39 お目覚め(やり直し)
すみません、全然パソコンの前に腰を据える時間がなく……更新の間が空いてしましましたm( _ _ )m
ここしばらくは執筆時間を取れるかどうかが微妙な状況で……次も遅くなりましたらすみません!
いつも読んで下さる方々に感謝を!(>_<)
「――うぇ?」
そんな間抜けな言葉が自分の口から出たことに気付いたのは、漆黒の世界にまたしても身を沈めていることを理解した時だった。
わたしは慌てて身を起こし、現状を確認する。
大地、地平、空の境目すらも飲み込む黒の世界。
どこかで見たことがある――という既視感を抱いたかと思えば、これは今朝方……あれ、ついさっきだっけ? まあ、ついさっき見たばかりの夢の世界だと納得した。
夢の世界と言えば、赤だ。
またね、と交わしてすぐに顔を合わせるのも何だか妙な感じだけど、来てしまったものは仕方がない。
むしろ毎晩、この夢の世界に訪れてしまうんじゃないかって方が不安になる。
「……赤?」
しかし、目標の少女は見当たら――いや、ちょっと待て。
わたしは思わず視界の先にある光景を二度見し、ごしごしと目元を腕で擦った。これから『180度、ぐるっと見渡しても、黒、黒、黒』みたいな心象を繋げようと思ったら、そうも言っていられない光景があったのだ。
ぽつん、と一か所だけ漆黒の世界じゃない場所がある。
まるでそこだけ切り取ったかのように正方形の真っ白な空間。直径5、6メートルほどだろうか。
ちょっとした箱庭のように見える。
空間自体は非常識なまでに真っ白な異空間だというのに、その空間に敷かれた絨毯や本棚。その真ん中に置かれた木製のテーブルに椅子。間違いなく生活感を漂わせる用品が揃えられていた。
「あら?」
そして、そんな意味のわからない空間、その真ん中の椅子に優雅に佇む少女は、こちらの訪問に気付いて顔を上げた。
「銀じゃないの。どうしたの、随分と間抜けな顔をしているけど」
椅子に腰を掛けて足を組み、金色のラインが入ったティーカップを口元に傾け、中のお茶を飲む少女はなんと貴族のような振る舞いか。空いた左手に持つ本のページを器用に人差し指と親指でめくり、その先の文面を目に通していく姿と比較して、唖然と口を開けたままのわたしは実に馬鹿のように見えたことだろう。
おかしいな、最初に会った今朝の時はそれはもうボロボロな服装だったはずだ。
無地のシャツに半ズボンをこれでもかっというぐらいに汚し、傷つけたかのようなシンプルかつ酷い格好。そんな印象があったのだが……彼女は今、全く別の――かつ懐かしい服装をしていた。
上は薄い黄色を基調に胸元に「Ⅰ L♡VE JUSTICE」という文字に、剣を掲げた笑顔のオッサンの白黒絵がプリントされた何とも残念なTシャツ。
下は通気性抜群、動きやすさ抜群、部屋の中でまったりするならこれだよねとわたしも思うハーフジャージ。
その先から赤の透き通るような白い足が伸びており、足元まで辿ると踝が丁度見える黒と白のストライプが特徴のアンクレットを着込んでいる。
「な、な、な……」
懐かしいのも当然だ。
かれこれ長いこと生きているわたしだが、今、彼女の身を包んでいるのは遠い過去の世界。わたしの本当の意味で生まれ落ちた最初の世界――科学特化の世界の衣服だからだ。
しかも……この服、見覚えがあるわ!
実際にこの目で見るまで記憶にすら留まらなかった、どうでもいい記憶の残滓。
その中の一つを引き出しから引っ張り上げ、わたしはその衣服が科学世界でわたしが普段、自室で着込んでいたものだと思い出す。
……えぇ……、わたしってこんなダサい格好、してたっけ?
「ふふ」
一歩も動けず、ただひたすら呆然と立ち尽くすわたしに対して、余裕顔の赤は面白そうに笑った。
その声でようやくわたしの意識は、彼女を取り巻く超常現象の前に戻ってきた。
「いやいやいや……え、ええっと……どういうこと?」
わたしは赤の座るテーブルの向かいまで歩いて行き、バンっとテーブルを叩いた。
「まあまあ落ち着いて。ほら、貴女の分の椅子も用意したわ」
「はぁ? な、なにをっ――」
椅子なんて貴女が座っている一つしか無かったじゃない――と思ったわたしだが、僅かに足を動かすと、脹脛に何かがぶつかる感触がして、驚いた。
慌てて背後の足元へ顔だけ振り返ると、そこにはいつの間にか用意された――赤が使用しているものと同じ椅子があった。
「………………」
何度か椅子と赤を交互に見やると、彼女は「どうぞ」と手で意思表示をしたので、色々と言ってやりたいことはあったが、わたしは素直に椅子に腰を下ろすことにした。
「…………で、どういうこと?」
「こっちとしては慌ただしくも一日に三度もここに足を運んだ貴女がどうしたの、と言いたいところだけど」
「あー……それはまぁ、色々あって?」
言われてみて「そう言えば、今日だけで三度も夢を見てるのか……」という事実に思い当たり、どことなく視線を逸らしてしまったが……いや、そうじゃない!
「って、そんなのはどうでも良くて! この場所はなにっ!? 前は無かったよね!?」
「貴女の中を散歩していたら、色々と面白いものが見つかったのよ。だからゆっくりと目を通していこうかなって思って」
情熱を表すような赤い髪をしているにも関わらず、赤は淑女のようにくすりと柔らかく微笑み、左手に持つ本を2、3度振る。
瞬きを繰り返しては必死に思考を追い付かそうとするわたしに彼女は続けた。
「ほら、今朝……私はこの世界で初めて『自意識』を持ったわけなのだけど、そうなると黒一辺倒の世界なんてやっぱり暇でね。次、貴女にまた会える確証も無かったし、ここでこの先、一人で膝を抱えているのも嫌だったからね。だから私はひたすらこの世界を散歩していたの。そうしたら――」
ふと赤は顔を上げた。
わたしも釣られて顔を上げ、彼女が何を見ていたのかを追う。
――赤の奔流。
――おそらく、操血の源泉と思われるわたしの力。
ワインレッドに近い赤の奔流は、黒い世界に風穴を開けて頭上を目的もなく流れていた。
「そう……散歩をしていたら、またあの光に出会ってね。あの流れに身を任せるとね……連れてってくれるのよ」
「ど、どこに……?」
「貴女の記憶の中……いえ、知識保管庫、と表現した方が正しいかしら」
知識保管庫。
は? へ? なにそれ……非常に嫌な単語だ。
「ま、まさか……わたしの記憶を覗ける、ってこと……?」
恐る恐る、そういうと、彼女は困ったような笑みを浮かべつつ、首を横に振った。
「どちらかというと、貴女の記憶や思い出、というより、そういった経験から蓄積された『知識の大書架』というべきかしら。だから貴女のその目で見た風景や、何にどう思い、どう考えて生きてきたかは分からないわ。きっとそれは……私には触れられない領域だろうから」
常識という概念を取り払って考えてみる。
つまり……わたしが今までの人生経験で得た知識が本として格納された世界が……あの赤い奔流の先にあった、ということだろうか。
え……なにそれ。わたしの中って、一体どんな面白ワールドになってるのよ……!?
「私も最初は驚いたけどね」
「……もしかしてさっきいなかったのも、そこにいたから?」
「さっきって、ああ……気絶したときの?」
こくり、と頷く。
「ええ、私がここに戻ったのはついさっきよ。手にした知識を元にプライベートルームを作って、ようやく一息つきつつ本を読もうとしたら、また貴女が戻ってきた……というのが数分前の出来事」
「……というか、わたしがこの世界に入ってくることは分かるんだ?」
「あ、うん。私も驚いたけどね……理屈じゃなく、私と貴女はどこかで繋がっているのかもしれないね。誰が説明したわけでも教えてくれたわけでもないのに、私には貴女が来訪したことが判った。直感、なんてあまり経験したことがなかったけど、これはこれで不思議な気分になるわね」
「それで戻ってきたの?」
そう聞くと、彼女はまた首を横に振った。
「気にはなったし、私も会える機会がこんなにすぐに訪れるとは思わなかったから、戻ろうかな……とは一瞬考えたけど、それは止めておいたの」
「……どうして?」
「貴女が気絶してここにやってきたことは分かっていた。となれば、貴女が寝るなり意識を手放せば、ここにやってくる確率は高い、と踏んだの。だったら……目の前に広がる書庫の情報を持ち帰って、次に銀がやってきたときに驚かせるのも一興かなって思ったのよ。まさか、三度目がこんなに早くなるとは思ってなかったけど……」
パラリ、と彼女は手元の本をめくり、僅かに視線を落とす。
その表情は――どこか生き生きとしており、未知の世界を垣間見て、自分の中の知識や世界観が広がっていくことを喜び――楽しんでいるように見えた。
ああ……そういえば、わたしも初めて転生したときは、あんな感じだったっけ。
自分の顔を確認したわけじゃないけど、何故だか、いま赤が感じている感情は、かつてのわたしと同じものであるという確信が脳裏に過ぎった。なるほど……確かに彼女とは何かが繋がっているのかもしれない。
「悪かったわね……で、もしかしてだけど、その本が……」
「ええ、貴女の知識保管庫にあった本の一つよ。奥の方から幾つか拝借したんだけど、ここには私の知り得ない新しい情報が幾つも乗っていてとても楽しいわ」
ちらり、と横の本棚に目を向けると、そこには10冊程度の本が収まっていた。
なんだか気づいたら本棚が全て埋まってそうで、怖い。
「貴女の顔を見ていたら、楽しいってことは分かるわよ。でも……それだけ興味があるなら、何でその知識保管庫で見てこないで、ここに持って帰ってきたのよ」
「そうね……できれば、あの場所でしばらく籠っていたいという気持ちは強かったのだけど、どうにも私じゃ、あそこに長居できないみたいなのよね」
「どういうこと?」
「これも直感としか言えないわ。ただ……あの場所に長時間身を置くと、私という存在も知識の一つとして本の一部になる――そんな恐怖が背筋を走ったの。だから奥から適当に本を借りて、また奔流に乗ってここに戻ってきたってわけね」
「………………なんだか、訳のわかんない世界ね」
「ふふ、貴女の世界じゃない」
「いや、まぁ……そうなんだけど」
「要は私は、この世界を間借りしているだけの存在ってことね。そう考えれば、特段不思議なことはないわ。むしろ知識保管庫に足を踏み入れた瞬間、本にされるような制限がなくてホッとするぐらいね」
「そ、そう……」
なんだかわたしの世界を謳歌しているようで、何よりです……。
今朝の段階では、今にも消えてしまいそうな儚さがあった赤だというのに、たった半日経てば、こんなにも図々しくなってしまって……何だか、表現しがたい遣る瀬無さがわたしの中に溜まる。
「疑問は幾つもあるんだけど……」
「この空間のこと?」
「それもその一つ」
「ん~……私も原理は分からないけど、ここに戻ってからゆっくり本を読んだり、本を補完する場所が欲しいなぁと頭の中で考えていたら、不思議とできてしまったわね」
「ご、ご都合的すぎない?」
「不自由しないなら、私はアリだと思うわ」
この人、順応性高すぎる気がする!
多分だけど、赤は今、知識欲が非常に勝っている状態で、おそらく多少の不可思議な出来事も目を瞑ってしまえるほど、気分が高揚しているのだろう。
彼女は名前も思い出せないほど記憶が欠如しているとも言っていたし、新たな知識を記憶として溜め込む作業はわたしが思う以上に熱が入るのかもしれない。
それにしても。
それにしても、だ。
直感だの、なんとなくできた、だの……あまりにもざっくりと世界が変化しすぎていて、それがわたしの中の世界だっていうんだから、正直……気味が悪い、という感情が先に立ってしまう。
あの本はわたしの知識が詰まっているんだろうけど、それを勝手に持ち出してしまっても大丈夫なんだろうか? 持ち出した分、わたしの知識が欠けていって、この年で痴呆症になるなんて結末は絶対に迎えたくない!
「あ、私としたことが、お茶も出さないで失礼したわ」
「はい?」
素っ頓狂な返事をすると同時に、わたしの目の前に赤が飲んでいるティーカップと同じモノが出現し、その中に茶色い液体が満たされていく。
「ここにある物は全て、この本に書かれてるものなの。その紅茶、もそうね。初めて口にしたけど、ふふ、癖になっちゃいそう」
「た、楽しそうで何よりです……」
わたしは慎重にティーカップを持ち、一つ唾を飲んでから、中の液体を喉に通した。
瞬間――、懐かしい味が喉を通り過ぎていった。
ああ、この味は……遥か昔、わたしが愛用していた、100円均一で袋買いしていた激安紅茶パックの味だぁ……!
「ね、ね! 美味しいでしょ!」
紅茶という存在に感動した赤は年相応の笑顔で、同意を求めてくる。
庶民御用達、工場で一括生産されたであろうコストパフォーマンス第一の紅茶にここまで感動をむき出しにしてくれるとは…………この世界には色々と突っ込みたいところが満載で、今も気分が落ち着かないところだけど、ようやく一つ、小さな安寧を得たような気がした。
「ええ……でも、口にするまでこんな味だったなんてこと、忘れてたなぁ」
「こんな素晴らしいものを忘れてしまうだなんて、勿体ないわ!」
「え? あ、うん……そうだね」
上等さや美味しさだけでいえば、正直、前世の王宮暮らしに侍女が用意してくれた紅茶の方が圧倒的に上だ。だからちょっと答え辛そうに返してしまったのだが、赤はそれに気づかずに笑顔で再びカップを口元で傾けた。
……ま、喜んでくれてるなら、いっか。
「この紅茶という飲み物は『ヒャッキン』という店で買えるみたいなんだけど、この本には紅茶というものについては書かれていても『ヒャッキン』については詳しく書かれていないのが残念ね……。でも、別の本でそれが何かを調べる楽しみが残るわけだものね。ふふ、楽しみが増えたと考えると悪くないわね」
……ヒャッキンこと100円均一が激安ショップ店だということを知った時、彼女は激安紅茶に感動していたことに気付くわけだけど……、まあ、なんだかそういう事実を知ることも喜びそうだから、別に言及しなくていっか。
わたしは苦笑しつつ、紅茶をぐっと飲み干し、静かにテーブルの上に置いた。
そういえば今生ではまだ水しか口にしていないけど、半分趣向品ともとれる紅茶やコーヒーなどは存在するのだろうか。銀糸教云々の話も上がってしまって、結局好きに動けない日々がこれからも続きそうだけど、いつかは壁間内市場を気ままに出歩いてみたい。
うーん、やりたいこと、やるべきことが盛沢山だなぁ。
「これ……美味しいのかしら」
と、不意に本を読み耽っていた赤がぽつりと洩らす。
「うん? なんか載ってたの?」
「ええ……ここに『カレー』って料理が載っているのだけれど、どうにも見た目があまり美味しそうに見えないというか……。解説には『極上の庶民料理!』って強調されているんだけど」
カレー!?
カレェェェェェ!?
「至急、求む!」
首を傾げる赤に思わず声を張り上げ、わたしは両手を握ったままテーブルを叩いた。
テンションが上がり過ぎたための無意識な行為だ。
そして無意識は強い思念を発したのか、わたしの右手にはスプーンが握られており、いつでも食事可能な戦闘態勢を取っていた。
なるほど、これが『強く願ったら具現化する』的な現象か。
よし、たったいまマスターした。
カレーといえばスプーンがメイン武器だ。これを握ったからには、もうカレーを食べずにして現実に戻るだなんて愚行は犯せない。
さあ赤よ……ここに転生してから今日にいたるまで、まともな食事にありつけなかったわたしにカレーを振る舞いたまえ!
わたしの様子に本気で驚いていた赤だけど、その熱意が伝わったのか、彼女は小さく笑みを零し「そんなに期待されちゃったら、私も気になるわ」と再び本に目を落とした。
そして彼女は本の記載された内容を想像しているのか、その目を閉じた。
そして――ゴトン、と音を立てて二人分の器に盛られたカレーがテーブル上に出現した。
「おおおおおおおおおおっ!」
魂の叫びが喉奥から顔を出す。
この見た目!
この匂い!
懐かしさと共に、食欲を刺激する至高の存在がまさに今! 目の前に出現した喜びに、わたしの口端から涎を漏らしてしまう。はしたないことだけど、カレーなんて科学世界以外では食していないものだ。
つまり、200年近く口にしていない、もはや幻と化した料理とも言える。そんなものがちょっと念じるだけで出てくるとか、わたしの世界、万能説!
「あっ、いい匂い」
「でしょでしょ! ささっ、早く食べるよ!」
「う、うん」
まだ慣れない見た目に戸惑っている赤を置いて、わたしは勢いよく「いただきます!」と宣言し、カレーを口の中に掻き込み、咀嚼した。
それを確認して、赤もスプーンを顕現させ、ゆっくりとカレーを口の中に入れる。
「ウマァァァァァァ!」
「あら……美味しい!」
二人の歓喜の声が木霊する。
ああ、美味しい……美味しいよぅ!
別に前世までの豪華な食事に不満があるわけでもないし、あれはあれで美味しかった。
でも……この味を再現する料理は無かったのだ。わたしがカレーに対して原材料などの知識があれば、料理人と競作できたかもしれないけど、残念ながらわたしの記憶にはそんなものはない。だから半ばあきらめていたのだが……こうしてまた、この味に出会えたことに、わたしは思わず涙した。
「へぇ……このカレーっていう料理は二種類の調理法があるのね」
笑顔でスプーンを動かしながらも、赤はカレーについての記述があるのであろうページを見ながら、関心したかのように声を出した。
歓喜に満ち溢れていたわたしだが、幸いにして赤の独白を聞き逃さずに、その手をピタッと止めた。
「……二種類?」
ええっと、ポンカレーとかシャワカレーとか、そういう感じだろうか?
あれって食品メーカーの違いであって、調理法って言うんだっけ?
「ええ……『ルー』を使って調理する方法と『スパイス』を使って調理する方法が書かれているけど……『スパイス』の方はあまり詳しくは書かれていないわね。なんでかしら」
「え、ちょっと待って……!」
「え?」
わたしがそう声を上げた瞬間――ピシッ、と大きな音が空間に響いた。
思わず二人して上空を見上げる。
しまった……もう時間切れ!?
徐々にわたしたちの白い空間以外の、漆黒の世界あひび割れてくるこの現象は――眼覚めが近い証拠だ。
わたしは悔いを残さないように、慌てて残ったカレーを完食し、空になった器にコトンとスプーンを置いて「ごちそうさまでした」と感謝を口にする。
そうしている間にも世界は徐々に白く染まっていき、赤い奔流が忙しく世界の中を漂い始めた。
何だかあまりにもわたしの固定観念をぶち壊した一幕だったけど、得られるものは多かったと思える。
わたしは赤を見据えて、彼女にお願いを残す。
「赤……次にここに来た時に、その本を見せてくれる?」
「え? ええ……いいけど」
「約束よ!」
見たところ、本には題名も何も記載されていない。
本棚の本もそうだ。
もし赤が読み終わった本を適当に順に積んでしまうと、今回のカレーについての記述が書かれた本もどこかに紛れてしまうかもしれない。
でもこうやって予め言い残しておけば、彼女はきっと今読んでいる本を分かる場所に保管しておくだろう。
自分の記憶、知識ながら――どうにもあの本にはお宝情報が眠っている気がする。
わたしはその直感を信じ、明るく変色していく世界を仰ぎ――、
目を覚ました。
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「おはよう、セラちゃん」
そして目を覚ましたわたしの目の前には、………………明らかに怒った顔のプラムがいた。顔は笑顔なのに、目元が怖い。
「お、おはよう…………お姉ちゃん」
びにょん、と頬をつねられてしまう。
「い、いひゃいです……」
「セラちゃん、私が怒る理由、ちゃんとわかってる?」
「ひゃ、ひゃい」
過保護な姉こと、プラムのことだ。
度重なる気絶に心を痛め、過度な心配をしたのは間違いないだろう。
わたしの軽率な行動でまさかの魔力欠乏を起こしたことが原因なので、素直に謝るほかない。
けど、疑問なのは……プラムの性格上、わたしの気絶の原因を知らない以上は、こうしてじゃれ合いに近いような怒り方をせず、純粋に目を覚ましたことを真っ先に喜んでくれそうなものだが……。
「はっはっは、随分と楽しそうな夢を見ていたようだねぇ。おかげで君の容態を心配するのがバカバカしくなって、プラムさんも常に不機嫌な状態だったよ」
と、またしてもわたしの懸念を勝手に読み取り、答えを返してくれるレジストン。
「もう! うみゃい、うみゃいって幸せそうに口元をモゴモゴしてる場合じゃないよ、セラちゃん! 何度心配させたら気が済むのっ?」
「ご、ごめんなさい~……!」
…………どうやらカレーを食することに酔いしれていた反動は、現実世界にも影響を及ぼしていたらしい。
その後、わたしはプラムの機嫌が直るまで謝り通し、その間、微妙な空気の中を待ち続ける羽目になってしまったレジストンたちにも頭を下げるのであった。
2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました




