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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第二章 操血女王の平民生活
64/228

34 護衛対象は小さな銀髪少女 前編【視点:ディオネ=ロンパウロ】

すみません、一話だけ間に挟むはずのディオネ視点が、思いのほか長くなってしまい……色々と削ってみてもやはり長くなってしまいました(;'∀')

なので、前後半で二話に分かれてしまいます上に、ちょっと長文になってしまうので、読むのに疲れたらすみません(; ・`д・´)


あ、本当は一気に書くつもりだったのですが、二つに分かれてしまったので、前編は時系列が前日のものだけの内容となっておりますm( _ _ )m

 私の名は、ディオネ=ロンパウロ。


 クラウン所属のチーム『森獅狩人エリンハンター』に名を連ねる、棒術を得意とする者だ。


 誇り高き森獅エリンの血はしかと私の中にも息づいており、見た目が人の女性とほぼ変わらぬこともあってか、初見では侮られがちだが、未だに負けなしである。


 ――訂正。


 一部、敗北を喫したことはあるが、それは仲間であったりリーダーであったり友人であるので、負けに数えないことにしている。つまり、結論として負けなし、なのである。


 そんな私だが、友人であるレジストンより、一つの依頼を受けている。


 公益所を通しての依頼ではないが、王都では特に個人間での依頼や金銭のやり取りに関して、法に触れなければ特に規定はないので、そこは問題ない。


 とはいえ、いつ討伐などの大型依頼が掲示板に張り出されるかわからないため、本来であれば個人的な依頼など請け負うことはないのだが……友人の頼みとあらば、森獅エリンの者としては無碍にすることはできない。


 あとは……そうだな、報酬が美味しい。


 報酬は酒なのだが、森獅エリンは人種よりも大酒飲みが多いのだ。

 森獅エリンの男は種類問わずに質より量を好み、女は種類問わずに量より質を好む。


 私もその分から洩れず、良質な酒を好む。仕事終わりの一杯など、もう本当にたまらない。このためにクラウンで稼いでいるといっても間違いない。……実際、収入の半分は酒代で消えているからな。


 まあそんな私の性質を知っているレジストンは当然、報酬に酒を出してきたわけだ。


 王都80年モノの高級酒。


 王家の者が愛飲する、市場はおろか、貴族ですらおいそれと手に入れることができない、御用達の幻酒。


 それを報酬に出すと言われれば、私は一も二もなく飛びつくほかないだろう。


 そんな上等な酒を彼が用意できるものなのか、と普通の人なら考えるものだろうが、レジストンはこと大小関わらず契約や約束ごとに関しては律儀な性格をしている。特に今後付き合いがある者と交わす事柄については尚更だ。故に彼が本件について嘘をつくとは思えない。だから私はその好条件を信じ、今こうして任務についているというわけだ。


 しかし……その任務というのが、まさか年端もいかない小さな少女たちの護衛、とは思わなかったが。


 私は彼と辺りをうろつく野犬どもと平和的な「会話」を終わらせた後の帰路、レジストンに問うことにした。


「……レジストン、一つだけいいか」


「うん、なんだい?」


「なぜ、今回のような依頼を? たった二人の護衛なら、お前でも十分にこなせるだろうし……最悪、あちらの者たちに任せてもいいんじゃないのか?」


「あー、あっちの方は難しいかな。彼女ら、王都の人間じゃないし」


「……それじゃ、どういう理由で護衛するんだ?」


「最近の暴君姫ぼうくんひ騒動……というほど騒ぎになってるわけじゃないけど、外で彼女が暴れたって噂の出元が彼女たちだと思ってるんだ。二人のうちの一人は銀髪の子でね。容姿が整っている上に、珍しい身体的特徴も似ているから、間違われた可能性がありそう、ってとこだね。色々と悪党には恨み買ってる子だから、彼女に間違われて襲われるってのはちょいと可哀そうかなと」


「ああ……なんか、そんな話もあったな。銀髪ねぇ……」


「あとはどうもキナ臭い動きが王都で蠢いているんだけど、その一部、銀糸教だなんて新宗派が勝手に生まれて、勝手に暴走しようとしている」


「それに彼女たちも巻き込まれていると?」


「そういうこと」


「だったら尚更、国で保護すべきじゃないのか? 暴君姫ぼうくんひと似た容姿なら、髪でも染めない限り、半永久的に今後も誰かしかの目に留まることが出てくるだろう。それこそ暴君姫ぼうくんひが行動を改め、世間が落ち着くまで時間を置くでもしない限り、解決しない問題だからな。それと、ぎん……なんたらっていう宗教が身勝手な動きをしようとしているなら、そいつも王都内部の問題だろう? 両方とも王都での出来事が関わっているのであれば、国が保護するに相応な理由なのではないのか?」


 そりゃ正論だ、とレジストンは肩をすくめた。


「だけど、そうもいかないのが面倒なとこでねぇ。国も貴族も一枚岩じゃないというか……もう一度総解散でもしたほうがいいんじゃないって思うほど、色々な事情と人間関係で雁字搦めなのさ。つまり……王都の人間でもない者を、実害も出ていない、確証もない団体からの保護を名目に動くなど、金の無駄遣いだって文句を言う輩がいるってわけだ。ま、実際に問題が起こっても『王都民でない人間に関しては関与すべきではない』とか言い出しそうだけど」


「……ついでに、その輩はそれなりに権力を持っている、と」


「そーいうこと。鶴の一声でもありゃひっくり返ることもあるだろうけど、王は王で、そんな小さなことに一つ一つ目を向けている暇はないからね。護るべき王都民ならまだしも、余所の子まで面倒は見きれないでしょ。だからこうして俺個人が動いてるってわけ」


「……それは、なぜだ? お前だってそこまで余裕のある状態じゃないだろう?」


「そ、余裕がないから君に頼むわけさ」


「まだ理由に答えてもらってないが?」


「……」


 レジストンが足を止めたため、私も合わせて足を止め、彼の言葉を待つ。


「ま、色々な理由はあるけど、その殆どは不明確なものばかりだ。多少……『こう転がればいいなぁ』って思う程度の希望的観測も含めて、ね」


「随分と曖昧な物言いだな。お前らしいと言っていいのか、らしくないと言うべきなのか……」


 月明かりに浮かぶ友人の顔は笑ってはいるが、その底は読み切れない。


 飄々と会話をする印象が強い男だが、今回のように戦闘行為などが絡む場合の案件に関しては、無駄にはぐらかしたり、情報を出し惜しむような男でないことは長い付き合いで知っている。そんな彼が奥歯に物が詰まったかのような言い回しをするのは珍しいことでもあった。


 私の視線の意図に気付いたのか、レジストンは苦笑して「ああ、ごめん」と謝った。


「君を困らせるつもりはないんだが……そうだねぇ、一言でいえば……面白い、かな」


「は?」


「俺の目のことは知ってるよね?」


 ――恩恵能力アビリティのことを指しているのだろう。

 私は無言でうなずいた。


「この目で可能性を視たんだ。どちらに転ぶかも分らない新しい可能性を、ね。あの力がどういう作用を持ち、どの程度の影響力を抱えているかは分らないけど、非常に興味深い。視てしまった以上、簡単に無視できないほどにね。そして、できれば……遠目に眺めるのではなく、近くでその力を見てみたくなった」


 彼が何を言っているのかまでは分からない。


 彼の視る景色は、彼だけの世界なのだから、それを視ることができない私にとっては想像しがたいのも致し方ないことだろう。


 だけど、彼が何を視たかは分らなくとも、常に内面は冷静であり行動に芯があった彼とは思えない、珍しい感情を浮かべていることは間違いないと思った。


「珍しいな。お前が興味だけで動くなんて」


「そうかい? まぁ、そうかもしれないね。はっはっは……あ、彼女たちの身を案じているのも本心の一つではあるよ? 興味だけじゃないからね。そこんとこだけ、俺のイメージ改善のために補正よろしく。まあ最近じゃ堅苦しく動いてたから意外かもしれないけど、昔から俺はこういう性格なんだよ。ちょいと脇目を振らずに走っていた時期が長いだけで、ああ……久しぶりに俺は俺自身の感情で行動しているのかもしれないね。そういう意味では、今の自分自身も興味深い状態と言えるのかもしれない」


「……」


「依頼、取り下げるかい?」


 私の無言を依頼への不服と受け取ったのか、そう訪ねてくるが、私はゆっくりと首を振った。


「いや、逆に私も興味が増した。その護衛対象について、詳しく教えてくれ」


「はっはっは、いやぁ持つべきは友だね! 頭の固い爺連中と違って、話がしやすくて助かるよ」


「ふん」


 私は武器である長棒の入った包みを肩にかけなおし、笑う彼を置いて歩き始めた。


 面と向かって褒められると照れる。


 それは戦士として弱みであり、そんなものを友人に見せたくはなかったので、顔を見られないよう先を歩くのだ。


 ……あぁ、でもつい先日別れることになったカレにも「つれない態度」と言われたんだった……。


 戦士としては弱みを見せるべきではないと思うが、女としては見せるべきなのだろうか。……分からない。せっかく良縁と出会えたと思ったのに、破局を突然迎えたときは目の前が真っ暗になったものだ。


 私が悪いんだろうか。悪いんだろうな……。


 あの部屋の惨状がトドメを刺したんだろうなぁ……はぁ。


 ああ、いかん。

 また気が滅入りそうになった。


 ジッとしていると、どこまでも負の感情が浮かび上がってしまう。だから私が今回の依頼の報酬である高級酒を手に入れ、記憶が吹っ飛ぶまで夜を明かしてやるって思ったのだ! 任務に集中していると嫌なことも忘れられるしな……。


 そのためにも今回の依頼は、いつも以上に気合を入れようじゃないか!


「あ、で……フルーダ亭には君も入ってもらいたいんだ」


「なんだ、夕飯でも奢ってくれるのか?」


「あー、まあ、そうだね。そのぐらいはするよ。ちょっとした前払い、ってことで。フルーダ亭に寄る本題はクラッツさ。今回の件はクラッツも関わっていてね。例の銀糸教の話も今日、彼から聞いたところなんだよ」


 今日の今日で、既に行動に移っていたのか、この男は……。

 相変わらず何を考えているかわからない顔をしつつ、手が早い。


「クラッツェードも関わっているのか。だったら、フルーダ亭で彼女たちを保護する方が無難じゃないのか?」


 クラッツェードが在中しているあの店なら、有象無象が出入りする民宿などよりは断然安全だろう。


 そう思って提案したのだが、レジストンに却下された。


「まだどう状況が転ぶか読めないからねぇ。できれば……あそこは戦場にしたくないんだ」


「……」


 あぁ……そうか。あそこは彼の母の――。


「余計なことを聞いた。忘れてくれ」


「いいや、当然の疑問だから問題ないよ」


 そうこう言ってるうちにフルーダ亭近くの大通りに出た。

 あと五分程度で店の前に着く距離だ。


「そういえば、なんで俺自身が彼女たちを護らないか、なんだけど」


「ん? 忙しいと先ほど、自分で言っていたじゃないか」


「まあそりゃそうなんだけど……さっき言った通り、今回の依頼は様々な展望を含めたとしても、俺の個人的理由が強い。そんなもののためにチームに所属している君に無理を言ってまで依頼するっていうのは、本来、俺の流儀に反することなんだ。さっきの忙しい云々は半分冗談で、いくら忙しくても普通なら俺個人で対応して終わりにする案件だよ」


 確かに。


 言われてみれば、彼は今のところ、今回の依頼について結論として「興味深いから護衛して」という不純な理由で締めくくっている。


 無論、王都に関する事項として「暴君姫ぼうくんひ問題」や「銀糸教問題」といった事項が絡んでいるのは間違いないのだろうが、それは彼女たちを保護する理由としては弱いのだ。実害が出ていたり、それが王都側に不利益に転ぶ証拠をつかんでおり、それが彼女たちの安全に直結するのであれば話は別だが、おそらく現状はそこまで情報が手元に無いのだろう。


 だから、彼は……現状の最たる理由として「興味深い対象」という話をしたのだろう。


 であるならば、これは個人的な依頼であり、王都にとって深い場所に腰を据える彼の依頼としては異色なものであった。


「……では、何故だ?」


 こういう前置きをするってことは、私に教えても構わない理由があるというのだろう。


 それは私の興味を引くものであった。


「まあ笑い話なんだけどね」


 笑い話?


「単純に俺じゃついていくのがシンドイってのが理由」


「………………意味が分からないんだが」


 ついていくのがシンドイ?

 何に?


 あ、もしかして……小さい女の子相手との会話についていけない、ということだろうか。

 それだと辻褄が合う。


 いかに万能超人たるレジストンといえど、話に聞く年齢の子――それも女の子を相手にしては、いつもののらりくらりとした態度も通じないだろう。むしろ純粋に返されて困るんじゃないだろうか。


 その年頃の子というと、背伸びしたい時期だろうし、ちょっとしたことで不機嫌になってしまうことだってある……と思う。私はあまり女らしい少女時代を過ごした記憶がないので、耳に聞く噂程度にしか分らないけど。


 しかし……そうなると困るな。


 私だって、子供の世話が得意なわけではない。


 男の子であれば、外を体を動かす遊びで誤魔化せるかもしれないが、女の子はちょっと……どう接していいか分からない。


 おままごとをすればいいのか?

 私は何役だ?


 チームのメンバーには子供がいる者もいるが、彼は子供がおままごとで作った泥団子を差し出され、笑顔で食いきったという武勇伝を語っていたが……私もそれをするのだろうか。その彼は泥団子を四つ食したところで腹を壊し、二週間ほどチームから離れて養生していたらしいが……その一途をたどらなければいけないのか。


 いや、逆に母親役であればその難を逃れられるかもしれない。

 でも母って何をすればいいのだ。


 私は子供のころ、何をされていただろうか……ああ、確か実家の裏山で動物の狩猟と血抜きの訓練をしていたな。……それをして、今時の都会の子供は喜んでくれるのだろうか。斬新という視点では……アリか? いや、そもそも護衛対象を王都外に連れて行くこと自体、危険を深めるだけの愚行だ。その案は却下として……私は何をしたらいいのだ?


「………………」


「あ、ちなみに別に会話についていけない、とかそういう話じゃないよ? 紳士たる俺は女性に対しては、年齢関係なく嗜みを心得ているのだよ、はっはっは」


「っ、そうか……いや待て。私も女だが、どうにも他の男連中と態度が変わらなくないか?」


「ああ、俺が言っている女性っていうのは、見た目とか種としてじゃなくて、内面的なものだよ」


「…………答えになってなくないか?」


「そう? まぁまぁそれは置いておいて」


 置いておかれた……。

 腑に落ちないが、まずは先に彼の言う「ついていけない」理由を聞くとしよう。


「物理的についていけなかったんだよ、彼女の移動速度に」


「………………はぁ?」


 気付けば瞬き一つの間に、音もなく姿を消す男が何を言っているのか。


 身体能力に何かしらの強化を施す恩恵能力アビリティを持ち合わせていないとはいえ、彼の身体能力は人種として群を抜いている。そんな彼が物理的についていけない、だなんて笑えない冗談は、彼を知っている者なら冗談とすら受け取らないことだろう。


 ――という表情をあからさまにとると、彼は面白そうに笑い出した。


「いやぁ、はっはっは! 面白いだろ? 俺が彼女を見失わないようにするだけで精一杯だった、だなんて情けない姿……皆が知ったら、どんな顔をするかなぁ。それも、精錬された戦士でもなんでもない、小さな女の子に、だよ?」


「……その冗談はどう受け止めればいいんだ?」


 正直、難解にひねくれた冗談の類は苦手だ。


 冗談なんてものは、いちいち考えなくても直感で理解し、その面白さを感じてこそ、冗談だと思う。

意図も何も理解できない冗談は、その役目を放棄していると言っても良い。


 しかしレジストンは訂正せずに、くぐもった笑いを浮かべながらこちらの様子を面白がっている様子だ。


「君は俺より早く動くことができるだろ?」


 急にまだ笑いが残った声でそう問われたので、私は少し考えた後、頷いた。


「能力を使えば……そうなるかな」


「<身体強化テイラー>……その中でも不可能とされていたレベル4に到達した超人。それがディオネ=ロンパウロだもんな」


「……私は別に自分が秀でているとは思っていないがな。周囲の評価が勝手にそうしているだけだ」


 本来の<身体強化テイラー>は王都の測定では、レベル1~3の枠を出ない能力だ。


 しかし、それは人種を基準としているがために設けられた指標であり、人よりも高い身体能力を持っている森の住人――森獅エリンがその力を得れば、素地が違う分だけ差が生じる。特に倍々ゲームのように元値に応じて力量差が変動する<身体強化テイラー>は、その種族の違いを顕著に知らしめたと言えるだろう。


 故に森獅エリンであり、<身体強化テイラー>を持つわたしは、前人未到のレベル4という指標を貼られ、クラウンの中でも名を知られる存在となったのだ。自分で言うのもなんだけど。


 それは我が誇り高き種族、森獅エリンを讃える勲章のようにも思えて、私にとっては誇りとして胸中に常に輝いている。


 私は少しだけ口元を緩めつつ、うんうん、と頷いた。


「だから、君が適任だと思ったんだよ。酒で釣るのは俺的にもちょっと嫌な手法だったけど、俺の我儘分だけ上乗せした良い酒を報酬として渡すつもりだよ」


「それは……ありがたい話なのだが、結局さっきの冗談はどこにオチがつくのだ?」


「え?」


「ん?」


「いやだから……冗談じゃなくて、本当だって」


「いやいや……」


「……」


「……」


 私は顎に手を当て、レジストンの真意を探ろうと思考を回転させる。


「分かったぞ。ここに至るまでの会話、全てが冗談……という高等な技か? いや……それだと、報酬の酒のことまで冗談ということに……それは困るぞ」


「うーん、こりゃ百聞より一見するに限るかなぁ」


「どういう意味だ?」


「言葉通りの意味だよ。ん、ちょっと待ってくれ」


 気付けば私たちはフルーダ亭の前まで着いていた。


 明かりはついているし、中にいるのは十中八九クラッツェードだろう。何の問題もないような気がするが――いや、中から複数人の気配を感じる。


 なるほど、その存在に気付いての警戒、ということか。


 今日相手をした野犬どもの仲間が来ているかもしれないとなれば、このまま突入するよりも、裏から手を回す方が圧倒的に有利に運ぶ。クラッツェードも簡単にやられるほどやわではないので、その手が最善だろう。


 レジストンは気配を隠しながら窓際に近づき、中の様子を窺い始めた。


「おやー?」


 どことなく緊張感のないレジストンに私は思わず目を細めてしまった。

 その理由を聞こうかどうか迷っていると、彼はこちらに僅かながら顔を向けて言った。


「予定変更だ。どうやら護衛対象のお姫様方がご来店のようだよ」


「なに?」


 カーテンの隙間から店内の様子を探るレジストンを肩で押しのけ、私は話の中だけに聞いていた少女たちをその目に収めた。


 亜麻色髪の幼さの残る少女と、少し凛とした雰囲気を持つ銀髪の少女。


 どちらが年上かは体格で一目瞭然だが、どことなく銀髪の子の方が大人っぽく見えた。佇まいなどの雰囲気がそうさせるのだろうか?


「ふむ……レジストン」


「なんだい? というか、俺にも見せてよ。まだ遠目だったり、後を追うので必死だったりと、じっくり彼女たちの姿を見れてないんだよねぇ」


 ぐいぐい、と肩で押しのけようとする友人を地力で押し返す。


「さっき、一見しろと言っていたが、ふん。私の予想通り……というか、予想以上に華奢な子たちじゃないか。ふむ、確かにこんな子たちが悪漢の手にさらされようものなら護らなければ、と思わせる雰囲気を持っているな」


 窓の隙間から見える二人の少女は、仲睦まじい姉妹のように会話を紡いでいる。


 しかしお腹が空いているのか、途中途中でお腹を押さえたり、口寂しいかのような表情をする様は微笑ましい光景に思えた。


 いいな……妹がいたら、こんな感じなのか?

 ふむ、一人っ子の私には眩しく映るな。


「はっはっは、そのギャップが中々に強烈でねぇ」


「まだ続けるのか……」


 冗談も理解されないからってしつこくすると、逆効果だぞ。


 そう告げると笑って躱されたが、本当にどういうつもりなのか。もしかして誰かに「お前の冗談はつまらない!」とか言われて意固地になっているのだろうか。


「うーむ、信じてくれないねぇ」


「当たり前だ。お前がわざわざ私の<身体強化テイラー>を話の引き合いに出したということは、彼女もそうだと言いたいのだろう? 他の恩恵能力アビリティだというなら一考の余地はあるが、こと<身体強化テイラー>に関してであれば、通常の人種であり、まだ幼いあの子がそのような力を発揮できるわけがないだろう」


「そりゃ固定観念ってやつだよ。戦士が先入観にとらわれちゃ、足元掬われた時に手遅れ……なんて事態にも繋がっちゃうぞー」


「う……」


 その返しは予想していなかった。そのうえで一理ある話だ。


 既に私という例外が<身体強化テイラー>を持つ者たちの中で生まれているのだ。種族以外の例外があっても……いやしかし、あんな子がレジストンすら追いすがるのにやっとの速度で動くなど……あまり想像したくないな。


 銀髪の子がピョンピョンと高速で動く様を頭の中に浮かべて、いやいや、と頭を振った。


「ま、それはおいおいってことで……ほぃ」


「ん、なんだこれは」


 急に手渡した数枚の紙を受け取って、開いてみる。


 そこには王都西地区の一つの宿の番地が記載されていた。他には……周囲に「犬」や「鳥」などが張り込んでいないかの確認などがある。


 次の紙に目を移すと、それらは何も書かれていない白紙だった。


「一枚目は……察したが、この白紙はなんだ?」


「ああ、それで置手紙を書いてほしいんだ。確か、ディオネって字、上手かったよね」


「ふっ、森獅エリンは文武両道の種族だからな! で、なんと書けばいいのだ?」


 私個人が褒められるのはどうにも慣れないが、私の書記技術は故郷で父に教わった技術だ。それを褒められるということは、父を讃えるも同義。それは森獅エリンとしての誉れでもあるので、私は素直にその言葉を誇って受け取った。


「内容については彼女たちと話し合った結果で決めるとするよ。ディオネは先に宿先周辺を綺麗にしてくれると助かるかな。きっとディオネの方が終わるの早いだろうから、終わったら宿の屋上あたりに待機していてよ。こっちが終わり次第、合流するから」


「分かった。で、私の夕飯は?」


「……1時間ぐらい話をして粘るから、宿下の食堂で食べておいで」


「ふむ、心得た」


 仮に「犬」や「鳥」がたむろっていたところで後れを取るつもりはないし、さほど時間をかけるつもりもない。それより問題は、ここで食べようかなと思っていた夕飯が食いはぐれることだ。それについてはレジストンが時間を稼ぐと言ってくれたので、1時間以内に食事も含めて終わらせようと思った。


 満足げに頷いた私は、友に軽く挨拶を送ってから、長棒袋を肩にかけ直し、その場を跳躍。


 <身体強化テイラー>を発動させた私は夜風を割く刃のように、建物の屋上を駆けていき、ものの数分で目的の近くまで移動を終わらせる。


 月が照らす屋上の一角、そこに足をかけ――私は眼下に行き交う人々を見下ろし、不審者がいないかを調査していく。


 場所を変え、角度を変え、高低を変え、視点を変え、己が嗅覚と経験を元に通りを行き交う人々とは異なる意識を持つ人間、それも目的の宿に対して意識を割いている者たちを探し出す。


 誰もいなければ、それで良かったのだが……幸か不幸か、宿から少し離れた裏路地で挙動のおかしな数人組の人間を発見する。


「――……運が悪かったね」


 はてさて、彼らは何を目的に集まっているのか。


 私やレジストンの標的かそうでないかは二の次だ。目的はどうであれ、それが他者に害するものであれば、私はこの手に持つ長棒で彼らを淘汰するのみ。悪意のない、誤解であれば驚かせたことを謝って別れるだけ。さて、どちらに転ぶのかは、この後の会話次第、というところだな。


 手慣れた手つきで布紐をほどき、獲物である長棒を手に取り、そのしなり具合と間合いを確認するために、何度か片手で回し、いつもの感覚を指先に馴染ませる。


 そして私は、タンッと屋上の角を蹴り、宙を飛ぶ。


 何やら影の中で相談をしている男たちはまだ気づいていなかったが、彼らの目の前に降り立てばさすがに愚鈍たる彼らも目を剥いて気付いてくれたようだ。


 ヒュンと二度、三度、長棒で空を切り、私はこちらを見て驚愕を浮かべる男たちに告げた。



「少し――話を聞かせてもらうかな」




2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました

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