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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第二章 操血女王の平民生活
48/228

18 水面下はゆったりと波紋を広げる 後編【視点:クラッツェード】

すみません、公開が遅くなりましたm( _ _ )m

 レジストン曰く人気メニューたる最低価格の料理「生野菜の盛り合わせ」が並べられた平皿を手に、俺は手頃な席の椅子を引き、そこに座った。


 ったく、なんでこうなるんだ?

 ただでさえ混んでいる店内で、一人飯を取るなんざ目立ってしょうがない。


 しかも俺は他人からは陰気に見られているから、誰も俺と同じ席に座ろうとしねぇ……。


 おいおい、他は満席に近いってのに、まるで俺が威圧して一人、テーブルを占拠しているように見えるじゃないか。ふざけるなよ、おい……諸悪の根源なレジストンはどこいった!?


 しかもこの席……あの銀髪の子供が座る席から丸見えじゃねぇか!

 なんでここに座った、俺!?


 幸い顔見知りなわけではなく、一方的にこっちが覗き魔(レジストン)から得た情報で知っているだけだから、俺が変に意識を向けなければむこうも気に留めることはないだろう。


 日頃から変に素性を探られないよう、目線は俯きがちに、猫背で着衣はだらしなくをモットーに生活してきたが、こういう場面に遭遇すると、その道を選んだことをちょっと後悔してしまう。


 くっそ、野菜のくせして美味いじゃねぇか。


 なんだこの赤トゥーマは。まるで俺は瑞々しいとでも言わんばかりにハリと艶があるじゃねぇか。

 フォークで刺すのも勿体ないぐらいの鮮度だな。


 うおっ!? 丸ごと噛んだら口の中で水分が弾け飛んだかと思うぐれぇ水気を含んでやがる。


 ……美味いじゃないか! この野菜……どこで仕入れてるんだ? まさかギルベルダン商会じゃないよな? くっそ、仕入先さえ分かれば俺も交渉に出るっていうのに。


 生野菜でこれだけの美味さだ。ってことは野菜洗って皿に並べるだけで客取れるってことだろ? つまり俺一人でもそれなりの数を回せる料理ってことだ。


 生野菜だけ皿に置いて金取ろうだなんて、思いもつかなかったが……客足遠のくフルーダ亭の光明はここにあった、ってことか。人気メニューなのも頷けるな。


「……」


 しゃくしゃく。


 小気味いい音を立てて歯ごたえのある野菜を咀嚼していく。


 しかし妙だな。

 さっきまで仲良く一緒にいた亜麻色の子の姿が見えない。

 注文に向かったのかもしれないが、その姿は遠目に見える行列の中には見られない。


 ――レジストンの野郎、まさかと思うが……。


 チョッカイをかけると言っていたが、まさか俺に仕掛けるような悪質9割の洒落にならんことをしでかすわけじゃあるまいな……。


 頼むから俺にまで被害を突飛させるなよ、と顔をしかめて願いつつ、俺はフォークで野菜を刺し、備え付けの塩をつけてから口に含む。


 不意に人の気配が近づいてくるのを感じる。


 開いているテーブル席を探している気配ではない。明らかにこちらを目標に、一直線に向かってくる人の気配だ。


 俺に一切の確認を取らずに対面の席に座ったようで、俺は感情を隠さず、不快感を露わにした。


「……」


 視線を上げる。


 厚手のコートを着込み、頭部を隠すようにフードを深くかぶっている。

 第一印象は「暑くないのかよ」の一言。


「クラッツ君、で良かったかな?」


「クラッツェードだ。アンタに愛称で呼ばれる覚えはないね」


「それは失礼」


 くっくっく、と曇った笑いを零す正面の男は何者なのか。


 少なくとも知人ではない。


 記憶の引き出しを開けて探っても、根から陰湿という空気を漂わせるこの男のような人間は出てこなかった。


 男はやや半身になってテーブルに片腕を置き、俺に対して嘲るような含みを持って話しかけてきた。


「クラッツェード君、キミは新しい職業に興味が湧かないかね?」


「なに?」


「実は今、私のところで王都に根を張って新しい画期的な事業を興そうと考えているところなのだよ。キミは現在、なんでも懇意にしていた商人から一方的に商談を打ち切られたとか……。キミも収益を見込めなければ生活も苦になるだろう。もし宜しければ、その事業にキミにも参加してもらいたいと思って話を持ってきたんだが――」


「悪いが結構だ。名乗りすら上げない奴の話に考え無しで乗っかるほど、切羽詰まってもいないんでな」


 とんでもなく胡散臭い男だな。

 明らかに上から見下した態度に、俺は眉間に皺を寄せてフードの奥に潜む男の目を睨んだ。


「くっくっく、路頭にまで落ちぶれた犬風情には難しい話だったかな」


「……アンタ、交渉に向いてないよ。身元を明かさないどころか、筋も通ってなけりゃ明確な計画も目的も不透明な誘いを誰が受けるって言うんだ。逆に喧嘩を売ってるとしか思えないね。アンタの中で俺がどんな立ち位置に見えてんのか知らんし、どう思おうがアンタの勝手だが……それを表に出して話すのは止めたほうがいいぜ」


「……私の身元は――これで分かるだろう」


 高見から見下ろしていた男は、俺と言う犬の遠吠えにいたく不快を抱いたようだ。

 口の端をやや捻じ曲げて、男は一つの小さな記章をテーブルの上に置いた。

 俺はその記章に視線を這わせ、目を細める。


「――ゲーデルファクト伯爵家の家紋」


「ほぅ、平民にしては博識だな。まさか家名まで言い当てるとは思わなかったぞ」


 貴族は平民と異なり、家紋と章印というものを己が証明として持っている。


 目の前にあるゲーデルファクト伯爵の家紋は「蛇」と「薔薇」が象徴のものだ。薔薇に絡みつくように蛇がまとわり、薔薇の棘に噛みついている文様が特徴的だ。


 そして章印は貴族の爵位を示している。

 家紋の下に☆の型が幾つも刻まれている。


 ☆一つが爵位を持たない騎士。

 ☆二つが男爵。

 ☆三つが子爵。

 ☆四つが伯爵。

 ☆五つが侯爵。

 ☆六つが公爵――という感じになる。


 また領地を王から賜っているかも記章から判別できる。


 記章の外枠を細かい造形の蔦が彫られていれば、その記章を持つ家名は領地を国より預かっている貴族の証明となるのだ。


 記章は貴族にとって身分証明であり、王から直々に国を支える一柱として認められたという証でもある。つまり貴族の誇りであり、何をおいても変えられない宝なのだ。


 故に――俺は思わず、口元を手で覆った。


 目の前の男は俺が動揺を隠そうとしているように見えたのか――随分と嬉しそうに口の端をゆがめたが、実際は違う。


 思わず――笑ってしまいそうになったからだ。


 紛い物を意気揚々と見せつけ、偽りの牙城で虚勢を張り続けるだけの愚者、か。

 やれやれ、どちらが路頭にまで落ちぶれた犬なのか、鏡で己の姿を見せてやりたいところだな。


「貴族の証明と見せはしたが……それなりに慧眼も持ち合わせているのかもしれないな」


「……どうも」


 おい、そんな不遜な態度で俺を見下すな!

 思わずちょっとだけ噴いちゃったじゃないか!


 必至に口元を覆う手で誤魔化しつつ、俺は「身元は分かったが、それで応じるつもりはない」ときっぱり断りを入れた。


「……貴様、貴族にたてつく気か?」


「初めから命令のつもりだったのかな? 俺には丁寧に抱えた話を持ち掛けてきただけのように見えたんだが。それとご存知だと思うが、王都民の管理権は王にある。王を素通りして民に命令を降ろすことは歴とした叛意と受け取られても文句は言えないぞ? ――領土を持っているアンタの家なら当然、その辺りの事情は分かるよな?」


 俺は蔦の模様が()()()()()()()記章を指さし、肩を竦めた。


「チッ……ゴミが」


「悪態は立ち去った後でやれよ。アンタに対する俺の心象はもはや修復不可能だぞ。杜撰な振る舞いだな」


「口だけはよく回る。なるほど、貴様も商人の端くれだったな。ふん、他者を翻弄し、騙し、金のために口八丁をかざす貴様らに相応しい特技だったか」


 あー、ほんとどっかに鏡ねぇかな。

 コイツ、きっと今まで客観的に自分を見つめ直すことをしたことが無いんだろうなぁ。

 コイツに勧誘を任せた元締めの奴、これ……完全に人選ミスだろ。


「…………」


「…………」


 しばし睨み合いを続けたが、やがて男はふぅと息を吐き、口調を元に戻した。


 てっきり怒り心頭のまま、どっかに消えてくれるかと期待していたんだが、おそらく……コイツが請け負った勧誘的なものは、コイツ自身の心情以上に重いものなのかもしれない。


 沸騰する頭に冷や水をかける程度には――という感じか。


「キミの無礼はこの際、目をつぶろう。事業についても分かった。これ以上、キミに誘いを入れたところで乗ってくれそうにはないみたいだから、その話はここで止めておこう」


「そりゃ助かるな」


「もう一つ――これは事業ではなく、単発の依頼だ」


「そういうのは公益所で依頼してくるのが筋だぜ」


「――筋を通せない話だから、だ」


「……今度はえらく隠そうとしないじゃないか」


 ちっ……ちょいと風向きが面倒そうな流れになったな。もっと理性もぶっ飛ぶぐらい怒らせて強制的に終わらせるべきだったかもしれない。


「新規事業については商会の総意だが、もう一つは違う。どちらかというと個人的な依頼だ。誰からかは言えない。だが成功のあかつきには礼金は弾ませてもらうつもりだ」


「それ以上、話さなくていい。俺はその依頼を受けるつもりはない」


「まあそう言わず聞いてくれたまえ」


「……」


 ……コイツ。


 これだけの大衆の面前で、まさか手を出して強引にでも話を終わらせるわけにはいかない。


 ただでさえ先日は市場で自分でも驚くぐらい感情をむき出してしまったのだ。


 それなりに長く西地区に住む者としてこれ以上、公に揉め事を起こすことは最悪、貴族街の耳に届く危険性だってある。ここは我慢するしかないか……。


 気に食わない話を聞き流しつつ、食事を摂るだなんて芸当、面倒この上ないな……まったく。


「実は我々のボスがとある信仰に身を寄せていてね。それがとても珍しいものなのだ」


 おいおい、記章を見せて「貴族」をアピールしてんだから「ボス」だなんて言葉を気軽に使うなよ。本当に迂闊な奴だな。


「……14柱信徒ちゅうしんと以外でも崇めてるって言いたいのか」


「その通り」


 信仰絡みはできれば関わりたくない。


 というのも信仰自体に忌避感は抱いていないが、それを拠り所にする連中は別だ。


 自分というをどこかに置き忘れてきた、信仰対象への依存性の塊のような狂信徒たち。


 むろん全員がそうではないし、むしろ狂信徒だなんて表現したくなる人間は少数派だろう。

 しかし狂信徒はその信仰心の高さゆえに派閥の上に立つことが多い。

 つまり発言力を持った妄信者が多いということだ。


 これは非常に厄介な話で、こちらの話には一切耳を傾けず、自分の論理がすべて正しいと信じ込んでいるため、会話が成立しない。最悪、勝手にブチ切れて、勝手に異教徒扱いし始め、勝手に戦いを始めようとする者だってある。


 だからあまり近づきたくない存在というわけだ。


 目の前の男が敬虔な信徒のようには到底思えないし、そんな奴のトップがまともだとは思えない。つまり狂信者の可能性が少なからずありそう、と思えるわけだ。


 俺は眉間の皺の数を増やしつつ、さっさと話したいことを話して消えてくれ、と願うばかりだった。


「ボスは銀糸教ぎんしきょうと崇めている」


「銀、し……なんだって?」


 はて、銀を讃える神なんていただろうか。


 俺も全ての神を知りえているわけではないし、異国の神も加えればほんの一部しか知識を持たない程度だ。


 しかし銀か。銀と言えば――。


 俺はチラリと少し離れた位置に座る銀髪の少女を見る。

 その視線に気づいた正面の男がニヤリと笑いを浮かべた。


「ほぅ、察しがいいな。口は悪いが、やはりそれなりに頭は回るようだな」


「はぁ?」


「銀糸、とは銀の髪を持つ者を指しているのだよ。ボスは過去に暴君姫ぼうくんひたるアリエーゼ=エンバッハ=ヴァルファランの御姿を見たことがあってね。その神々しい奇跡を前に彼女に対する崇拝を抱いてしまったというわけだ」


 ……なんてこった。まさか実在する人物に熱を上げているとは思わなかった。


 ていうか、あたかも宗派があるような名前を付けてるが、それってアンタのボスの脳内だけの宗派だよな。やっぱ狂信者の路線は間違ってないかもしれん……。ただの憧れや尊敬の念だけならば、そこまで行き過ぎた発言はしないはずだからな。


「……で、それが俺への依頼とどうつながるんだ」


「別にキミだけに依頼しているわけではないのだ。ただ範囲が広すぎて、こうして暇そうな連中に依頼として持ちかけているだけだ」


 悪かったな、暇そうで。


「ボスの願いはただ一つ――銀髪の人間、それも子供を所望されている」


「…………は?」


「なんでも銀糸教には象徴たる存在が必要で、暴君姫の年齢に合わせて子供をそこに立てたいと考えているらしい。まあ本心は暴君姫その人を――だなんて考えているだろうが、さすがに不敬を通り越して我々の組織が王のもとに踏み潰される危険があることはボスも理解しているようだ。だから代用で我慢されるとのことだ」


 おいおい……まさかコイツ、そんな理由のために「人攫い」を請け負え、って言ってんのか?


「仮に俺が金に困窮を極めていたとしても、そんな依頼を受けると思うか?」


「さてな。だが報酬は金貨100枚を支払うと約束しよう。正確には今回の依頼に用意した金貨が100枚あり、各所で持ちかけた奴らが複数人、対象者を連れてくればそいつらで山分けというものだ。といっても銀髪の子供だなんてそうそうは見かけないだろう。ああ、あと……王都に住む人間は避けてもらおう。先刻、キミが言ったことだが、王都の人間は王の管理下にあるからな。いなくなって騒ぎになるのは我々としても不本意だ」


 金貨100枚。

 なるほどな。

 それだけの大金を目の前でちらつかせられれば、落ちる人間も何人かはいるかもしれない。


「――そういう意味ではキミは実に運がいい。そうは思わないか?」


 ギリッ――!

 思わず奥歯に力が入りすぎて、歯ぎしりの音が耳奥から響いた。


「キミは困窮極めても受ける気が無い、と言ったが……目の前に大金を手にする権利と、ほれ、今にも簡単に抱えて連れていけそうな格好の獲物が座っているのだ。それだけの契機に恵まれていて、まだ拒絶の意を示すかどうかはキミが決めろ。ああ、受け渡し場所はここに記載している。指定時刻もな」


 そういって、男は一枚の紙きれを俺の方へと滑らせる。


 俺は再度、銀髪の少女に目を向けてしまった。

 そして一瞬だけ目が合ったことを後悔しつつ、視線を戻し、男を睨む。


 だが、これは確かに好機でもある。

 この目の前の男はまさか――俺が王都の影と接触があるとは思っていないだろう。


 俺に情報を与えたことを後悔させてやる。


 その後、男は言葉を重ねてきたが、内容は意味のないものばかり。要は俺をいかにしてやる気にさせるかを言葉巧みに並べただけの、中身のないものだったため、俺はすべからく聞き流した。


 やがて何も言わなくなった俺を見て、男は満足げに笑みを残しながら席を立って行った。


 俺は僅かに残った皿の上の生野菜を口に入れた。

 ――せっかくの新鮮な野菜だというのに、やけに味がしない。

 なるほど、料理と気分は一心一体ということだな。

 最悪なスパイスを残していきやがって、あの野郎……。


 すぐにレジストンに情報を伝える必要があるな。


 奴のことだから、既に何かしらの話は聞いているかもしれないがな。これが王都に蔓延ろうとする魔を一掃する足掛かりになればいいのだが。


 俺はそんなことを考えつつ席を立つ。


 そして銀髪の少女の座る席の前を通った。


 俺の視線にやはり気づいていたのか、彼女も露骨に視線はこちらに向けないものの、俺の動向に気を配っているように見えた。


 ――間近で見ると、相当な容姿を持つ少女だと分かる。


 おそらく彼女を連れていけば、ボスとやらは大層喜ぶだろう。


 暴君姫ぼうくんひも幼少ながら大層目を引く外見をしていると聞く。

 将来は絶世の美女になるだの何だの、そんな噂は耳にした記憶があった。


 この少女ももしかしたら――なんて思わせる容姿だけに、俺は危惧感を強めた。


 これは裏から手を回しておく必要があるかもな。


 そのまま少女を一瞥した後、俺は店を出てフルーダ亭でレジストンが戻るのを待ち続けた。


 その翌日に、まさかこのフルーダ亭にくだんの少女が現れるだろうことは、さすがの俺も予想できなかったわけだが――何とも奇妙な運命の輪が動き出した……そんな気がした。





次回は「19 宿屋相談とクラウン」となります(^-^)ノ


2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました

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[良い点] 「最悪なスパイスを残していきやがって、あの野郎……」 この言い回し素晴らしいですね! 捻りがあって洒落てると思います。
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