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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第二章 操血女王の平民生活
75/228

45 ゲェードの卵

ブックマーク+評価、ありがとうございます!(*´ω`*)

お読みくださり、ありがとうございます(*´∀`*)



 一時は難しいと判断されたプラムの山菜採りは、意外な形で実現されることとなった。


 わたしの説得を受けて一旦は諦めたプラムは膝を抱えてしゅんと落ち込むわけだが、そんな彼女の救いとなったのは、レジストンの元で四方へ隠密行動をしていたディオネであった。


 レジストンの手が空いたとのことで、一日だけ休養日を貰った彼女はフルーダ亭に足を運び、お友達価格を狙ってクラッツェードの美味しいとも不味いともいえない料理を食べにきたわけなのだが、その際にプラムと顔を合わせることになった。


 落ち込む彼女を見て事情を聴いた彼女は「それなら私が護衛としてついていこうか?」と手を差し伸べ、言わずもがなプラムはその手に飛びついたわけだ。


 クラウンのチーム内でも斥候役なディオネは、気配探知にも長けているし、何より戦力として十二分なものを持っている。つまり護衛としては申し分のない人材なのだが、それとレジストンの計画とが直結するかはまた別の話である。


 なのでクラッツェードは「レジストンの許可がありゃいいんじゃないの」と早くも判断をレジストンに投げ出し、プラムの期待の込められた視線を一心に受けたディオネは、レジストンから表面上あっさりと許可を取り、三日後にまた休暇を取るからその時に行こう、という話になったのだ。


 後日、レジストンがやけに疲れた顔をしていたが、そこにはあえて触れないようにするのが賢い出世術である。


 そんなこんなで、あっという間に三日経ち、プラムは大きめの麻袋を背負い、元気よく手を振りながら


 ディオネと一緒にフルーダ亭を出て行った。

 帰宅予定は暗くなる前――遅くても夕方ごろとのこと。


 そして――銀糸教の標的であるわたしは依然として外に出られないのだが、わたしはわたしでやることがある。


 この三日間、何もしていなかったわけではないのだ。


 プラムからさり気なくこの世界で言う「根菜」の特徴を聞きだし、わたしの記憶にある根菜との紐付けを行うのに一日。


 しかしプラムの身ぶり手ぶりと記憶にある外見だけで説明されても想像しがたい物が多く、正直、大半は見てみないと何とも……という結果に終わってしまった。


 プラムの語る山菜の名称がわたしの知る名前であるものも幾つかあったので、そちらを最優先で採ってきてもらえるようにお願いした。


 しかし、この世界独特の名称と、科学世界時代の名称が入り混じるちぐはぐ加減はやや疑問を持つ部分であった。例えばタケノコはタケノコのままだが、ピーベルという木の実はどうやら胡桃を指すらしい。ピーベルを説明する際のプラムのジェスチャーを読み間違えてなければ、だけど……。


 このあたりの名付けには何かしらの法則があるのか……気になるところでもあった。


 幸いにしてその日の就寝時間に、アカのいる夢世界へと入れたので、そこでわたしはアカの集めてくれた料理知識本を二つに増えたハンモックに身を預けながら、目が覚めるまでずっと読み漁っていた。


 といっても目的もなく一つ一つを読んでも時間だけがかかるので、わたしはある料理だけに目的を絞り込み、アカという名の書物検索機を有効活用しつつ、必要な情報を仕入れたのだ。


 残り二日はクラッツェードにお願いして、必要な材料を集めてもらうことになった。


 わたしは必要な材料を安価なボロ紙に列挙して、彼にそれをお願いした。


 文字はこの世界――というか、おそらくヴァルファラン王国の文字なのだろう。今となっては驚かないが、わたしの転生能力はその世界の朽ちた肉体を元に行われるようで、その肉体の持ち主の基本知識がそのままわたしのベースとなるのだ。


 読みについては以前も証明した通りだが、筆記も同様で、わたしが「こう書こう」と思った文字がほぼ自動的にその肉体が知っている文字言語に変換して動くのだ。最初こそ違和感バリバリな現象であるが、半年もすれば無意識に溶け込むように慣れることは実体験で知っているので、心配することは何もないだろう。


 しかし食材名などは基本的に、今までのわたしの知識が元となるため、この辺りは手探りとなってしまう。


 野菜などの名称は食堂でも目にしたが、やはりこの世界特有の名称のようだ。


 ところが調味料――今のところ「塩」ぐらいしか耳にしないけど、塩やメジャーな動物名などは、科学世界と共通のものが多く、牛・豚・鳥などもそのままのことが多い。


 その違いはどういうことなんだろう、と首を傾げてしまうが、まあ通じれば幸い、通じなければ記憶喪失を盾に質問すればいいので、深く考えずにわたしはクラッツェードに必要材料をメモしたものを渡し、その反応を注視した。


「…………この片栗粉とマヨネーズ、とはなんだ?」


 なるほど、メモ紙には小麦粉・片栗粉・マヨネーズと上から記載しているので、おそらく小麦粉は共通単語として実在するのであろう。名前と中身は別物……だなんてオチがなければ、だけれど。


 しかし、そう言われると……困る。


 わたしは本に書いてある材料をそのまま箇条書きしたわけなのだが、まさかその材料自体が何たるか、を聞かれることを想定していなかったのだ。


 しかし教訓にはなった。


 単純に前世までの知識から引っ張ってきた情報だけでは上手く立ち回れない――この世界のモノが前世までのどのモノに当たるのか、それを自分の中に蓄積して整理していかなくては、今回のように詰まることが起こってしまうだろう。


 やはり図書館などでの情報収集は必須だけど――外出禁止という足枷が本当に邪魔をしてくれる。


 差しあたって今は、問われた内容に何とか応えなくてはならないわけなのだが――、


「え、えっと……」


 ――片栗粉とマヨネーズの原材料と製法って、どんなんだっけ?


 前世までは自分で食事管理をしなくてはいけない時期は、だいたい転生直後から数年の間だけだったし、最初の科学世界なんかはコンビニやスーパーに行けば欲しいものは完成品で置いてあった。


 科学世界を除いても、マヨネーズは無くとも各種調味料は市場に揃っていた。


 つまり金さえあれば、材料を揃えることはほぼ可能であり、最低限の適当な調理でもそれなりの料理はできていたのだ。だから、その調味料の原材料や製法については――ほぼわたしの頭の中には残っていないし、そもそも在るのかどうかも不明だ。


 片栗粉って確か……カタクリって花? か何から採れるんだっけ?


 マヨネーズは……えーっと、たぶん、卵、かな? でも卵だけで作れるわけがない、というのは分かっている。卵をどれだけ溶いたところで、スクランブルエッグにするか卵かけご飯に使うぐらいのイメージしか湧かない。


 つまり、何かしら別要素を入れて混ぜるのだろう。なんだっけ……何かで見た記憶があるんだけど、思い出せない。そんなに難しい話でもなかったと思うんだけどなぁ……。どっちかというと混ぜる作業自体の方が大変なイメージだ。


 とりあえず……マヨネーズは分量的にそこまで多くないので、今回は無しでいいかもしれない。


 片栗粉も説明しようがないし、そもそもカタクリという植物がこの世界でどういう名前なのかも分からないので、調べようもない。片栗粉、という名前でクラッツェードがピンと来ない時点で、カタクリという名前の植物が一般的に知られていないか、別称であることが読み取れた。


「でしたら、小麦粉だけでも大丈夫です。あ、でも可能であれば生卵も幾つかあると嬉しいです」


 結論、妥協することにした。


 上手くいくかどうかは分からないけど、まぁ、一番分量が多い材料だし、大丈夫と高を括っておこう。卵は念のためにお願いしておくことにした。もし仮にプラムが山菜をあまり採れなかった場合、代わりのものとして目玉焼きでも作ろうかな、ぐらいの算段だ。


 クラッツェードは「パンでも焼くつもりか……?」と怪訝そうな顔をしたが、断ることなく請け負ってくれた。彼はどうにも身動きが取れないわたしやプラムのことを慮ってくれているようで、多少の我儘も可能な範囲であれば聞き届けてくれようとする姿勢が見える。


 ……性根からして優しいのだろうな、と感じたわたしは何処となく心が温かくなるのを感じるのであった。


 かくして小麦粉を手に入れたわたしは、頭の中の簡易レシピを反芻しながら、プラムとクラッツェードの帰りをそわそわしながら待つのであった。


 今日の夕飯はわたしが作ると言ってある。


 普段から調理役を分担しているため、そこに疑問を持たれることはなかったが、突然のわたしの食材依頼が前提にあるため、クラッツェードはやはりどこか首を傾げながらも聞いてくれるのであった。


 ちなみにプラムを迎えに来ていたディオネも「一緒に食べる」と食いついてきたので、今日は四人分を用意する予定だ。


「……」


 そういえば、プラムに山菜取りはお願いしたものの、自生している辺りの土壌採取や種の確保をお願いするのを忘れていた。


 ……そもそも、山菜系統って種とかあるんだっけ?


 イメージ的には茸類だったり根菜、花などが頭の中に浮かぶが、それらは種から育つものだっただろうか? 茸は菌糸から増殖することは覚えているけど、それ以外は覚えていない。あ、種じゃなくて球根だっけ……。だぁ~、ぜんっぜん興味も必要もなかった分野だったから知識が浮かびすらしないわ!


 ……仕方ない、今回は味がしない野菜の研究は後回しにして、プラムお姉ちゃんが採ってきてくれるだろう山菜を食べることに集中しよう!


 切り替えは大事だ。

 分からないことをいつまでも考えたところで、分からないことには変わりないのだ。


 わたしはそう結論づけて一つ頷いた。



 そうこうしているうちに、一番最初に帰ってきたのはクラッツェードであった。



*****************************************



 目の前にはクラッツェードが買ってきてくれた小麦粉の入った袋と、卵がある。


 王都の市場を詳しく見て回る機会が未だに手にできないため、どういう形態で売り出されているのか不明なのだが、どうも卵はクッション性の高い容器に入れて売られているのではなく、そのまま素売りされているようだ。


 小麦粉をクッション代わりに、同じ袋に入った卵をわたしは手に取る。


 ――率直な疑問なのだが、手に取った卵は何処か温かく、微妙に動いている気がするのは何故だろうか。


「どうした?」


 一応、わたしの求めるものが正しいのか確認のため、隣に立っていてくれるクラッツェードが、わたしの様子に疑問を投げかけた。


「えっと……この卵って無精卵、ですよね?」


「むせい、らん? なんだそれは?」


 買い出し前にもしたような会話の流れに、嫌な予感がした。

 実際に料理を始める前に確認しておく必要がありそうだ。


 わたしはごくりと息の飲みながら、身近にあった椀を寄せ、卵を右手に握る。


 小さな掌にすっぽり収まる卵の大きさは、わたしの記憶にもある鶏の無精卵と相違ない。だというのに、まるでこれからわたしが行うであろう所業を咎めるかのように卵の内部からカタッと振動が伝わってくる。


 さぞかし、今のわたしの表情は不安に満ちたものだっただろう。


 わたしと目が合ったクラッツェードは「な、なんだ?」と狼狽え、しかしわたしの不安の中見までは伝わらなかったようだ。……この王都では当たり前のこと、なのかもしれない。


 わたしは意を決し、卵を軽く木製の椀の端にあて、ヒビを入れた。


 そのヒビに沿って両手の親指を当て、慎重に卵を二つに割ってみる。


「グゲェ!? グゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲェーーーーーー!」


「ひぃやぁぁぁぁぁー!?」


 中から出てきたのは美味しそうな黄身と白身ではなく、中途半端に孵化しつつある謎の生物。おそらくこの卵の雛、だと思うのだが、鳥というよりは……爬虫類に見える。


「グゲェェゲッゲッゲッゲ!」


「おお、アタリじゃないか」


「何がっ!?」


 このグロテスクな外見――というと、この雛に失礼な話でもあるが、そうとしか表現できない生物を前に「アタリ」と満足げに言葉を吐くクラッツェードを、思わずわたしは睨み上げた。


「な、なぜ怒る? ゲェードの雛は素揚げして塩を振ると美味いらしいぞ。クラウンたちの野外食としても人気が高いと聞くが……」


「こ、これをっ……す、素揚げ!?」


「ゲェ……」


 ビクンビクン、と強制的に生まれたばかりのゲェードという名の雛と目が合った気がした。


 ――お前は生まれたばかりの私をカラッと揚げ、バリバリと喰らうのか?


 そう問われているような気がした。


 無理。


 思考が一度そういう方面へと走った時点で、わたしにはこの雛を調理することは無理だと判断した。


 横を見ると、クラッツェードが鼻歌混じりに窯の薪に二つの着火石をこすり付けて、火を熾していた。


 ここの調理場では調理台の下部にある窯に火をつけ、上の鉄板で加熱料理をするのが一般的らしい。ガスや電気なんて便利なものはないし、前世までの魔石による発火装置もないのだ。


 なので一度火を熾せば、使用した薪は再利用できないので、一般的には火を使う料理は一遍に行うのが常である。だというのに、今日の夕飯準備も揃っていないというのに、先走って火を熾そうとするということは、それだけこの雛は美味だということなのだろうか……。


「ク、クラッツェードさん……王都での生卵って、このゲェードっていう鳥の卵が一般的なのでしょうか?」


 引きつりながらも尋ねると、彼から明快な回答が返ってくる。


「一般的、という意味で言えばそうだが……種族的にはゲェードは鳥とは別になるな」


「あ、やっぱりそうですか」


 爬虫類にしか見えないもんね。


「ああ、ゲェードは正確には精霊種だからな」


 まさかの爬虫類でも鳥類でもなかった……。


 いや、ていうか……精霊って、あの精霊? この痩せ細ったトカゲみたいなのが……精霊?


 おかしい。精霊も亜人同様、今までの世界ではまみえることのなかった種族であり、ファンタジー要素たっぷりな種族だ。


 だというのに……ヒヨヒヨの時に走った感動というものが一切ない。


 だって……わたしの中の精霊像って、こう……綺麗な羽が生えた小さな女の子、というイメージなんだもの。百歩譲ってサラマンダーみたいな動物の形を模っているのもアリだけど、これは……あまりにもわたしの希望とすれ違って180度真逆に行ってしまった形相をしていた。


 ゲェードの雛はそんなことを考えているわたしを非難するかのように「ゲェ!」と短く鳴いた。


「あ、あのぅ……わたしの記憶があやふやな部分があって申し訳ないのですが、精霊って……食べる動物でしたっけ?」


「ん? あぁ……ほとんどの精霊種は食べれない――というか殺そうとしちゃいかんだろ。そんなことをすれば精霊種と戦争になるし、国の土壌は枯れ果ててしまう。そうなると、農作物は全滅する危険性があり、食糧事情はすぐに飢饉へと繋がり、内乱や戦争が先か、飢餓が先かの大問題に発展していくだろうな」


「え……ん、え?」


「このゲェードだけが特別なんだ。『精霊の成り損ない』と称され、唯一人間種へ食用としての利用が認められているんだ。だから食べたところで精霊種から何か言われるわけでもないし、気にすることは何もないぞ。というか、基本的に人間の領地に住まう動物は総じて――このゲェードから派生して成長した生物ばっかりだ。それを鳥と称したり、豚と称したりしてるわけだな」


「……」


 わたしはまじまじとゲェードの雛を見た。


 クラッツェードは特に何の感慨もなく、普通にゲェードの説明を口にしていた……ということは、この世界では当たり前の事、なのだろう。


 え、ちょっと待って……鳥と称したり、豚と称したり? つまり以前チャーハンで食べたクームー鳥とか、ベーコンとかももしかして……大元はこれ(ゲェード)


 しかし、様々な世界を渡り、よりにもよって科学世界でのフィクションとしての精霊――という先入観が強いわたしにとってはどうにも受け入れがたい話に聞こえてしまうのだ。


「精霊の成り損ない……」


 まだまだこの世界には知りえない事情が数多く潜んでいる。


 このゲェードという精霊種の爪弾き者がどういう過去を辿り、どういう経緯の果てにそのような立ち位置に置かれてしまったのか興味深いところでもある。


 クラッツェードの口ぶりからして、この世界の精霊たる存在は人と同じかそれ以上の知性を持っていることも伺える。見限られる、なんて表現があることから、おそらく……人種との親交もある程度あり、かつ盟約なり種族間契約なりの制約も設けられているのではないかと予測も立てられる。


 ゲェードの雛は何かを訴えるかのように、わたしを見上げていた。


「ぅ……」


 なんだろう、わたしの中に慈悲の心でも見出したのだろうか、ジッと見つめる黒い瞳にわたしは気おされてしまった。


「ゲェ……」


 ぐっ……これはいけない。


 成り損ないと称され、精霊種からも見限られてしまった食用扱いのゲェードに、わたしは少なからず憐憫の情が芽生えかけている。


 それは人間のエゴであることは理解しているのだが、理解と衝動や感情は別なわけで。一度そういう柵に囚われてしまうと、人とは簡単に思考を切り替えられないものだ。


「あ、あの……クラッツェードさん?」


「ん、なんだ。やっぱり食べてみたくなったのか?」


「ど、どうしても……この子、食べないと駄目ですか?」


「いや別に無理して食わなくていいぞ。俺は別に嫌いな味ではないからな」


「あ、そういう意味ではなく……その、この子を逃がす……的な? そういうのって駄目なんでしょうか?」


「は?」


 意気揚々と準備していたクラッツェードがその手を止めて、わたしを見た。

 思いっきり瞠目する様子から、わたしがいかに素っ頓狂なことを口走ったのかが伺えた。


「あ、あぁ……まあそういった部分の記憶もない、のか。まぁゲェード自体を知らないみたいだから無理もないな」


 彼は「そうだな」と一拍置いてから話を続けた。


「別に逃がすのは構わないんだが……そんなことをしてもすぐにコイツは死んでしまうぞ? 精霊種は人間や他の動物と違って、自然界の目に見えない何かを喰らって生きているんだ。そしてゲェードと呼ばれるコイツらはその何かを上手く取り込めない『成り損ない』であるがために、精霊種と通常の動物の狭間の存在になってしまい、その寿命も驚くほど短いんだ」


「目に見えない、何か……」


 なんだろう、それは。

 空気、とかじゃないんだろうな……。


「また精霊種はその何かを体内で別の力に変換することが可能で、その力を持って土地に富をもたらすと聞く。彼らの住まう森や山で育つ植物はどれも生命力豊かで、そこで採れる野菜などはかなりの高額で王族としか取引されないと聞くな」


 ゲェードはそもそもその何かとやらを食することができないため、土地に影響も及ぼせない、ということなのかな? そういう意味も込めて……成り損ない、と。


「寿命が短い分、繁殖率は多くてな。一年に何百個もの卵を産むんだ。だがその9割以上が孵化を持たずに殻内で死んでしまう。だから……食用として認められるのも一種の供養として考えられている、という説もあるらしいな」


「ゲェゲェ」


 そこで肯定するかのように鳴かないでよ。


 なるほど……自然界で生きられない欠陥を持って生まれた上に、繁殖率が高い。きっと種を残そうとする生存本能が強いのだろう。過分に死体や腐った卵を量産するだけの存在に落ちるよりは、食物連鎖の底辺を担う方がマシ……と思うのは人や精霊の勝手な考えなのかもしれないが、同情したところでゲェードの生態系が変わるわけでもないので、それは不遜というものだろう。


 しかし――どこか引っかかる。


 クラッツェードが口にした単語。


 ――自然界の目に見えない何か。

 ――土地に富をもたらす。

 ――生命力豊か。


 ……150年近く前ぐらいだっただろうか。

 ちょうど第二の人生を謳歌している時代の話だ。


 金に目が眩んでいた一つの領土が、土壌を休ませずに農作物を繰り返し収穫し、最後には土地が死んでしまったという事件があった。土に含まれる栄養源は有限であり、何の計画性も無く、休耕地も設けずに絞りつくした結果、枯れ果ててしまったのだろう。


 当時、国の宰相よりわたし宛てに魔法で土地を復活できないかの相談があり、何となく「魔力を栄養分の代わりに流し込めばいんじゃね?」ぐらいの気持ちで完成させた「魔力エキス」というものがある。


 物自体は魔力を織り交ぜたただの水なのだが、その魔力濃度の調整がキモだった。どうも昔から魔法使いというのは細かい微調整というのを殊更苦手である性質があるようで、結局のところ土壌に最適な作用をもたらす魔力エキスを作ることはわたし以外にできなかった結果で終わったのを思い出した。


 まあそもそもの話で、魔法エキスとは魔法ではないのだから致し方ない。


 魔法使いに魔法以外の技術をいきなり扱えという方が無茶なのだから。


 魔法とは魔力を用いて現象を想像し、具現化する技術。しかし魔法エキスとは、魔法の燃料そのものである魔力を水に混合させるという常識の枠外の代物なのだ。当人であるわたしですら、原理をすっ飛ばして感覚だけで成し得てしまった偉業なのである。


 しっかし、あの時は大変だった……。


 国からの恩赦として貰い受けた報酬も莫大なものだったが、それ以上に、ひとりぼっちで延々と魔力エキスを作っては枯れた土地に振りまいていく作業は孤独との戦いであった。


 精製法を感覚で教えても、当然ながら誰も覚えられないし……そういえば、そんな苦い出来事があったから、そのあと一人だけ弟子を取ったんだっけ。懐かしいなぁ。


 話はそれたが、理論も根拠もすっ飛ばして何となくで出来上がった奇跡の産物は、魔力で土壌を復活できる、という成果をもたらした。


 あの時は、報酬を貰って「はい、さよなら」で終わってしまったので、今の今まであまり気にも留めていなかったが……どうにも今耳にした精霊の話であったり、土壌の話……それらがどこか薄い点同士で繋がっているように思えた。


「……」


 徐々に目下で弱っていくゲェードの幼体を見る。


 卵から強制的に外界へと放出されてまだ2分程度だというのに、もうその身体は小刻みに震え、力を失うかのように横ばいになっていく。


 わたしは直感の赴くまま、人差し指の腹をゲェードの口元に近づけ、魔法で小さな水泡を発生させた。

そして、そこに遥か昔の経験則を思い出しつつ、己の中にある魔力を浸透させていく。


「……グゲェ」


 ゲェードは何かを察知するように震える首に力を入れ、水泡を見つめた。

 小さく口元を開き、ゲェードは縋るように水泡を飲み干す。



 そして――横にいたクラッツェードも、その様子を見ていたわたしも、驚愕に目を瞠ることになるのであった。



2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました

※ゲェードに関する記述で、人間領の一般的な「動物」が実はゲェードを意味している旨の表記をより明確にしました。

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[良い点] ゲェード面白いですね! 夢も希望も無い精霊。 全ての動物の起源というお話はとても興味深いです。
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