06 この体に長所は無いのか
不幸中の不幸。
……つまり、とても不幸な状況なんだけれども、どうやらこの体は……肉体レベルがとんでもなく貧弱な部類らしい。
中腰で周囲に警戒を向きつつ、わたしはダッシュ&ストップの繰り返しをしながら移動しているわけだが、その過程で既に息が荒くなっていた。
疲労感も、先ほどの魔力欠乏によるダメージが残っていることもあり、今すぐ横になりたいぐらい溜まっている。
「……はぁ……ふぅ」
薄々はそうなんじゃないかって思っていたけどね……。
鎧を剥がそうとした際に、筋力や体力が全然ないことは既に判明していたから。
足場も多くの人間が踏みならした結果、足跡による轍が大量発生しており、刻々とわたしの体力を奪っていく要因となっていた。
雑多な戦場の端から森林地帯までは、少し距離が空いており、その間の区間は障害物がほぼない。
そのため、その距離だけ全力疾走で駆け抜ける必要がある。
それなりに距離があるので、この体で走り切れるかどうかが、かなり不安だ。
二度目の人生も、前世も、魔法でピューッと飛べたからなぁ。
まず走るという行為をした記憶がほとんどない。
女王になってからはいつもドレスだったから、特にね。
頭の堅いジルクウェッドに説教のために追い回された時ぐらいだろうか。
いや……良く思い返したら、その時も魔法で飛んで移動していたな。王城内だったけど、基本、天井が高い造りだったから飛行中に人とぶつかることもなく、好き放題していたのを思い出した。
そんな記憶が、もうだいぶ昔のようなものに感じる。
センチメンタルなんて、わたしには似合わない感情だが、初っ端から色々と上手く行かな過ぎて、ちょっと感傷的になっているのかもしれない。
ジルクウェッドの最期を思い出し、わたしは少しだけ目を細めた。
うっ、また胃がキリキリと痛み始めてきた……。
は、早いところ、ここを抜けよう。
わたしは小さい体を、地面に斜めに突き刺さる大盾の影に潜ませ、周囲を見渡す。
「ふぅ……、よし……」
此処が戦場の端。
この先は障害物がない、真っ平らな平地だ。
森林までの距離を再度見定め、わたしは深呼吸を二度繰り返す。
頼むから足の筋肉よ。持ってくれ。
わたしは意を決し、足の指に力を込め、駆け出す。
「――っ!?」
同時に嫌な予感を感じ、わたしは前方一直線に向かう予定だった進路を変更し、その場から右に向かって大きく跳躍した。
一秒と間をおかずに、わたしが走ろうとしていた延長線上に矢が一本、ドスッと音を立てて地面に突き刺さった。
――あああああっぶなぁぁぁぁっ!?
あ、ああああ、あっさり死ぬところだった!
さっき立てたフラグが時間差で今頃、発揮されたんかい!
常に死と隣り合わせだった前世に身を置いていたおかげだろうか、自分で言うのもなんだが、素晴らしい直感だとスタンディングオーベーションで褒め讃えたい!
さっきはひ弱だのなんだのと馬鹿にしてゴメン! 瞬発力は大したものだったよ!
わたしはすぐに先ほどの大盾の傍まで戻り、矢が飛んできた方角を物陰から確認する。
どうやら先ほどから戦いが繰り広げられている戦地から飛んできたように思えた。
流れ弾にしては距離が離れすぎているように思えるんだけど……まさか、あの距離からわたしを狙ったとも思いにくい。連続してこちらに飛んでこないあたり、やはり偶然飛んできただけのものだろうか。
可能性としては、矢を放とうとした弓兵が何かしらの傷を負い、大きく矢の軌道がズレてここまで飛んできた……というあたりが妥当に思えるけど、まあ考えても仕方ないことか。
ああ、風の障壁を作って身を護りたい……。
一秒で枯渇する魔力しかない、この脆弱な身体が恨めしい。さっき一瞬だけ瞬発面で見直したというのに、もう掌を返したくなってくるわ。
切り札となる手がこの体には無いせいか、一歩間違えれば死んでいたという現実に、未だに心臓がバクバクと忙しそうに鼓動を打つ。わたしは操血の能力で血流を操作し、心臓が送り出す血の流れを緩慢にすることで落ち着きを取り戻した。鼓動と血流がアンマッチする奇妙な体内の動きとなり、ちょっと気分が悪くなったが、新たに滲み出る嫌な汗は狙い通り止まった。
「……」
できれば、この大盾を背中に背負って逃げ果せたいが、目立つ上に森まで完走できる気がしない。
絶対に途中でわたしは大盾の重量に屈し、倒れ込むだろう。
このまま愚直に同じコースを進むより、森林と平行に横にズレてから、再び目指すのがとりあえずの安全策だろう。わたしはそう判断し、倒れ込む人や武具の影をつたって移動を開始した。
目算で50メートルほどの距離を移動しただろうか。
矢による追撃は今のところ、見受けられない。
やはり意図せずに射た矢だったのだろう。
森林と遠くの戦場を交互に見やり、わたしは再び森林を目指すべく、全力疾走を開始した。
「はぁ、ふぅ、はぁっ!」
ええええ、走り出して一分も経たずに息が上がってきたんですけど!?
横腹が痛い!
操血フル稼働で血行を円滑にしても、それを上回る勢いで体力が削れていく!
「ひぃ、ふぅ、ひぃ、ひっ!」
膝の力が抜け、がくんと視界が下がる。
もう嫌だ!
別の身体に転生したいよぉ!
そんな愚痴は当然、誰にも聞き届けられるわけでもないことは分かっているので、わたしは歯を食いしばって膝に喝を入れ、数百メートル先の森林地帯を目指して――――走る、走る、走る。
……やっと半分!
ああ、距離を計算すると、残りの体力との既に走り終えた距離との相関関係が分かってしまうから、より一層絶望感が圧し掛かる……。
「、……っ、ぁ、…………ひぃ……ひぃ……」
情けない幼い声が自分の口から勝手に漏れ出す。
よれよれに蛇行しながらも足を動かす。
失速しすぎて、走り出しの時と比べると二分の一程度しか出ていない。
それでも立ち止まらずにわたしは懸命に足を動かした。
「……………………っ……っ…………っ」
つ、着いた……!
森林の一番手前の木までたどり着き、わたしは戦場から姿を隠すように樹木の裏側に回り、ずるずると背中をつけてへたり込んだ。
「ぜえ……ぜえ……ぜえ…………は、っ、ふぅ…………」
まずは何をするにも、呼吸を整える必要がある。肺と横腹が痛む中、わたしは何度も深呼吸を繰り返した。
やりきった……わたしはやりきったよ。
ここ200年の間で、一番大変だったかもしれない。
わたし、子供の頃ってこんなに病弱だったかな……?
そういうイメージは持っていないつもりだったけど、どうなんだろうか。さすがに最初の人生のそれも子供の頃、となると全く記憶にない。
それともベースとなったこの体の持ち主が、虚弱体質で、それを引き継いでしまったのか……といったところだろうか。
何にせよ、最低でも血が全て戻るまで、この体とは長い付き合いになる。
何が出来て、何ができないのか。
現状、できないリストに箇条書きでポンポン追加されていっているが、その辺りを早々に見極めて順応していかないと……本当にいつか、予想だにしない死に方をしてしまいそうだ。
「と、とりあえず…………ふぅ、第一関門クリア、ってことで、……いいのかな」
わたしはコツンと後頭部を樹木に当て、血と土の匂いとは違う木々の匂いと共に、大きく息を吸った。
2019/2/23 追記:文体と多少の表現を変更しました。