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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第二章 操血女王の平民生活
58/228

28 小さくても男の子

すみません、体調不良で大分更新ができずにいました……せっかくの土日が……_:(´ཀ`」 ∠):

今しばし更新が歯抜けになりますことをご容赦くださいm( _ _ )m

 ぐぃ、と予想以上の力でわたしは手を引っ張られ、ヒュージ先導の元、その場を離れることになった。


 後ろから「なんだよぉ、人が親切にしただけなのにぃ」という声が聞こえたあたり、もしかしたらあの男性は本心からわたしの心配をして声をかけてくれたのかもしれない……という罪悪感が芽生えるが、それでもあの場を切り抜けられた安堵感のほうが強く、ほっと胸をなで下ろした。


 ぐい、ぐい。


 と、どこまで連れていかれるのか。


 人混みをかき分けて前に進むヒュージの表情は伺えない。


 けど、どこか……怒っているような印象を受けた。その後ろ姿がとても一生懸命に見えて、わたしは迂闊に「待って」とは口に出来ず、彼が立ち止まるまでその手を預けることにした。


 やがて、人通りが少し緩やかになり、壁際に設置されたベンチの近くまでたどり着くと、ヒュージはくるっとわたしとの位置を器用に変えて、肩をベンチ側に押し込まれた。強制的に座らされた感じだ。


「ヒュ――」


 ……ージ、とつなげる前に、ビシッと彼はわたしに人差し指を向け、


「お前、馬っ鹿じゃないのか!? いや――馬鹿だ!」


 と、馬鹿認定を受けてしまった。


 ていうか昨日も何度か馬鹿と言われてしまっていた気がする……。


 いきなりそう言われてしまうと「昨日ぶりだね」とか「今日も仕事を受けに来たの?」と、世間話の導入すら挟めず、ただ聞き手に回るほかなかった。


「まったく……昨日一緒にいたお前の姉貴はどうしたんだ?」


「え、あぁ……今日はわたし一人です。お姉ちゃんはお留守ば――」


「はぁ!? 単なる迷子ならまだしも、お前っ……一人でここに来たのかよ!?」


「う、うん……」


 色々と裏事情はあるけど、それを彼に言えるはずもなく、ただ頷くことしかできない。


 その様子に思うところがあったのか、ヒュージは突きつけた人差し指をわたしの額にピトッとつけ、何度も前後に揺さぶってきた。


「あぅあぅあぅ」


 我ながら情けない声が出てしまったため、わたしは慌てて首の力を抜いて、彼が押し付ける指の力に逆らわずにベンチの背もたれに体重を預けた。


 なんだろう……周囲を通り過ぎる人たちの視線が今まで感じたことのないものだ。


 なんというか……生温い?


「はぁ……お前なぁ。少しは危機感っていうもんを身につけろよ」


「うぇ?」


 な、何を言いますか!


 わたしはこう見えて、奴隷まっしぐらから王都に至るまで、一歩でも判断を誤れば奈落の底まで突き落とされるかもしれない時間を凌いできたのだ。


 それもこれも常にリスクヘッジを念頭に置いているからであって、決して腑抜けたつもりはない。時々……あ、いや……たまぁーに、気を抜くこともあるけど、それは今のところ窮地に繋がっていないからノーカンだ。


「なぁーに、不満そうな顔をしてんだよ、一丁前に」


「むぅ」


「お前が膨れたところで、何も怖くないぞ」


 そう言って、ヒュージはくつくつと笑い、ようやく肩の力を抜いてわたしの横に腰を下ろす。


「で、お前は一人でここになにしに来たんだよ」


 そう言われ、わたしは答えに窮する。


 正直に銀糸教なる存在が釣れないか囮役をしています、だなんて言えるはずもない。


 仮に本当のことを言ったとしても、出会ったばかりのわたしを心配するほどのお人好しであるヒュージのことだ。手酷く叱られる未来は手に取るように見える。


 どう言い訳しようかな、とヒュージの顔と自分の手元を何度か視線を往復させていると、彼の方が先に口を開いた。


 きっと言いよどむわたしの様子に気遣ってのことだろう。ヒュージの表情は何と言ったらいいか、という雰囲気を漂わせていた。


「そ、その……なんだ。もしかして……お、俺に会いに来た、とか?」


「?」


 そう言われて、わたしは「あっ」と思い出した。


 そういえば昨日、彼の住む孤児院――クーデ教会に遊びに来い、と声をかけられて別れたことを思い出した。つい最近のことなのに、その後のクラッツェード、レジストンとの邂逅があまりにも衝撃的かつ情報量が多いものだったため、それに押し出されるようにして、すっかり頭の隅に追いやられていた。


 何故か言いづらそうに俯き気味なヒュージに首をかしげそうになるが、彼は昨日の約束の件で来たのかと問うているのは間違いないだろう。


 連想して、その約束にくっつくように「自慢の料理を見せてみろよ」という彼の台詞も蘇る。


 思わずお誘いを断る理由候補に挙がってきた記憶だが、草刈り時に話の流れで出てきただけの会話だけに、覚えていない可能性の方が高い。クーデ教会に行くや否や、速攻で「俺と料理対決だ!」なんて展開にはならないだろう。


 うん、せっかく王都にきて初めて出来た友達だし、お誘いに乗るのもアリかな?


 どうせ公益所に来たのは「多目的に行きかう人が多い」という理由から足を運んだだけで、別に今日は何かしらの仕事を探しに来たわけではないのだ。


 レジストンから場所に指定はなかったので、別に行き先を変更しても問題はないだろう。


「はい、今日時間が空いたから遊びに行こうかなって思いまして」


 嘘を言うのは心苦しいが、別に彼に対して不義理を果たす内容ではないと思うので、そう思うことで若干の心の重みを取り払った。


 わたしがそういう感情を隠すようににっこりと微笑むと、ヒュージもどこかはにかむように笑ったが、すぐに慌てて草刈りの時によく見たぶっきら棒なものへと戻した。


「へ、へぇ……まったくせっかちな奴だな! 昨日の今日で……遊びに来るとか、ど、どんだけ暇なんだよ! 教会の親父や姉貴だって暇じゃねーんだぞ」


「え、迷惑そうだったら止めますけど……」


 もちろん、わたしの気ままな行動で教会側に迷惑をかけるつもりはない。


 思い立った方針がすぐに取り下げられるのは残念だが、致し方ないことだろう。


 しかし、ヒュージはなぜかベンチから立ち上がり、握り拳を作りながら叫んだ。


「め、迷惑じゃないぞ!」


「ど、どっちですか?」


「だ、だからっ……」


 どうしたというのか。


 昨日のイメージでは、どちらかというとハッキリとした行動や言動が目立ったヒュージだというのに、今日はどうにも歯切れが悪い。


 ……あ、もしかして。


 わたしはカチカチと状況の断片を型にはめ込み、一つの答えを導き出した。


「ヒュージ、わたしに気を遣わなくても大丈夫ですよ?」


「……へ?」


「その、わたしが別にこのまま一人でも大丈夫ですので」


 元々そのつもりだったしね。


 変なのに絡まれるのは御免だけど、最悪、<身体強化テイラー>全開で逃げるし、取り返しのつかない事態まで発展する可能性は低いと見積もっている。


 口を開けたまま固まるヒュージの様子に、わたしの言葉が伝わりにくいものだったかな、と思い直し、わたしは再び言い直した。


「ヒュージはこれから仕事なのでしょう? そのために公益所にいらっしゃったのですよね。でも、わたしが教会に遊びに行きたいだなんて無理を言ってしまったから、貴方は気を遣ってくれたのですよね?」


「あ、あぁ……あ~……そういうことね」


 ヒュージは目を逸らし、やや短めの髪をガシガシとして数秒考え込むようにして口を閉じた。


 そして――彼は立ち上がったままベンチには座らず、わたしの正面に立って手を差し伸べた。


「?」


 その意図はわからなかったけど、反射的にその手をとってしまった。


 もともと女王の座にいたわたしはエスコートされる側でいることが多い。される側でいることが多い、という表現になるのは、わたしが女王であると同時に、その王位は飾りで、国の真の意図は他国への牽制と抑止力を担わせることだったからだ。


 つまり、対面に出さざるを得ない外交時以外はわたしは基本、国政に携わることなく自由気ままに行動していたため、あまりエスコートされる機会がなかったわけである。


 自身の立ち位置はわかっていたが、それで女王という座を甘んじるほど、わたしも愚かではない。


 だから、こうして貴族的な対応をされれば自然と体が動くよう、修練は絶やさなかったのだ。故にヒュージの姿勢も角度もバラバラの未熟なエスコートにも条件反射で動いてしまったわけだ。


「っ」


「……あ、すみません。つい――」


 ヒュージの顔がこわばったのを見て、ようやく無意識に手を取っていたことに気づき、慌てて手を引こうとしたのだが、その手はギュッと彼に握られ、離すことは叶わなかった。


「ヒュージ?」


「…………これが今日の俺の仕事だ」


「はい?」


「だーかーらっ、お前をクーデ教会に案内する! それが俺の仕事だ!」


「え、ええっ?」


 何がどうなってそうなったのか全く分からない。


 しかしヒュージは力を弱めるつもりがないらしく、ぐいっと引っ張られる慣性に従ってわたしはベンチから立ち上がる格好となった。


「で、でもヒュージ。仕事は――」


「だから今してんだろ」


「そ、そうじゃなくて――」


「だぁーっ、お前は教会に来たくてここまで一人で来たんだろ!? だったら黙ってついてこいっての!」


 そういわれると何も言い返せない。


 その場の雰囲気に流されて口走った言葉だっただけに、取り下げる代替案も思い浮かばず、わたしは困ったように眉を下げた。


 ……いつぞやの世界で、気の使いすぎは逆に迷惑、という言葉を耳にした気がする。


 あれは、どこで聞いた誰の言葉だったか。


 おぼろげな記憶の破片はつかもうとしても霧となって霧散する。


 その場面を構築する記憶のほとんどは彼方の先に消えてしまった。けど……なんとなく、その言葉の続きは頭に残っていた。


 ――だから、そこは笑って「ありがとう」って言ってよ。


 わたしはその思い出の中のうっすらとしたやり取りから呼び起こされた感傷とともに、手を引っ張るヒュージの顔を見た。


 彼は目があったことで緊張した面持ちで「うっ」と背中をややのけぞらせた。

 失敬な。

 まるで魔獣でも見たときの農民みたいな顔をして。

 そんな緊張を吹き飛ばしてやろう、とわたしはできる限り優しく微笑みを浮かべた。


「ありがとう」


 そう言葉を告げると、なぜだろうか、ヒュージはすぐに前を向いてわたしの手を引っ張った。


 うーん、ちゃんと感謝の気持ちは伝わったのだろうか、不安なところだが、すぐに前を向いたままのヒュージから「別に礼を言うほどのことでもないだろ」と一見、冷たい反応ともとれる返事がきたが、その口調から彼が怒っているわけではなく、照れているだけというのが伝わってきたため、わたしは思わず笑ってしまった。


 「あらあら」「若いわねぇ~」「ちょっとまだ早いんじゃ……」「まぁ、男の子の方は積極的ねぇ」などと周囲の声が聞こえた気がしたが、それらは全て後ろに置き去りにしてしまうようにヒュージは手に力を込めてスタスタと突き進んでいくのであった。



2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました

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