に相手がくらいつけば、後は動きを止め、事が終わるまで息を潜めておくだけの簡単な仕事だった。


 大きな問題も起こらず、想定通りの時間を過ごし、組織の幹部付連絡役を通して逐一報告を送っていたが、まさか今回の仕事が幹部との関係を築く重要な案件になるとは、嬉しい誤算というものだ。


 今後の展望に思いを馳せ、俺は自制しようとも浮かび上がる笑いを抑えきれずにいると、先生の侍女であるメリアが口を開く。


「そもそもなんですが、何で私たちはこんな目に遭ってるんですかね?」


 手の自由を奪われ、頭の中がお花畑な馬鹿でも窮地と分かるこの状況下で、この女はそれでも表情を変えずに淡々と話しかけてきた。


 主であるはずの先生アマンより、この女の方が上手のように見える。


 いや……実際そうなのか?


 先生の様子を横目で伺うと、侍女の言葉を遮るどころか、期待を送っているように見える。つまり、二人の人間関係において、こういった場では侍女に分があるという証左でもある。単に侍女が場馴れしているだけなのか……それとも――。


「ああ、本来はお前らもあっちに残ってもらう予定だったんだけどな。どうもそちらの御方がお前たちの能力に興味を持たれたようで、ここまで一緒に連れてきたんだ」


「……そういったものは契約に含まれてなかったと思いますけど?」


 また契約か。どうもこの女は形にこだわるような発言が多いな。


 侍女メリアは、二人の背後にたたずむ法衣の姿をチラリと見たあと、俺に視線を戻す。


 幹部を名乗る法衣が彼らに興味を示したのは事実だ。


 報告に彼らのことを載せたことに対して、幹部側から「つれてこい」という命が下った。本来であれば部外者をこの場に連れ込むような真似はありえないが、そういった指示があったことで例外的に連れてきているわけだ。


 目の前の法衣が彼らをどうするかは聞いていないが、まぁ……俺ですら知らなかった地下脈路に連れてきた時点で――おおよそ末路は想像できる。


「ふん、そんなものは命や自由があって成立するものだろう。であれば、お前たちには関係のないことだ」


「……」


 端正な鉄面皮が足元から睨んでくるが、儚い虚勢は俺の嘲笑の対象でしかない。


「もっと泣き叫ぶものかと思ったが、ここに至っても変わらない厚顔っぷりだな」


「私たちを解放する、という契約を結ぶなら、泣いてあげてもいいですよ?」


「くっ、くくくっ……まあいい。最期の瞬間までその態度を貫けるかどうか、俺も興味が湧いてきたよ」


「……」


「メ、メリア……」


 侍女は無言、先生は顔に恐怖を貼り付けて隣の侍女に縋るような視線を送った。


「そうだ、先生。なんなら先生の能力で自分たちの未来でも星に聞いてみてはいかがですかな? 前回、能力を用いた時から大分時間も過ぎていることですし、能力が使えないということはないでしょう」


「そ、それは……」


 先生は視線を逸らす。


 大方、未来の情報すらも得ることができたとして――その行為自体、無意味だと悟っているのだろう。


 いかに有益な情報を得ようと、逃げられない現状においては価値を成さない。逆に決定的な未来を視ることで絶望を抱く可能性だってあるだろう。使い方によっては恐ろしい能力だが、捕まった時点で、その価値は大暴落したも同然なのだ。


「どうも目的が見えませんね。貴方たちは結局何がしたかったんですか?」


 もっともな疑問だ。


 雇われている側からすれば、俺の行動は全く以って意味が分からないことだろう。だがそれをご丁寧に説明する義理はない。


「お前らにその話は必要か? 必要ないだろう。死後への土産話に持ち帰りたいってのは結構だが、あいにくそんなことのために時間を割く気はない」


「アマン宣師せんしの力を頼りにしている素振りがあったと思いますが、それも演技でしたか」


「頼り……? ああ」


 一瞬、何のことを言っているか分からなかったが、すぐに侍女が何を指しているのか理解した。確かに、何度か先生や侍女に『星の調べ』の使用を依頼する機会があったが、それは――。


「別に頼りにしていたことは間違いないぞ。あの瞬間ではな。というのも、上からお前たちの能力について、追加の報告をあげるよう指示があったからな。そのためにはお前たちに能力を使ってもらう必要が何度かあったわけだ。お前たちが余計な情報まで手にしないために定期的に能力を使わせる目的も兼ねてはいたがな」


「なるほど……銀糸教も、少女についても、全て別の思惑の上の話でしたか」


「察しがいいな」


「はぁ……今回の仕事はかなり失敗でしたね、アマン」


「メリアぁ……どうすんの、この状況」


「八方塞がりですね」


 おおよそ俺の思惑を理解したのか、侍女は話を切って先生と話し始める。どこまでも姿勢を崩さない女だ。


「トッティ、アト一時間程度デ移動ヲ開始スル」


「は、はっ!」


 唐突に先ほどまで微動だにせず、言葉すら発しなかった法衣から声が響く。


 俺はやや急かすように言われた気がして、あわてて葉巻を机の上に置く。


 しかし「あと一時間」と言われても、実は俺もこれから何をどうするのか全く聞いていない。指示があったのは、先生らの確保と、この目の前の法衣の指示に従ってこの場所まで同行することぐらいだ。その先は聞かされていない。てっきり、誰の目にも留まらない場所に移動したら新しい指示が出るものと思っていたのだが……。


 あえて一時間もあるのにそれを宣告されたということは、この地下脈路で何かしらの準備をしていく、ということだろうか? ランプの灯りで照らされたこの部屋は質素なものだが、何もないわけではない。壁際には棚が幾つもあり、書物や何の用途か分からない物ば乱雑に置かれている。そこから何か持ち出す算段なのだろうか。事前の打ち合わせも何もないのだから、本当に困る。


 そんな戸惑いも含めて、視線をけの長い法衣を身にまとう幹部に向けると、ゆったりとした動きで上体を揺らしながら、心胆に響く低い声で答えてくれた。


「コノ女ノ処遇ハ、オ前ガ決メテ、イイゾ」


「え?」


 幹部はおおよそ人のものと思えない、細長く血管の浮いた人差し指で侍女を示した。


 処遇?


 いきなりお前が決めろ、と言われてもパッと思いつかない。


「残リ一時間、好キニシテイイ」


 どうやら、さっき言われた一時間という枠は、俺にこの生意気な女の処遇を行うために与えられた時間らしい。


「何モシナイナラ、ソレデモイイ。私ガスグニデモ殺ソウ。ダガ、イチオウ、ココマデことヲ進メタ功績トシテ、コノ女ノ最期ハ、オ前ニ委ネタイト思ッテイル。オ前ハ女好キト聞キ及ンデイタガ違ッタカ? ソレトモこのミデハ無カッタカ?」


 そこまで言われて、ようやくその意図に気付いた。


 どうやら……この幹部は、俺がここまでの数週間の働きに対して「報酬」を与えようとしてくれているようだ。


 ――報酬はこの侍女。


 その最期に手を下す権利のようだ。


 つまり、この女はもう不要な存在、ということだろう。先生を殺さない、ということは、彼の『星の調べ』こそが幹部の目的であると読み取れる。


 俺はスッと侍女を見下ろした。


 舐めるように、その肢体をつま先から観察していき、最後に顔へと向けると、ちょうど彼女と目が合った。どうやらコイツも今、自分がどういう立ち位置になっているのか理解しているようだ。鉄面皮と思っていた無表情も僅かにだが崩れ、こちらを睨みつけている。


 思わず俺は――舌なめずりをした。


 どうやらコイツにも女という側面を意識する部分があるようだ。これは――愉しめそうだ。


 初めて会った幹部と同じ空間にいることで常に緊張し、葉巻を吸うことで冷静さを何とか保持してきたせいか、正直、性欲なんてものは微塵も湧いてなかった。


 しかし、その幹部が「報酬」として「この女を好きにしていい」と言われた瞬間、俺の本能の矛先は思い出したかのように、性的なものへと指針を変えてしまった。


 緊張感は続いて残っているものの、報酬と言う言葉は多少の無礼も許されるような免罪符のように感じ、俺は少し身軽になった気分で、その口元を愉悦に歪めていった。


「メ、メリア」


「……」


 先生が心配を隠せない表情で侍女に声をかけるが、それは俺の嗜虐心を程よく刺激するスパイスにしかならない。


「すみませんが、この場所にはベッドがある部屋なんかは――」


「無イ。コノ部屋デヤレ」


 にべもない返事がきた。


 どうやら幹部と先生の二人が見ている前で、事を済ませろ、と。そういうことらしい。


 ……人前で行為に至ったことは今まで無かったが、ふむ。この女の羞恥心を最大まで引き出すにはそれも一手かもしれないな。


「うっわ……引くわぁ……」


 乗り気になった俺の気配を感じ取ったのか、床に這う女から侮蔑する声が聞こえたが無視する。


 俺は侍女の眼前まで移動し、そこで膝を折る。


「おい、俺に媚びろ」


「……はぁ?」


「泣いて媚びて許しを求めろ。そうすりゃ、手心を加えてやってもいいぞ?」


「…………キモいので、それ以上、口を開かないでもらえますか? その濁声だみごえを聞くだけで吐きそうになるんで」


「そうか分かった。激しいのがお好みってわけだ。くくくっ、こういった趣向は初めてだが、悪くないな」


 俺は侍女を肩に担ぎ上げる。同時に先生が「メリアっ!」と声を上げた。


「ま、待ってくれ! 私たちは貴方たちの役に立てるはずだっ! 彼女に手を出したら私は何をされようと絶対に手を貸さないぞっ! それでもいいのかっ!?」


 先生の訴えに、俺は幹部へと視線を向ける。


「必要ナイ。ソノ提案ハ我々ニトッテ無意味ダ」


「なっ……!」


「だそうだ、先生。アンタとこの女との関係は知らんが、まぁ、そこの特等席でゆっくり楽しんでくれや」


「……お、お前っ!」


 楽しみが増えた。


 全て終えた時、この男はどんな表情をしているのか。きっと俺の飢えた心を満たしてくれる顔をしてくれることだろう。


「最期ノ晩餐ダ。セイゼイ楽シメ、トッティ」


 ――最期の晩餐?


 ああ、確かにこの女にとっては最期になるもんな。


 晩餐、という意味では、俺の主観的なものになりそうなものだが……まあ、この女も最後の方では愉しんでいるかもしれない。貞操観念の様子からして、初めてっぽいしな。


 そして、俺はそのまま踵を返そうとして――、


「お、おわぁっ!?」


 と腰を抜かした。


 そのはずみで肩にしょっていた女が床に放り出される。


 しかし、そんなことよりも俺は目の前の異常事態に頭が一杯だった。


 こ、こいつは……()()()()()、ここに現れたんだ!?


「お、おおお、()()()()()っ!?」


「ナニ?」


「い、一体……()()()()そこにいたんだ!?」


「……何ヲ言ッテイルンダ、オ前ハ」


「ち、近寄るなっ! さては……国の犬か、くそっ!」


 俺は慌てて腰の後ろに隠して装備しているナイフを手に取る。


 この法衣の男――()()()()()()()()が、どうやら俺はいつの間にか窮地にいたようだ。


 なんだ何がどうなっている!?


 そもそも、何故この地下脈路に易々と侵入されているんだ!?


 いや……待て。何だか頭の中がおかしい。


 情報が錯乱しているというか、考えがまとまらない。


 それ以前に……俺はどうやって、この地下脈路に辿りついたんだ? 俺はこの存在は知っていても、場所は知らなかったはずだ。誰かについていって……ここまで来たような感覚はあるんだが、どうにも靄がかってその辺りが思い出せない。


「メリアっ!」


 先生が叫ぶ。


 芋虫のように体を動かして、床に放り出された侍女へと向かっていくが、今はそんなことはどうでもいい。


 動けない連中よりも、この法衣の方が先だ。


 まるで時間を切り落とされたような違和感に吐き気を覚えるが、突然視界に現れたコイツはどう考えても危険な存在としか思えない。


「――奇妙ナ現象ダガ、マアイイ。順序ガ変ワッタダケ、ナノダカラナ」


 法衣の長い衣がゆらりと動き、次の瞬間には――俺の胸に鈍い音を立てて突き刺さる。


「ご、……っ、ぁ?」


 何か口にしようと思ったのだが、上手く行かない。


 逆流する何かが声を出すことはおろか、呼吸すらも阻害してくる。


 視線を自身の胸元に向ければ、そこには槍のような細長い何かが生えていた。いや――突き刺さっていた。


 その出元をたどっていけば、赤と黒の法衣が袖口をこちらに向けており、槍のような刺突物がそこから伸びていた。


 俺は天井を仰ぐ。


 何が、いったい、どうなっているのか。


 曖昧な思考は雲をつかむばかり。俺はぼやけていく視界のまま、何も掴めず、そのまま膝をついた。



 ――同時に。



 地下の秘密通路であるはずの地下脈路の天井。


 そこにヒビが入ったかと思うと、分厚い地盤が崩落していくのが目に映った。


 本当に――意味がわかんねぇ。


 そんなことをぼんやりと考えながら、崩れる天井を他人事のように見送り、その視界の端に銀色の髪が映ったような気がしたが――もう、俺にはどうでもいいことに思えた。




2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました

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