22 レジストンの抱く違和感
すみません、色々と遅くなってます(T-T)
出先なのですが、まさかのWi-Fiが圏外で……初めてスマホで書きましたが誤字等ありましたらご指摘下さい(/´△`\)
きゅう、とフルーダ亭の客席に集まるわたしたちの輪の中で音が鳴る。
わたしとクラッツェード、レジストンが顔を見合わせると、その視線は亜麻色の髪の少女へと向けられた。
彼女にはまだ処理しきれない情報量と必死な思考の摩擦で起こった知恵熱でフリーズしていたプラムだが、どうやらそこにエネルギーを消費したことと、先ほどは激マズ料理のせいでベーコンぐらいしか食べられなかったことで、空腹が押し寄せたのだろう。
そう考えていると、わたしのお腹も思い出したかのように鳴りはじめた。
すぐにお腹を押さえて空腹音を押さえようとしたが、既にその音は青年二人に拾われているようで、二人と目があった瞬間、わたしは思わず逸らしてしまった。
「はっはっは、言動や雰囲気が子供らしからぬって思ってたけど、案外、可愛らしい一面があるものだね」
「……」
レジストンは快活に笑ったが、クラッツェードは渋い顔だ。
……きっと自分の料理のせいだという点が彼にそういう顔をさせているのだろう。
そんなことを思いつつ猫背の青年を眺めていると、彼はひゅんと背筋を伸ばしてテーブルの上の冷めた料理の載った皿を両手で持ち、急に奥の部屋へと足先を変えた。
嫌な予感がしたわたしは、彼が完全に姿を消す前に声をかけた。
「あの……どちらへ?」
「――作り直す。さっきのはちょっとした手違いだからな。今度は『美味い』と言わせてやる!」
『やめてください!』
思わず、わたしとプラムの音声が重なって室内に響き渡る。
「ええい、止めるな! さっきのが俺の料理だと思われたら迷惑だ!」
「いやいや、思いっきり貴方の料理だったじゃないですか!」
レジストンが来る前に、普通に自分の料理だと肯定していたことを忘れてないぞ!
「……いや、確かに俺が作ったものだが、厳密には違うんだ。アレはちょっとした創作意欲が起こした、云わば例外だ。普段のものはきちんと食えることは俺が保証する」
「し、信じられません……」
「はっはっは、クラッツ。皿の様子で大方は予想がつくけど、また悪い癖が出たんだね」
わたしたちのやり取りを見ていたレジストンが笑いながらそう言った。
「悪い癖?」
プラムの問いにレジストンは「うん」と答える。
「クラッツは元々薬学に見識を深めてるんだけどね、その性質からか、どうも新しい『調合』を試したがるきらいがあるんだ。料理も同じく、珍しい食材もとい材料があれば、探究心がにょきっと生えて試したくなっちゃうんだよ」
「じゃあその雑草のごとく生えた探究心を刈り取るいい機会ですね」
今日も一日の半分は雑草刈りの日だったし、今日はそういう日なんだね。
「待て。探究心とは、人の進化において重要な要素だ。そう簡単に刈るとか言うな」
至極真面目な表情で割って入ってきたクラッツェードに、わたしはジト目で返す。
「じゃあ他人で試さないでください」
「自分じゃ先入観が邪魔になるだろう」
「ここに良き協力者がいるじゃないですか」
わたしはレジストンに矛先を向けると、彼も被害者側に含められるのは嫌なのか、ギョッと目を開いてぶんぶんと首を振った。
「レジストンは駄目だ。こいつは思ったことをハッキリ言わない悪癖がある」
「他人を実験対象にする悪癖も他人事じゃないですよね?」
「ぐっ……お、お前、本当に口が回るやつだな。どんな人生を送ってきたら、その年でそんな性格……――いや、すまない。今のは失言だったな……」
「え?」
口合戦に乗ってきたわたしは、次に返す台詞ばかりを考えていたが、急な変化球に思わず威勢をそがれてしまう。
そしてすぐにその謝罪の理由は思い当たった。
ああ、そういえばわたしたちは戦災孤児だって言ってたんだっけ。
「クラッツェードさんって……変わってますけど、真面目ですよね。あと中途半端にやさしいです」
「なっ!?」
「ぶふっ!」
率直な感想を伝えると、クラッツェードは顔を赤らめて驚き、レジストンは噴き出して笑い出した。
「はっはっは! クラッツが優しいかぁ……良かったね、クラッツ! いつも子供とかに避けられているから嬉しさも一入だろう!」
「うっさいわ、お前! くそっ……子供らしくないと思って油断してた」
え、今のわたしって子供っぽかったってこと?
特段意識したわけじゃないし、客観的に見てもそうは思わなかったんだけど……。
いまいち実感と共に彼らの反応についていけないわたしだけど、ここでそれを言及する気も起きず、流す他なかった。
「……あの、お金はきちんと払いますので次は普通のをお願いします」
「……わかった」
おそらく、ここで問答を続けても彼は引かない気がする。
店の料理に不満があるなら、客であるわたしたちが店を出ればいいだけの話だが、レジストンが介入し、既に店と客の関係性が崩壊したわたしたちにこの中途半端な状態で店を後にする選択肢はない。
わたしには料理するだけの技術と知識がないし、プラムにお願いするのも何か変だ。
レジストンの腕前は分からないけど、にこやかな態度を維持したまま、微塵も動こうとしないあたり期待はできない。結局のところクラッツェードが引かないなら、彼に頼むしかないだろう。
「ああ、そうだ」
思い出したようにレジストンは声をあげた。
その矛先はクラッツェードに向いていたため、彼は足を止めて「なんだ?」と振り返る。
「俺の能力についても彼女たちに話そうと思うんだ。彼女の能力だけ聞きっぱなしっていうのも悪いしね」
その言葉に今までにないぐらいクラッツェードは顔を強ばらせた。
「お前……本当にどうした? 信じられんほどの大盤振る舞いだな」
「なに、それだけ気に入ったってことさ。あとはそうだね――」
今度はわたしに向けて視線をスライドさせ、
「できるなら、そんな俺の誠意に答えて、君のもうひとつの力を教えて貰えたらなぁって思ってる」
と、推し量る意図を持った視線と共に言われた。
「っ」
わたしは反射的に息を飲むが、ギリギリのところで表面には出さずに堪えた。
おかしい、操血も魔法もあの時には使用してなかったはずだ。
<身体強化>のみで行動していたあの一シーンで、看破される要素は見当たらない。
どこか別の場所で見られていた――?
「もうひとつの、だと?」
クラッツェードの驚きぶりを見ると、彼も知らないレジストンだけが手中に収める情報だと言うことが分かる。
レジストンが不意にクラッツェードに鋭い視線を送った。
なに……? と、疑問に思うも答えは当然出ない。
得る情報も多いが、流出する情報も多いこの場で、わたしはぐるぐると思考を空回りさせてしまう。
そんな考えがまとまらない中、レジストンは飄々とクラッツェードに尋ねた。
「クラッツ、食堂を出たあと誰かに会った?」
「あ? 誰って……お前に会っただろ。まさにこの子達の一件でな。急にどうした?」
いきなり何だ、と訝しげに聞き返すクラッツェードに特におかしな点はない。
記憶の通りに聞き返しているだけだろう。しかしレジストンは何が気にくわなかったのか、困ったように苦笑した。
「なるほどね。さっきも気にはなってたけど、こいつは参ったね」
「はぁ?」
「いやはや、中々に面倒なことになってきたね」
「レジストン……?」
いつもの彼とは違うなにかを感じたのだろうか。
クラッツェードは普段のノリであろう態度を押し込め、表情を落としてレジストンを見た。
「まあ、とりあえずクラッツは料理を頼むよ。その間に彼女たちに俺の恩恵能力を教えておくとするよ」
「…………わかった」
きっとクラッツェードはレジストンに、その反応の真意を問いただしたかったのだろうが、彼はグッと何かを飲み込むようにして我慢し、厨房があるであろう奥の部屋へと消えていった。
「さて……」
レジストンも彼は彼で複雑な面持ちを浮かべたが、気泡が割れるが如く早々に新しい仮面をかぶり、いつもの軽快な表情へと戻した。百面相とは、こういう人間を指すのだろうなどと思いつつ、わたしはさてどうしたものかとレジストンを見返した。
「ああ、警戒しなくて大丈夫だよ。君のもうひとつの力を見破ったのは俺の恩恵能力のおかげさ」
「えっ?」
レジストンは小さく息を吐き、続けた。
「こうして、俺の手の内を見せるのにも訳があるのさ。といっても数分前までは純粋な信頼材料として伝えるつもりだったけど……状況が変わった。さっき確信に変わったけど、俺たちはどうやら相互に能力の得手不得手を理解して協力関係を結んでおかないといけないみたいだ」
「それは……どういう? クラウンの一件とは別の話、ですか?」
「そう――なっちゃうかな。クラウンについては君たちの保護が第一目的だったけど、どうやらお相手は厄介な武器を持っていたらしいね。クラウンに所属しててもどう転ぶか分からなくなってきた。もちろんクラウンに所属することは立場を固める上で大事だけど、それだけでは足りない可能性が出てきた、って感じかな」
正直、全くもって意味が分からない。
この短い間に、レジストンのなかで一体どんな情報が錯綜し、集約されたというのか。
しかしこの口ぶりからして、わたしやプラムに関係のない場所での話ではないことは明白だ。
銀糸教というよく趣旨も目的も分からない宗教があって、それに狙われる身としては、この王都に詳しい協力者の存在は価値が高い。
それがレジストンやクラッツェードであることは、言うまでもない。彼らの善意で色々なことを知り、わたしも幾つか情報を持っていかれたが、この関係は替えがたいほど貴重なものだということは特筆するまでもないことだ。
であれば、ここで彼の言葉に耳を傾けない理由はない。
全幅の信頼を置いているわけではないが、彼から策略めいた悪意は感じられない。大変な目には会うかもしれないけど、決して悪い結果には繋がらないのではないかと思える。少なくとも彼らの協力なしで王都の時間を過ごすよりは確実に良いはずだ。
「レジストンさん」
「うん」
「正直、目まぐるしく情勢が変わってる気がして、わたしは現時点では要領を得ていません」
「はっはっは、俺もだよ。もっと気軽に終わる案件かなって思ってたんだけどねぇ。まあ、クラウンを紹介した時点でそんなこたぁ無いか」
プラムは再びフリーズ状態になり、応答不可モードになってしまっていた。
わたしも思考放棄して、レジストンに「あと任せますので、すべきことだけ教えて下さい」と言いたくなったが、そうもいかない。
クラウンになって、王都に有益な存在になることで、問題は自然解決だなんて軽い考えは唾棄すべきだと理解した。その先の予防線が必要な何かをレジストンは見つけたというのなら、わたしもしっかりと頭を働かせて対応しなくてはならない。
「それじゃ、クラッツが美味しい料理を作り終える前にサクッと話しちゃおうかねぇ」
本当に美味しいのだろうか、と一抹の不安を抱えたわたしを他所に、レジストンは口を開いた。
2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました