42 今のわたしにできること
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わたしたちがフルーダ亭に滞在する期間は決まっていない。
現在、レジストンたちが尻尾を手に入れたことで、彼らを起点に組織への足掛かりを築きあげていき、その足場が盤石なものになったとき、初めて本陣への突入が可能になるのだ。
ここでの足掛かりとは、相手の本拠地の場所の確定と、銀糸教もしくは組織のボスが「悪事を働いているという証拠」を掴むことが挙げられる。細かく言えば他にも留意事項はあるのだが、絶対的に必要な情報はその二点、ということだろう。
そういった石橋をきちんと叩いてから地道に解決へと進むわけだけど、当然、時間がかかる。
また、その間にわたしが勝手に外を出歩くと、マクラーズ以外の組織の手の者が無用に絡んでくる可能性もあるため、わたしはフルーダ亭を出るわけにいかず、追随してプラムも同様の措置を取っている。
軟禁期間中はフルーダ亭の主であるクラッツェードが生活の面倒を見てくれていて、生活に必要な物は彼が基本的に買い出しにでてくれるという好待遇。
なんだか親の脛をかじるニートになったような気分で、かなり申し訳ない気持ちにさせられる。前世も似たように好き勝手していたけど、あの時は女王という立場だったし、それなりに戦力と研究という見返りも国に与えていたからそんなに罪悪感は抱かなかった。
今は……完全にクラッツェードのご厚意に甘えてしまう状況なので、そういった感情が芽生えてしまうのも無理はない話である。
こういった状況のため、クラッツェードにはある程度の事情をレジストンは伝えていた。
例の……記憶を抜き取る能力者については、未だ不透明なままだが、王都内の宿屋の連泊制限がある以上、このフルーダ亭以外で無期限に籠ることができる施設が無いため、致し方なく内情を話すことを決めたようだった。
もしクラッツェードから無制限にわたしに関する情報含め、相手方に流れてしまうような危険な能力であれば、この一手は致命的なものである。
レジストンはマクラーズから「記憶を抜き取る能力」についてこと細かく聞き出してはいるものの、やはり末端――それも雇われである彼らにはそういった情報は降りていないようで、有益なものは手に入らなかったとのこと。
そのため、レジストンはわたしとクラッツェードに対して、フルーダ亭に籠る上で一つのルールを設けた。
それは――毎日、前日での出来事をわたしがクラッツェードに確認し、クラッツェードがそれに対して答えるという問答であった。要は、クラッツェードから何かしらの記憶が抜き取られていないかどうかのテスト、ということだ。
なんて大それた言い方をしたけど、わたしとクラッツェードの日々のやり取りなど知れたもので、世間話をするか、創作料理について攻防の末のお仕置きタイムがあるか、あとは生活にかかる必要会話ぐらいだ。
だから昨日も、
「ええっと、クラッツェードさん。今日の確認ですけど今いいですか?」
「面倒だが……まぁ事情を聞いた以上、サボるわけにもいかないだろう。頼む」
「分かりました。では3つ4つほど質問しますね」
「ああ」
「昨日、クラッツェードさんが夕方帰宅された際に最初に言った言葉は覚えてますか?」
「…………その微妙に忘れがちになる日常会話を題目にされると辛いところだな」
「大丈夫ですよ。なんだかんだクラッツェードさんって、わたしたちの話をちゃんと聞いてくれてますし」
態度は素っ気ないし、返事も曖昧なことが多いですけど。とは心の中だけで付け加えておく。
「褒めてるのか、貶してるのか……」
「褒めてるんですよ。で、どうです? 覚えてます?」
「そうだな……確か――『今日の夕飯はわたしが簡単に作りましたので、クラッツェードさんは作らなくて大丈夫ですよ』だったか?」
「大当たりです!」
「そのあとにようやく『おかえりなさい』の挨拶だったもんな。開口一番がそれとか、お前……どんだけ俺に料理させたくないんだよ」
「それは自分の胸の内に尋ねてください」
「ぐっ……」
「それじゃ次なんですけど、昨日の朝に水浴びしたときなんですけど、プラムお姉ちゃんの下着が水浴び後、外の着替え籠に入って無かったんです。捜索したところ何故か……自室の隅に落ちていて……クラッツェードさん、何か知ってますか?」
「――知るかっ!」
「………………むぅ、嘘はついてなさそうですね」
「当たり前だ!」
「うーん、となると、やっぱりお姉ちゃんが寝ぼけてて純粋に部屋に置き忘れてただけってことかなぁ……」
「……普通に考えて、そっちが有力だろう。というか、俺の記憶が抜き取られていないかどうかを確認するのに、その質問は意味がなくないか? つか、まず俺を疑ったことを謝れ」
「ええっと、ごめんなさい……。まさかクラッツェードさんがそっちに興味を失くすほど既に枯れていただなんて思わなくて……」
「そっちじゃないっ!」
と、度々脱線しつつも最近では「明日、どんな質問しようかな」とちょっとした楽しみにもなっているところだ。
クラッツェードは惰気満満とした姿勢が特徴的だが、その実、意外とおふざけな会話にもノッてきてくれるのだ。
ただし、それもネタがあるうちが華で、あと数週間もすれば飽きるんだろうなぁ、とも思っている。飽きるのはクラッツェードとの会話ではなく、新しい話題が無くなっても、こうして無理に事務的な確認作業をしないといけないこと、がだ。
こう閉鎖された空間で過ごすと、目新しい出来事が起こらないから、会話のネタが尽きてくるのも道理である。
まあそんなこんなで、レジストンから何かしらの進捗が届かない限りは、この生活がひたすら続くというわけだ。
今のところクラッツェードに対して、目立つ記憶の欠落も見られないし、わたしの感知できる範囲で何者かが侵入したり、辺りをうろついている気配もない。
生活自体は平和そのもの、といっても過言ではないだろう。
よくよく思い返せば……こうして当たり前の日常を過ごすのは、かなり久しぶりかもしれない。前の宿にいたときは、次の宿のことを考えたり、将来の資金繰りの計画を立てたりと気が急いて落ち着かなかった。今も引き続き考えるべき事項は多いのだが、誰かに護られているこの環境は、やはりどこかわたしの中で肩の力が抜けるものがあったのかもしれない。
ちなみに万が一、クラッツェードに記憶の欠落が見られた場合、レジストンからは真っ先に別の宿に逃げるよう指示を受けている。
フルーダ亭から可能な限り人目のつかないルートと、そのルートに最適な宿の指定も受けており、この情報はクラッツェードも知らない。
それすらも記憶の抜去の対象となり、敵の貴重な情報源になってしまうからだ。
こう何日もお世話になっていると、勝手に出ていくような行為は不義理な感情を誘発させるので、今日まで逃亡の引き金となる異変が生じていないことに少しほっとしているわたしであった。
小皿におたまで掬ったスープを入れ、口に含む。
「んー……やっぱり塩味だけだと薄いですね」
「だろう? やはり昨日採れたばかりのこの香草を混ぜてだな――」
「ちょっと何でさり気なく厨房に侵入してるんですか。食堂で待っているように、ってさっきキツく言ったばかりですよ! 貴方が新しい味に挑戦しようとすれば高確率で台無しになるんですから、ちょっとはその好奇心を抑えてください!」
「ぐっ……」
ちょっと油断すると当たり前のように厨房に侵入する――まあ、もともと彼の持ち場なので、当たり前なんですけど……そんな彼をわたしは、眼光炯々、厨房外へと追い返した。
すごすごと過ぎ去る彼の後姿は元々の猫背がより一層歪曲しているようで、少し同情を感じたけど、わたしはブンブンと首を振って気の迷いを払った。
「しかし、香草ねぇ……香辛料とかの原材料になったりするのかな?」
こちらに移住して翌日にはクラッツェードの暴走を体験し、今朝も含めて、彼が創作(闇黒)料理を作ろうとした際は何とか阻止し、阻止できなかった場合は今日のように罰として無理やり食べてもらうようなことが数度あった。
そのせいか、こと料理に関してはクラッツェードに全面的に任せる勇気がわかず、こうしてわたしだったりプラムが代わりに料理を作る機会が増えているのだ。
わたしとしては何もしないでジッとしているのも暇なので、これはこれで良かったと思っている。
前世の後半では、外を歩けば貴族や王族のやっかみに巻き込まれ、何かしようとしても必ず同伴の騎士がつくなど儘ならない事情もある上、魔法についてもほぼ研究が底をついてしまったこともあって、ダラダラ気質が身に沁みついてしまっていたが、今生については別だ。
この世界については知らないことばかりだし、新しい人間関係はまだ新鮮に感じるほど日が浅い。
食材一つとっても、前までの世界とは異なる名称や形状があり、何をとってわたしにとっては目新しいものばかりなのだ。
だからこうして料理をするのも、退屈しのぎに丁度いいし、何より楽しい。
「ふふっ」
無意識に笑みが零れてしまった。
表に出すつもりはなかったので、わたしはどことなく気恥ずかしくなって顔をあげて辺りを見回す。
幸いクラッツェードはいなかったが、同じ調理場でキュウリのような野菜を切っているプラムには当然聞こえていたようで、彼女はわたしと視線が合うと、くすりと微笑んで「お料理楽しいね、セラちゃん」と言葉をかけてくれた。その様子に物慎ましい気持ちになってしまう。
いつも、ぽやぽやしているお姉ちゃんは何故だかこういう場面で鋭い。
そして得てしてそういう場合は、わたしが照れるか喜ぶかのタイミングなので、尚更ズルいと思う。
気を取り直して、調理に意識を戻す。
料理においてわたしは誰かに指南するほどの知識はない。基本、食べる専門なので、完成品のイメージはあれど、どういう調理過程を経て出来上がるかまでは知識としては頭の中に残っていない。
単純な目玉焼きやゆで卵などであれば作れるが、ちょっと手の込んだ料理やお菓子などは、想像すらつかないのだ。
そんなわたしが料理について、クラッツェードに偉そうに語れるわけもないのだが、彼の創作意欲は根拠に基づかない勢いだけのものなので、少なくともわたしよりも料理レベル的に下と見ることにして、どんぐりの背比べ的な現状はそっと目を瞑ることにする。
さて――プラムが切ってくれた生野菜を水の入った鍋に入れ、ぐつぐつと弱火で数十分煮込んでいるのだが……度々小皿に掬っては喉に通すのだが、わたしは首をかしげるばかりだ。
数少ない料理関連の知識を掘り起こして――確か野菜クズなどからも出汁が取れたような気がしたので、こうして作成に取り掛かっているのだが、どうにも上手く行かない。野菜が足りないのかなと思い、付け足したりしているのだが、一向に白湯の味しかしない鍋の中見に眉をしかめてしまう。
「うーん……何か足りなかったかなぁ」
出汁はいろんなものから取れたはずだ。
このわたしでさえ、カツオなどの魚類・野菜・昆布・茸・豚骨から出汁が取れるぐらいの知識はある。詳しい過程や特徴は置いておいて。
そして、出汁こそが料理に深みを出すための重要なファクターであることも知っている。無論、素人の浅知恵なので、それ以外にも料理の旨味を引き出す様々な手法や要素があるのかもしれないけど、対日照のごとく霞がかった見通しの悪い知識ではその程度を引き出すのが限界である。
ためしに別の皿に盛っている野菜の切れ端を一つ手に取り、口に運ぶ。
ゆっくり味わうように咀嚼し、食べることだけに特化した我が舌でその味を分析してみる。
水分はぼちぼち、野菜がそれぞれ持つ素の味は――…………何も感じられない。
見た目、ピーマンかパプリカのような野菜だが、本来の野菜が持つ味という味が迷子になっている感じだ。水洗いしただけの野菜だというのに、それはどうなのか。もしかして鮮度が悪い? でも昨日、市場でクラッツェードが仕入れてくれたばかりのものだし……それを言ってしまえば、王都で流通している野菜すべてが鮮度が悪い、ということになってしまう。
「…………」
鍋に視線を戻す。
もしかして……この野菜をいくら煮込もうが、水分ばかりが出てきて旨味成分はからっきしなのでは?
菜箸で水分が抜けきった、しなっている野菜をつまみ、それを口に入れる。
うん、何にも味がしない。
前宿である「くらり亭」の隣接食堂「ベッセル亭」で生野菜のサラダ……というか、野菜そのものが乗せられたものを食べたけど、確かに水分はみっちり詰まっていて、瑞々しい印象はあった。
けど、野菜そのものの味があったかと問われれば、少し首を傾げざるを得ない。
あの時は、たまたまこの野菜がそういうものなのだと思って特に気にしてなかったけど……このフルーダ亭でクラッツェードが買ってきてくれる食材を口にするたびに一つの懸念材料がむくむくと起き上がるのを感じるのだ。
「……もしかして、食材そのものが――――鮮度が低い?」
この地の特産物も知らないし、そもそも世界における「食材」がどんなものなのかも知らない。
わたしが知っているのは、くらり亭とフルーダ亭で口にした狭い世界での話だ。だからそう結論付けるのは早計と言われても仕方ない話だけど……あの食堂で食べた生野菜はクラッツェードも食した経験があるようで、彼はあれを「絶品」と評していたのだ。
この世界を標準に生きている彼が――そう言うのだから、この世界でのあの野菜に対しての評価としてはそれが妥当なのだろう。
「……」
もう一度、目の前のグツグツと野菜と少量の塩で煮込まれたスープを小皿に入れ、味見をする。やはり――味はしないし、灰汁らしきものも姿を現さない。わたしは「ふむ」と顎に指を当て、片足でトントンと床を叩く。
このまま王宮の姫さま宜しく、護られるだけの鳥籠生活を続けるのは、やはり退屈だ。
レジストンたちがマクラーズやヒヨヒヨを動かして、相手組織へと付け込むには地道な足場作りと気取られないように横道を作る作業が必要になることから、早くてもあと数週間は要すると考えていいだろう。
それに……レジストンが単純に「銀糸教に攫われる可能性があるわたしを保護する」だけが目的……には思えないのよねぇ。多分だけど、彼の中には善意以外に別の目的があるように思えるのだ。どちらかというと、わたし関連の方がおまけ、かな?
ま、何にせよ手持無沙汰だからって無理に彼らを手伝おうとしたところで、諭されるのがオチなのは分かっているので、わたしは大人しくフルーダ亭の中で出来ることを考えた方がいいだろう。
わたしは目の前の湯気立つ鍋を見下ろしながら、うん、と一つ頷いた。
2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました