20 レジストンとの対話
遅くなって申し訳ありません( ;∀;)
繁忙期に入ったため、少なくとも9月中旬までは不定期更新になりそうです、、、m( _ _ )m
「やっ」
気軽に手を上げたレジストンと呼ばれた男性は、微笑みを浮かべたままクラッツェードの横へと移動してきた。
「お前……」
「大丈夫、今は鷹の目も犬の遠吠えもないよ」
「……はぁ、そうかよ」
鷹の目?
犬の遠吠え?
なんだろう、クラッツェードには通じているみたいだけど……隠語?
「あっ! 昨日の……」
「え?」
「ほら、セラちゃんがいなくなっちゃう前にハンカチを落とした人がいたって話したじゃない。その人だよ」
……ああ、わたしが暴走した時のね。
嫌な思い出が蘇ってしまった。過去は振り返らない、というか切り替える性質だが、こうして話題に出されると瞬間的にもやはり思い返してしまう。
「……おい」
「ん、何かな?」
「わざとか?」
「ん~、まぁね」
「……昨日、お前に例の奴らの件で報告した時、特に何も言わなかったよな」
「昨日はまだ整理がついてなかったんだよ。見たままの情報ほど不確定かつ主観的なものはないからね。それで誤解を招いて後日訂正を行うよりは、きちんと整理して情報の吟味が済んでからのほうがクラッツだって聞きやすいでしょ」
「……それについては異論はないが、お前自身が考えて動いた行動については別だろう。主観も客観もない、お前自身が考えてやったことなんだからな。さあ言え、お前は昨日、何をした?」
「え、ここで言うの?」
「当たり前だ。この子らにも関係することだろう? ああ、でも……そうだな、レジストン、お前はクラウンだったよな」
「え!?」
クラッツェードとレジストン。二人にしか通じない会話は、わたしたちの頭の上を超えて飛び交っていく。
思わず「この人がクラウンなんだぁ」とわたしとプラムはレジストンを見上げるが、さっきまで飄々とした態度を崩していなかった彼は、何故だかこの瞬間だけはたじろいでいた。
レジストンはクラッツェードに視線を戻して、苦笑を漏らしていた。
「そ、そういう感じで話させる気かい?」
「おお、そうだ。お前はクラウンで、とある調査で探っていることがあったんだったな。さあ、昨日何をしたか言え。どうせ保護者を買って出た理由もそこにあるんだろ?」
「……まあ、そうだねぇ。確かに俺が保護者を名乗り出た理由を隠したまま話を続けるのも違和感があるし……しょうがない。ここはクラッツの助け舟に乗っかることにしようかな」
ちび、とコップの水を再び冷やして、わたしは冷たい水を喉に通す。
いまいち要領を得ないが、なんとなく彼らがわたしたちの知らない場所で、わたしたちとは無縁とは言えない何かに関わっているような気がした。でもさっき、わたしと食堂で視線が合ったことについては「直接は君に関係のない話」と言っていたけど、何だかそれも怪しくなってきたなぁ。
もしかして気遣って隠し事をしてくれたんだろうか。いい方向に捉えすぎ?
「ああ、そうだなぁ……何から話すべきかな。うん、とりあえずは謝った方がいいよね」
『え?』
わたしとプラムのハモッた声と同時に、レジストンは深々と頭を下げ始めた。
「いやぁ、ごめんね? クラウンとしての仕事の関係でね、実を言うと君たちにちょっとしたテストをさせてもらっていたんだ」
「テスト……?」
「あのハンカチが、ですか?」
眉を顰めるわたし。
純粋な眼差しで首を傾げるプラム。
「まずは背景から説明するとね、俺はそこのプラムさんをセラフィエルさんから離した際、セラフィエルさんがどういった行動に移るかを確認したかったんだ」
彼はポケットから出したハンカチを取り出し、わたしたちの目の前に揺らす。
プラムの視線からして、おそらくアレが彼が落とし、彼女が拾って届けたハンカチなのだろう。
ということは……と、わたしは確信を得る。
つまり、わたしは彼の行動によってあの暴走を引き起こしてしまった、と。
そういうことになるわけだ。
わたしはムッと口を尖らせ、その様子に気付いたレジストンがもう一度「ごめんね」と謝った。
あまり悪いとは思っていなさそうな軽薄な笑みを浮かべているが、そのせいで彼の心情が読みづらい。あの笑顔はきっと……仮面なのだろう。素顔を見られないための偽りの表情。
ますます気に入らないわ……。
「でも、ハンカチを落としたって言っても……私が必ず拾って届けに行くなんて絶対はあり得ないですよね……?」
プラムのもっともな質問に、レジストンも頷く。
「そうだね。他の人が拾うかもしれないし、誰も拾わないかもしれない。だから、俺はこのハンカチにちょいと細工を施したんだ」
「細工?」
思わずわたしは少し前のめりに、彼の持つハンカチを凝視する。
一見何の変哲もないハンカチのように見えるが……ハイエロの件があったせいか、匂いに一時期敏感だったわたしは、ある違和感を嗅覚に感じた。
「甘い……匂い?」
「へぇ、やっぱり君は……ちょっと特殊なんだね」
「へ?」
迂闊にも呟いた言葉は、レジストンに軽々と拾われ、さらには特殊扱いされてしまった。
匂いにヒントがあると分かったプラムが可愛らしく、くんくん、と鼻を鳴らす。
「うぅー、全然わからない……。私、鼻が詰まってるのかなぁ……」
しかし成果は得られず、しょんぼり肩を落とすプラムにわたしは思わず笑いを零してしまった。
「分からないのも仕方がないよ。このハンカチに染み込ませているのは『寄意香』って言ってね。まぁ詳しいことは開発者に聞いた方が早いだろうね」
そう言って、レジストンはクラッツェードに手を差し向けて、説明のバトンを強引に渡す。
クラッツェードは顔をしかめたが、面倒くさそうにしつつも説明を代わった。
「王都から少し離れた山地――高い場所に自生しているある薬草を土鍋で煎じた後、香油と混ぜ合わせ、しばらく暗所で放置しておくと出来る芳香液のことだ。薬草を使った新しい商品を模索している時に生まれた偶然の産物だがな。この芳香液は『人の意識を向ける』という特性を持った、ある意味、危険なものでもある。だから俺はこれを公表していないし、この存在を知っているのは俺とレジストンだけになるな」
え、そんな代物の存在をわたしたちに明けてもいいのだろうか。
そんなことを思っていると、ニヤリとクラッツェードが笑う。
「安心しろ。薬草は複数に渡るし、山地の付近には似た毒草もある。材料が薬草で、産地が山だと分かっても誤った組み合わせで煎じてしまえば、出来上がるのは毒になるかもしれん。知識があろうとなかろうと、レシピを知らん人間には複製できんさ」
「あ、なるほど……」
今の言葉はわたしの疑問を解消すると同時に、自分でやろうとしても手痛いしっぺ返しがくる可能性もあるから「勝手に作ろう」だなんて思うなよ、という意味も込められていそうだ。
「山の動物でも試してみたが、嗅覚の鋭い奴らにはちょいと効果が強いみたいで、匂いの元に多くの動物が集まってしまう結果となってしまった。人間に対してはそこの嬢ちゃんが感じた通り『少し気になる』程度の軽い意識誘導を行える程度だな。しかも人の嗅覚では匂いまでは感じ取れないほど薄い。濃度を調整することができればその辺りも操作できるのかもしれんが、俺はこの程度が丁度いいと思っているし、それ以上の物をつくると何処からか話を聞きつけた愚か者が悪用しようと群がってきそうだからな」
「不思議な薬なんですね~」
感心したようにハンカチに意識を持っていかれるプラムだが、はて、と一つの結論に至る。
「あれ? それじゃ匂いに気付いたセラちゃんは野生の動物並みの嗅覚、ということですか?」
「お姉ちゃん……それはあまり嬉しくない言葉」
「ご、ごめんね? でも……なんでセラちゃんには嗅ぎ分けられたんだろう」
宥めるように頭を撫でてくれるプラムを他所目に、わたしは嗅ぎ分けられた原因、その正解に心当たりがあった。
おそらく――、
「<身体強化>、かな?」
予想外にもわたしが想定した答えをレジストンが口に出した。
ギョッとして、わたしは大きく目を見開いてレジストンを見上げる。
彼は変わらず飄々とした態度を崩さず、穏やかに笑みを浮かべて言葉を続けた。
「身体強化……個人差があり、より高度な能力値を持つ者は五感すらも増幅される。ピンキリな能力だけど、極めた者は数々の武勲を納める英雄にだってなりえる能力だよね。単純が故に強い。絡め手には弱いけど、真っ向勝負になれば誰に対しても勝ちの目が出る、使い勝手のいい恩恵能力だよね」
「……そうなのか?」
レジストンの確信めいた言葉に、クラッツェードが少々驚きつつも聞いてくる。しかし彼はすぐに頭を振って自分の問いを取り下げた。
「ああ、いや……そうだな。別に言わなくてもいい。貴族にとっても、そうでない人間にとっても、恩恵能力は切り札になる一手だ。そう簡単に明かしていいものではない。レジストン、この話題はもう終わりだ」
「そう?」
クラッツェードって……ちょいちょい面倒見のある人だと思っていたけど――かなり御人好しなのかもしれない。このだらしない格好からは想像もつかないけど……。
ああ、でも。
こりゃきっと見られていたんだろうな。
レジストンの目に一切の迷いは見られなかった。
これは憶測や想像の範疇で物事を話しているわけではなく、その目で真実を見た人間に見られる「自信」の現れだ。表情は読みにくい彼だが、さすがにその瞳を変えることはできない。
彼は「テスト」と言った。
目的はわたしからプラムを引き離して、わたしがどういう行動をするかということ。となれば、自ずとその後の行動も監視されていたに違いない。
うっわー、あの行動の一部始終が見られていたってこと?
監視されていたという事実への不快感よりも、そっちの方が恥ずかしさが上回る。
「隠したままっていうのもいいけど、俺が彼女たちの保護者を立候補したのも、その辺りの事情が絡んでいるからねぇ……どうしよっか」
レジストンは視線でわたしに能力についての判断を問いかけてくる。
おいおい、6歳ぐらいの子供に対してするような駆け引きじゃないよ、まったく。
でもクラッツェードにも「本当に子供か?」と言われるぐらい喋りすぎてしまっている手前、今更子供っぽく「わかんなぁ~い」なんて言っても胡散臭いどころか気持ち悪いだろう。
仕方ないので、わたしはお利巧な子供路線で突き進むことにした。
「はい、わたしの恩恵能力は<身体強化>で間違いありません」
「おまっ……」
「大丈夫ですよ、クラッツェードさん。バレたところで何か損なうほどのものでもありませんし、お二人は無暗に人の恩恵能力を言いふらすような方々ではないですよね?」
そう言うと、二人は顔を見合わせ、頭を掻いた。
クラッツェードは諦めたようにため息を吐き、レジストンは楽しそうに笑った。
悪い人間ではないが、背後に善悪関係ない多くの何かを抱えている。――短い時間だが、それが二人に対して感じた印象だった。
この出会いが最善だったのか、最悪だったのか。
それはわたしにも分からない。
けれども王都で今後も住んでいく中で、この出会いは色んな意味で劇薬的な反応をもたらしてくれるのではないかと直感だけど思えた。
さて、随分と妙なことに巻き込まれている気がする。
レジストンが何を探っているのかまだ不透明だけれど、プラムに接触し、わたしの動向が一部始終見られていた時点で、もうわたしたちと無関係とは言えないだろう。
仮にここで強引に別れたとしても、表で顔を突き合わせることがなくなるだけで、水面下では常にわたしたちと繋がっている……という展開になりそうだ。
少なくとも「わたしを調べる」ということに関連した何かが終わるまでは。
レジストンが店に入った際に背後に立たれたことにわたしは気づけなかった。
つまり、前世の戦乱の中、いつ背中を刺されてもおかしくない女王の座にいたわたしでさえ気づけない相手と言うことだ。
いくら体が幼くなったからといって、<身体強化>の補助を受けているのだ。相当な実力者、なのかもしれない。きっと、わたしに気付かれずに、今後も影で手を出すことなど朝飯前だろう。
正直、目に見えないところで好き勝手に関与されるのは嫌だ。
だったらこっちから一歩踏み込んだ方が気が楽だ。
気がかりは……プラムをそれに巻き込んでしまうことだけど……。
チラリとプラムの様子を見ると、ちょうど彼女もこちらを見ていて目が合った。まさかわたしの悩みに気付いて……と思ったが、ツンツンとわたしを突っついた後に小声で聞かれたのは別の事だった。
「セラちゃん、能力のこと言っていいの?」
「う、うん……というか既にバレてるから隠しても意味がないかなって……」
「そうなんだ?」
わたしだっていまいちレジストンが何を考えているか、釈然としないぐらい情報が少ない。プラムにとっては、昨日の昼の一件でわたしがどれだけ派手に動いていたかを知らないだけに、さらに良く分からない状況だろう。
うん、思いっきり踏み込んでやろうかと思ったけど、やっぱり事実確認はしてからの方が無難だね。
分かっていることは――レジストンはクラウンにおそらく所属していて、何かしらの依頼の一環でわたしを調査する必要性があった可能性があること。そしてクラッツェードは薬学に精通しているのだろう。
料理はアレだったが、特殊な薬液を調合でき、かつその危険度を理解した上で市場に出さない良心も持ち合わせていそうだ。
そして両者とも恩恵能力についてはそれなりに知識がありそう。
王都の仕組みにも詳しい面がちらほら見受けられた。
最後にレジストンは間違いなく、純粋な戦闘能力においてはわたしより上だろう、ということぐらいかな。
これらの情報から、何故レジストンがわたしたちの保護者役になってまでクラウンへの案内を受けようとしたか――可能性としてはわたしの<身体強化>としての能力をその目で見て、有用性を見出した……という線が今のところ、わたしの中で有力だ。
けれど早計で物事を判断するほど危険なものはない。
せっかく本人たちが目の前にいて、こうして積極的に話をしてきているのだ。
もっと情報を聞き出すのが先決だろう。
わたしは勢いのままレジストンの話の流れに乗っかろうかと思った心にストップをかけ、彼らという存在がわたしたちにとって有益なものになるのかを判断するために口を開いた。
そして、次に書こうと思っていた内容の文字数が読めきれなくなって予告が当てにならなくなってきたので、予告は書き溜めたときだけにしておこうと思います(; ・`д・´)
前書きにも書きましたが、繁忙期が終わるまでは更新が不定期になりますことをご容赦くださいm( _ _ )m
2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました