44 野菜採取の相談ごと
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昨日、何度目かの料理を経て――どこか王都の食材には食材そのものの味がしないことに気付いた。というより、薄々そうじゃないかなと思っていたけど、この二週間近くに食したすべての野菜が共通して味が無いという実績を持って、ようやくわたしの中で確定事項となった、というほうが正しいかも。
赤には料理に関する本(知識)を集めるようにお願いはしたものの、それはあくまでも調理法であったり料理名や味についてであり、食材自体の情報ではないと予測される。
農業に興味を持っていればそういった情報も本に記載されるのかもしれないけど、記憶にある範囲では、せいぜい前世で王女として領土を回った際に農業地を回ったぐらいだ。その際に担当者や村長から何かしらの専門的な知識を耳にしていれば……とは思うけど、期待薄な気もする。
わたしはベッドの上で、猫のように両手を前に伸ばして臀部を突き上げて「ん~~~~~っ」と背中をほぐしていった。
今生の体は身体能力は一般平均に比較して圧倒的なマイナス値をたたき出しているにも関わらず、関節や筋肉は柔らかい性質らしく、こうした猫のようなポーズや、左右開脚ストレッチをしても胸元を地面に密着できるほど柔軟性が高い。おかげで今では朝一にこうして体を伸ばすのが癖になってしまい、今日も欠伸をしつつストレッチを開始していた。
隣のベッドのプラムは真逆に、今日もスヤスヤと幸せそうな寝顔で布団に包まっている。
低血圧なのか朝がすこぶる弱い姉だけど、無理に起こしても機嫌を悪くしない当たりは彼女の性格の良さが出ていると思う。
「んにゃ~~~」
猫ポーズでストレッチをしているせいか、思わずそんな声が出てしまう。
しかしこうして体を動かしている時も<身体強化>を発動していないと、すぐに息切れしてしまう虚弱性はどうかと思う。二の腕を右手でぷにぷに触ってみると、筋肉の「き」の字も見られない柔肌しかないことに「はぁ」とため息をついてしまう。
そういえば……いつの間にか<身体強化>を「発動させる」という意識がわたしの中から抜け落ちていることに気付いた。どちらかというと<身体強化>の出力を変更する意識はあれど、<身体強化>を発動させることに意識を割くことが無くなっていた。
つまり――常時、<身体強化>を発動させているのがデフォルトになっているのだ。今、こうして朝起きて一伸びするまでの過程でも既に無意識に<身体強化>を発動させている。
……こりゃ、<身体強化>無しの人生は今後考えられないかも。
依存、してしまっているのだろうか。
まあ、しているんだろうなぁ。
今のところ、副作用的なものも無いし、<身体強化>に使用制限を感じることもない。けど、わたしにこの世界の常識が備わっていない以上、その経験値はあまりアテにならないと見た方がいいだろう。
<身体強化>はこの世界でもメジャーな恩恵能力と聞くし、やっぱりどこかのタイミングで図書館などで情報を補完しておいたほうがいいだろう。
この一件が終わったら、王都内にそういう施設が無いか見て回ろう。
「よし、起きよう」
ピョンとベッドの上で起き上がり、わたしは部屋のカーテンを開いた。
外は今日も晴天で、出歩くのに最適な天気であった。
外と言えば……ヒュージたちとは教会で遊んで以降、顔を見せられていない。
あの日を境に、わたしたちは宿先からフルーダ亭に移動するとき以外は外出できていないのだから当然の話である。
せめて、しばらくは顔を見せられない旨だけでも伝えられたら良かったんだけど……でも、次会う約束をしたわけでもないし、大丈夫かな? あんまりにも銀糸教案件が長引きそうであれば、クラッツェードに伝言をお願いするのもアリかもしれない。以前、知り合いっぽい雰囲気もあったし。
あれよこれよと八方美人に考えても手が回らないので、心配事はそこまでにして、わたしは今日も習慣となったプラムの起床を手伝い、二人していつもの水浴びへと向かうのだった。
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「野菜の生産地?」
今日も今日とて深みの無い――淡白なスープと固いパンを口に含みつつ、わたしの問いにクラッツェードは眉をひそめた。
隣のプラムはパンを噛みきれず、ぐぐぐっと全力を以ってパンを引きちぎろうと挑戦しては失敗し、最終的には備え付けのナイフで切ったそれをスープに浸して食べていた。
わたしも<身体強化>で顎関節と歯の強度を上げてなければ、顎が外れるか歯が欠けるかするのではないかというほど固いのだ、このパンは……。砂糖と油でもあれば、アゲパンとかにしても面白いけど、あいにく塩以外の調味料が市場に売っていないという……。それもわたしの中に渦巻く食材に対しての疑問の一つだ。
市場に調味料が塩しかないって……どういうこと?
サトウキビという存在自体がこの世界では自生していない、ということだろうか。うーん……。
パンや塩に逸れつつある思考を戻して、わたしはクラッツェードの問いに答えた。
「はい、王都に流通している食材ってどこで生産されているものなのか気になりまして」
「理由を聞いても?」
まあ普通は聞くよね。
わたしは予め用意しておいた言葉を脳内で並べ、口を開いた。
「実は……わたしも覚えてない、といいますか……感覚的に『そうなのでは』と思える程度のことなのですが。この王都に来てから食する野菜はいずれも味が薄い気がするんです」
わたしの言い回しに彼は「ああ、記憶喪失だったな……」と呟く。
上手く誘導に乗ってくれたことを確認し、わたしは小さく頷いた。
「水分を多めに含んでいる野菜もあるため、生で食するとそれはそれで『美味しい』と感じるのですが、どうも料理をするとなると、野菜本来の持ち味――旨味が残っていないように思えるんです」
「うまみ? それはどういったものなんだ?」
む、難しいことを聞く。
当たり前のことのように「旨味」なんて言葉を用いるが、実際のところ、わたしにだってそれがどういう成分であるのかなんて知らない。
多分、野菜に含まれるビタミンとか何とかフェミンとか、そういう化学物質的な? ものが色々と重なって人の舌が感じる旨味に繋がるんじゃないかと思うけど、ごめん。かなり素人的な物の発想の域を出ません。
でも、クラッツェードも知らないみたいだし、であれば……わたしが多少テキトーな発言をしても自信を持って言えば訝しまれることはないだろう。美味しいものには旨味がある! うん、科学的根拠は置いておいて、それでいいじゃない!
なので、
「すみません……そのあたりは記憶を失った関係でわたしにも分からないんです」
と知識不足という負い目を、伝家の宝刀を気軽に抜いてやり過ごした。
「そうか……」
「でも漠然と……何かが違う、とわたしの中で衝動が走るんです」
「……」
クラッツェードは腕を組んで、考え込むようにして背もたれに体重をかけた。
まあ、彼の気持ちはよくわかる。
今の会話だけでもこの世界には食材を引き立たせるための手法が浸透、というより研究されていないことが分かった。貴族連中は知らないけど、少なくとも平民の間ではそういう考えに至る者がいないのだろう。
つまり、概念自体が無いものを、わたしは記憶喪失を盾に「何となく違う気が……」と曖昧な物言いで言っているのだ。そりゃ、彼からしてみれば、どう答えていいか分かんないよね。特にフルーダ亭で(人気が無いとはいえ)料理人も務めている身なんだから。
「その『うまみ』があるとどうなるの?」
ようやくスープで柔らかくなったパンの欠片を食べ終えたプラムが、純粋なまなざしで疑問を口にする。
「えっと……多分、ご飯が美味しくなる、かな?」
「そうなの!? ご飯が美味しくなるのはいいことだよね!」
「う、うん」
パァッと花が咲いたかのように喜色を露わにするプラムに、思わずわたしは狼狽えてしまった。
美味しくなる、とは思うけど……何がどういう原理で美味しくなるかは全然知らないので、何だか嘘をついているような気分になってしまった。プラムが純粋であればあるほど尚更に……。
「ふむ……全く以って良く分からん話だが、要はその生産地のことが分かればいいのか?」
クラッツェードはとりあえず細かいことは後回しにして、わたしの要望を叶えることを優先してくれたようだ。ありがたい。
「あ、はいっ。できれば……その生産地で野菜を育てている土壌――土と、野菜の種とかもあると……嬉しいかなぁーって思います」
相手が乗り気になってくれたことをいいことに、わたしはちょっと欲目を出してしまった。
案の定、彼はしかめっ面でわたしを見返してくる。
「また難しいことを言うな。生産地を確認するだけならまだしも、種や土あたりになると農地を持つ者や彼らと提携する商人たちの独壇場であり、彼らの財産だ。さすがに譲り受けることは難しいだろう。仮に話を持ちかけるにしても、それなりの見返りを用意しないと門前払いがいいところだな」
「そうなんですか……」
となれば……、
「それじゃ例えば……野生、自然の中で生えている野菜の種や苗を手に入れることは可能ですか?」
と、既にあるものを利用するという固定概念を捨てて、ゼロから自分たちで研究するのもアリかと思い、そう尋ねてみた。
「…………不可能、ではないと思うが、どうだろうな。市場に出回っている野菜は、それ専用に作られた農地で収穫されたものだ。自然界に自生しているものとは多少なり変わってくるだろうし、そもそもどのあたりに何が生えているかも分からん。香草や薬草なら俺の専門分野だが、さすがに食用作物に関しちゃあ分が悪いな」
「そう、ですか」
がっくり、とわたしは肩を落とす。
まあそんな上手い話なんて、そう転がってるものじゃないよね。
そんなことを考えていると、予想外の方から助け舟が出てきた。
「セラちゃん、もしかして天然の野菜が食べたいの?」
「え? えーっと……まあ、そんな感じかな」
厳密に言えば目的としては全然違うけど、天然の野菜と市場の野菜を比較してみたいのは事実であり、そのためには食べることは避けられないので、手段としては間違いではないのかもしれない。
「私、山菜とかだったら分かるよ」
「えっ!?」
「ほう?」
わたしは純然に驚き、クラッツェードは予想外という表情で声を漏らした。
「こう見えて、山育ちだもの。村には畑もあったけど、山にあるものは山で採取するようにしていたから、食べられるものなら見ればわかるよー」
そういえば……以前、山で鹿を狩ったオジサンの話があった気がする。
動物が少ない山……って聞いた覚えがあるけど、なるほど。逆にそういう山だからこそ、子供であるプラムも経験を積めるほどの回数、山に出入りすることができたのかもしれない。
「山菜か……癖が強い、と聞いているが美味いのか?」
クラッツェードの問いかけにプラムはどう答えたものかと少しだけ困ったように笑った。
「美味しい、と言われると答えづらいけど、山菜の味は結構独特で好き嫌いがあったかなぁ。私は好きな方だったけど……時期によってはえぐみが強い山菜もあるから、流石にそういったものは私も食べれなかったなぁ……」
「えぐみ?」
えぐみ――確か、灰汁とかの原因だった気がする。
原因というより、植物にとっては重要な栄養素で、人間にとっては有害なこともあるから料理の中で灰汁抜きが必要……なんて話があるんだっけ?
ん、ということは……やっぱり天然物は水分だけの野菜と違って、きちんとわたしの知識にもある通りのものな気がする。
「渋味とかそういう味のことを指していると思います」
わたしはクラッツェードの疑問形の言葉に回答し、彼は「渋味、か」と少し容量を得ない様子で呟いた。
「薬草などはそういう風味のものも多々あるが……山菜も似たようなものなのかもしれないな」
「はぇ~、薬草はあまり知りませんけど、もしかしたら私たちが知らず知らずに口にしていたものの中にも薬草が混ざっていたかもしれませんね~。何が食べれて、何が毒かしか知らなかったので、そういう視点で山の幸を見て回るのも面白そうですね」
「すごい、お姉ちゃん。物知りだったんだねっ」
プラムのまさかの知識にわたしは素直に感嘆の言葉を贈った。
すると、プラムはのほほんとした表情から一転してハッとし、
「そ、そうだよ! お姉ちゃんは凄いんだよ、セラちゃん!」
と、なぜか凄みを増した表情で、わたしに詰め寄ってきた。
「セラちゃん、山菜が食べたいんだよね! 大丈夫! お姉ちゃんが一杯採ってきてあげるからね!」
そこまで言われて気付いた。
プラムのお姉ちゃんスイッチが入ったのだと。
「待て待て待て! お前らは問題が解決するまで外出禁止だとレジストンの奴も言っていただろっ」
「でもでも、セラちゃんにお姉ちゃんらしく見せるために必要なことなんです! お姉ちゃんは背中で語るんです!」
「いやいや、何を言ってるんだ!? とりあえず落ち着けっ!」
鼻息荒く意気込むプラムに対して、クラッツェードが慌てて落ち着かせる。
「あ、姉の沽券がかかってくるんです……」
あ、プラムの天然成分たっぷりの泣き落としが入った。
意図やってのことではないのだろうが、必死に懇願するがあまり無意識に目を潤ませ、たまたま座高がそういう角度なのだろうが、上目がちになる絶妙な角度は――他者から見ればまごうことなき泣き落としであった。
加えて年相応な容姿端麗がその表情に拍車をかけていた。
別に山菜採りを強要するほど切羽詰まっているわけでもないし、今は状況が状況なので、プラム一人で出歩かせるなんて言語道断だ。彼女はわたしと違って標的になっているわけではないが、わたしと関連付けされている可能性はゼロではない。そのため、どうしても出歩くにしても護衛の一人でもいないと認めるわけにはいかないだろう。
ちなみにわたしは別に山菜採りが姉の沽券とやらに影響を及ぼすとは微塵も思っていないので、別に無理であれば無理で、クラッツェードに「もしあれば」程度の気軽さで市場や薬草採取の時に持って帰ってきてもらえれば万々歳、ぐらいの考えなので、プラムを止めることはやぶさかではない。
――が、あまり女慣れ、というより子供慣れしていないのか、大真面目に思考をめぐらせつつ、額に汗を伝いながら身を少し引くクラッツェードの様子を見て、もうちょっとだけ様子見しようかな、と悪戯心が芽生えているだけの話である。
迂闊にもニヤニヤしていると、その様子に気付いたクラッツェードがこちらの思惑を察してしまった。
「おいっ! お前からも何とか言え!」
無意味に粘ろうかどうか迷ったが、わたしたちは居候の身。
宿主の怒りを買ってはいけないので、仕方なくわたしはプラムを説得することにするのであった。
2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました