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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第二章 操血女王の平民生活
76/228

46 王都食事改革の小さくも確かな一歩

すみません、ちょっと遅くなりましたm( _ _ )m

いつも読んで下さり、ありがとうございます(*'ω'*)


「大量だよ!」


 そう言ってプラムとディオネがフルーダ亭に帰ってきたのは、ちょうど陽が沈むかどうかの時間帯であった。


 行きに持っていった麻袋はそれなりに膨れており、それがイコール収穫量であることが分かった。


「ありがとう、お姉ちゃん」


「これ……全部、山菜か?」


 わたしよりも圧倒的に山に足を踏み入れる回数が多いクラッツェードだからか、彼はどことなく驚いた顔で彼女たちの成果を見ていた。


「ふむ、たまにはこういうのも悪くないな」


「いやぁ、ディオネさん凄いんですよー。特に茸類に対する嗅覚が! わたしよりも全然知ってて、勉強になったよ~」


「茸は森獅エリンもよく食していたからな。まさに我ら一族とは切っても切れぬ関係、というわけだ」


 嬉しそうに尖耳せんじをピクつかせながら、ディオネは胸を張った。


 この人、憮然と澄ましたような印象が強いけど、他人から純粋に褒められることに結構弱い。慣れていないせいか、今のように何事も無かった様子を醸し出しているが、彼女の耳は嘘をつかない。


「ほらほら、セラちゃん! これ見て! これも茸の一種なんだって!」


 プラムがさっそく麻袋を食卓上に乗せ、その中から一つの食材を取り出して見せてくれる。


「こ、これって……」


 見覚えがある。


 この黒くモニュモニュとした形状は――木耳キクラゲである。

 まさに読んで字のごとく、木に生える黒い耳のような茸である。


 木耳で連想する料理というと、わたし的には卵とじである。出汁と卵と木耳、ただそれだけで絶品ともいえる料理が出来上がるのだ。


 しかし悲しいかな。卵と聞くと連想してしまうのは――記憶に新しいの存在であり、その存在がわたしに対して調理意欲をゴリゴリと削り落としてくれる。


 他にも多種の茸類が麻袋からゴロゴロと机の上へと広がっていったが……わたしの知識でも拾えるのは椎茸やヒラタケぐらいだ。


 ディオネが得意分野を披露するように次々と名前を並べてくれたが、わたしの知識と同一のものは椎茸ぐらいだった。後はこの世界独自の名称なのだろう。新しい名前というのは覚えるのが大変な上に、過去の世界での食材と中身は一緒でも名が違うというのが厄介だ。木耳キクラゲのことを「クローミィ」と呼ばれた時に、正直覚えようとする努力を諦めたぐらいだ。


 見聞きしたことは、例のアカのいる世界で本として補完されるっぽいので、一応は耳を傾け、視線と同期をとるが、頭の中にはこれっぽっちも残らなかった。


 茸以外の山菜も一通り並べたあたりで、プラムとディオネの視線がこちらに集中する。


 理由……というか原因は分かっているのだけれど、どう説明したものか。


 共に状況を共有しているはずのクラッツェードは見て見ぬふりをしている。……さては説明役が面倒だと思って、我関せずの意志を貫くつもりだな!


「ねぇ、セラちゃん」


「…………なぁに、お姉ちゃん」


 プラムたちの視線はどちらかと言うと、わたしというよりは、わたしの頭上へと注がれている。


 わたしの頭皮から伝わってくる、弾力性のあるゴム質な感触。

 それが今もソワソワとわたしの髪を掻き分け、小さく身じろいていた。


「その子、どうしたの?」


 プラムが指をさすと同時に、わたしは小さく息を吐いた。


 ここにいる面々は魔法について既にカミングアウトした相手しかいないので、別に事情を話すこと自体に問題は生じない。渋る理由はないのだが、ただただわたし自身、理解が追い付いていないがために口が重いだけなのだ。


 そんな主人の気も知らずに、関心を抱かれたことを喜んだのか、わたしの頭上にいるソレは「グァ!」と高らかに鳴いたのであった。



*************************************



「これが……ゲェード、だと?」


 喉に物が詰まったかのような声を出したのはディオネ。


 わたしの頭上から、フルーダ亭職員用食卓の上に置かれたゲェードだった生物をディオネは胡乱な目で見下ろした。


 森の民である彼女はその生活環境上、野生のゲェードを見ることが日常茶飯事だったそうで。


 そんな彼女が未知の生物を見るかのような視線を向けるのだから、このゲェードは余程イレギュラーな存在ということになる。


「その、水に魔力を溶かしたものを飲ませたらそうなっちゃいまして……」


「魔法で変化した、ということか?」


 興味深そうな目でこちらを見るディオネに、わたしは曖昧に微笑んだ。


 厳密に言うと、魔法であり、魔法ではない。

 しかしそのことを言うには少々憚れる。


 その理由が、このゲェードであり、クラッツェードから少しだけ話を聞いた精霊種だ。


 どうにもこの世界の在り方は、わたしの知る三つの世界と似て非なる。それは恩恵能力アビリティだなんて異能がある時点で確定事項ではあるのだが、どうにもそれ以外に違和感が幾つかあるのだ。その一つが先ほどのゲェードの変化によって、より一層、真実味を帯びてきた。


 もしかしたらこれは……この世界のパワーバランスに大きな亀裂を生む要因になるかもしれない以上、下手に想定を打ち明けるわけにはいかない、と思ったのだ。せめて想定が確定になるまでは無暗に引っ掻き回すだけ……と判断した。


 これが功を奏すかどうかは分からないが、いわゆる勘というものだ。わたしは何の確実性もない、ただの勘を――されど200年という歳月を経て蓄積された信頼できる勘を優先させることにした。(最近、直感で動くとたいてい失敗に終わっている気がするけど、そこは気にしない)


 変化したゲェード。


 まるで小さな蜥蜴のように青々とした鱗と皮膚を持ち、痩せ細って今にも朽ちていきそうだった痩躯はもう何処にもなかった。むしろ瑞々しさが目立ち、鱗から僅かな光が漏れているようにすら見えた。


 卵から無理やり外界に放り出されてしまった当初とは、まったく別の生き物である。


 プラムが指先でちょんちょんとゲェードの鼻先を突っつくと、ゲェードも遊んでくれるのかと思ったのか、楽しそうに「グアッグアッ!」と鳴き、プラムの指先に頬をこすりつけた。


 その様子にプラムも目を輝かせ、二人(一人+一匹)は仲良く突っつき合いを始めだした。


「しかし、何故魔法を……?」


 ディオネが聞きたいことは、何が発想の元となって魔法の水を与えることになったか、ということだろう。


 わたしは少し考えた後、精霊種との関連性は置いておいて「近くに水が無かったからです」と無難に答えた。


 通常なら台所に水が無いなんて、と思ってしまうかもしれないが、この王都において水というのはそれなりに用意するのが面倒なのである。


 平民街では多くの井戸が等間隔で設置されており、そこを近所の住民が共同利用するルールが設けられている。富裕層――フルーダ亭のようにある程度の資金を元手に建てられた建築物などであれば、建物内に室内井戸――水汲み場を設けているところもあるが、結局「水を汲む」という作業は省けない。つまり、どこであろうとも水を用意するには井戸から水をくみ上げ、それを容器に入れてからスタートする、というわけなのだ。


 だからディオネも特にその言葉自体には違和感は覚えず、その陰でわたしはほっと息を漏らした。


「え~っと、とりあえず分からないものは置いておいて、今は夕飯の準備をしたいと思います。プラムお姉ちゃん、その子のことお願いしてもいい?」


「うん、いいよ~」


 奴隷にされた時にはわたしを庇うためにそれなりに強気な面も見せたプラムだが、本来はこうしてホンワカのびのびした気性だ。その緩慢かつ邪気のない気配にゲェードも心を許したのか、先ほどからしきりと賑やかな声を上げている。


「まぁ害は無さそうだな」


「ふむ……だがしかし、あのゲェードがこんな変異を遂げるとは、な。私の知らぬ摂理などまだまだこの世界には存在する、ということか。うむ、実家に戻る際にはお父様方への土産話にしてみよう」


「お前の家族愛はちと度が過ぎる嫌いがあるからな。褒めて欲しさに誇張しすぎるんじゃないぞ」


「なっ、失敬な! 私は親に嘘などつかぬぞ!」


「嘘はつかないが、多少の脚色はするだろ」


「………………そんなことはない」


「今の間が真実を物語ってるな。あと、目が泳ぎ過ぎだ」


 そんなクラッツェードとディオネのやり取りを耳にしつつ、わたしはディオネの誤魔化そうとする際の癖を心のメモに記録しながら厨房へと戻る。


 手元には山菜を再度詰め直した麻袋がある。


 <身体強化テイラー>で強化しているため、あまり重くは感じないが、中サイズの袋一杯に詰められた山菜の重みは軽く2キロはありそうに思えた。プラムの言う通り、大量だ。


「さて」


 ゲェードの事件で動揺はあったものの、プラムたちが帰ってきてくれたおかげで心は落ち着きを取り戻していた。


 終わってしまったことは致し方が無い。


 未来にどう転ぶかなんて、わたしにも分からないのだ。

 だったらそんな不純物は隅の方へと追いやり、今は目の前のことに集中するのみ。


「むんっ」


 さあ、気合の入れ直しだ。

 わたしは腕まくりをし、厨房の椅子にかけていた質素なエプロンを装着して意気込むのであった。



*************************************



 さて、料理というものは科学が発展した時代でも、ある程度食材が手に入る魔法時代でも、一貫してレシピというものが存在する。


 それ自体は人類の文明発展と共に当たり前のように発生する、いわば「起こるべくして起こること」と無意識に決めつけ、わたしは気にしたことがなかった。


 そう――今の今までは。


 失敗は成功の母、と言うように、人類は多くの失敗と後悔を嘆き、足踏みし、涙を流して地面を固めては前進してきた。そしてそれは何も根性論だけの話ではなく、きちんと過去の反省を踏まえ、改善をしつつ前へ前へと進んでいるのだ。それは危険を安全に、不便を利便に、非効率を効率的に、不幸を多幸へと進化させるべく、人類が自ずと手にした潜在的無意識でもある。その積み重ねが人に効率性の重要さを思い報せ、科学文明の発展へと大きく舵を取る思想を生み出した。


 それはレシピについても同様であり、人々は直感だけを頼りに無暗やたらと調理したところで失敗が多いことに気付き、料理ごとの成功例を――その過程を記録に残すことにしたのだ。


 それがレシピである。慣れてくればレシピから多少横にズレた創作料理や、まさに母の味、というような一家庭独特な味付けの料理があってもいいだろう。


 しかし、それはあくまでも経験者であり、過去に幾つもの料理をその手で作り上げてきた者だけが取って良い道である。決して……料理も碌にしたことがない初心者が何となしに歩んでもいい道ではないのだ。


 そう……レシピとは初心者が「これでいっか」程度の知識や経験で料理に手を出した結果、数多くの後悔を生んでしまった失敗を踏まえて「初心者はレシピ通りに作れや!」という戒めを世に敷いた――人類の英知の一つであるのだ。


「………………」


 わたしはボウルに入れた小麦粉と魔法で生成した水を菜箸でかき混ぜ、ふと手を止める。


 ……何だか、やけに水っぽい。


 わたしが(まったく記憶にないが)どこかで見聞きしたであろうレシピには、小麦粉と片栗粉とマヨネーズを水で溶く、という記載があった。


 それらの素材は最終的にてんぷら粉の役割を担うはずなのだ。


 そう――今日の夕飯は天ぷらを作るつもりなのだ。


 天ぷらであれば、塩をさっと振るだけでも美味しいし、山菜料理の定番の一つでもある。また、あの水分ばかりが目立つ王都の野菜でも、それなりに美味しいんじゃないかなぁと画策した結果でもあるのだ。


 本来であれば最もポピュラーなのは海鮮類だろうけど、それは今度試してみる事にしよう。ていうか、市場にあるのか――海鮮類なんて。


 今はとにかく山菜をてんぷら粉と水を混ぜたものに浸し、高熱の油でさっと揚げる。いつか食べた舞茸の天ぷらは美味しかったなぁと思いを馳せつつ、さっそく料理に取り掛かっているわけなのだが……いまいち、わたしの予想に沿っていない気がしてならない。


「う~ん、やっぱり片栗粉とマヨネーズを入れないのは失敗だった?」


 レシピの分量的に最も比重が多い小麦粉と水だけ揃えれば、まあ最悪、それなりに近いものが出来るんじゃない? という素人的考えで突貫したわけなのだが、どうにもその進捗は芳しくない。


 さっとしか夢の世界で見ていないてんぷら粉――衣液の作り方だが、そのレシピは多種あり、確か薄力粉を使ったりなどと生成方法は幾つか用意されてあった(そもそも薄力粉自体が小麦粉の一種であることすら、今のわたしには知るよしのないところである……)。


 その中で一番素材が単純そうなものを選んで覚えてきたわけなのだが、こういう結果になるんだったら他のレシピも目をしっかりと通すんだった、と少し後悔した。


 カチャカチャとボウルの中身を菜箸で混ぜるが、小さく泡立つ液体はあくまでも液体のまま――微かにわたしの記憶にある天ぷらを包む衣になるようには思えない。


「……とりあえず、物は試し、よね」


 わたしは近くの山菜をさっと魔法で水洗いし、菜箸でそれをつまんで水を切る。


 選んだのは無難に椎茸だ。


 それをボウルの中の液体に浸して、さっと取り出す。


 ドバドバ、と水分の多い衣液。とてもじゃないが、油の中に入れても衣として纏ってくれる様子はない。それでも一縷の望みにかけて、わたしはそれを油の入った加熱中の鍋に入れた。


 わたしの理想はパチパチッと大きな音を立てて、衣が椎茸の周囲に固まっていき、数秒で天ぷらが出来上がるイメージ。


 現実は、固まりもせずに液体(衣液)と固体(椎茸)が鍋の中で分離し、それぞれが高熱の油の中でプカプカと浮く様子であった。パチパチッの「パ」の字すら音も鳴らない。静かなものであった。


「………………」


 わたしは口を開いたまま、唖然となる。


 菜箸でせっせと分離した衣液を椎茸の元へと寄せ集めるが、まるで水と油のごとく、彼らは手を取り合うことなく鍋の中で決別していく。


「き、きっと熱が足りなかったのね! 確か天ぷらって結構な高温の油で揚げるって聞いてるし!」


 その辺りも調べとくんだった! と心中で後悔しつつも、わたしは魔法で鍋の熱量をコントロールし、油が跳ねるぐらいまで温度を上げていった。


 焦ると自身の魔力量を度外視して魔法を使ってしまう悪癖は既に過去、痛い目を見ることで経験しているので、内包する魔力にも気を回しつつも、わたしは魔法をフル活用して再び料理に挑む。


「この椎茸は……後でちゃんとわたしが食べよう」


 とりあえず無残にも鍋の中を浮いたままの椎茸を別の皿に乗せ、わたしはまた別の椎茸を衣液につけ、より高温になった鍋の中に放り込む。


 パチパチッ!


「おお!」


 今度は音が鳴った!


「あつっ!」


 容赦なく跳ねてくる油に思わず手を引いたが、その鍋の様子に今度は成功の匂いを感じ、わたしは期待に入り混じった視線を鍋に向けた。


 高温の油に気をつけつつ、菜箸で椎茸を取り出し、味見用に用意しておいた塩の入った小皿の上に乗せた。


「………………ん~?」


 なんだろう。


 こう……天ぷらというより、薄っすらと衣とも呼べない何かを纏った椎茸、という表現がしっくりくるような出来に見える。


「いやまぁ、見た目だけじゃ決めつけられないよね」


 わたしは軽く皿の塩につけ、その椎茸を口に放り込んだ。


 噛むと、火傷しそうな汁が口の中に広がり、危うくむせるところだったが、何とかハフハフと口を開閉しつつ、その味を確かめていく。


「はふっ、はふっ……もぐもぐ……もぐ、もぐ?」


 なんでしょうか……このコレジャナイ感は……。


 どう表現したものか……そう、椎茸に小麦粉をまぶしただけの味に感じるのだ。それぞれが別の味として主張し、料理として融合したものになっていない、そんな感じ。


 正直に言おう。

 ――不味い、と。


 何か色々な物を見落としている気がする。


 まず素材の時点で見落とし、というか妥協しているのだけれど、それ以外にも天ぷらという完成品を作り上げる上で必須となる要素をポロポロと落としているような気がするのだ。


 今にして思えば……わたしは「天ぷら粉」の作り方は調べたものの「天ぷら」自体のレシピは見ていなかった。


 何となぁーく、高温の油で揚げるだけだよね! ぐらいの認識で安心しきっていたのだけど、もしかしてそれも失敗の種?


 これはマズイ……。

 わたしはそーっと厨房の入り口から、職員用食卓で待つ三人+一匹の様子を窺う。


「お腹空きましたね~」


「グァ!」


「今日は彼女の手作りの料理なんだろう? いや、実に楽しみだ。特に今日は山菜採りでいつもみたいな隠密ではなく、純粋に体を動かしたからな。腹が空いて仕方がないよ」


「ふむ、いつも俺の(創作)料理にケチをつけるアイツが大口叩いて『今日は美味しいもの作りますからね!』と言ったんだ。普段の料理は可もなく不可もなく……という感じだが、そのアイツがそれだけのことを言うんだから、それなりに期待しててもいいだろう」


「ふわぁ、楽しみだね! ねっ!」


「グァ! グァ!」


 ひぃぃぃぃぃ~~~~~!


 予想以上に楽しみにされてるよ!

 どうしよう!? 今すぐこの場を逃げ出したいっ!


 記憶を失わせる魔法ってあったっけ!? あぁ……頭を物理的に吹き飛ばす魔法なら数多にも思い浮かぶのに、記憶だけという都合のいい魔法なんて何一つない!


 くっ……もう少し前世までで料理方面に魔法が使えないか、研究しておくべきだった!

 今まで食事関連で大きな不便が無かったことが仇になったわ!


 わたしは処刑前の囚人のように身震いしつつ、机の上の山菜と鍋を交互に見る。


「そ、そうだ……卵、入れたらどうか、な?」


 ゲェードの卵。


 正直、これが無精卵ではなく、普通にあの子みたいな生物が入っていると思うと、食べる気にならない。


 この世界では一般的な食用卵なのだから、鶏と同様の扱いなのだろうけど、わたしの内在的価値観がその両者を同一に並べることを忌避するのだ。


 駄目だ……。

 卵を手に取ってみたものの、やはり割る勇気がない。


 完全なわたしの我儘だけど、この卵はクラッツェードに後で料理してもらうのが妥当だろう。


 孵化させて育てる気もなく、食べる気も起こらないのだから、わたしに取れる手段はそれだけだ。何となく自然界の食物連鎖に不義を働いている気分になったが、今は目を逸らす他無かった。


「……」


 まだだ。

 まだ諦めるには早い!


 わたしはキッと眉を締め、ボウルの中と向き直る。


 おそらくだけど……片栗粉などが担う役割が抜け落ちているから、ここまで衣が付きにくいのではないかと考えられる。本来の衣液なら、もっとドロドロと泥のような粘りがあるはずなのだ。少なくともテレビで何気なく見た記憶のある光景ではそんな感じだったような気がする。


 しかし粘度を高める魔法は存在しない……というより、創り出すための物質への知識がわたしには無い、という表現の方が正しいだろうか。


 であれば――。


 わたしは先の椎茸と同様に手頃な山菜を菜箸でつまみ、ボウルの中へ。


 そして同じように鍋の中に突っ込むと同時に、わたしは魔法を発動させた。


 魔法で生成した空気の層で山菜を囲ったのだ。


 こうすれば無用に衣液も鍋の中に分散していかないだろう、と画策した結果なのだが、結果的に油すらも層によって分断され、ただ山菜が熱されるだけ、というものになった。魔法を解除すると、さっきの焼き回しのように、同じものが出来上がってしまう。


「くぅ……試行錯誤よ、わたし! がんばれ、わたし!」


 きっと今のわたしを見れば――誰もがクラッツェードのことを言えないだろう、と口を揃えることだろう。そんな客観的な見方をできるほど、冷静なわけもなく、わたしは空気の層の調整を幾度となく繰り返し、必死に天ぷらモドキの調理に勤しむのであった。



*************************************



「お、おまちどうさま……です。げぷ」


 1時間の格闘を経て、わたしは引き攣った笑みで大皿を皆の待つ食卓へと持っていった。


 三人+一匹はそれはもう腹を空かせているようで……いや、空かせすぎて、もはやグッタリしてしまっていた。それでも調理中、文句を言いに来なかったのは彼らなりの優しさなのだろう。これからその優しさにトドメを刺すと思うと、心が痛むばかりである。


「わぁ、セラちゃん、ありがとう!」


 そんな状況だというのに、嫌な顔一つせずにわたしに労いをかけてくれるプラム。


 うぅ……今はその優しさが何よりも苦しいっ!


「……は、腹と背中がくっつきそう、とは……まさにこういうことか」


「さすがに一時間も待つとは思わなかったぞ……」


「グァァ……」


 他の面々も文句こそ言わないが、やはり待たされた時間の分だけ、ぎこちない表情であった。


 これでその差分を埋めるぐらいの美味しい料理を振る舞えれば良かったのだが、結果は……ナントカ出来上がった「天ぷらモドキ」だった。


 因みに先ほど、僅かにげっぷをしてしまったのは、何度も空気層と油との配分を繰り返し調整した結果、その失敗作を全て試食していたからだ。正直、小麦粉をそのまま腹に突っ込んだような満腹感だけが蓄積された気分だ。山菜自体の味はあるようで、それだけが救いだった、といったところか。


「これは何ていう料理なんだ?」


 クラッツェードの問いに目を逸らしつつ「天ぷら……モドキです」と答えた。


「へぇ、天ぷらモドキっていうのか。ふむ、いい匂いだね。空腹も限界を超えると空かなくなるって言うけど、この匂いは食欲を復活させるに値する匂いだね」


 待って。

 変にハードル上げないで。


 涙目になりつつも笑顔を張り付けるわたしを他所に、皆がワイワイと匂いを評価してくれる。


 そう、見た目も匂いも何とか天ぷらに近いものに出来た気はする……。しかし味は結局のところ、多少の改善はあるものの、わたしの知る「天ぷら」とは程遠いものであった。


 つまり料理は失敗、ということだ。


「し、塩を軽くつけて食べるといいですよ」


 わたしは人数分の塩の乗った小皿を各自の手元に置き、箸も手渡した。


「ほぅ、塩をそのままつけるのか」


 興味深そうにクラッツェードは顎に指を当て、思案顔で天ぷらモドキと小皿を眺めた。


「もうお腹ペコペコだよ~。皆さん、早く食べましょう~。ほら、セラちゃんも座って座って! お料理、全部任せちゃう感じになってゴメンね?」


「そうだな、早く食べよう。こういう揚げ物は冷めてしまっては美味さが半減してしまうだろうからな」


「ふふふ、美味しかったら後でレジストンに自慢してやろうかな」


 ああ、早く一口食べて「マズイっ!」と結論を述べて欲しい。食べる前に期待を膨らませば膨らませるほど、食後のわたしへのダメージは大きいものとなるのだ。できれば傷は小さく終えてほしいのだが、この雰囲気でそれを口にする勇気はわたしに無かった。


「わ、わたしはちょっと味見でたくさん食べちゃったから……皆で食べて?」


「そう? もぅ、セラちゃんったら食いしん坊なんだからぁ~」


「あ、あはは……」


 美味しくて味見ばっかりしたんじゃなくて、失敗作ばかりだったから……とは言えない。


『それじゃ、いただきます!』


「グァ!」


 三人+一匹が仲良く食前の挨拶を交わし、各々がパクッと天ぷらモドキを口に入れた。


 サクッサクッ、と小気味良い音を立てながら、咀嚼音が室内に響き渡る。


「……」


 わたしは針の筵とも呼べるこの場にただ身を縮こまりながら、断罪の時を待つのみであった。


 そして、喉を鳴らして全員が一つ目を食べ終えると同時に、皆がこちらを見る。


 ひぃっと声を漏らしそうになるわたしだが、意を決して、どんな罵詈雑言も受けて立つわ! と自分に喝を入れた。


 そして繰り出された言葉は――、


「なかなかイケるじゃないか!」


「ふんふん、この食感……食材の味をそのまま閉じ込めたような味……悪くないね!」


「セラちゃん、美味しいよ!」


「グァ!」


「…………………………へ?」


 という、謎の言葉の羅列であった。


 冗談かと思ったが、わたしの予想と反して、皆がパクパクと箸を進めていく様子に偽りは無さそうに見えた。


 あ、あぁ……そういえば。

 この王都の料理って……この天ぷらモドキですら味を感じるほど、薄味なんだっけ?


 そもそも塩自体、料理の下味にしか使わない傾向があるので、こうして素材の味を薄い衣で封じ込めた天ぷらモドキと、塩をそのままつけて食す方法は、彼らにとって青天の霹靂とも呼べる味だったのかもしれない。


 嬉しそうに食べる彼らに脱力しつつ、わたしは心に誓う。



 ――いつか絶対に、本当の「天ぷら」を食べさせてあげるからね!



 どことなく紛い物を振る舞ったという罪悪感を胸に、わたしはこの王都の酷い食文化にささやかな革命を起こしたいと願うのであった。



2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました

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