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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第二章 操血女王の平民生活
62/228

32 ナントカ商会のナントカさん

いつも読んで下さり、ありがとうございます(*´▽`*)

 クーデ教会は王都西地区の端の端――未開発地区もしくは過疎地区とでもいうべきか、人の影もまばらだし、活気も少ない。住人たちは生きるために必要最低限の行動しか行っていないのか、正直、土地の広さに対しての人口率が低すぎるように思える場所に建っている。


 正面の朽ちた広場も同様、公共場所や道の改修や建造物の塗装などが一切手つかずな面を見るに、おそらく国の手がほぼ届いていないのではないかと思う。


 生活環境が堕落していくと、人は生きるために努力しようとするのではなく、生きるために楽をしようと考える。公益所という王国民や外部の人間でさえ、所在さえ確認できれば仕事を得られるという場が用意されているにも関わらず、そちらに流れずにスリだの窃盗だのを目論む人間がうろついている様子が、まさにこの西の外れの現状を表していた。


 そんな場所のため、当然、土地は整備されておらず、水分が不足した地表はひび割れ、誰も訪れない空き地ばかりが目立つものとなっていた。


 つまり――子供たちの遊び場が盛りだくさん、ということにも繋がる。


「うおぉぉぉぉぉぉっ!」


 大げさすぎる気合を指先に乗せ、ヒュージはわたしから少し離れた位置で大きく振りかぶった。


 そして彼が放った球は勢いよく宙を滑っていき、やがてわたしの横を通り過ぎようとする。


「えいっ」


 しかしその渾身の球を見逃すはずもなく、わたしは軽く振りかぶった細長い枝棒でその球を易々と捉え、ヒュージの遥か後方――背の低い雑草がひしめき合う空き地の方へと飛んで行った。


「そんな馬鹿な……!?」


「おお~、気持ちいいぐらい飛んだね~」


「セラちゃん、すごぉーい!」


「すごいすごい!」


 驚愕を露わにするヒュージとは対照的に、クゥーデリカは額に手を当てて飛んで行った球を眺め、その周りで目を覚ましてすっかり元気になった数人の子供たちがはしゃいでいる。


「ふぅ」


 木の棒を肩にかけ、わたしは一息つく。


 さて、この野球染みた遊びだが、野球ほどルールが厳格に決まっているわけでもなく、チームに分かれて競っているわけでもない。


 単純に、現在のクーデ教会で男子では年長たるヒュージが球を投げ、それを女性陣やまだ小さい男の子たちが、その辺に転がっている木の棒で弾き返すだけ、という単純な遊びだ。


 男の子向けの遊びに思えるが、やはりクーデ教会の財政はかなり厳しいらしく、余剰金が無い関係から娯楽品と呼べるものが少ないのだ。


 特に体を動かす遊びが好きな男の子と違い、女の子は絵本やお絵かき、料理や裁縫などなど……何かと備品や金がかかる遊びが多い傾向にある。おままごと一つするのでも、物は必要なのだから、そういった備品が用意できない現状では、女の子たちも外で遊ぶほかないというのが実情のようであった。


 孤児院の役割も担う教会なのであれば、王国民から不要になったお古など、そういったものが集まりそうな気もするのだが、残念ながら有志の人たちから無償で入る物はあまり無いとのことだ。


 外は外で、きちんと整備された公園などもないので、結局、自分たちで工夫して遊ぶしかないのだ。


 そういう背景があるせいか、男の子に限らず、ここの女の子はアグレッシブな性格になるのかもしれない。クゥーデリカもどこか男勝りな女性に育ちそうな雰囲気がバシバシするし……。


 まだ5歳ぐらいの男の子と女の子が、わたしの打球を探しに走っていき、数分後に「あったよー!」と笑顔で球を両手に包んで戻ってきた。


 そして投手役であるヒュージにそれを渡すのだが、彼の表情は芳しくない。


 クゥーデリカの話によると、彼が男性陣年長者の座についてから、この遊びで完膚なきまでに打たれたことが無いとのこと。さらにはこの投手役こそ教会の大黒柱なる男の役目であり、打者を完全に打ち取る姿こそ名誉である――的な伝承が子供たちの中であるらしく、代々、投手を務めた少年は他の子供たちの憧れの的になっていたそうだ。


 その座にいたヒュージが現在――13球ほど投げては、その全てをわたしに完璧に捉えられ、ホームラン性の打球が空を舞っている、というわけだ。


 うん、落ち込むのも分らなくはない。


 ていうか、<身体強化テイラー>を持つわたしに子供が投げる球を打ち返せないわけがない。


 かなりズルな気がして素直に喜べないわたしだが、<身体強化テイラー>を解除すれば逆にこの棒の遠心力に振り回されて、ロクに振ることすらできないと思うので、それは却下だ。


 ……それに、なんか思いっきり球を打つのって気持ちがいいしね。


 教会内でせっせと築き上げてきたヒュージの威厳も心配ではあるが、一度球をクリーンヒットする楽しさを知ったわたしは、手加減をする気遣いは一切抜け落ちてしまった。


「……あ、ありえない。この俺の、自慢の球が……」


 帰ってきた手の中の球を見下ろし、うつろな目でつぶやくヒュージを気遣う者は誰もなく、逆にクゥーデリカの音頭で全員が煽る始末であった。


「へいへーい! アンタお得意の球はこんなもんかーい!?」


「へーい!」


「もんかーい!」


 クゥーデリカの声の一部を反芻するかのように、子供たちも声を出す。


「ぐ、ぐぬぬぬ……! セラフィエル! もう一回、勝負だっ!」


「いいよー」


 あんなに力いっぱい球を握りしめたら、球が歪んじゃわないかな……。

 彼が前に突き出した球の様子を見て、わたしは思わず苦笑を浮かべてしまった。


 因みにこの球も彼らのお手製だ。


 干した草を何重にも織り込んで、最後は燭台から垂れてきた蝋で固めた自家製の遊び道具。


 今までは盛大に打たれることが無かったせいか、衝撃に弱い蝋もそこまで剥げてなかったのだが、わたしが13度も打ち返した今の球は、表面上の蝋も砕け散り、中の干し草もほつれた個所が幾つもある状態だった。たぶんだけど、あと数回思いっきり打ったら空中分解しそう……。


 しかしそんな球の状態なんて気にせずに、ヒュージは思いっきり全身を捻り、力強く軸足を前方に突き出して、持ちうる力をすべて球に込めた渾身の球を放った。


 それは彼の意地が具現したかのような、素晴らしいボールだった。


 キャッチャーや主審がいるわけじゃないけど、きっとこの投球はストライクゾーンぎりぎりのところへと決まりそうかな、と思った。


 こうしてボールの軌道線が目に見えている時点で、わたしに打てない球ではない、という証明でもある。


 わたしはニンマリと笑い、左足を大きく踏み込み、ここに来るであろう球の到達点めがけて棒を振ろうとする。


 そして――わたしは目を見張った。


 途中まで速球の軌道を描いていた球は空気抵抗にかかり、徐々に失速し、軌道を僅かに変えていく。


 蝋が剥がれ、中の草が飛び出しているような球だ。

 それが原因で球が予想外の動きをしている――と考えたわたしだが、それはすぐに覆されることになった。


 ――さっきまでの回転とは、違う!?


 間違いない。

 これは――変化球だ。


 球を追いかけるわたしの目にヒュージの姿は映らない。だというのに、どこか彼が「してやったり」とほくそ笑んでいるような気がして、わたしは一転して焦りを浮かべてしまった。


 僅か1秒にも満たない世界。


 わたしは<身体強化テイラー>の出力を数段階上昇させ、より正確な知覚と強引に棒の軌道を変更する筋力を手にし、外側へとスライドしていく球を追いかけるように腕を伸ばした。


「ここだぁぁぁぁぁっ!」


 気付けば叫んでいた。


 最大まで引き上げられた知覚は、世界をスローモーションのように緩慢とさせ、その中でわたしは狙いを澄まして横を掻い潜ろうとするヒュージの球を打ち上げた。


 その様子はさながら生粋のホームランバッターのようであった――と自画自賛しておく。


 しかし間違いなく捉えたはずの球は棒と接触するや否や、見るも無残に粉砕され、高々と舞い上がるはずの打球は粉々になった干し草が宙を舞うだけとなってしまった。


「あ、あれ……?」


 予想以上の己のパワーに、わたしは棒を振りぬいた格好のまま、風に乗って辺りに舞い散っていく干し草を見上げることしかできなかった。


『……………………』


 ヒュージやクゥーデリカも、わたしと合わせるかのようにその様子を見上げたまま固まってしまった。


 ど、どうしよう……。

 これは……気まずい雰囲気になってしまった。


 まさか空中分解どころか、即時粉砕という形になるとは思わなかった。それだけ熱が入っていたという証拠でもあるのだが、それは球を破壊していい理由にはならない。


 きっとこのお手製の球は、彼らが必死に知恵を絞り、時間をかけて端正に作り上げた貴重な遊び道具だったはずだ。それを余所者の……それも今日初めて来たわたしが粉砕してしまったという事実は、さっきまでの熱を一気に冷やし、氷点下まで下げるだけの効果だった。


 わたしは一緒に遊んでいる子供たちの誰とも目を合わせる勇気が浮かばず、足元に視線を向けつつ言葉を練る。


 しかしいくら考えても「子供と遊んで困った時の対処法」なんてマニュアルはわたしの中に用意されておらず、実体験も200年前の幼少期しかない。感覚的にも記憶にもない対処法なんぞ、この急場に身に着くわけもなく、わたしは素直に謝るしかないと思い切って顔を上げた。


 そして――その暗い想いは、無邪気な声によって遮られた。


「わぁぁぁぁ、すごぉい!」


「セラちゃん、かっこよかったぁ!」


「へ?」


 てっきりヒュージが怒鳴った時みたいに、泣き叫ばれるかと覚悟していたわたしだが、その反応に目を白黒して間抜けな声を出してしまった。


「ふぅむ、まさにヒュージのプライドそのものみたいな末路だったね~。見事なまでに粉々だわ」


「おい、姉貴。俺はそこまでへこんでないぞ」


「あら、強がりねぇ~」


「だいたいセラフィエルの力で球がここまで壊れるわけねーだろ。てこたぁ、きっと球自体が限界だったんだろ。投げる際もモサモサしてたし、形も歪んでたからな」


 お、おお?

 なんだか平和的に終わりそうな気配を感じるぞ。


 いつの間にか集まってきていたヒュージも困惑はしつつも怒っている様子はない。クゥーデリカも同様だ。他の子たちに関しては今までに見たことのない光景に大喜びのご様子。


 ――よし、ここは流れに乗っかって<身体強化テイラー>でうっかり球を破壊したという歴史を埋もれさせよう!


「その、ごめんなさい。まさか、壊れるだなんて思ってなくて……」


「気にしなくていいよ、セラちゃん。もともとそろそろ替え時かなぁって話をしてた球だし、いっそ最後に清々しいぐらい豪快に砕け散ったのは痛快だったしね」


 いつの間にか「セラちゃん」呼びのクゥーデリカがわたしの肩に手を置いてそう言ってくれた。そのことに安堵の息を吐きつつ、わたしはヒュージの様子もうかがうと、彼は肩を竦めて「ま、姉貴の言った通りだな」と言ってくれた。


「あ、ありがとうございます」


 安心はしたが、彼らの私物を壊したことは事実なので、今度、何かしらの記念日にでもかこつけて彼らにボールをプレゼントするのも良いかもしれない。教会の記念日調査と、市場でのボール探しを今後の予定にリストアップすることにした。


「おやおや、随分と楽しそうですねぇ」


 一区切りしたところで、わたしたちの一団に声をかける男がいた。


 一斉に振り返った先には、つい先刻見た顔――確かドンゲスと呼ばれた男が笑みを浮かべて立っていた。


 シスター・ケーネからは「クゥーデリカたちが戻ってきたら、外で遊んでらっしゃい」と言われて部屋を後にしたため、彼らの話を聞くことは叶わなかったが、どうやらその話も終わったようで、彼は今から帰宅の一途をたどるところだったらしい。


 少し離れた位置に内馬車が止まっており、御者台から使用人と思われる男性がちょうど降りてくるところだった。


「げ、ナントカ商会の!」


 ナントカ商会……っていうと、ああ、ヒュージが前にも言っていた商会の名前だっけ?

 本当にナントカ商会って名前だったんだ。


「……ギルベルダン商会ですよ、少年」


 ……違った。


 どうやらギルベルダン商会、という商会の人らしい。

 ヒュージの「ナントカ」は覚えてない場合の固有名詞の総称だということを覚えておこう。


「まーた懲りずに来てたの、ええーっと…………ナントカさん」


 ……どうやらクゥーデリカも同族だったようだ。いや、むしろヒュージの姉貴分であるクゥーデリカが元凶かも。


「はっはっは、まだ君たちには商会名以外は名乗っていないのだから、名前を知らずとも致し方ないこと。そう無理をして呼び名を使わずと良いですよ」


 ちょっとクゥーデリカ!

 覚えていないどころか、知りもしないことを忘れたかのように言うとか、どこまでテキトーなの!?


「そして、できれば今後は覚えておいて欲しいものだね。私の名前はドンゲスといいます。王都には越してきたばかりの新参者ですが、何卒宜しくお願い致します」


 細めた目尻に柔らかな物腰、丁寧な口調は好感を持てるはずの仕草なのだが……どうにも胡散臭い。行動の一つ一つが演技のように作り物めいているのだ。


 しかし、なるほど。


 ここの教会に何度も足を運ぶ理由が何なのかは分からないけど、シスター・ケーネの浮かべた表情からしても、あまり良い内容ではないのだろう。それを察してかヒュージはドンゲスを好意的には見ていないように思える。その結果、草むしりでのわたしへの「お嬢様疑惑」が前のめりで浮かんでしまったのだろう。


「子供たちはやはり外で元気に遊ぶ姿が良く似合いますなぁ、はっはっは。君たちも何か欲しいものがあれば、遠慮なく私に相談してください。この教会とは今後とも懇意にさせてもらいたい身だからね。多少の割引はさせてもらうつもりだよ」


「わぁ」


「ほしいもの~?」


 その言葉に反応してしまう年少組の子供たちが思わずドンゲスに近づこうとするが、クゥーデリカとヒュージがそれを阻止する。ヒュージに至っては噛みつかんばかりに警戒心を浮かべた。


 うーん、このまま行くと不毛な言い争いになりそうだし、少しだけ口を挟もうかな。


「……必要ならシスター・ケーネを通してご連絡します」


「はっはっは、君の言う通りだね。子供たちが楽しそうにしているのを見て、ついつい何かあげたくなってしまってね。こりゃ確かに失言だったよ」


「そうですか」


 手に持っていた帽子をかぶり、ドンゲスは鼻髭を指で弾きながら一歩引いた。


「それでは私はもう行くとするよ。せっかくの時間を邪魔して済まなかったねぇ」


「いえ」


「それではまた会う時まで」


 その別れの言葉には返さず、彼も意に介した風もなく踵を返した。


 ドンゲスが内馬車の中に姿を消し、内馬車が動き出したのを見送って、ゆっくりとクゥーデリカが口を開いた。


「……んー、やっぱ狸っぽい親父だなぁー」


「アイツが来てから婆ちゃんもあんま元気がねぇ……くっそ、来てると知ってたらすぐに追い返してやったのに!」


 二人の不評には、わたしも同意だった。

 交わした言葉は少ない。

 それで相手を判断するのは難しいし、すべきではないことだ。


 しかし――去り際、彼が踵を返したその一瞬。わたしの鋭くなっていた<身体強化テイラー>による動体視力は確かに捉えていた。……彼の視線がまるで品物を見定めるかのような冷たい目をしていたことを。


「……」


 レジストンは今の様子を何処かで見ていただろうか。


 ギルベルダン商会。

 覚えておいた方がいい名前、かもしれない。


 どこかでレジストンか、彼の仲間にコンタクトをとる機会があれば、尋ねてみようとわたしは今日の締めくくりとして決めた。


 この日、ドンゲスの接触のせいですっかり遊ぶという雰囲気が無くなってしまったわたしたちは夕方を迎える前に解散することになった。


 ヒュージが泊っている宿まで送ると言ってくれたが、さすがに申し訳が立たないので何度も「大丈夫」と断りを入れて帰路につく。ヒュージの心配性も何となく分かる。小さな子があれだけ身近にいると、確かに周囲の子供に対して敏感な性格になっちゃうよね。


 最後まで不安を隠せずにわたしを広場前まで見送る彼を思い出すと、少しだけ気持ちが明るくなった気がした。



2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました

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