31 クーデ教会の子供たちとシスター
いつもお読みくださり、ありがとうございます!(っ´∀`c)
最近、台風が多いですねぇ……皆さんも外出の際はお気を付けくださいm( _ _ )m
――今、目にしたこと耳にしたことは……忘れろ。
わたしの肩に手を置いて、遠い目で囁くように声を絞り出したヒュージはさながら諦念という概念を擬人化したかのような様子であり、わたしはただただ頷くほかなかった。
クゥの姉貴――クゥーデリカは、満腹になるまでわたしたちを弄り通し、最後は有無を言わさずに教会の中へと招待してくれた。
裏表がないと言えば聞こえはいいが、彼女の人を手玉に取る勢いは本当にすごかった。
プラムだったら、きっと小ウサギのように震えてしまうのではないかと思ってしまうほどの圧であった。
ゲンナリしつつもクゥーデリカを先頭に教会の身廊を歩いていると、複数の視線がこちらに集まっていることに気付く。
「あ」
その方角に向けると、身廊の両サイドに並ぶ草臥れた長椅子。
その背もたれからヒョコッと顔を出している可愛らしい存在が幾つか。
わたしと目が合うと、すぐに頭を引っ込めてしまうが、それも数秒の間。
興味心に駆られた子供たちはすぐに同じように顔を覗かせて、わたしの姿を不安半分期待半分の面持ちで観察していた。
「こんにちわ」
なるべく警戒心を与えないよう、柔らかく微笑んで挨拶を送ってみた。
愛憎渦巻く環境の中で女王の一人として君臨していた期間が長かったため、こういう純粋な視線は戸惑う部分もあるのだが、できれば嫌われたくない。むしろヒュージで失敗した分、この子たちには「お姉さん」として懐いてほしいという欲望もニョキニョキと芽を出してきた。
わたしが挨拶したと同時に、クゥーデリカとヒュージも足を止めてくれた。
どうしよう、と言わんばかりの間が空き、しばしそのままでいると、ヒュージが「おい、お前ら――」と言葉を発しようとしたが、その前に一人の女の子がとことことわたしの近くまで来てくれた。
女の子はわたしとヒュージたちを交互に見て「えと、えと」ともごもごと口を動かした。
あら、可愛い。
羊のようなふわふわとした髪をした子は、わたしよりも少し下ぐらいだろうか。身長が同じぐらいだけど、仕草の一つ一つが幼く見えるので、そのぐらいの年齢層だろうと当たりをつけた。
第一印象は人間関係において最重要項目の一つだ。ここはお姉さんとしての威厳を見せるしかないだろう。ああ……お姉ちゃんお姉ちゃんと慕う子供たちの姿が見えてくるようだわ!
「こんにちわ」
わたしはもう一度優しく声をかけた。
すると、女の子はパァッと笑顔を浮かべ、わたしに抱き着いてきた。
「わぁっ、この子、新しい子? ねぇ、ねぇ、お名前はなんていうの?」
「セ、セラフィエルといいます……」
まさかいきなり抱き着かれるとは思っていなかったため、わたしは困惑を隠せずにどもってしまった。しまった、意表を突かれて威厳が薄れてしまう……!
「せら、える……んと、セラちゃん!」
プラムと同じ愛称をつけられ、わたしは思わず微笑んでしまった。
「おい、そいつは新しくここに住む奴じゃないぞ」
目を丸くしていたヒュージが慌てて訂正に入ろうとするが、わらわらと集まってきた子供たちの声にかき消されてしまう。
「わぁ、セラちゃんの髪、さらさら~」
何故か「よしよし」と頭を撫でられる。
「セラちゃん、いい匂いするー」
何故か「くんくん」と匂いを嗅がれた。
「セラちゃん、おねしょ、まだしてる? わたしね、わたしね、今日おねしょしなかったんだよ? えらいでしょー」
ちょっと待って! なんでわたしもおねしょ候補として名が連なってるんですかねぇ!?
あれ?
なんか明らかに子供っていうか、同世代扱いされてない!?
お姉ちゃんは!? わたしを慕うどころか、仲間を見つけたかのようなこの輝く視線はなに!?
「おお……これはこれで、ふむふむ。…………実に良いわ!」
ちょっと、クゥーデリカのお姉さん?
いいものを見た的な顔で頷いてるんじゃなくて、この騒動を止めてください。
ああっ、グイグイと多方向から服を引っ張られて身動きが取れない!
「ヒュ、ヒュージ~」
「全く、お前が不用意にあんな笑顔なんか向けるから、こいつらの警戒心が解けちまったじゃねーか。ったく……おい、お前ら! セラフィエルが困ってんだろ! それとコイツはここで一緒に住むんじゃなくて、お客様だ!」
あんな笑顔って、どんな笑顔!?
でも……わたしの笑顔で警戒心が解けたっていうのが本当なら、それはそれで嬉しいかも……。
ヒュージの言葉に子供たちが一斉に「えぇ~」と不満を漏らす。
「ほ、ほら、ヒュージお兄ちゃんもこう言ってますし、いったん離れましょう?」
わたしの言葉を吟味するかのように皆がジーッと見つめてくる。
なんで離れるの? みたいな幻聴が聞こえてくるようで、わたしもそれ以上は何も言えず、ただ笑みを浮かべるしかできなかった。
「あ!」
と、最初にわたしを「セラちゃん」と呼んだ女の子が、得意げに笑みを浮かべて「分かった!」と声を上げた。釣られるようにして周囲の子たちもそちらに注目する。
「セラちゃん、ヒュージ兄ちゃんのおよめさんだぁ! きのう、クゥ姉ちゃんが言ってたもん!」
「あ、ほんとだぁー。銀色の髪してるもんー」
「ねぇねぇ、セラちゃん、お兄ちゃんと仲良しさんなの?」
「およめさんってなぁにー」
「クゥ姉ちゃんが言ってたじゃないー」
「ふたりはえと、らぶらぶだって言ってたよぉ」
ああ、視界の端で小刻みに震える少年の姿が見える。
かくいうわたしも、頬が熱くなるのを感じる。いやぁ……さすがに弁明したい気持ちはあるんだけど、こうまで純粋無垢なキラッキラの目で見られながら言われると、否定の言葉が非常に言いづらい。拒絶して泣かれでもしたら、正直、わたしの中に大きな後悔が残りそうだ。
「――」
と、ヒュージが顔をあげ、わたしと目があった。
彼は――すでに目が据わっていた。
さて、雷警報が鳴ったわけだし、わたしは耳でも塞いで案山子にでもなりますかねぇ。
ヒュージはスゥ……と大きく息を吸い、
「違ぇって、言ってんだろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
と、魂の咆哮を教会中に響き渡らせた。
大声の意図はわからずとも、子供たちは感情に敏感な生き物だ。
ピタッと、わたしに対するコメントを止め、一瞬の静寂。
そして……次第に目元に涙をため込み――盛大に鳴き声の大合唱を開始した。
「……クゥーデリカさん、責任を持って対処願います」
「あらやだ、セラちゃんは冷静だねぇー」
今にも口笛でも吹きそうな態度に、わたしは思わずジト目になる。
「ヒュージが睨んでますよ」
「あぁー、さすがに弄りすぎちゃったかな。しょうがない、幕引きはこのお姉さんに任せなさい!」
ヒュージとの会話から察するに、幕開けもご担当されてましたよね……?
そう言葉を挟みたくなったが、この大合唱を放っておくわけにもいかず、わたしは近くの子たちの頭を撫でながら、クゥーデリカが全員を宥め終るのをひたすら待つ羽目となった。
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「うちの子たちがご迷惑をかけたみたいで……本当にごめんなさいねぇ」
そう口にしたのは騒動で駆け付けた壮齢のシスターで、雰囲気的にここの管理者のようだ。
わたしは今、泣きつかれた子供たちを祭壇のある内陣の奥の寝室に寝かしつけた後、袖廊傍にあるシスターの自室で彼女と向き合うようにして椅子に座っていた。
ちなみにヒュージとクゥーデリカは客の前での粗相と、悪戯に小さい子たちを泣かせた罰として、頭頂部にこぶをこさえつつ教会内の掃除をさせられているため、この部屋にはいない。
「い、いえ……その、可愛い子供たちに囲まれて、わたしも幸せでしたから」
「ふふ、私から見れば貴女も可愛い子供の一人よ」
そういって、やや乱れたわたしの髪を指先で梳いてくれる。
くすぐったい感触だったが、悪い気はしない。
しかし……完璧に、わたしの印象はあの子たちと同じ子供という現実に、少し落ち込みそうになる。
秘めたる才能や風格というものは黙っていても滲み出ると聞くが、わたしには備わっていなかったようだ。
思いつきで淑女になろうだなんて幻想だったのだ。
この世界にきてから不安定なわたしという個は、幼い精神と膨大な記憶の狭間で入り混じっている。
子供扱いされて心地よく感じることもあれば、記憶にある成人としてのわたしがいて、わたしは子供じゃないと抵抗する時もある。
子供と大人。
乖離する精神と記憶の中で、どっちで在るべきか。
……なんだか、思い悩んでも答えは出ない気がした。
というか、わたしはわたしで、口調は丁寧語、周囲に軋轢を生まないスタンスで行くと決めたのだから、周りからどう思われようと、その方向性を貫けばいいのではないのだろうか?
うん、そう考えると……なんだかスッキリしてきた。
「セラフィエルさん?」
「あ、はいっ」
「大丈夫? 何か思い悩んでいたように見えたのだけれど……」
う、顔に出ていたか。
わたしは慌てて首を振って、笑顔で返した。
「大丈夫です。それはもう解決しそうなので」
「そうかしら? あ、そういえばクゥーデリカから聞いたのだけれど、昨日はヒュージがお世話になったみたいで、ありがとうねぇ」
「え? い、いえいえ……別にそんな」
クゥーデリカから聞いた、というのは、どういう内容だろうか。
少なくとも世話になったという意味でいえば、どちらかというとわたしの方だ。
草刈りはヒュージが手伝ってくれなければ、もしかしたら上手く達成できていなかったかもしれないし。であればここで言う「お世話」とはどういう意味なのか。純粋に挨拶に近い定型句であれば問題ないのだが……あのクゥーデリカを挟んでの話というのがどうにも気がかりだ。
誤解を多分に含んでいそうで訂正を加えたい気持ちが先立つが、同時に詳しく聞くことに恐ろしさもあるため、わたしは迷った挙句、そのまま言葉を続けなかった。
クーデ教会のシスターを務めるケーネが入れてくれたお茶の入ったコップを口元で傾け、喉を潤すことで平常心を取り戻す。
「ふふっ」
「?」
急にシスター・ケーネが笑い出したので、わたしは意図が分からず、首をかしげることで疑問を返した。
「いえ、ごめんなさいね。貴女のような落ち着いた子があの子の友達になってくれて良かったと思ったら、急におかしくなってしまってね」
「は、はぁ……」
「ほら、もう気づいているとは思うけど、クゥーデリカはああいう性格だから。悪いことばかりではないのだけれど、やっぱりヒュージも影響されて言葉遣いや態度が雑な風に育っちゃってね。少しあの子の将来のことを心配していたところなのよ。私たちがもっとしっかりと教育していければ良かったのだけれど……」
「クゥーデリカさん以外にヒュージより年上の子はいないのですか?」
「少し前はもちろんいたのだけれど……ヒュージが物心つく前に出てしまってね。王都を出た子もいれば、騎士として今も頑張っている子もいるわ。だからクゥーデリカも姉として頑張っているのだけれど、ちょっと空回りというか……ふふ」
シスター・ケーネは頬に手を当てて困ったように苦笑した。
わたしから見たクゥーデリカは自然体のように見えたけど、もしかしたらあの子はあの子で年長者として見えない努力をしているのかもしれない。そう考えると、わたしの中のクゥーデリカの強烈な印象が少し良いものへと変化していくのが分かる。
しかしヒュージですら影響されているのだから、他のもっと小さい子たちもクゥーデリカに影響されて、あんなに好奇心旺盛というか、元気な子供に育っているのかもしれない。
「だから、前のめりになりがちなヒュージの傍に貴女のような落ち着いた子がいてくれると、あの子も少しは歩く足をゆるめてくれるんじゃないかって期待しているのよ。勝手に期待されちゃ貴女も困ると思うけれど……」
「ああ、いえ……まぁその、期待に応えられるかは置いておきましても、シスターが心配されるほどヒュージも子供じゃないですよ?」
「あら、そうなの?」
「はい。言葉は乱暴なところがありますけど、ヒュージは優しい子ですよ。初めて会った時も仕事を手伝ってくれましたし、今日だってわたしのことを守ってくれました」
事実を告げると、シスター・ケーネは「まあまあ」と口元に手を当てて、少しだけ驚いていた。けど、それは悪い意味ではなく、良い傾向を外部の意見として聞けたという意味で、嬉しい驚きの方だろう。現に彼女はニコニコと喜びを含んだ笑みを深くした。
少しはヒュージのイメージが良くなったかな?
内からは分かり辛くても、外から見える部分だってある。
家族に等しいシスター・ケーネやクゥーデリカからは死角のように見逃してしまう、ヒュージのいいところを共有できたのであれば、わたしとしても喜ばしいことだった。
「貴女のような子が『優しい子』と言ってくれたのは本当に嬉しいわ。あの子は昔から自分でなんでもしてしまおうとするところがあったから、中々伝わりづらいところがあったのよ。ふふ、あの子の内面をきちんと見てくれる子がいてくれて……これ以上に幸せなことはないわね」
おや、この感じだとシスター・ケーネもヒュージの長所はきちんと把握しているみたいだ。
どちらかというと、外部の人間から誤解を招かないかどうかを心配している、といったところなのかな?
ヒュージ……とても暖かい家族に囲まれて育ったんだね。なんとなく彼の根幹にある優しさの源が分かったような気がした。
「セラフィエルさん」
「はい」
スッと座りながらも佇まい直すシスター・ケーネに合わせて、わたしも思わず座りなおしてしまった。
彼女は正面にわたしを見据えて、静かに深々と、頭を下げた。
「あ、あの……?」
「貴女が良ければ……どうか、この先もヒュージの友達でいてあげてください。あの子を始め、教会の子たちはあまり外の人たちと触れ合いを持つ機会がないものだから……貴女のような子と繋がりがあれば、きっと良い方向へ子供たちも成長していけると思うの。私の勝手なお願いでしかないのだけれど……どうか宜しくお願いします」
「あ、頭をあげてくださいっ、シスター! その……ヒュージはいい子だなぁと思いますし、別に友達を止めようだなんて考えは一切ないのでっ……」
ゆっくりと顔を上げたシスター・ケーネに、わたしは肺に溜まった息を吐いた。
シスター・ケーネは眉を八の字にし、静かに「ごめんなさいね」と謝った。
「……卑怯な言い方、になってしまいましたね。ちょっと私も焦っていた部分があったのかもしれないですね……セラフィエルさんを困らせるつもりはなかったのだけれど、これは言い訳になってしまうわね」
「いえ、全然気にしてないので……。わたしには教会の内情は分かりませんし――少し冷たい物言いに聞こえてしまうかもしれませんけど、そこまで深く足を踏み入れるつもりもありません。ですので、そういったことを考えながらヒュージと友達になるのではなく、純粋にヒュージだから友達になりたいのです。まだ知り合って間もないですけど、彼の根がまっすぐなのは何となく分ってますので」
ちょっと言い方が強すぎたかな、と思ったわたしは最後の方は口調を柔らかくして微笑んだ。
シスター・ケーネは小さく目を見開いたが、すぐに相好を崩した。そして胸元に手を当てて、彼女はゆっくりと目を閉じた。
「ありがとう。そうね――きっと、それが正しいのだと私も思うわ。ふふふ、不思議ね。貴女の言葉はまるで含蓄を富んだ魔法の言葉のように、ストンと心の中に入り込んでくるのだもの。貴女のような子と出会えたことを――神に感謝いたします」
「え、ええと……」
何だか過分に褒められたせいで照れてしまい、上手く言葉が見つからない。
操血のことも含めて自分が凡人だと思うほど呆けてもいないが、こと対人に関しては正直言って不得手の最たるカテゴリーだ。だから、こうして人との繋がりに対して他人から評価される機会が無かったせいで、わたしは今、感じたことのない戸惑いを抱いているのだ。
「さて、そろそろあの子たちも掃除を終える頃かしら。ふふ、大人との退屈な時間を過ごさせてしまったわね。せっかく遊びに来てくれたというのに、ごめんなさい」
「いえいえ、むしろ楽しかったです」
シスター・ケーネは口調はゆっくりで柔らかく、包容力を感じる雰囲気の女性だ。
一緒に世間話をしているだけでも心が安らぐ気持ちにさせてくれる。同年代の子たちと騒がしく遊ぶのもアリだけど、こうして落ち着いた会話をして時間を過ごすのもわたしは好きだ。
「そう言ってくれると嬉しいわ。もし教会の雰囲気が苦手でなければ、いつでも遊びに来てね」
「ありがとうございます」
最後にコップに残ったお茶を飲み干すと、背後のドアがノックされた。
どうやら本当に掃除が終わるタイミングだったみたいだ。
「ふふ、それじゃ後は子供たちと代わろうかしらね」
嬉しそうに微笑みながらシスター・ケーネはドアを開け、向こうにいた存在を招き入れようとして、彼女は固まった。
「?」
どうしたんだろう、とわたしも椅子から立ち上がって振り返り、シスター・ケーネの横まで移動する。
そこで彼女の影となって見えなかった、ドアの向こうの存在を視認した。
「……ドンゲスさん」
シスター・ケーネの呼び名に反応した、ドアの前にたたずむ恰幅の良い男は、自慢げに伸びた鼻髭をピンッと指でつまみながら、笑った。いや――嗤った。
「どうもこんにちわ、シスター。例の商談について、今お時間はよろしいかな?」
シスター・ケーネの雰囲気でわたしは察する。
――どうにも、いけ好かない男だ、と。
2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました