29 淑女は程遠く
いつも読んでくださり、ありがとうございます!
暖かい感想もいただき、おかげで気持ちも上々です(*´σー`)
体調も上向きになってきましたので、またボチボチ執筆を開始していきたいと思います٩( ^ω^ )و
王都西地区。
商業地区や飲み屋通り、住宅街を通り過ぎていくと――やがて人通りは減っていき、逆に空に向かって高く聳えたつ壁が近づいてくる。それだけで、ヒュージの赴く先が内壁際、平民街の外れに向かっていってることが分かった。
「……おい、大丈夫か?」
「え?」
急に心配されたので何事かと顔をあげると、彼と目が合う。
光の速さで目を逸らされたのだが、そのことを言及する前にすぐに続きが彼の口から洩れた。
「いや、だから……うっかり強引に引っ張っちまったから……疲れてねぇかって……」
空いたもう一方の手で頬を掻く様子は、何だか微笑ましい様子に見えた。
ほうほう……だんだんヒュージの態度パターンが読めてきたぞ。
昨日の一仕事で言葉を交わし、彼が孤児院の中でも「お兄さん的ポジション」であり、掃除・料理役も担い、さらには細々と経営を続けている財政難の孤児院を助けるために公益所で小金を稼ぐという素晴らしい精神の持ち主だということは知っている。
その割には言葉遣いは年相応に砕けているし、精神年齢はそこまで高く感じないようにも思えるのは不思議な話だけど、彼の中に強い中核となる芯があることは間違いないだろう。
そんな彼はきっと……周囲に弱みを見せないタイプなんじゃないかと推測する。
そういうタイプはわたしも何度も目にすることがあった。もちろん前世のいずれかで。
誰かに頼ることが苦手な人間は、必ず自分で何事も何とかしてしまおうという思考になりがちだ。プラスして、生活環境の関係もあり、弱音も吐けないし誰かから褒められることも少ない者は、結果的に他人とのコミュニケーションが苦手な性格になる。
ヒュージもその二面を持っているんじゃないかと思うのだ。
故にすぐに照れるし、ぶっきらぼうになるし、顔を背ける! でも性根は優しいので、そのまま突っ切ることもできずに、どこかでフォローを入れてしまうというわけだ。彼は表面的なコミュ障というわけではないのだろうが、内面的にその辺りが未成熟なのかもしれない。
コミュ障、コミュ障ねぇ。
かなーり久しぶりに使った気がする。
わたしの人格形成の根幹ともいえる世界はやはり、科学が発展した一番初めの世界だ。そこで得た経験や知識が元に、後の世界の情報が付与されて今のわたしがいる。だからこうして転生前に当たり前のように使っていた言葉がふとしたタイミングで浮かぶと、どこか懐かしくも心が落ち着く気がする。
二世紀も前の記憶だというのに、言葉とは人の魂に定着するものなのか、未だにこうして思い出すことができるのは何とも不思議なものだった。わたしの場合、魂というより血に定着しているのかもだけど……。
しっかし……口にしても通じないケースばっかりだから、心の中でしか言えないんだよね。
そう考えると、今生では語学の先生をして、勝手に前世以前の言葉を教えてわたし好みの世界を作っていくのもアリかもしれない。
ふふふ、厨二病とか流行らせてやろうかしら。それなりに資産を増やしたら流行語大賞なんてものも始めて、賞金を餌に、この世界に新しい風を吹かせるのも楽しそうかもしれない。
コミュ障で弱みを見せないと言えば、最近、強制的な別れを送ることになった、あの男のことも思い出す。
前世で果敢にも異形から逃げずに己が役目を全うした、勇敢なる戦士ジルクウェッド。
アイツ……本当に一切の弱音は吐かないわ、寡黙で何考えているのか全然わからないのに、人の三倍は働きつつも正確にそれらをこなしていくという超人だった。
唯一、魔法が使えないという欠点も、彼の背中で語る強さの前では塵に等しい。しかし彼は人付き合いが下手で、空を飛べない彼に合わせて同じ馬車に乗ったときなんて、二時間も無言の時間が続き、わたしはその空間が嫌で途中から彼を馬車に残して自分だけ大空を気持ちよく飛んだこともあった。
周りの連中は羨望の眼差しで遠巻きに彼を眺めるばかりだったため、彼と親しく会話をする者は見たことがなかったな。
……やけにわたしの生活態度を指摘することが多かったけど。
いや、もしかしたらわたしの知らないところで、きちんと他の人にも注意をしていたのかもしれないけど。無駄に責任感も強かったしね。
アイツは自分が正論を正論の通りに動くことができる超人であるがために、正論を言われると「ぐぬぬ……」と反論できずに歯ぎしりする凡人の気持ちがわからないところが珠に傷だったなぁ。
正論って時に往々にして暴論とも呼べると思うんだ、わたし。
ヒュージにはそうなって欲しくないなぁ。
まあ「なって」と言われてもなれるような逸材でもなかったわけだけど、アイツは。
「おい?」
なんだか色々と考え込んでしまっていたようだ。
わたしは慌てて握られていない手を振って「だ、大丈夫です! 全然疲れてないですよ!」と少し声を大きくして否定した。
「そ、そうか?」
「はい。それにしても随分と奥の方に来ましたね」
このまま同じ話題で続いても楽しい会話にはならなさそうなので、わたしは初めて足を踏み入れる地区である現在地についてを話題にしようと切り替えた。
「ん? ああ……教会は西地区でも外れの方にあんだよ。市場や公益所みてぇな騒がしいのも好きだけど、こう人気がいない場所も――……あ! べ、別に人のいない場所まで連れ込んで何かしようってわけじゃないからなっ! 誤解すんなよっ!?」
全然そんな可能性を考えていなかったというのに、変にそういうことを言われると意識してしまうじゃない……。
わたしは苦笑しつつ、自分の言葉に慌てふためく彼を落ち着かせるために握った手を何度か開閉した。
その感触はきちんと伝わったようで、彼はそれ以上何かをいう事もなく、気まずそうにわたしの顔を見た。
「ふふ、信頼してますから大丈夫ですよ」
ここ最近、プラムにお株を奪われ続けてきたお姉ちゃん要素。
ふふん、この辺で年上としての余裕というものを見せるのもいいかもしれないね!
子供でいたいのか、大人でいたいのか、自分でもぐるぐると訳が分からなくなってくる謎の感情が渦を巻いたが、それらはまとめてペッとゴミ箱に捨て、わたしは可能な限り柔らかな――かつ果てしない余裕を含んだ(と思っている)笑顔を浮かべた。
鏡がここに無いのが残念だ。
きっと今のわたしは外見上から想像もできない、大人のフェロモンを表情から発しているに違いないというのに。
さて、肝心のヒュージ君の反応は……?
「……」
「……」
顔を逸らされていた。
しまった。
笑顔を形成することに全神経を集中させてしまっていたが故に、彼が顔をそむくまでのプロセスを見逃してしまった。
きっと今の彼はこの笑顔を前に、お姉さんを前にしているような錯覚を覚えてしまい、急に気恥ずかしくなってしまったのだろう。
うーん、その反応の過程を見たかったというのに、わたしが覗き込もうとすると、向こうもさらに見えないように顔を反対側に向けてしまうのだから困ったものだ。
<身体強化>の出力を上げて、彼の前方へ高速移動してもいいのだけれど、それは俯瞰的にかなりシュールに見えるだろうから、自重しておこう……。
「……ったく、やっぱお前、危なっかしいわ。ほれ、あともう少しだから行くぞ」
「あ、もぅ……」
結局、彼はわたしに表情を見せずに、そのまま手を引いて再び歩き出してしまった。
仕方ない、今は諦めるか。
どうせわたしたちも王都から出る予定もないのだし、友達となったヒュージだってこの先も王都で暮らしていくのだろう。であれば、まだまだチャンスはあるはずだ。
プラムは完璧にわたしを妹として見做しているので、これから先――少なくとも身体が同じ程度まで成熟するまでは、年上キャラとしての感覚を抱いてはくれないだろう。
であれば、同年代のヒュージにはせめて、200年を生きたこのわたしの威厳というものを感じてもらえるよう頑張ってみよう。うん、なんか既にこの思考自体が子供じみている気がしないでもないけど、そこを考えると落ち込みそうだから無視する。
あれ、でもレジストンにも頭の回転が速いと言われたし、意外と威厳……の片鱗みたいなものは見せつけられている?
でも達成感みたいな感じは全然抱けなかったなぁ……。
相手がこの世界の年上だから? うん、そうかもしれない。
上手く言えないけど、どうも「お世辞」に近い感覚……子供相手に頭を撫でながら「すごいね」とおだてられているような感覚に近いのだ。だから素直に喜べない。特にレジストンは裏がありそうで、もっと素直に喜べない。むしろ何かあるんじゃないかって疑ってしまう怖さがある。
やはり同年代だからこそ、忌憚のない反応が望めるのだ。
つまりヒュージには、わたしが外見に囚われない大人としての女性へのステップを踏むための第一ステージなのだ。
ふふん、お淑やかで清楚、大人しくも凛々しい淑女セラフィエルとしての姿に慄くがいいわ!
「……なんだよ、なんかいい事でもあったのか?」
「……へ?」
意気込んで不敵な笑みを浮かべているであろうわたしを、気付けばヒュージが歩きながら確認していた。
あらやだ、ちょっと気が強そうな笑みに見えちゃったかしら。
目標を見定める貪欲な想いは、無意識にニヒルな笑みへと繋がってしまうものだ。それは淑女としては減点材料だ。気をつけなくてはならない。
「お前さ……やっぱ孤児院のガキたちに似てるよな」
「ほぅ、なかなか見どころのある子がいるのね」
「え、なんだって?」
「いえいえ、ふふふ……何でもございません。それでどんなところが似ているんですか?」
危ない、危うく心の声が出てしまうところだった。いや、既に出てしまっていたが、上手く誤魔化せたようだ。
「あー、だから……その笑顔だよ」
「笑顔?」
ほう!
目標を見定めた今のわたしと類似するだなんて!
その子とは仲良くなれそうな気がする! 切磋琢磨する友がいると、成長も早いもんね!
あれ、でも「たち」ってことは複数人いるってことかな? クーデ教会、恐るべし……未来の淑女を多く抱え込むだなんて、よほどデキる神父やシスターがいるのかもしれない。
「そのなんつーの? ふわふわした笑顔っちゅうか、ガキたちを菓子で餌付けした時のアイツらの顔に似てるわ。ほんと、アイツらって純粋っつーか、すぐ喜んでは笑うからなぁー。ま、そんなとこが可愛いから俺も肩に力が入るっつーか――あ、いや……別にお前が単純とか言ってるんじゃなくて、その……可愛――イテテテテテェッ!?」
「……」
脊髄反射で<身体強化>が最大まで上がってしまい、思わず彼の手を強力な握力で握りしめてしまった。
「ちょ、おまっ……今、すげぇ力が……!?」
「気のせいです」
「いや、ほら! 握ってる部分が赤く――」
「きっと照れて赤くなってるのでしょう」
「手が照れるって、どういう現象だよ!?」
「こういう現象です」
「いやっ………………はあ、分かった。悪かったよ」
「……」
そんな急に引かれると、わたしが悪いことをしたような気分になっちゃうじゃない。……まぁ実際にわたしが悪いとは分かっているんだけど。
「んな膨れるなって……さっきも言っただろ。お前が膨れたからって、全然怖かねぇし、むしろ――……まあ、とりあえずそんな顔で遊んでもつまんねぇだろうから、パッと機嫌直せ」
ショック!
睨んでいたつもりなのに、ただ膨れているだけに見えるなんて!
「……ぜ、善処します」
「お、おう……」
肩を落とすわたしをどことなく気遣うヒュージの心遣いが、さらにわたしを子供としか見ていないようで、更にわたしは気落ちしていくのであった。
2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました