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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第一章 操血女王の奴隷生活
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05 初めての魔力欠乏体験は酸っぱいお味

 キラキラと酸味たっぷりの吐瀉物が、わたしの口から外気に晒されて落ちていく。


 馬鹿な……あり得ない!


 わたしは四度にわたる人生で初めての感覚に、驚きを隠せなかった。


「っ、……ぇぐ……!」


 何度か喉に引き付けを感じ、再び胃の内容物がせり上がってくる。

 ――と言っても、転生したばかりのこの体で何を食したわけでもないので、ひたすら口から漏れてくるのは胃液だけの茶色い液体だ。


「うぇ~~~…………」


 ビシャビシャ、と嫌な水音を立てて、わたしの服も巻き込み、地面を汚していく。


 これは辛い。


 何が辛いって?


 別に吐くのが初めて……なんて事情があるわけではない。

 酒を浴びるように飲んだ夜に吐いたことだってあるし、戦闘中に腹部に強烈な一撃を食らって戻したこともある。だからそれ自体は慣れているわけではないが、特段、辛いと思うほどでもないのだ。


 では何が辛いって……それは!


 この症状が「魔力欠乏」による副作用に酷似してるからだよ!


 現に地中遊泳を試みようとして発動した魔法が散った後に、急激な寒気と嘔吐に襲われたのだ。

 タイミングも考慮して、ほぼ間違いないと見ていいだろう。


 でも。

 でもだよ?

 このわたしが!


 二度目も前世も、魔力の枯渇なんて経験しなかった、このわたしが!

 魔力欠乏!?


 さっき、頭の中であれだけ偉そうに「融合魔法ってわたしが考えたんだよ~、ふふ~ん」なんて仰け反っていた、このわたしが!


 先刻の氷魔法を遠目に「ああ、あれって中位魔法程度だよね。わたしならそれを上回る魔法で迎撃するわ」なんて偉そうに考えていた、この……この、わたっ……わたしが…………うぅ、気持ち悪い。


「…………ぅ」


 胃の辺りを両手で抑え、わたしは涙目で地面に広がるゲロの跡を見下ろした。


 ああ、服も嫌な臭いと水気でコーティングされてしまった……。


 もう風呂を浴びて、布団に包まって、今日は寝たい。


 不貞寝だ、不貞寝! やってらるか、こん畜生!


 やっぱり子供っぽい感情の起伏になってしまうことを感じつつも、わたしは唇を尖らせながら汚れた服を脱いだ。一張羅のため、下着一丁の姿になってしまったが、どうせ誰も見ていないし、こんな幼児体系に喜ぶ奴なんて、一部の偏愛連中だけだ。わたしは外聞は一切気にせず、胃液まみれになった服の一部分を見て、大きくため息をついた。


 近くに川があれば、すぐにでも洗いに行きたいところだけど、そんな都合のよい話はない。

 むしろここは都合の悪い場所でしかない。


「仕方ない……」


 わたしは姿勢を低くしながら、中途半端に抉れた足元の楕円形の穴から這い出て、少しだけ場所を移動した。


 可能な限り地面が見えていて、近くに死体が転がっていないような場所。

 そういう場所を探して、こそこそと転がっている鎧の影を利用して進んでいく。


 相変わらず遠くからは戦いの音が鳴り響くが、それが近づいている気配はない。

 むしろ遠のいている気もする。


 これならば中腰で移動せずとも誰の目にも止まらないのでは、と楽観的な考えが浮かぶが、魔法が存在する世界である以上、いきなり誰かが飛んでくる危険性もあるため、不用心な考えはすぐに打ち捨てることにした。


 ……こういう冷静な思考はできるのに、何故、感情は子供時代に逆行していくのか。

 何ともチグハグな自分の精神状態に一抹の不安をわたしは覚えた。


 やがて適当に静かな戦場の合間を縫って移動し、わたしは「ここならいいか」と思える場所までたどり着いた。といっても、本当にただの土だけがある場所だ。特別な場所でもなんでもない。


 わたしはそこで膝をつき、一張羅の服を右手に持って、汚れた場所を地面にこすりつける。


 洗濯できないなら、土で濯いでしまえばいい。

 かなり乱暴だが、少なくとも匂いは土の匂いに包まれ、大分マシなものになるだろう。


「そこらへんに転がってるマントとかを服代わりにするのもアリだけど……」


 チラ、と倒れた躯たちが纏う鎧、その背部にある赤いマントを見る。


 何人かのマントを拝見したが、汚れできちんとは確認できなかったが、どれも似たような紋様の刺繍がなされていた。おそらくどこぞの国に属している意味を成しているんじゃないかと思うけど、そういった国を特定できるものを身にまとうのは、有事の際に不利な材料になり得る。


 一面の平野部が焼け野原になるほどの争いを起こしているぐらいだ。

 間違いなく、戦場泥棒の類も横行していることだろう。

 だからちょっとぐらいマントを拝借したって……なんて邪な考えが過ぎり、さらに気持が滅入る。


 このマントを拝借して辺りをうろつけば、兵士の仲間に見つかった時点で厳しく身元調査が入ることだろう。敵側の人間に見つかった場合は、問答無用で殺される可能性が高い。どちらに転んでも、わたしにとってはあまり嬉しくない未来が待ち受けていそうだ。


 ……ここで衣類を求めるあまり、遺体の物を貰っていこうだなんて軽率な行動をするのは――宜しくないと判断する。


「かといって……うぅ、ゲロ塗れ土塗れのボロ服っていうのもなぁ……はぁ」


 少しだけ匂いが緩和されたかな、と思い、土から服を離して再び着込む。

 しわくちゃな上に、何とも微妙な匂いが鼻孔に入り込んでくるが、さっきよりは幾分かマシだ。


 そういえば、と今初めて自分の服に意識を持ったが、不思議な点がある。


 なんでわたしは最初から子供サイズの服を着こんでいたのだろうか。


 操血による転生の作用で、世界を移動した血の量に依存して、転生先の骨格が変わることは頭の中で理解している。現に血の量が少ないがために、5~6歳程度の体になってしまったのだから。


 だが服まで転生時の体格に合わせて構築されるとは思えない。ブーツのような靴だってサイズピッタリだ。そういえば過去二回の転生の時も、自身にピッタリのサイズの服を着こんでいたな。あまり気にしていなかったけど、もしかしたら血の量に合わせた体に転移するような習性があるのかもしれない。骨格変化については、あくまでも微調整ぐらいの変動差というような感じで。


 ――だとすると、こんな戦地の真っただ中に、子供の死体があったということ?


 そんな馬鹿なことがあるのだろうか。前世でも10歳未満の子供を戦争に送り出すことは忌避されていたぐらいだ。そこに他国との認識差はそれほどなかったと思っている。


 もしそれが事実なら、この世界は前世の転生時よりも終末に近い時代なのかもしれない。子供を戦地に向かわせるほど、人手不足なのか……それとも子供を戦争の道具に使って罪悪感も沸かない、外道がいるのか。


 終わりが近いのであれば、またあの異形の化け物たちが沸いてくるのだろうか。


 だとすると、わたし個人としてはかなりマズイ。


 血が全て戻らない限り、次の転生ができないわたしにとって、血が戻り切る前に死んでしまうことは本当の最期の時となってしまうからだ。


 この世界の人はどうでも良く、わたしだけが生きながらえればいいとは思わないが……それでも、やはりわたしも欲深き人間の一人なのだろう。次の人生があるのであれば、やはりそこに繋げたいと思ってしまう。


「ここでクヨクヨしてても何も始まらない。魔法が使えないことは分かったし、他の手でここを抜け出すしかないっか……」


 まあ、この二つの足を懸命に動かしてこの場を離れるしか、もう手はないんだけどね。


 あぅぁー……、まだ胃が締め付けられるような感覚があって、気持ちが悪い……。


 この体が魔力を保有できない体なのか、それともこれも血が足りていない影響なのか分からないが、明るい未来があるのは後者の方だ。血が少しでも戻ってきたら、再度、魔法を使えるかどうか検証する必要がありそうだ。


 できれば、この戦場にわたし以外に同年代の死体があるかどうか確認したい気持ちもあるが、堂々と闊歩するわけにもいくまい。


 わたしは残る疑問に踏ん切りをつけ、遠くに見える森林地帯へと姿を隠すべく、小さい足をポンと叩いてその場からの移動を開始した。



2019/2/23 追記:文体と多少の表現を変更しました。

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