30 クゥの姉貴
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王都西地区外れ。
空き地かと思えてしまうほど静かで質素な建造物が並んでいるが、ガラス戸すらはめられていない窓際――ベランダと思しき場所には簡易な物干し竿に干された衣類がパタパタと揺らめいているところから、この地区を住まいにしている人たちが確かにいることが伺える。
閑散としていて、人によっては寂しく感じてしまう地区だが、こういう雰囲気も嫌いじゃないわたしとしては興味が先走り、周囲の景観を眺めつつ道中を楽しめた。
同時にこの辺は国の手があまり伸びていないのか、治安もそこまで良くないことが分かる。
石造りの建造物の影から刺すように飛んでくる数々の視線。
わたしの着ている衣服はデブタ男爵家から譲り受けたもので、ヒュージがわたしをお嬢様と勘違いしたように、周囲からも良家の人間と見られても仕方のない一品だ。
この事実は王都を行き交う様々な人の衣装を見て察した。
近々、デブタ男爵家から戴いた衣類はいったん封印し、暮らしに見合った服装を揃えないといけないかも……とは思っているが、こと囮としては目立つ方がいいと思うので、服を買うにしても、銀糸教の一件が終わるまでは、わたしはこのままの服装で行こうと考えている。
まあ、そういった外見に加え、一緒にいるヒュージの服は……失礼な言い方だけど、かなり質素で継ぎ接ぎの境界も目立つ服だ。隣に並べば自然とわたしが際立つのは言うまでもないことだった。
つまり――いいカモがひょこひょこ歩いているけど、地元の子供であるヒュージが一緒だから様子見している――という感じかな。
わたし一人だったら、間違いなくスリが何人か近寄ってくるんだろうなぁ。最悪、誘拐目的だったり、身ぐるみ剥がされるぐらいの強行に及ぶ輩もまぎれているのかもしれない。
この辺りは衛兵の姿はないので、自分の身は自分で守らなくてはいけないようだ。
王都民でもクラウンでもない、わたしが攫われたところで王都側が動いてくれなさそうなのは、昨日のレジストンとの会話で察している。
お、無精髭に角刈りを決め込んだオッチャンがさり気なく道角を曲がって、こちら側に歩いてくる。
偶然を装っているが、角先から感じていた視線が消え、代わりに彼が歩いてきたのだから、こちらの様子を盗み見していたうちの一人と見ていいだろう。
ヒュージは気にせずにどんどん歩いていくが、わたしはあからさまな視線を向けられることは無くとも、間違いなくこちらに意識を割きながらすれ違っていくオッチャンに思わず苦笑を浮かべそうになる。
レジストンとは異なり、素人に毛が生えた程度の人間の気配程度なら簡単に読める。
つまり、この程度の相手なら今のわたしでも容易くさばけるであろう指標にもなる。ただし、本物の実力者はこういう雑多な気配に紛れ込んで近づいてくることもあるので、あまり表だった気配ばかりに気を取られていると、気付けば後ろから刺されていた、なんてこともあるので注意が必要だ。
まあ注意していたところで、無駄になることの方が多いけど……。
魔力さえ元の保有量に戻れば、常に防護膜を全身にまとわせて不可視の鎧の役目を担わせることができるのだけれど……今のわたしには無理なので、最低限、気を張る程度に頑張るしかないのが歯がゆいところだ。
そのあと、一般人にまぎれて何人かわたしを探るようにすれ違っていったが、結局手を出されることなく奥の開けた場所にたどり着き、朽ちた噴水の向こう側に見えるクーデ教会までたどり着いた。
ここは昔は広場だったのだろうか。
円状に敷かれた石畳に半壊して役目を放棄した噴水。石畳の隙間からは背の低い雑草が顔をだし、整備されていない石畳の外側のスペースはひび割れた地面が広がっていた。
一言で言えば「干からびている」という印象だ。
「着いたぞ」
「あ、はいっ」
思わず足を止めてぐるっと旧広場を散策しそうになったが、ヒュージが手を引っ張ったことでわたしの意識は正面の教会へと戻る。
「……」
「……」
二人して教会の扉口を前にして立ち尽くす。
教会は正直それほどの規模ではなく、外観から予想できる参拝者の収容人数がざっと5、60ぐらいといったところだろうか。
羽の生えた人間とその足元に鎮座する犬のような何かを模った石像が右に。左には装飾が施された細長い杖と……戦棍を持った老人の像が扉口を挟んで向かい合うように建っていた。
何か教会に由来のある人物か……それとも信仰対象の神を模ったものなのだろうか。
ところで隣のヒュージ君はなぜに自宅ともいえる教会前で、初見のわたしと一緒に立ち尽くしているのだろうか。
「あの……入らないのですか?」
疑問をオブラートにぶつけると、ヒュージは少し迷った素振りを見せつつ口を開いた。
「いや……なんか勢いで連れてきちまったけど、よく考えりゃ、今日はクゥの姉貴がいる日だったんだ……」
姉貴?
そういえば初めて会った時に、わたしをお嬢様扱いする際に「お嬢様像」的な発信源がお姉さんみたいなことを言っていた気がする。その人のことだろうか。
孤児院という特殊な環境である以上、本当の血のつながった姉なのか、それとも姉として慕う女性なのかはわからないけど、そういう呼称をとる時点でヒュージがその人のことを慕っていることは良くわかる。
「……面倒だから今日は止めるか」
「ええっ!?」
ここまで来たのに!?
確かに元は教会に行く予定は無かったけど、ここまで来たらもうわたしの心は初めて訪れる教会を堪能する気満々である。それを目の前にして「やっぱダメ」とはあんまりだ!
「い、いや……別にこのまま帰れとかじゃなくてだな。まあなんだ……別のところで遊ぶとかでもいいんじゃないかって思ってだな……」
「都合が悪い……んですか?」
お姉さんがいると、わたしが邪魔になっちゃうとか?
例えば芸術肌を持つ天才的な画家とかで、他人が同じ建物内にいるとインスピレーションが湧いてこない、とかありそうと言えばありそう。
「つ、都合とかそういうんじゃなくてな……」
「じゃあ何が悪いのよ」
「悪いとかじゃないんだ……ただただ面倒事になりそうな予感がだな」
「ほほぉ~……お優しいお姉さま捕まえて、面倒事とは言うようになったじゃない」
「はぁ? お前……いったい何を、言っ……て……」
そこでヒュージはわたしの方を見て、その間にいつの間にか仁王立ちで微笑んでいる少女の姿を視認し、目に見えて固まった。
「げぇっ!? あ、姉貴!?」
「なによ、その道端に転がっている汚物でも見たような反応は」
「そ、そこまでは思ってねぇよ」
「じゃあ、どこまで思ってたのよ」
「まぁ……飲み屋通りの隅でゲェゲェ吐いてるオッサン程度ぐらいには嫌なモンを見た気が――痛ぇ!?」
「麗しいお姉さまをゲロと一緒にするとは何たること!?」
堰を切ったかのように始まる姉弟喧嘩に、わたしは声を挟めるわけもなく、一歩引いて二人が落ち着くのを待った。
ふぅん、この人が「姉貴」さんね~。
年齢はたぶんだけど、プラムと同じぐらいだろうか。年の割にスラッとした肢体に、ヒュージよりも高い身長。
腰付近まで伸びる黒髪は清楚な雰囲気を漂わせるに十分な美しさがあるように思えた。
きっと……きれいな服を着て、薄い化粧をすれば物凄い美少女になるんじゃないかと思えるほどの逸材だけど、生活の関係か、彼女の衣服や髪の端々がボサボサであることから、実に野暮ったい雰囲気が先行してしまう。
そして一瞬感じた清楚というイメージは真っ先にヒュージとの言い合いで吹き飛んでいってしまった。
「だいたい姉貴が昨日おかしなことを言うから、今日は変な感じがして苦労したんだぞ!」
「はぁ? 仕事もしないでこんな無垢そうな子連れ込んで何言って――……いや待って? もしかしてこの銀髪お姫様がヒュージの言ってた可愛子ちゃん? おやぁ……おやおやぁ? なるほどなるほどぉ……」
へっへっへ、と下品な笑いを浮かばせるお姉さんを前に、ヒュージは引きつった顔で後ずさる。
「いや……違うからな!?」
「なぁ~にが違うのよぉ……うっへっへ。昨日はあーんなに熱心にこの子のことを話してた癖にぃ」
「だから違ぇっての! 銀貨二枚のぼろい仕事だったって言っただけで、コイツについて言ってたわけじゃねぇよ!」
「その割には話の後半はこの子のことばっかりだったと思うけどぉ?」
「そりゃ俺じゃなくて姉貴が勝手に盛り上がって話を続けたからだろぉが!」
「いやぁ……仕事だの金稼ぎだのとガキのくせに変な気遣いばっかりしてた腕白小僧が、突然、性に目覚めたんだもの……。そら弟を心配する姉としちゃ、夜通し語りたくなる出来事ってもんよ」
「せ、性っ……」
な、なんだか凄い話の内容になってきた気がする……。
ていうか、それ、わたしの前で繰り出していい会話なのかな……。
席外しましょうか? なんならそこの旧広場のあたりを散策してますよぉー。
そう言ってこの場を離れられれば、どれだけ良かったことか。
はぁ……い、居心地が悪い。
「と、とにかく……クゥの姉貴はどっか行っててくれ!」
「なんでよ」
「そいつが……教会に遊びに来たからだよ」
「あら、それじゃなおさら歓迎の準備をしないとね! 他の子たちも集めて盛大に祝おうじゃない!」
「だ・か・ら! それを止めろって言ってんだよ!」
うん、わたしもできれば……そこまで大事にしてほしくない、かな。
「それに……姉貴の与太話をガキどもにまき散らされちゃたまったモンじゃねぇからな……」
「え? もう昨日の話なら下の子たちにも広めちゃったけど?」
「うぉぉぉぉい、口が早ぇぇぇな!」
「うぇっ?」
言うや否や、ヒュージはわたしの手を再び取って、歩き出す。……目の前の教会とは逆方向に。
「こらこらこら、どこへ行く、少年」
「ほとぼり冷めるか、誤解を解くかしねぇ限り、コイツを中に入れんのは危険だから別の場所に行くんだよ!」
「待ちなさい!」
不意に――真面目な声がお姉さんから発せられる。
さっきまでの冗談交じりの雰囲気は空気に溶けて消え、残ったのは静かな三つの呼吸音のみ。
思わずわたしもヒュージも足を止めて振り返り、そんなわたしたちに対して真剣な面持ちのお姉さんは黒髪を風になびかせてそっと口を開いた。
「ヒュージ」
「な、なんだよ……」
「子作りはまだ早いわっ! 付き合うにしても、もっと清やかな――」
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 耳を塞げぇぇぇぇぇ!」
顔を真っ赤にしたヒュージに両耳を塞がれたのだけれど、ごめんなさい……しっかり聞こえてました。
うぅ……ここまでストレートな表現をぶつけられたのは何十年ぶりだろうか。
さすがにわたしも恥ずかしい……。
しかしこのお姉さん。
明らかにわたしたちの反応で遊んでいると見える。
今も恥ずかしがるヒュージとわたしの顔を見て、非常に満足げな笑いを遠慮なしに漏らしてるし……。
それからも「キスまでは許す」だの「むしろどこまで行ったの?」だの……最後には「この子からは金の匂いがする……! よし、ヒュージの婚約者として既成事実だけは作っておこう」だのと、ヒュージの抵抗をのらりくらりと躱しつつ、わたしたちは数分に亘って弄られ続けるのであった。
2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました