38 魔法
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「え、ええっと……」
全員の視線がグサグサと刺さり、わたしは思わずベッド上で腰を引かせてしまう。
というか、平均オジサンとオレンジ少女の二人組はなぜにそこまで震えているのか。主にわたしを見ては、何かを思い出すかのように遠い目をして、震えだす……という循環を繰り返していた。
「なるほど、それが君のもう一つの力の呼称、というわけかな?」
レジストンの言葉にどう答えたものか、と悩みを馳せるが、一度口にしたものは二度と戻らない。
どの道、一度はプラムたちに明かそうと思った力の一端だ。
別に言うのは構わないし、逆にいい切っ掛けになったとも思うが、他の人もいる中でこのまま進めてもいいのだろうか? ディオネはともかくとして、他二人は部外者どころか敵の手の内にいる人間だ。
「ああ、ディオネはともかく、この二人についても心配しなくていいよ」
わたしの迷いを察したのか、レジストンが後押しをしてくれる。
……相も変わらず、この人の勘の良さは侮れない。それともやっぱりわたしのポーカーフェイスっぷりがあまりにも酷いのだろうか。
しかし、心配しなくていい、とはどういうことなのだろうか?
首を傾げることで理由を問うと、
「君のもう一つの力を間近で見てしまった彼らには、既に我々と敵対する算段は無いんだ。俺は話に聞いただけのことしか分らないけど、どうやら死を覚悟するレベルの何かを見せつけてしまったようだね。はっはっは、その場にいなかったことをこれほど悔やむとは思わなかったよ」
とのことらしい。
ああ……ガタガタと震えているのは、どうやらわたしの所為だったらしい。
「君は……目の当りにしていないから、そんなことを言えるのだっ!」
「そうだぞー! 私なんてな、ビビッてチビッちゃったんだからなっ! 一生のトラウマモンなんだぞ!」
レジストンの変わらぬ砕け具合に、平均オジサンとオレンジ少女が抗議する。
特にオレンジ少女……漏らしてしまったのか。
よく見れば、彼女のズボンは履き替えられており、別のズボンを着用していた。
涙目の彼女を見ていると、ちょっと罪悪感がむくむくと出てくる。
「君たちは自業自得でしょうに。人を攫うなんて真似をしようとした罰だと思えば、軽いものだと思うけどねぇ。生きてるんだから」
「うぐっ……」
「むぅ……」
どうやらわたしのあの時の魔法は、彼らにとって死をイメージさせる凶悪なものとして心に刻まれたようだ。ゆえに……レジストンは「生きていること」が罰として軽い、という表現をしたのだろう。この国の刑罰がどういったものかは分らないけど、こういう表現をするってことは、人攫いはかなり重い刑に処されるのかもしれない。
でも傍らでは奴隷売買などが行われていることを鑑みると、王は仁徳に溢れた人物なのかもしれないけど、その治世は隅々まで行き渡らず、脱法なり違法なりを生業とする者たちが未だに跋扈する国になっているのかもしれない。
王がそれを把握したうえで対処できていないのか、それ以前に知らないのか興味深いところだけど、その二面の比率が負の方向へと瓦解したとき、ヴァルファラン王国は一つの分水嶺に立たされるのかもしれない。まあ、わたしが考えることでもないんだけどね。
「彼らは俺が元々の依頼料を超える金額を提示して再依頼し、彼らはそれを受領したんだ。だから今は俺が雇い主ってわけだね。もっとも目の前の恐怖を理由に、依頼途中だってのに元の依頼主を裏切って、俺につく連中だ。その逆をされるとも限らないから、彼らとの契約には『裏切ればヴァルファラン王国への反逆とみなす』という一文を入れさせてもらった。だから易々とは手のひらを返せない状況に彼らはいるってことだね。国家レベルを敵には回したくないだろうからね」
そんな言葉に渋々、平均オジサンたちは頷く。
うーん、何故レジストンと彼らとの新しい契約で国が出てこれるのか良く分らないけど、わたしはそれ以上に気になる点を聞いてみた。
「えっと、だったら縄で締め上げなくてもいいのでは……?」
彼らは逃げ出さないように縄で繋がれている。その先はディオネの手の中だ。どう見ても罪人に対する扱いであり、契約の末に手を取り合った仲には見えない。
「ああ、それはね。さっきも話に上がった通り、君の……『まほう』を目の前で見て、すっかり戦意喪失してしまったわけなんだけど、どうも君を見ると、その魔法のことが脳裏に浮かんじゃうみたいで、この部屋に来たくないって我儘を言うんだ。だから強制連行してきたってわけだね」
「そ、そうですか……」
お二人ともご愁傷様です……。
まあ悪いことをしようとしていたのだから、やっぱり罰、ってことで受け入れてください。
でも、わたしを化け物を見るような目で怯えるのはご勘弁願いたい……。
じゃあ、この場にいるメンバーはとりあえず仲間、っていう意識でいいのかな?
「あの……そういえば、わたし、魔法を使う前に…………見たくないモノを見てしまったんです。それを倒そうと魔法を――」
もう「魔法」という言葉は解禁でいいよね。
皆の前で口走っちゃったし。
だから遠慮なく「魔法」という言葉を使って、わたしはあの時視た光景の謎を先に聞こうと思い、それを促す言葉を口にした。
言葉は最後まで紡ぐ前に、レジストンが最適解を返してくれた。
本当に有能な人ですこと。
「それはこの男の恩恵能力だね。彼の能力は対象と目を合わせて発動させることで、対象が最も恐怖を抱く生物や物を見せる――幻覚系の恩恵能力なんだ」
わたしはなるほど、と頷いた。
確かにあの異形が姿を現す直前、平均オジサンと目を合わせられ、何かしらの恩恵能力が発動される気配を感じた。それは考えすぎや気のせいではなく、大当たりだったわけだ。
色々と納得できたわけだけど、何より……わたしは大きく、肺の中の空気を吐き出した。
やはり……あれは幻覚だったようだ。
その事実が何を於いても、良かった……とわたしの心中に安寧を齎してくれる。
目が覚めてから、現状証拠から薄々勘づいていても、こうしてハッキリと証明を提示してくれることでようやく初めてわたしは肩の力を抜くことができた。
「……セラちゃん、大丈夫?」
「うん、ありがと、お姉ちゃん」
わたしの様子を横目に見ていたプラムが気遣わしげに声をかけてくれることが嬉しかった。
あの化け物が本物であれば、こうして彼女の言葉を耳にすることすら無かったのだから。
「よほど恐ろしいものを視たようだねぇ。……それこそ、彼らを恐怖のどん底に落とすほどの『まほう』を使わざるを得ないほどの――」
顎に手を当てつつ、レジストンは興味深そうに言った。
ここで下手なことを言えば、わたしの転生や操血のことまで言わなくてはいけない流れになるかもしれないので、ここは曖昧に微笑んで誤魔化すことにした。
気が抜けると、今更ながら後頭部に痛みがあることに気付く。
状況パーツが揃ってきた今なら、わたしがなぜ気絶したのかも大体予想がついてくる。
「あの、わたしを止めてくださり……ありがとうございました」
わたしはそう口にして、少し離れた壁際にいるディオネに頭を下げた。
おずおずと顔をあげると、ディオネは鳩が豆鉄砲を大量に喰らったような顔をしており、口を結んだまま驚きの表情でこちらを見ていた。
「い、いや……こちらこそ手荒な真似をしてしまい、すまなかった。まだ……痛むか?」
「いえ、もう大丈夫です」
にこり、と笑うと、彼女も少しだけ上がった肩を下ろし、ふぅと息を吐いた。
「いやはや……なるほどな。これはレジストンが興味を持つのも肯けるというわけだな」
苦笑をこぼすディオネ。
そして何故か胸を張って「だろぉ」と笑うレジストン。何故貴方が誇らしげに言うのか。
異形の幻覚を見て目を覚ますまで、どこか落ち着かなかった気分が、スッと澄んでいくのが分かる。
さて、そういう状況なら――魔法について、わたしもここで明かすべきだろう。
レジストンはおそらく、魔法というイレギュラー的な要素を含めて、今後の方針を変えると言っているのだから――それはつまり、ここで詳しく説明しろ、と言っていることも同じだ。
わたしは深呼吸を一つ、そして体内の魔力がある程度戻っていることを確認し、両手を胸元よりやや下に、水をすくうような形で止めた。
そして――、
――水属性の魔法を発動させた。
『っ!?』
部屋の誰もが目を瞠る。
わたしの両手の上には、ちょうどわたしの手ほどの大きさの水球が浮かぶ。
「これが……『まほう』なのか」
そう驚きの声を漏らしたのは、レジストンだった。彼らしくない素の声色を聞いて、わたしはどこか得意気な気持ちになる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 私が見たのは巨大な炎だったはず……!」
ディオネのその言葉に、平均オジサンたちも激しく首を上下に振る。
「こんな感じですか?」
わたしはパッと水球を払って消し、代わりに火球を発動させた。
この程度の大きさなら魔力の消費も少ないので、<身体強化>で魔力保有量を強化されたわたしにとっては苦でもない。
なんだか注目を浴びて、どんどん調子に乗りたい感情が芽を出し始める。
おお……にょきにょきと鼻が伸びてくるようだわ!
有頂天になったわたしは今度は火球を消して、両手を広げ、手と手の間に電流を走らせる。
そのたびに皆が「おおっ!」とどよめくもんだから、ますますわたしは「ふふん!」と胸を張って次の魔法を発動させた。
風、ビュオッと。
土、ボコッと。
光、ピカッと。
あらかた見せた後は、融合魔法も展開。
もうわたしを止める者はいない――!
狭い室内に六人もいるから、控え目な魔法がいいよね。せっかくだから認識阻害+空中飛行をご覧あそばせ! 室内だから風を全開に飛行するのではなく、微調整に微調整を重ねて宙を浮く必要がある上に、背景に解けこむ高度な魔力操作をしなくてはならないこの融合魔法は、まさにわたしだからできる領域だね!
久しぶりに多種の魔法を扱うのは気分がいい。
<身体強化>を身に着けていないときは魔力不足。
身に着けた後も縛りなく使う機会が無かったので、わたしは解放感のあまりに、ついつい前世の感覚のまま底なしに魔力を使いまくり――、
ポテッとベッドの上に落ち、
ビクンビクンと波打ち際に打ち上げられた魚のように痙攣し、
――――盛大に吐いた。
ベッドのシーツを黄土色に染め上げていく光景が何とも切なく映る。
残る意識で強引に口を閉じるが、胃の痙攣が容赦なく襲い掛かり、唇の隙間からピューッと噴射していく酸性物が真っ白なシーツに対して、さらに被害地を拡大し続けていく。
わたしは、どこかで経験した記憶がある失態を繰り返しつつ、ホロリと一筋の涙を流した。
以前、ホルモン焼きに行った際に生焼けを食べてしまったのか、帰宅後に久しぶりに吐きましたw
予期せぬ嘔吐でベッドのシーツを染め上げた際の喪失感……悲しいですよね(;´Д`)
2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました