24 忍び寄る未知の危険
評価をしてくださった皆様、ありがとうございます!かなり嬉しいです!( *´艸`)
まだまだ稚拙な文面、表現ではありますが、今後とも邁進していきたいと思います('ω')ノ
まず初めに――と、レジストンはわたしとプラムがどこまで互いのことを知っているかを確認してきた。
わたしはプラムと視線を合わせて頷き合い、わたしとプラムの境遇を簡単に、そしてプラムがわたしの<身体強化>を知っていることと、プラムが恩恵能力を持っていないことをわたしが知っていることを伝えた。
レジストンはそれらを聞いたうえで、要点をまとめて説明してくれた。
まず、現在のクラッツェードの状態について。
実はわたしの恩恵能力が<身体強化>かもしれない、という話はベッセル亭で彼と共にいた時点で口にしていたらしい。
クラッツェードも話を聞き逃している風はなく、通常通り会話が成立していたことから、レジストンの言葉が右から左へ流れていた、ということも無いとのこと。
これについてはわたしの予測違いでもあり、わたしの能力が<身体強化>であるという可能性を得たのは、プラムの幻影を追いかけていたあの時より前、ということになる。
そこで、レジストンがクラッツェードを訝しんだ時になぜ「さっきも気にはなってたけど」なんて意味深な言葉を口にしたのか、理由を知りえることができた。
クラッツェードはわたしが<身体強化>を持っていることに対しても驚いていた。
いや――もしかしたら恩恵能力を持っていたこと自体に驚いていたのかもしれない。
あの時は、恩恵能力を持っている持っていないの話題を通り越して、レジストンが<身体強化>の可能性を示唆した流れだったから、そう考えても違和感はない。
ではクラッツェードは忘れたフリをしているのか。
それとも本当に忘れているのか。
レジストンは両方を否定した。
これはクラッツェード自身の意思によって忘却してしまっているわけではなく、外的要因によるものではないのか、と。
クラッツェードとレジストンは物心ついた頃からの付き合いだそうで、彼の性格については良く知っていると断言した。クラッツェードのことを話すときのレジストンはやや誇らしげに表情を緩めて話す。その様子を見るだけで、彼がクラッツェードのことを掛け替えのない友人としていることが良く分かった。
わたしとプラムは先日から偶然目にすることはあっても、接触したのは今日が初めてだ。
レジストンが嘘をついているようにも見えないので、ここは彼の言葉を全面的に信じる方向で円滑に進めていった。
では――次に、彼は何故、記憶の一部を欠落してしまったのか、という話になるが、これについてはレジストンは「あくまで予想」と前提を前付けしてから話を続けた。
「俺の知っている恩恵能力の中には確かに記憶を操作しうるものもあるけど、正直どれも希少なものばかりなんだ。それこそ童話に登場する魔女であったり、歴史上に残る悪行高き盗賊であったり……ってね。一つ一つ列挙してもいいけど、本題とはズレる話だから今日は割愛させてもらうよ。どれも文献上の文字でしか記録がない眉唾物ばかりだけど、この中で一点だけクラッツの症状になりえる恩恵能力があるんだ」
その名を――<連記剔出>というらしい。
なんでも、記憶の一部――それも能力者が指定した対象に関連する記憶を抜き取る恩恵能力らしい。
随分と限定的な力だという印象を受けるのだが、レジストン曰く、中々に厄介なものとのこと。
というのも、史実に顔を出す精神操作、記憶操作系の恩恵能力はその多くが制約に囚われたものが多いらしいのだ。
効果が発動するまでに時間がかかったり、効果が発動しても短時間で元に戻るものもある。
場合によっては、次に発動できるまで数年は要したり、能力者自身から代償を削って発動するものまであるとのことだ。ハイエロの<心香傀儡>を思い返した時も考えていたことだが、やはりそういった操作系の能力には限定的な鎖がかかっているようだ。
しかし、とレジストンは頭をふる。
彼が言うには、<連記剔出>についてはやや毛色が異なるらしく、同能力は制約が弱い方らしいのだ。といっても、わたしの<身体強化>のように頻繁に使える系統ではなく、一度発動したら次弾を放てるまで数日は要するらしい。
この時間差を発動後待機時間と呼ぶらしい。
……どっかで耳にしたような言葉だが、靄がかって思い出せないので、わたしはそういう言葉だと受け入れて疑問は流すことにした。
その発動後待機時間が<連記剔出>に関しては、他同系統の恩恵能力に比較して、圧倒的に長いらしいのだ。
指定された対象に連なる記憶の一部を抜き取る能力――その一部というのがどこまでの範囲かによって脅威度はグッと変わってくると思うが、発動後待機時間の長さを考慮すると、そこまで広範囲にわたって記憶を盗めるわけではないのだと思いたい。
発動後待機時間と能力値の強さが本当に比例関係にあるのであれば、そう――僅かな一瞬一瞬の記憶だけしか一度に抜き取れない……といった効果しかないのかもしれない。
そう……例えば、セラフィエル(わたし)の情報についてレジストンが口にした数秒の間の記憶だけ、とか。
「如何せん情報がそれしか無いから決めてかかるのは危険な話さ。だから今の話は気に留めておくぐらいで丁度いいと思うよ。発動時に俺みたいに特徴を持つ力なのかどうかも分からないから、注意していてもどうしようもないだろうしね。ただ……銀糸教の件、そしてその関係者がクラッツに接触した後にこれだ。銀糸教の目的が銀髪のセラフィエルさんという点と、失ったと思われる記憶も君に関するという類似点。並べてみると、どうにも無関係と切り棄てるのは難しいねぇ。対処法も確立されていない恩恵能力に注意しろ、とは言えないけど……少なくとも見知らぬ人間には近寄らないことが大事だね。そして、俺が情報の共有が必要といった理由の一つにも繋がってくる」
ここまで言われれば、わたしには何となく予想がつき始めてきた。
「ええっと……まだ王都に来て数日ですけど、ここはとても人が多いです。大通りや市場など生活必需品を売っているような場所はどこも人で溢れかえっていたように思えます。だからすれ違う人すべてに注意を払う、というのは難しいです」
大通りから外れた、あの宿屋「くらり亭」の周辺も人でごった返しているぐらいだ。
建物の上を<身体強化>で駆け抜けた際には、人の姿が見られない裏道もあったが、それは人が寄りつくような露店や店舗がないだけの話であって、わたしたちがこれから王都で暮らしていく上で絶対に足を運ぶであろう場所はそこではない。
貴族の令嬢でもないのだから、家から一歩も外に出ずとも使用人が必要なものを揃えてくれるわけでもない。
引きこもるにしても連泊制限から、数日後にはくらり亭も出ていかなくてはいけないのだ。
どう転んでも、人通りの多い場所に足を踏み出すのは時間の問題だ。
そして朝・昼はもちろん、夜でさえ酒飲みたちが闊歩する王都内で誰とも接触せずに生活するのは不可能だろう。
「うん、そうだね」
そんな否定的な考えを言葉にしたわたしに対し、レジストンは正論を並べるわけでも、反論や説得をするわけでもなく、まだわたしに続きの言葉があることを察したかのように相槌だけを打った。
「つまり――最悪、わたしたちは件の能力の手にかかってしまうかもしれない、ということですね。だから情報共有が必要だと……。わたしたちに対して恩恵能力の影響があったかの判別、そして持っていたはずの情報から何が抜け落ちたのか、それを見極めるために」
「ふ、ふふ……はぁっはっはっは! いやぁ、本当に回転が速いこと速いこと。とても7歳の子とは思えない慧眼だねぇ」
あ、わたしって7歳なのね。
きっと彼の目で視られた結果の情報だろうから、間違いないのかな。初めて知った自分の年齢に意識が向きかけたが、慌てて目の前の懸案に戻す。
「そういうこと。君の言う通りだよ。俺は銀糸教の――クラッツに何かしら手を伸ばしてきた連中を解決するまでは姿を隠そうと思ってるんだ。そして裏から色々と手を回す予定ってとこかな。こう見えて隠密行動には自信があってね。まだ連中の視界に俺という存在は無いと思うから……仮に敵側に<連記剔出>を使う者がいても、俺に関係する記憶は抜き取られないと思う。そして姿を隠せば連中が俺から記憶を奪うこともできない。そうしておけば、仮に君たちやクラッツから記憶を抜き取られるような事態になっても、外側から俺がそのことを認識できるってわけだね」
「同時にわたしたちにどれだけ魔の手が伸びているかの目安にもなるわけですね」
「はっはっは、そう――逆に失くした記憶は相手にとって求める情報でもあるわけだから、そこから相手の出方や目的を導き出せる可能性だってあるわけだね」
「ははぁ……なるほど」
「といっても、これはあくまでも俺の知っている<連記剔出>が前提の話。そもそも異なる恩恵能力であったり、俺が文献から得た<連記剔出>の知識だって誤りがあるかもしれない。だから必ずしも一つの考えに傾倒しすぎないことが大事だね」
「臨機応変に、ってことですね。分かりました……とは必ずしも言えない状況なのが心苦しいですけど、そこはレジストンさんの力量に頼りたいと思います」
「ふわぁ……セラちゃん、なんで話についていけるのぉ……?」
両眼を「><」にして、早々にレジストンとの会話からギブアップして虚空を見ていたプラムは、年上という立場もあってか、「むぅ」と悔しさから頬を膨らませた。
わたしは指でフグのように膨らんだ頬を軽く押して、可愛らしい膨れっ面を萎ませる。
「はっはっは、どっちが妹でどっちが姉か分からなくなる光景だねぇ」
レジストンの言葉に、プラムのなけなしの姉側としての意地が刺激され、さらに「むぅぅ~」とわたしの指を押しのけるように頬を膨らませる。
もぅ、そういう姿が妹みたいに見えるっていうのに。
まあ実際、プラムのことは「お姉ちゃん」と呼びつつも妹のように思っている節がわたしにもある。そういう気持ちが行動の一端から滲み出ているのかもしれないけど、わたしはそれを修正するつもりはない。
くすりと笑ってしまい「えぃっ」とさっきよりも強めに指を押し込むと、再びぷしゅぅと彼女の口の隙間から空気が漏れていった。
「セラちゃんが反抗期……」
「お姉ちゃんが可愛いから、つい」
「またそういうことを言う……もぅ」
そうして二人で笑い合う。
普通に考えれば、<連記剔出>なんてとんでも能力に襲われるかも――という事態に恐々と構えなくてはいけないところだ。
だというのに、わたしの中に大きな焦りは無かった。
無論、まだ話だけの中の実像も測れない敵からの攻撃を無防備に受けるつもりはない。そして万が一にもプラムに被害は出さないよう注意は払うつもりだ。
でも焦燥から浮足立つことは無い。
それは底なしに暖かいプラムの存在があるからだ。まだ出会って半月程度の仲だというのに、彼女の横は心地よく感じる。この場所はこの世界の初心者ともいえるわたしにとって憩いの場であり、護るべき場だ。
だからわたしの持つ力を振るって彼女を護る。
ただがむしゃらにではなく、明るい彼女と共に笑顔でいられるように、下手に彼女に不安を与えないように、冷静に対処してみせよう。そういう意味では、プラムがここでの一連の会話の重みをいまいち理解していない現状は過度な心配をかけない意味で助かったともいえる。
「いやぁ……この短時間で、こんなに予定を変更せざるを得ない事態は久しぶりだよ。最初はクラウンの資格をささっと取ってもらって、外堀埋めてから王都で調子づくお馬鹿さん共をとっちめる予定だったんだけど……こうも話が動いちゃうとはねぇ。話してる自分でも笑っちゃうぐらいだよ」
「あの……突っ込むタイミングを逃していたのですが、そのクラウンって……そんなに簡単なものなんですか?」
いつの間にか「保護者同伴なら申請すれば入れるよ」みたいな雰囲気になっているクラウン。過去は討伐隊だなんて物騒な呼称だというのに、やけに軽い存在のように受け取れてしまう。
あまりにも何でもないことのようにレジストンが言うものだから、思わず聞いてしまった。
「いーや? 少なくとも考え無しの力自慢や、その辺の男に押し敗けるような人間には務まらないよ。でも俺の見立てだと、君は思考は柔軟かつ早いし、身体機能は使い勝手のいい<身体強化>があるからね。知識や経験は後からついてくるとして、俺としては合格ラインに乗ってると思ってるよ」
「は、はぁ……」
クラウンになるには試験があるのだろうか。
合格ライン、というにはあるのだろう。
うーん、興味があることなら知識の吸収も捗るのだけれど、例えば過去の王の名前を書け、みたいな問題が出たらどうしよう……。偉業を成した王名なら興味はあるけど、さすがに代々全ての王の名を覚えるほどそこに関心はない。そもそも勉強できるような施設はあるんだろうか。知識を得るには本が必要だし、本が無ければ教えてくれる講師が必要だ。
というか……筆記試験自体あるんだろうか。
……考えれば考えるほど、聞きたいことばかりが生まれてくる。しかし、今の主題はそこじゃないので、わたしは後でクラッツェードに聞こうと決心した。
レジストンは結局、銀糸教の件が解決するまでは無暗に姿を現さない方針にしてしまったし。
あ、そういえば――。
「クラッツェードさんにはこのことを教えなくていいんですか?」
「うん? ああ……結局、ここで話したものは全て想像の域の中のものだからね。クラッツに話したことで、それがどんな悪影響へとつながるか、正直……確信がない現時点では話すべきではないと思うよ。まあ若干手遅れな部分もあるけど……これ以上、傷口を広めるわけにも行かないからね。本当は彼の力を借りれれば百人力なんだけどね」
そっか、仮にクラッツェードに「セラフィエルに関連する記憶を抜き取る」という<連記剔出>の影響があるとして、それがまだ続いているとすると、わたしが絡んだ話をするのは非常に危険だ。
彼の言う「手遅れな部分」というのは、既にわたしやプラムがレジストンに接触していることが、クラッツェードにとっても既知の記憶となっていることだろう。
下手をすれば連動してレジストンの情報まで漏れてしまう危険性があるという点を指しているのだと思う。これについてはもう止めることは不可能なので諦めるとしても、これ以上、関連情報をしまい込んだ引き出しの数を増やさないという予防措置は必要だ。
「理解しました」
「うんうん」
いい笑顔で頷くレジストンに少し苦笑してしまう。
しかし彼はすぐに思案顔に移り、眉を下げて困ったようにため息を吐いた。
「しかし、もう一点……困ったことと言えば、君に『もうひとつの力』があることをクラッツの異変に気付く前に口にしてしまったことだね。これは俺の迂闊と言えることだったね……ごめんね――で済むのか判断に迷うところなんだけど……申し訳ないことをしてしまったね」
「あ、いえ……その言葉が切っ掛けで気づけた話ですし、大丈夫です」
「そう言ってもらえると助かるよ。教えてほしいと言った手前、すぐに撤回するのもどうかと思うけど、その力を匂わせておくことは相手に迷いを持たせることができるかもしれないから、ここでは伏せておくことにしよう。――あと問題があるとしたら、プラムさんになるかな」
「え?」
まさか自分の名前がここで挙がると思っていなかったプラムは、何度か瞬きをしてレジストンの顔を見上げる。自分に問題がると言われ、そしてその真意がまだ頭に結び付かず、彼女は困惑した面持ちで両手の指先を擦り合わせた。
「クラッツに言えることはプラムさんにも言えることだからねぇ」
「……」
レジストンはクラッツが調理場に向かう時点で既に<連記剔出>についての可能性を見出していたことは言うまでもない。
ならばなぜ、その時点でプラムにも退出を促さなかったのか。
わたしの疑問に答える形でレジストンは肩を大きく竦めた。
「外から見た印象、そしてここでのやり取りから君たちが仲のいい姉妹みたいな関係っていうのは分かっていたからね。さすがにまだ小さいセラフィエルさんを残してプラムさんに退席してもらうのは、後々に響くかなって思ったんだよ。退席してもらうってことは彼女に詳細を伝えないってことになるからね。それは行動するにあたって判断材料となる情報を彼女に渡さないという選択になる。そうなれば今後、君を心配したプラムさんが予想外な行動を取る、という展開に繋がる危険性を生むと思ったわけさ。どう転ぶかはまだ分からないけど、双方を天秤にかけてどちらを取るか――というのを考えた結果だよ」
「――」
正直、彼がそこまで思考を巡らせているとは思っていなかったわたしは、まさに目から鱗といった心境になった。
確かに奴隷業者の馬車の中で気丈にも初対面のわたしのために、サイモンらに相対した時の行動力を考慮すると、プラムがわたしを心配するあまり、自発的に動きかねない。
それは嬉しいと同時に、非常に危うく、わたしとしても避けたい展開だ。
だから記憶を抜き取られる危険性よりも、それを避けるためにわたしと同じ場で話をしたということなのだろう。
なんだかここまでの話をまとめると、わたし関連がほとんどなので、それに巻き込む形になってしまったプラムに申し訳ない気持ちが強く滲み出るが……それでも同じ情報を共有する――プラムと横を並んで歩いているという感覚にわたしは何処か心強さを感じた。
「ありがとうございます」
わたし自身の中に湧き上がる朧げな感情を言葉にしようと思ったら、感謝の言が口から洩れていた。
「本当に仲がいいねぇ」
レジストンはわたしたちを何処か――羨ましそうに眺めながら、ふと奥の部屋へと意識を逸らした。
「さて、そろそろクラッツも料理を終えた頃だろうし、重た~い話はここまでにしようか。今後の指針については後で知らせるとするよ」
そう言われて、わたしたちが肩の力を抜くと同時に、鼻孔をくすぐる匂いが食欲を刺激する。
クラッツェードが少し前の焼きまわしのように大皿に料理を乗せて、客席フロアの方へと姿を現したのだ。
……今度は味は薄くてもいいから、食べられる味だといいなぁ。
2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました




