19 宿屋相談とクラウン
いつも読んで下さり、ありがとうございます^^
わたしたちは未知の料理の傷跡が回復せず、未だ料理屋――フルーダ亭に留まっていた。
コト、と温い水の入ったコップをテーブルの上に置く。
本来、この水もお金がかかるものなのだが、酷いものを食べさせたお詫びとして、金髪の青年から無料でいただいたところだった。
白湯とまではいかないが、常温の水は喉には優しいのだろうが、今のわたしの喉・食道・胃の中のダメージを洗い流すにはイマイチ弱い。だからわたしはこっそり魔法で水を冷やし、キンキンに冷えた水を改めて喉に通すことで不快感を削ぎ落した。
できればプラムの水も冷やしてあげたいところだけど、まだ魔法のことは打ち明けていない……というか、完全にタイミングを逃している最中だ。第三者がいる場所で明かすわけにもいかないので、またの機会を探ろうと決める。
「――ちょっと待て」
と、そんなことを考えているわたしの様子をいつの間にか凝視していた青年が、声をかけてきた。
なんだろう、と首を傾げたわたしだが、彼の視線の先がわたしの手に持つコップへと注がれていた。
思わず嫌な予感がして、わたしは反射的にコップを両手で隠すように胸元に寄せた。
「お前……そのコップ、寄越してみろ」
「え、なんでですか?」
「……容器の表面に水滴が浮き出てきたように見えた。冷えた水を入れた際に起きる現象と同様に思えたから気になってな」
少し考える素振りをした後に、青年はそう言った。
なんでそんなに目聡いの!? と文句を言いたくなる気持ちをぐっと抑えつつ、こっそりと魔法を使う。
今度は逆――温度をやや上昇させて元の温い水に戻すものだ。
「は、はい」
わたしは一秒ほどで、手のひらから感じる温度で水温を調整し、おずおずと青年へとコップを手渡した。そのやり取りをプラムはちびちびと水を飲みながら眺めている。
……きっと、何をやってるのか分からないけど「仲良さそうだなぁ」なんて思ってるんだろうなぁ。
「……」
青年はコップを手に取り、思いっきり眉をしかめた。
きっと想像を外した容器の表面温度に訝しみを覚えたのだろう。
ふふ、してやったり。魔法使いにとってこの程度の証拠隠滅など造作もないことよ!
青年はそのまま何を思ったのか、コップに口をつけて中の水を飲んだ。
「ちょっ――」
「わぁ」
同時にわたしとプラムが声を漏らす。
わたしはともかく、プラムまで反応を示すとは思わなかったけど、それはさておいておく。
ていうか、そこ! わたしが口をつけた場所!
間接キスなんぞで動揺する純粋さを育めるほど平和な世界を経験してきたわけでもないのに、幼くなったわたしの心は大きく跳ね上がる。
もしかしたらわたしの前――亡くなる前のこの身体の持ち主は、想像以上に初心で、当時の感覚や感情がこの身体に染みついているのかもしれない。
「おかしい……表面に水滴はあるというのに、温度は……元のままだ」
「えと……何かあったのでしょうか?」
わざと首を傾げて疑問を呈するわたしを、胡散臭そうに見る青年。
そんな目で見られても、わたしは何も言わないぞ。
「……いや、なんでもない。悪かったな」
そういってコップを返してくれるのはいいのだが…………何故かプラムが期待と不安が混ざったような顔でわたしの動向を観察している。
ええ、分かっていますとも。
何となぁーくプラムが耳年増なのを悟ったわたしは、最初にわたしが口をつけた個所であり彼が口をつけた個所でもあるところを避けて、別のところから水を飲んだ。
その瞬間、プラムは「えぇ~」という顔を見せる。
うん、わたしとプラムは表情だけでも意思疎通できそうだね。絆を感じるよ。
しかし、なんだろうか。
彼の対応は一介の料理屋の主人としては、やや違和感を感じる。
何というか……表面上はぶっきらぼうなのだが、対応自体は親切なのだ。
どこか気遣ってもらってる、というか……実際に話したのはついさっきが初めてなのに、まるである程度の事前情報を知っているような雰囲気を感じるのだ。明確な言葉があったわけではない。けど、食堂で目が合った程度で埋められるはずがない何かを感じる。
完全な勘だけど……伊達に200年以上の時を歩いたわけじゃない。
「あの、ここって貴方一人で経営しているんですか?」
「まあ成り行きではあるが、そうだな」
「でも市場で何かを売り出そうとしてましたよね」
「……俺は素材を納品することを専門としていたから、表には出ていないはずだが――いや、なるほど……あの場に居合わせていたのか」
あの場とは、つまり彼とある商人のような男の人が言い争っていた現場のことだろう。
わたしはプラムと目を合わせ、二人揃って頷いた。
青年は気まずそうに視線をやや逸らし、後ろ頭を掻く。
「そりゃ気まずい場面を見しちまったな」
「なんだかすみません……」
誰だって掘り出されたくない過去や経験はあるものだ。
彼にとって程度は分からないものの、市場での一件は面白くないものだっただろう。彼に嫌な顔をさせるつもりは無かったが、無暗に思い出させてしまったことは申し訳なく、わたしは謝罪を口にした。
「いや、構わない。それはともかくとして、これも何かの縁だ。自己紹介ぐらいはしないか?」
「あっ」
思わずプラムと見合って苦笑い。
何だか料理のこともあってか、普通に会話をしていたけど、互いに名前すら知らない関係だったのを思い出した。
「私の名前はプラムです」
「わたしはセラフィエルといいます」
「ああ、俺の名前はクラッツェードだ」
「クラッツェードさんは王都ではもう長いんですか?」
プラムの問いにクラッツェードは腕を組んで首を振った。
「俺は生粋の王都生まれの王都育ちだな。だから……というわけでもないが、お前ら、このまま公益所で小金を稼ぎながら王都で生活するつもりか? 一時はそれでまかり通っても、いずれか資金の底が尽きる日がくるぞ」
「や、やっぱり今日みたいな簡単なお仕事って少ないんでしょうか?」
まあ、今日の仕事も決して簡単ではなかったけどね……単純ではあったけど。
プラムの質問にクラッツェードは「それもあるが」と付け加えた。
「あくまでもお前たちぐらいの子供で請け負えるレベルのものに限っての話だが、公益所での礼金なんぞ微々たるもんだろ。せいぜい一日銅貨一枚がいいぐらいで、最悪、それすらも人員が埋まってしまうことだってある。そんなんで王都で暮らしていけるとは到底思えんぞ」
「その言い方だと、請け負えないレベルの仕事は礼金も美味しいんですか?」
「……まぁ俺もそれで数年は生活していたからな。と言っても、俺には一応寝泊まりする場所はあったから、その分の支出を抑えられていたという点が大きかったとも言えるな」
「参考までにどんな依頼だと、どの程度貰えるんですか?」
「……」
うっ……また探るような眼で見られてしまった。
子供らしくない質問だと思われているだろうか。
でもせっかく王都に住む人の話を自然に聞けるチャンスなのだ。
気になることは聞いておきたい。
「先に言っておくが、間違っても受けようとはするなよ? もっともお前たちが窓口に行ったところでさすがに受付嬢が了承するとも思えないが……念のためにな」
「は、はい……」
「公益所では三種類の依頼の分類がある。一つ目はおそらくお前たちが今日受けたであろう『第三級分類』だ。要は専門知識もいらないし、その身一つで出来る程度のお手伝い的なものだな」
わたしたちが頷くのを見て、彼は話を続ける。
「そして次の『第二級分類』は難易度が上がる。ちょうど俺が一番多く受けていた依頼もこのあたりだ。薬学などの専門知識を要する依頼だったり、野盗や盗賊などの罪人討伐、危険な野生動物の駆逐などがあたるな」
それはちょっと意外だった。
大方、三種と言われた時点で最も危険なのは野盗などの類だと思っていたからだ。
魔獣が蔓延る世界なら、そっちの方が断然危険だが、今のところ奴らの影は見当たらないし、プラムとの会話にも出てこない。
王都の外で家族連れが出歩いていたことも考えると、わたしの中では薄々、魔獣などの類はこの世界にいないのではないかと思っている。
故に一番危険なのは、不当を働く人間だと思ったのだが……。
「え、最後に『第一級分類』だな。こいつは特殊で、クラウンと呼ばれる公益所管轄の組織に属すことが大前提となる」
「くらうん?」
わたしは「知ってる?」という意味をこめてプラムを見るが、彼女もふるふると首を振って否定した。
「クラウンとは、昔で言う討伐隊のことだな。今じゃ童話なんかに結構使われる代名詞なんだが、聞いたことはないか?」
「あ、知ってます!」
ようやく知っている単語が出たことで、プラムが元気よく手をあげた。
「私、昔……お母さんに聞かせてもらった話に、討伐隊――勇者のものがありました。とても勇敢で強さと知恵を兼ね揃えた英雄譚と……」
「ああ、そいつは俺も知っている。実話らしいが、よほどの恩恵能力を持っていたんだろうな。なんでもそいつの剣の一撃は山をも切り裂く、なんて伝説が残っているが……」
どこまで本当なんだろうな、とクラッツェードは肩を竦めた。
一撃で山をかぁ……うーん、さすがにわたしの身体強化じゃたどり着けない境地っぽいなぁ。
魔法ならまあ全盛期に戻れば可能だ。
そう考えると全盛期のわたしもこうして後世に語り継がれるほどの力を持っていた、ということだろうか。まあ前世もその力が原因で女王の座についていたし、今更な話かな。
「そこまで言やぁ分かると思うが、クラウンは実力者たちの集まりだ。公益所が定めた規定をクリアした猛者どもは、下手な恩恵能力を持つ貴族よりも手強い。今の時世で言えば、西との戦争に国からの依頼で駆り出されることが多いそうだな。あとは……罪人貴族の討ち取り、獣王眷属の暴走。まれに野盗なんかも徒党を組んだ場合、その総戦力が国家危機に抵触する場合なんかはクラウンたちの仕事に分類されることもあるな」
「へぇ……」
「クラウンってすごいんですね」
感心するわたしたちとは裏腹に、クラッツェードは「どうだか」と曖昧に答えを濁した。
罪人貴族だの獣王眷属だのと気になる単語ばかりが出てくるなぁ。
聞きたいなぁ。
でも話の腰を折るのも嫌だし……ああ、知識欲が刺激される。
今はそっちを優先できないけど、余裕が出て来たら本格的に図書館とかを探そう。
「ああ、あとクラウンになると王都も手放したくない存在になるからな。宿所に関しても金さえ払えば半永久的に住むことも可能となる」
「え? それって宿屋みたいに連泊制限が無い、ってことですか?」
「そりゃあな。そんな制限をかけて王都を出ていかれるのは困るし、もっとも厄介なのは他の国に流れていくことだな。クラウンの戦力の大半は平民だからな。いかに実力をつけた者や、稀有だが生まれつき恩恵能力を持つ者でも、生活に窮すれば他の働き口を探すしかない。この国は亡命を許容していないが、抜けようと思えば抜けれるのも事実。だからこうして落としどころを定めて、可能な限り王都を出ていく必要性を見出させない様にしてるってわけだ」
「ほぇ~……」
プラムが目を丸くして聞き入っている中、わたしは僅かな疑問を抱く。
……クラッツェードって、やけに物知りね。
クラウンに関する話が王都に住む者にとってどれほど常識なのかは分からないけど、今話した国の目的なんかはどちらかというと関係者にしか分からないことなんじゃないのかしら。
今みたいな話を王がわざわざ公開するとは思えない。
だってそんなことを公にすれば、クラウンに属する人たちをますます助長させるからだ。
国はクラウンに出て行って欲しくない。ならクラウン側は多少横暴を働いても大目に見てくれるだろうし、便宜を図ってくれることを前提に動くだろう。
そうなれば甘い汁が枯れ果てるまで吸い続ける輩は必ず出てくるはずだ。
公益所がいかに国の管轄であっても、国自身が下手に出られないのなら、完全に食い止めることは難しいだろう。となれば最終的に国にとって大きな損害になるどころか、根幹から崩される危険性にだって繋がってくる。
多少考えがつく王なら、そんな愚行は起こすまい。
うーん、クラッツェードの素性がちょっと気になって来たぞ。
でも彼がそれを語らないということは、少なくとも部外者であるわたしたちには聞かれたくないことなのかもしれない。このフルーダ亭に住んでいる話を聞けただけでも良しとしよう。多くを知っているかもしれないから、またここに訪れることもあるかもしれない。
しかし、クラウンの連泊制限がない宿所の話については、かなり魅力的だ。
わたしたちがこのまま公益所の第三級部類の依頼をこなしつつ宿屋を転々とする生活に終止符を打つには、土地を買って家を建てるか、今の話にあったクラウンご用達の宿屋に住み込み、クラウンの依頼をこなして収益を得て――そのお金で生活していくのが、手っ取り早い話に思えた。
「あのっ、そのクラウンって……年齢制限ってあるんですか?」
だからわたしは思わず一番気になる質問を口にしてしまった。
クラッツェードはおろか、プラムも目を見開いてこちらを見てくる。
あっ……失言だった、と思った時は既に遅く。
「セラちゃん……クラッツェードさんのお話にもあった通り、危ない仕事なんだよ? まだ小さいんだから、そんなことしちゃ駄目! ううん、おっきくなっても女の子なんだから駄目だよ!」
「その子の言う通りだ。金に目がくらんで飛びつくようでは、この王都でやっていけないぞ。ていうか、金を工面せにゃならん状況なら、教会の世話になることを薦める」
「……は、はぃ」
そういえば、教会という手段もあったか。
でも、これは個人的な価値観なのだが、それだと自立していない感覚がしてどこか嫌だった。
わたしたちは体の一部を欠損しているわけでもなく、今日の仕事もこなせたように、健常に動くことが出来る。なのに、子供で身寄りがないから、というだけの事情で教会に居座りつくのはなんだかなぁ……という気持ちがあるのだ。
これはきっとわたしが大人だった過去を持っているから感じることなんだろうな。
王都では教会に頼らずとも、己の力で生きることができる選択肢が幾つか用意されている。
他に選択肢が無いのであれば、教会入りするのも致し方ないと諦めがつくが、こう――目の前にいくつも未来への道が分かれているなら、わたしはやはり自発的に選んでいきたいのだ。
プラムのことを考えると、どっちが最善だろうか……。
う~ん、難しい話だなぁ。
「おい、何を悩む必要がある」
「うっ」
「だいたい成人前の子供がクラウンに所属するには、保護者の同伴と許可が必要だ。どっちにしろお前に選択肢はないから諦めろ」
「保護者……」
じっとクラッツェードを見つめると、彼は心底嫌そうな顔を浮かべた。
「……俺はやらんぞ」
「ですよねぇ」
苦笑するわたしにクラッツェードは大きく溜息を、プラムは頬を膨らませてしまった。
「だったら、俺が保護者になってもいいよ」
そんな時だった。
背後からクラッツェードではない、別の男性の声がかかったのは。
……気配なんて微塵も感じなかったというのに。
「…………レジストン」
知り合いなのだろうか、クラッツェードは店の入り口際の壁に背中を預ける男性を見て、ますます眉間に皺を寄せて疲れたように声を漏らした。
次回は「20 王都生活の選択肢」となります(^-^)ノ
2018/9/8 追記:仕事の都合上で土日は投稿できなさそうなので、次回は月曜日となりますm( _ _ )m
2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました