50 動き始めた事態と、それぞれの動き その3【視点:縁の下のタクロウ】
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かつて、このヴァルファランの地に「縁の下のゴンザブロウ」という名の男がいた。
英雄と呼ばれる者たちと行動を共にした、クラウン改め討伐隊のあるチームの一員であった男。英雄と同じチームにいながらも、英雄とは呼ばれず、影が薄かった彼の御仁は――某の憧れである。
もう何百年も前の存在のため、今では吟遊詩人の詩にも登場する機会が少なくなってきた伝説の一人。
いや……もしかしたら、当時からそういった口伝にはあまり登場していなかったのかもしれない。
英雄を讃える書物や伝承は数多く形を残しているが、そのいずれにも彼の登場は少ない。どれも英雄チームの名を列挙する際には一員として上がるのだが、実際の物語が始まると、何故か彼に焦点を当てた文面が著しく減ってしまうのだ。
「縁の下」とは床下を指す言葉らしい。
読みかえれば「床下のゴンザブロウ」。
格好いいだとか、凛々しいだとか、美しいだとか賞賛の言葉は英雄という名の元には数多に転がっているが、そのいずれも彼には似合わない言葉に感じてしまう。
それほど……褒められた二つ名ではないと誰もが思うだろう。
かくいう某もその一人であった。
英雄という光の下で、影となってひっそりと佇む男。
その姿は想像するだけで、あまりにも滑稽――というより、寂しいものに感じた。
しかし、かつての英雄チームで団員同士の不和があったとは聞かない。もっとも外聞などを考慮しての印象操作、という線は多分に含んでいるのだろうが、それを加えてもあまりにもそういった裏話が無いように感じた。
某が「縁の下のゴンザブロウ」に対しての関心が、憐憫から興味へと変わったのは、とある一つの書物が起因している。
王城の大書架でたまたま目を通した古い一冊の書物。
綴り糸も綻び、表冊子は無題で、皮もボロボロだ。日の目を浴びずに湿気にやられてしまったのだろうか、手に持つのも不安になるほどの保存状態であった。
敬愛するレジストン様にお伺いしたところ、王家がこの冊子を手に入れたとき、既に風化寸前であったとのこと。それでも王家が大書架の奥にこれを保管したのは、この冊子がかつての英雄の一人が書き記した手記であるから――とのことだった。
大書架の奥は、王室から資格を得た貴族が帯同しなくては立ち寄れない場所で、誰でも気軽に入れる場所ではない。この冊子以外にも貴重な文献が多く散見される秘奥の場所ともいえるところであった。そんな場所に身分が平民である某が立ちいれたのも、全てはレジストン様のおかげである。
レジストン様の影を支える身になるためには、多くの知見を要する。
それは一般常識や専門知識だけでなく、この国の成り立ちや時代ごとに変化していく制度。過去から現代までの貴族に所属している者たちの情報から、確執・派閥などの構成など。覚えることは多岐にわたり、そしてそんな情報を得られる場所といえば、知識者からの教育を外せば、こういった大書架などの書物を読み漁る他ない。
そういった名目で某はレジストン様と一緒に大書架で知識を蓄える日々を送り、その一環でこの冊子を見つけたのだ。
冊子を開けば、かつての仲間たちとの明るくも光溢れる冒険の日々が書いてあった。
第三者ではなく、同じチームの者が書いたからか、そこには「縁の下のゴンザブロウ」のことも多く書かれており、文面には数えきれないほどの彼への感謝の文字が綴られていた。
そこで某は初めて理解したのだ。
「縁の下」とは床下を意味する。
しかし、ここでいう床下とは、日陰者だとか存在が薄いという意味ではなく――地盤を意味していたのだ。
地上にどんなに堅牢で豪奢で煌びやかな王城が建っていようとも、土台となる地盤がしっかりしていなければ、大本から脆く崩れ去ることだってあるものだ。
それは複数の人間が集う、討伐隊も同様で、英雄と呼ばれていようと人間である以上、彼らも同様である。
そんな彼らの土台――それが「縁の下のゴンザブロウ」であることを某は知った。
外敵と戦い、勝利する。
それは凡人には容易いことではなく、外敵の強さに比例してその難度は上がっていくことであろう。
誰にでもできるものではないし、英雄と呼ばれる者たちはそんな難行を成し得てしまうからこそ英雄なのだ。
だが彼らも人間。
衣食住は必要だし、時には精神的に不安定になり、仲間と些細なことから喧嘩だってしてしまう。某たちからすれば、どこか英雄と呼ばれる人たちを神聖視しがちで、喧嘩など俗物的な行為はしないと思い込みがちだが、この手記には「英雄だって人間なのだ」と思える表記が幾つもあった。
手記を読み進めていけば、その様子が脳裏に浮かぶ。
つまり、某ですら文字からでも光景が読み取れるほど、我々とそう大差のない生活や旅をしていたということになる。
そしてどこか親近感を抱きつつ読み続けると、要所要所でやはり「縁の下のゴンザブロウ」のことが書かれている。
――朝が苦手な仲間を優しく起こしてくれたこと。
――朝・昼・夜飯は彼の手料理なくして耐えられないこと。
――戦いになれば、盾役として敵の意識を引きつけ、ひたすら近距離・遠距離担当の仲間たちが戦いやすいよう立ちまわってくれたこと。
――戦いで明け暮れていた時、豊富な雑学で話を盛り上げてくれたこと。
それらは英雄の功績としては注目を浴びることのない、彼らの中の大切なピースであった。
役割は違えど、某もレジストン様に拾われ、見出してくれた恩義を返すために、御仁に命を尽くす身。
表舞台に出ることは無く、それを望む気もない。裏方からレジストン様を支えられれば、それ以上の至福は無いのだ。
だからこそ……「縁の下」の本当の意味、その役割を知った時、思わず身を震わせた。
「縁の下のゴンザブロウ」のように、史実に顔を出さずとも、護るべき主君を裏から支えられる存在になれれば、それはどれほど幸せなことだろうか。
ゴンザブロウ様は手記から読み取るに多才であるように見受けられた。
おそらく、仲間のためにより多くの選択肢を常に用意するために、日々邁進され、努力と研鑽を積んでいったことであろう。
某もゴンザブロウ様のような存在になりたい。
うむ、俄然やる気が満ち溢れてきた。
いつか某も「縁の下のゴンザブロウ」のように、多方面から主を支援し、支える人間になってみせる!
溢れんばかりの想いが猛る某を当時のレジストン様は酷く怪訝な顔をして見ていられたが、何故そんな表情をされたのかは分からない。
その後、某はターク改め「縁の下のタクロウ」と名乗ることにした。
名前から入ることは己の自信のなさをさらけ出すような気もしたが、「縁の下」という偉大な二つ名を背負うことで重圧を己に課し、横道に逸れたり、腑抜けたりせぬよう戒めとして自らを縛り上げた方が良いと思ったのだ。
そのことを自信満々に当時のレジストン様に話したら、これまた頭を抱えて「変な物でも食べたのかな……?」と問われたが、特に身に覚えが無かったので素直に問題ない旨をお伝えしたら、大きく溜息をつかれてしまった。
あの頃より、いやその以前よりレジストン様はずっとお疲れのご様子だ。
早く、ゴンザブロウ様のように御仁の負担を軽減できるよう、某は努力せねばなるまい。
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そんな某こと「縁の下のタクロウ」だが、今は天井の上にいる。
何故床の下にいないかって言われると、床下に入り込むスペースがないからだ。
王都で一般的に広められている平民用の建築方法は基本一つで、換気の役割を担う空間が天井裏に存在する。換気なんて窓を開ければいいだけの話だし、そんな無意味な空間を作る必要があるのか? と当然の疑問が生じるのだが、これには幾つか訳がある。
一つは強度の問題だ。
一階の天井部、つまり二階の床になるわけだが、これが薄いと階上に重い物などを置くと天井が抜ける事故が相次ぐ時代があった。
だったら天井部を分厚くすればいいと、分厚くした時期もあったのだが、壁との接着面がどうにもその厚さに耐えきれないようで、今度は天井自体の重さで抜ける事故が生じたのだ。他国では強い接着作用を持つ液体があるようで、これを使えば問題は解決するのだが、非常に高価なもののため、王城や貴族用の建築物には使われるが、平民用の建築物にまでは手が回らない、というのが実情であった。
接着面を最小限に抑え、かつ強度を上げる方法を絞り出した末、今のように薄い天井を何重かの断層別に分け、その間に支柱を設置することで強度を上げることに成功した、ということらしい。
ま、結局一層ごとの強度は変わらないので、抜けるときは抜ける。しかしちょっとでも強度が上がるなら、やって損はない、ということで今はこの建築方式が常識になっているわけだ。
二つ目は換気。
これは確かに窓を開ければいいだけの話だが、特定の事情から窓が無い部屋を設けるところもあるし、留守が多い建築物だってある。また、太陽の日差しに弱い書物などがある部屋ではカーテンを閉じっぱなしにしている場所があることから、窓を開けなくとも多少の空気の循環が可能になるための設計が必要になったのだ。
そこで、どうせ天井裏に空間があるなら、そこを使えばいいんじゃないか、という話が専門家の中で挙がり、今のような設計になったとされている。
大きな理由はこの二つだが、他にも建築業者が手抜き工事をしてやけに空間が広がっていたり、などの事態も多々あるが、この建築物はその辺りは真っ当なものであるらしく、従来の人一人が横ばいで移動できるかどうかのスペースしか無かった。
某はそんな狭い空間を音を立てずに這いまわり、換気口から覗き込むように階下の様子を探っていく。
「……」
さきほど監視対象のマクラーズに現状維持を伝えたが、どうにもこの状況――きな臭い。
なんというか息苦しいのだ。
それは別に天井裏にいて、空気が薄いだとか、口元を隠すようにマスクをしているとかではなく……何と表現したらよいか分からないが、とにかく息苦しい。
体験したことはないが、巨大な生物に食われ、その内部に囚われた小動物のような感じ、だろうか。要は得体の知れない何か――の中に入り込んだような違和感が先ほどからピリピリと肌を刺激するのだ。
心臓の高鳴りが、警鐘代わりに鳴る。
マクラーズに報せるべきか?
いや……現時点では某の感覚だけの話で、階下に屯っている雇われの連中に何かしらの異変があるわけでもない。
雇われているというのに、雇用側から特に指示がないことをいいことに、酒を煽って談笑している阿呆どもが換気口の先に複数人いる。
他の部屋も似たようなもので、酒が他の遊び道具になっているか否か程度の違いだ。
――やれやれ、呑気なものだ。
そう心中でため息をつこうとしたところで、某は息を飲んだ。
「………………っ」
なんだ?
階下の阿呆共は気づいていないようだが、部屋唯一の扉の隙間から黒い液体が流れ込んできている。
アレはなんだ?
汚水? という考えが一瞬過ぎったが、粘度の高そうな液体はどうにもただの水には見えない。
それに本能がアレは危険だ、と煩いほど語り掛けてくる。
液体はどんどん部屋の中へと流れ込んでいき、液体と共に白い布地も流れ込んでくる。いや……扉下の隙間なんてものはほんの僅かなものだ。あれほどの質量の布地が水の流れ一つで部屋の中まで入り込んでくるとは思えない。仮に部屋の外が大量の汚水が流れ込んでいたとしても、布地は扉の前で引っかかって止まるはずだ。
つまり……あの布地は、この液体が「意図」を持って連れてきた――と考える方がしっくり来る。
まるで……意志を持った生物かのように。
おい、何故下の阿呆共はあんな異常が起こっているにも関わらず、まだ酒なんかを飲んでいるんだ!?
――いい加減、気づけ!
声を出すわけにはいかない。
某の任務はマクラーズたちの監視、補佐と、可能であればこの組織の関係者の追尾だ。それ以外は任務に含まれないため、行動できない。
「……!」
ちょっと目を離した隙に、やや緑がかった黒い液体は隆起し、白い布地を着込んだ人間のような姿へと変わっていた。あの布地はどうやら衣類……法衣のようなものだったようだ。某の記憶にはない模様の法衣だ。既存の教会や宗教のものではないのかもしれない。
馬鹿な……あんな生物がいるはずがない。
いるとすれば、東方を領土とする八王獣の管轄だ。人間種が支配する王都にいるわけがない。もし八王獣の配下が王の許可なく侵入しているとすれば、それは戦争の火種とも言えるほどの一大事だ。
だが……この言いようのない禍々しさは何だ?
「ん、おい? お前……いつの間に部屋に」
「っていうか誰だ?」
「こんな奴いたか?」
部屋の連中もその存在に気付き、少し呂律の回らない様子で口々に思うことを口走る。
この頓馬共は、どうやら酔って平常心を何処かに置き忘れたのだろう。この鳥肌が立つような異常に対峙しておきながら、未だそれを悟れないとは……。
「おいおい、部屋に入るならきちんとノックしろや、なぁおい」
「聞いてんのかぁ、お前」
「ずっと俯きやがってよぉ……ちぃとツラ見せろやぁ!」
酔った勢いで絡みだす男どもに某は顔を歪めた。
ああ、今すぐにあの阿呆共を窓から投げ捨てたい。
状況を理解できない阿呆が口うるさく喚く様子を眺めるだけの時間ほど、耐えがたいものはない。
法衣は何かを考え込むように、頭部? と思える部分を少しだけ動かした。まるで首を傾げた、といった感じだ。
「ははは、お前、ノックの意味わかんねぇのかよ」
無謀にも男の一人が法衣に近づいて行き、その拳で法衣の頭部と思われるところを何度か叩く。
「こうだよ、こう。ノックてのはぁこうすんだよ」
ゴンゴン、と音が聞こえてきそうなほど手荒いノックを法衣に対して行う男。
それを見て他の連中もゲラゲラと笑いだす。
何が面白いのかサッパリ分からないが、これだけ不躾な真似をされてあの謎の液体がどう反応するかは興味がある。場合によっては対策を打つのに重要な情報にもなり得るだろう。
「……」
その動きを見逃さぬよう、某は瞬きすら止めて階下を凝視する。
そして、それは起こった。
「――ぺきょ」
法衣に一番近づいた、ノックをしていた男が急に変な声を漏らす。
いや、声というより……肺に溜まった空気が変な音を立てて漏れた、という感じだろうか。
一瞬の静寂の後、男を包み込むかのように法衣の隙間からあふれ出る液体が囲っていった。
液体に包まれた男は、暴れ回るかのように両手足をばたつかせ、徐々にその身体が縮んでいく様が見えた。縮んでいく……というより溶けているように見える。正直、目を逸らしたいほどの光景だ。
一分、二分、と……誰も言葉を発することが出来なかった。
某も含め、誰もがその行く末を見届ける他、無かったのだ。
やがて男の衣類も含め、全てが液体の中に消えていったと思ったら、また元通りの法衣の姿がそこにあった。まるで数分前の出来事など無かったかのように、同じような佇まいである。
階下の男たちもようやく悟ったのだろう。
自分たちはいつの間にか、抗えない死地の最中にいるのだと。
「ヒィ――」
男の一人が叫び声を上げようとした瞬間――、法衣の隙間から触手のようなものが何本も伸び、部屋にいた男たち全ての喉を貫く。
「ご、ふぅ――」
叫び声は、逆流する血液を零す音へと変化し、男たちはあっさりと絶命していった。
男たちはズルズルと触手に引っ張られ、法衣の足元へと引きずり込まれていき、数分かけてその存在は無かったものへと化していった。
法衣は静止画のように態勢を変えず、しかし……「ノック、次カラ気ヲツケヨウ」と声を漏らした。戦慄の走るような、悍ましい声質であった。
某はその瞬間、別の部屋へと移動を開始した。
嫌な汗が体中から吹き出る。
あれが生物なのかどうか、そんなことはどうでもいい。
殺傷能力の高い、何か。
恩恵能力が無いとはいえ、金を貰って荒事をこなす男どもを瞬殺しただけの力を持つ、未知の存在。
間違いなく、王都の敵になり得る存在だ。
某は隣の部屋の上までたどり着き、階下の様子を探ろうとして絶句した。
馬鹿な……、誰もいない!?
つい数十分前には、この部屋にも数人の雇われの人間がいたはずだ。それが、まるで最初から誰もいなかったかのように、空の部屋へと変わっていた。
隣も、その隣も……全ての部屋がもぬけの殻だった。争った形跡も、血痕すらもない。
「…………!」
マクラーズたちに報せねばならない。某は方向転換し、マクラーズたちのいる部屋へと急いで向う。
しかし某の焦りを他所に、目的の部屋の上に辿り着くのと、ヒヨヒヨがマクラーズを抱えて窓から飛び出すのは、ほぼ同時のことであった。
「動き始めた事態と、それぞれの動き」で書いている話は、全て同じ日の出来事です。
分かりにくかったら、すみませんm( _ _ )m
2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました