25 鉄面皮の侍女【視点:メリア】
いつも読んで下さり、ありがとうございます(*'ω'*)
いましばらくは2、3日に1回の更新になるかもしれません……m( _ _ )m
また、恋愛要素がかなり先になること、ジャンルが現在までの内容に則していない関係から、ジャンルを異世界恋愛→ハイファンタジーへと変更させていただきました。恋愛要素に期待して来てくれた皆様、勝手ながらの変更で誠に申し訳ございません……(;'∀')
(ジャンル変更に伴って、話の本筋が変わることはありません)
「――おい」
広いかと言われればそうとも言えず、狭いかと言えば平民の平均家屋よりは広い廊下を歩いていると、不意にダミ声で声をかけられ、私は気づかれない程度にため息を吐いた。
もしかしたら私に声をかけたわけではないのかもしれないと期待し、そのまま歩みを進めるが、再び背後からの個性に秀でた男の声が投げかけられる。
「おい、そこな侍女。お前を呼んでいるのだ」
「……」
私はその特徴的な声で相手が誰なのか分かっていたが、あえて今気づいたかのように気持ちを繕い、振り返った。
もっとも鉄面皮だのと言われている私がどんな繕い方をしようと、それが相手に正確に伝わることは少ないわけなのだが。
まったくこれから婚期まっさかりの大人しい女性を捕まえて、鉄面皮など剥製だの能面と無礼なことばかり言う奴らばっかりで呆れるばかりである。
私は無表情なのではない。
ただ表情を浮かべることが面倒なだけだ。
笑うだの、怒るだの、泣くだの……エネルギーの無駄遣いに他ならない。
感情のまま湧き上がるものならまだしも、人間社会の悪い点――そう、上司と部下の関係で相手の機嫌取りのためにわざわざ表情を切り替えるなど、まさに愚の骨頂。
そんなものに思考を割くぐらいなら、もっとやれることがあるだろうと私は思うわけだ。
目の前にいる男は私の雇用主。正確に言えば、私の雇用主の雇用主だ。つまり、建前としては上司に当たるといってもおかしくないし、本来であればそれなりに気を遣うべき存在なのだろう。
しかし、私は自分のスタンスを崩さない。
何の感情も芽生えないまま、振り返った先にいる男を見やると、男は「うっ」と少し怯んだようだった。
まったく大の男が情けない。
もっとシャンとしなさい、シャンと。
「お前……もう少し、愛想を振りまけんのか?」
「はぁ、それが仕事であり、給金が割り当てられるなら努力いたしますが」
仕事なら仕方がない。
私は意味がないことが嫌いであり、きちんと報酬があるなら話は別だ。
愛想を良くして金を貰えるなら、多少面倒でも要望通り笑顔でも向けようじゃないか。
ただし、私の作り笑顔が相手にとって「笑顔」と認識されるかどうかは別だけど。
「たかが愛想程度で金を払う馬鹿が何処にいる!?」
「ええ、私もそう思います。笑顔一つで金をとれるほど整った顔立ちでないことも我ながら理解しておりますし。ですから端から無意味な問答というわけですね」
「……いやいや、俺は先生を雇っている側なんだが?」
「はぁ、それが?」
「お前は先生の侍女なんだろう? だったらお前にとっても俺は上客であり、険悪になるようなことを避けるべきなんじゃないのか?」
「貴方と契約した仕事はきちんとこなしているはずなので、それで険悪になるというのであれば先方にこそ問題があるように思えますが……」
「その先方を目の前に、よくハッキリと言えるな……」
「まぁ、事実ですから」
はぁ、とこれ見よがしにため息をつかれるが、それはこっちがしたいぐらいだ。
彼と雇用契約を結んだ内容については、間違いなく遂行している自信がある。
無論、人が絡む仕事というのは思い違いや情報の伝達誤り、表現の誤認や思い込みなど、様々なすれ違いが生じる可能性があることは分かっている。だから、私と私の雇用主たるアマンは依頼された仕事をこなした後に必ず雇用主に依頼と結果に相違がないかを相互確認し、その成果を認知してもらった上で金を貰っているのだ。
つまり、目の前の男が我々の仕事に納得したという事実がある以上、険悪になる必要性もなく――それでも険悪な関係になるというのであれば、我々ではなくこの男に問題があるというのは紛れもない事実と断言しても良いはずだ。
でもまぁ、ここから数十分ぐらい嫌味を言うぐらい朝飯前だが、一応、雇用主だ。
妥協点ぐらいは示していても良いのかもしれない。
「もしご所望でしたら、契約に本条件を上乗せする形で再契約していただければご期待に添えますが――」
「だから、そんなもんに金は払わんと言っているだろう!」
「はあ」
まったく失礼な男だ。
せっかくこちらが一歩も二歩も引いて、代案を指し示してやったというのに、この態度。
もっとも暴君姫なんて10歳ぐらいの少女に熱を上げている変態男なんだから、話が合わないのも当然か。私も結婚する際はこんな下種に騙されないよう、気をつけないといけないな。
「…………なんか失礼なことを考えていないか」
「はて」
内心、私の顔に出ていたのかと驚いたが、表情筋に変化がないことは分かっている。
どうやら私を纏う雰囲気から察してきたようだ。
この男――変態の上に察しがいいとは、厄介な。
世の平静のために、早いところ暴走して、暴君姫の寝所にでも侵入して捕まってくれないだろうか。
もちろん私が手を下すのは却下だ。
雇用主であることも理由の一つだが、何よりもこんな変態に手を汚してしまっては、婿の貰い手がいなくなってしまう危険性があるからだ。だいぶ前に「結婚占い」というものを受けたが、その際に占い師より「不浄なる行いは婚期を遠ざけるだろう」と言われ、今でもその言葉は私の行動指針の一つとして健在している。
不浄――つまり、変態に触れることすらそれに該当するだろう。
気をつけなくてはならない……迂闊にもイラッとしてコイツに制裁を加えた時点で、私にも諸刃の剣となって返ってくるというわけだ。
「……まあいい。それより先生にまた何か新しい情報がないか話を聞きたいんだが、先生はいまどちらにいらっしゃるんだ?」
「またですか? 昨日、アマン宣師のお告げを耳にしたばかりではありませんか」
「いや……それはそうなんだが。やはり気になってな……二つの能力を持つ、という点を考慮しただけでも彼女こそ、我が銀糸教の象徴に相応しい存在だと分かる。俺は早く彼女を迎え入れ、疾くこの教えを世に広めたいのだ。そう思うと気が逸ってしまってな……」
うわっ、目が血走ってる。
こんな下らない教えを布教する気なのかい……。
もういっそのこと王城の憲兵に全部ぶちまけて、コイツを早いところ検挙してもらった方がいいんじゃないかしら。
こんな変態に目をつけられちゃって……私が言えたことでもないけど、あの子も可哀そうだね。
「……契約時にも注意点として申し上げましたが、アマン宣師の『星の調べ』は連日行えるものではありません。私が伺っているのは、次に可能なのは早くても三日後、とのことです」
「三日……三日後、か」
顎に手を当て、ブツブツと言葉を漏らす様子に私は早くこの場を立ち去りたい気持ちに駆られた。
「分かった……焦燥は強くなる一方だが、どうこう言ったところでどうにかなる話でもないからな。だが、その間に出来ることはしておくべきだろう。俺の部下どもはどうにも癖が強い連中が多い上に、野郎ばかりだ」
いや、アンタが一番癖が強いがな。
常人ならば思わずそう口走ってしまうだろう状況だけど、私はその言葉を飲み込むことができる。
ふっ、さすが仕事ができる女である。
「だが同じ女性のお前なら警戒心もさほど強くならないはずだ。どうだ、彼女の行動範囲、生活習慣などを探ってきてはくれないか? 一日の中で警戒心が薄い時間帯や、帯同している少女との関係性なども深く知っておきたい」
「え、嫌ですけど」
「何故だ!?」
この男は変態の上に、頭の中がパッパラパーなのだろうか。
普通ならここで思わず「この馬鹿が! そんなことも分からない馬鹿は死んで詫びろ! いや、全財産を私に相続すると書面を残してから死ね!」と罵倒を口にしてしまうだろうが、私は仕事ができる女である。雇用契約が切れていない以上、そのような暴言は冷静に噛み下して消化してしまうほどの胆力があるのだ。
「そのような仕事は契約にございませんので」
「ぐぬぬぬ……ああ言えば仕事、こう言えば仕事と……」
「大事なことだと思いますけど」
大事なこと、どころか最重要事項だ。
文明も発達していない原始時代ならまだしも、今は複雑に発展した人の世だ。
約束事一つで身の破滅を呼び込むことだってある。
だからこそ「契約」という言葉が生まれ、書面での証拠物を残すことで違法性や裏切りを未然に防止する仕組みが作られたのだ。それだけ契約というものは重い。今のように気分や思いつきで勝手に色を変えていい代物ではないのだ。
「………………ぐ、分かった。先生のところへ案内してくれないか。契約をもう一筆、交わそうじゃないか」
「えぇー」
「嫌そうな顔をするな! お前が言い出したことじゃないか! これも仕事の一環だろうに!」
「まだ契約前なので、仕事ではありません。なので面倒なことは面倒と言っても問題ありません」
「くっそ、コイツ面倒くせぇ!」
思い通りにならないからってすぐに癇癪を起こすとは、人の上に立つ人間として度量が無さすぎる。
凡人ならばここで思わず「それじゃあ面倒に思えないようにしてやろうか……お前の死を以ってなぁ!」と短絡的な行動に移ってしまうのだろうが、私は未来を見据える理性的な女である。
湖の水面を走るさざ波よりも穏やかな私の心は、そんなものでは揺るがない。
精神面が未熟なまま大人になってしまい、さらには何の幸運か権力まで持ってしまった可哀そうな雇用主に対して、慈悲の心を持って接しようじゃないか。
「それじゃあ面倒に思えないように――じゃなくて、落ち着いてください」
危ない、危ない。
頭の中で色々と考えすぎていたため、思わず脳内の台詞がそのまま口からはみ出るところだった。
怪訝そうにこちらを見ている気がするが、それは気のせいだろう。
「どのみち、アマン宣師にすぐ会うことはできません」
「なにっ!? 先生に何かあったのか!?」
「いえ、特に何もありません。強いて言えば『今日は休みだぁ!』と浮かれたご様子で市場に出ていかれたぐらいですね」
「そ、そうか……それは良かっ――なに、休み?」
「はい。先ほども申し伝えました通り、三日は『星の調べ』を使うことができませんので……実質、休暇という形になるかと。心身共に充実した日々を過ごすことは、アマン宣師でなくとも重要なことです」
「…………話は分からなくもないが、せめて休みを取るならば俺に一言かけるべきではないのか? 知っていれば、こうして探す手間も省けたはずだ……。そこんとこは仕事に執着するお前として、どう思うんだ?」
「さあ、私のことではありませんので判りかねます」
「お前の上司の話だろう!」
「はい。ですからそういったお話は上司であるアマン宣師とご相談ください」
「お前には仕事人としての誇りはないのかっ!?」
「ありますよ。溢れんばかりです。ただ……私以外についてはさほど興味はありませんので、議論する意義を感じられないだけの話です」
「お前、いくらなんでも偏屈すぎるだろ!」
「偏屈、というほど偏っているとは思いませんが……。私自身、私の姿勢は分かりやすいものだと思っておりますが」
「どこがだ!?」
……本当に頭が固い御仁だこと。
私はさっきから契約を重視し、私が請け負うべき仕事は全うすると言っているのだ。
つまり――私に何かさせたいのであれば、契約にその内容を盛り込み、妥当な金額を報酬に盛り込めば、私はそれに従って仕事を邁進するわけだ。
我ながら単純な姿勢だが、分かりやすい上に損がない生き方だと思っている。ああ、ここで言う「損」とは、人間関係を度外視した金銭だけのものだけど。
だから契約にもない、私には何の縛りもない事項など、知ったことではない。
逆を返せば、私を契約で縛ってしまえば、それに従うというのだから――本当に分かりやすい話のはずなのだ。
だというのに、目の前のダミ声の男はさっきから怒声ばかりまき散らすばかりで、頭を使わない。まったくもって困ったものである。
あと、上司のいない場で、上司の行いについて言及するなど、この出来る女である私がするはずもない。
契約を結べば私はそれに従うが、契約自体、私の上司たるアマンと彼が行うものだ。その中に「アマン宣師の印象について部下から意見を徴取する」なんて項目を入れるような愚行は、さすがにこの変態でもしないだろう。
つまり、彼に対して私がアマンの印象などを口にする機会というのは来ないわけだ。早く無駄な会話だということに気付いてほしい。
「とにかく、アマン宣師とお会いするのであれば、彼が帰ってくるまでお待ちになるしかないでしょう。行先は市場とうかがってますが、実際のところ分かりませんし、市場にいるとしてもこの広大な王都の市場から彼を探し出すことは至難の業でしょうから」
「ぐ、ぐぐぐぐ……わ、わかった……そうしよう」
「用事は以上でしょうか?」
「ああ! さっさとどっかに行け!」
「ええ、それでは失礼いたします」
ふぅ、やっと終わった。
この建物を所有する組織の長――ボスだなんて呼ばれている男のすすけた背中を見送りつつ、私は踵を返した。
さて。
アマンが休暇ということは、私も休暇というわけで――。
「私も市場で何か美味しいものがないか、見て回ろう」
ついでに良縁に出会えると嬉しい。
そんなことを考えつつ、私ことメリア=ロバーツは足取り軽くその場を後にするのだった。
2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました