17 水面下はゆったりと波紋を広げる 中編【視点:クラッツェード】
うぅむ文字数が予想以上に多くなり、予告の後編から中編へと変更になりました(´・ω・`)
書き溜めて次が確定している以外は、予告は中止した方がいいかもですね(笑)
中止する際はその旨をあとがきにでも書いてお知らせしますm( _ _ )m
王城を囲うように三つの高い壁で居住区が住み分けされている王都。
その平民街の西地区にある門付近の宿屋「くらり亭」は、評判と回転率を重視する――いわば「格安宿屋」だ。
一泊銅貨50枚は、王都内の宿泊施設の平均価格よりもかなり良心的な値段で、あまり手持ちを持たずに王都にやってきた者もここを利用する者は多い。
大通りに面した土地は当然、地価が高いため、並ぶ商店や宿屋の物価も自ずと高くなるが、そのぶん人目につきやすく集客もやりやすい。
しかしこの「くらり亭」は、大通りで商売するには価格設定を高く設けないと純利益が出ないため、客層が限られてしまうと考え、大通りからやや内側に入った裏通りの土地の権利を買い、そこで宿屋を経営している。
蜘蛛の巣のような網目に敷かれている王都大通りに面する場所で経営して、多少豪勢な部屋模様やサービスを提供しつつ、一人一人から多めの料金を頂戴するのが正解か。
それとも日陰とはいえ地価が安めの場所を抑え、やや質素であっても最低限の快適さを提供し、安価による連泊客を抱え込んで、常に満室状態を保つ経営手法が正解か。
きっと答えというものは無いのだろう。
しかし、少なくともこの目の前の「くらり亭」は、後者の経営方針で成功を収めている事例の一つと言えよう。そしてその成功の未来を信じて隣接した場所に建てられた食堂「ベッセル亭」も、同様にして成功した事業だ。
俺は大通りから中に入った細めの裏通りに足を踏み入れ、その人の数に思わず口の端を締めた。
――多い。
壁間内市場に出入りしている俺からすれば、人の数自体に圧倒されることはないが、本来、人通りがまばらで大通りの人の多さに当てられた人が逃げ込むような裏通りでこれほどの行き来が発生する様子は何とも興味深いものだった。
この現象を「くらり亭」ないし「ベッセル亭」が生み出しているのだとすれば、同じくして商品は違えど王都内で商売を行う人間として、羨望と嫉妬を感じてしまう。同時に「もし俺がここまで繁盛する商売をできたら……」なんて妄想をしてしまい、迂闊にもにやけてしまったため、慌てて口元に手を当てて俺は人混みのなかに混ざっていった。
「くっそー、満室だってよー」
「王都でこの値段だからな……そりゃ人気も出るわな。素泊まりで食事は別とはいえ、別に小汚い部屋に案内されるってわけじゃないんだろ?」
「ああ、前に泊まった時にゃ、掃除が行き届いていて過ごしやすかったぜ。大通りから少し離れてるから夜も静かだし、下手に高級感出してる宿屋より何倍も居心地がよかったな。連泊制限がなけりゃここを仮住まいとしたいぐらいだぜ」
「銅貨50とか破格だよな……」
「その分、人気がありすぎて今の俺らみたいに泊まることすらできねぇけどな」
「っていうか、王都で半永久的に借りれる場所っていえばクラウン共の巣窟ぐらいだろ? あとは個人で土地持ってるやつぐらいだろうけど、それこそ豪商クラスじゃないと無理だろ」
「だからこうして泊まる場所を安い順で見繕ってんだろー……」
「だよなぁー」
「とりあえずベッセル亭で何か食ってから考えようぜ」
「そうだな」
くらり亭から出てきた三人組の若者はそんな会話をしながら、隣のベッセル亭へと足を運んでいった。
……俺がベッセル亭の亭主なら、ウハウハな気分だろうな。
宿を取りに来る連中はたいがい朝方が多い。
理由は明白。
早く受付を終えないとすぐに部屋が埋まってしまうからだ。
となれば部屋を取れようが取れまいが、ことが済んだ後は間違いなく朝食へと思考が移る。そしておあつらえ向きな店がすぐ隣にあるときたもんだ。しかもベッセル亭もくらり亭と呼吸を合わせるかのように、安価で回転率を最優先にシンプルな料理を振る舞っている。
こっちもこっちで混んではいるが、わざわざ同様に混んでいる大通りの店や、少し離れた裏通りまで店探しにいく物好きはいないだろう。
完成された客の導線に、俺は感心しつつベッセル亭の出入り口脇に身を寄せる。
この辺りで待っていれば勝手にレジストンの方から近づいてくるだろう。
具体的な約束をしていなくても、大体の時間と場所さえ指定されていれば自ずと合流できるのが俺たちの間の常識と化していた。
そのはずなのだが……人の流れを横目に2時間程度待たされる羽目になった。
人間観察は嫌いではないが、さすがに長時間同じ流れを見ていても、それ以上得られる成果などない。つまりかなり暇を持て余した上に、起床後に未だ食事を口にしていないため空腹も酷くなってきた。
帰ろうかな、と思いつつふと何気なく視線をずらすと真横にレジストンの姿があり、内心ギョッとする。
顔に出さないよう頑張ったのは、単純に悔しいからだ。
しかしコイツ……この人ごみの中で誰かを押しのけながら近寄った気配もなく、あたかも最初からそこにいたかのように自然に湧いてきやがった。こういうとこはコイツの母親であるリジットさんに似ているな、と思ってしまう。
「……いたのか」
「俺は影……王都が太陽の下にある以上、俺という影は何処にでもいるのさ」
「……」
「……」
「…………」
「え、無反応? 今後の自己紹介でこの格好いいフレーズを使っていこうと思ったんだけど、あんまし響かないかな?」
「響いたぞ。そうだな、脛をハンマーで殴られたときみたいな響き方だったな」
「うわぁ、痛そうだね」
「そうだな、痛いな」
お前自身がな。
どうせいつもの冗談だろうから、馬鹿正直に乗っかるのは時間の無駄だ。というか人を2時間も待たせた挙句、コイツは何を言っているんだ……。謝らなくてもいいから、待ちぼうけを喰らっても怒り出さない俺をほめたたえろ。
「蜃気楼のごとく、空を音もなく駆ける疾風のごとく。俺はいつだって――お前の傍にいる」
「え、まだ続けんの? あと、それ自己紹介じゃなくて脅迫に近いからな。音もなくいつでも傍にいる、とかどんな怪談だよ。怖いわ」
「そうか、脅迫するような場で使えばいいのかぁ。うんうん、やっぱり誰かに意見を聞くってのは有意義だねぇ」
「聞く方はな。聞かされる方は鬱憤ばかりが蓄積されていくから、聞き手と話し手の認識の違いについて、もう少し勉強した方がいいぞ」
「おし、任せておけっ」
「……」
俺は頭痛を堪えるようにして目頭を押さえ、深く長い溜息を吐いた。
コイツ……絶対に俺で遊んでいるよな。
こういう場合はさっさと話を本筋に戻すのが鉄板だ。
「――で、昨日はとっとと消えやがりやがったレジストン君は、今日どんな段取りを考えているのかな?」
店の前でたむろする人に会釈を交えてかき分け、俺たちはベッセル亭の中へと入り、ずらりと並ぶ受付までの行列最後尾についた。朝方に比べれば席も空きが見え始めているので、これでも空いてきたという状況なのだろう。大した盛況ぶりだ。
「いやぁそれがねぇ……結構前からくらり亭の様子を伺ってたんだけど、中々目標が出てこなくてねぇ。朝食を一緒に摂ろうだなんて言った手前、クラッツを長時間放置するのも気が引けたから出てきたんだ」
「それはいい心がけだが、そういう気持ちがあるなら待たせる前に一声かけろよ……」
「ごめんごめん。どうやら目標はお寝坊さんみたいだねぇ。とりあえず店に入って朝食にしようか」
「朝食……っていう時間でもないだろ」
2時間も経てば、どちらかというともう昼だ。
屋内に入ったため視認はできないが、太陽も頭上に向かってぐんぐんと登っている最中だ。
「まあいい。さっさと飯食って俺は帰る」
「――おっと、小さなお姫さんたちもご登場のようだね」
「なに?」
レジストンは顔の向きこそ注文受付の窓口に向けていたが、チラリと視線を別の方角へ向けた。それを受けて俺も、その方面へと視線を変える。
視線の先には朝より引いたとはいえ大勢の客がいたが、その中でひときわ目を引く二人の少女も含まれていた。
銀髪と亜麻色の髪の少女。
一見、姉妹関係に見えるほど仲睦まじく会話をしているが、髪の色からして血は繋がっていないのだろう。実際の姉妹でないにしろ、本心から笑顔を向け合いながら話す二人の様子は遠目から見ても、微笑ましいものだった。
「おお~、こうして近づいて見ると二人ともめっちゃ可愛い」
「お前……年下好きにしても、さすがにあの年代はないだろう」
「いやいや、銀髪の子はともかく、亜麻色の子はもうすぐ成人だよ」
「――視たのか?」
「ちょっとだけね。肉体年齢は14歳だからあと1年も経たずに成人を迎えるね」
……見た目はかなり幼く見えるが、あれで成人間近だとは恐れ入った。
必至にメニューを凝視する姿は、まだ11~12歳ぐらいと言われても疑問を抱かない容姿だ。
対する銀髪の子は間違いなく10に満たない年齢だろう。
だが――テーブルに腕を置きながら、注文する料理に悩む亜麻色の少女の姿を慈しむように見ている姿は、とてもではないが年相応の表情には見えなかった。
どこか大人びている――というより、なんだ……その存在がチグハグのような、何とも形容しがたい雰囲気を感じた。
「へぇ、これは興味深い」
「あん?」
レジストンは顎に手を当てながら、奴にしては珍しく心情を表に出していた。
コイツの目をよく見れば分かるが、薄っすらと瞳孔が極彩色に染まっている間は能力が発動している証拠だ。
恩恵能力――模写解読。
どんな感覚なのか俺には分からないが……コイツの話によると、視界に映った対象物の模写を瞳孔内に形成し、その模写から様々なステータスを読み取ることができる能力、とのことらしい。
能力発動中は対象の姿がダブって見えるらしく、慣れるまでは酔うこともしばしばあったらしいが、今では普段と変わらぬ動きで確認ができるほど手馴れるレベルまで到達できたらしい。
亜麻色の少女の年齢を言い当てたのも、この能力により、模写した彼女の肉体情報を読み込んだのだろう。
昔はこの力で「あの子は着痩せタイプだね!」だの「あの子、ローブで身を覆ってるけど、すっごい巨乳だよ!」だの、変態方面に秀でた使い方ばかりしていたものだが……いや、今も小さな子の情報を見て喜んでいるんだから、同じか。
この力の最も恐ろしいところは、そんなものではなく――その身に宿る能力、つまり恩恵能力の有無まで見抜いてしまうことだ。
恩恵能力の内容までは知りえずとも、相手が恩恵能力を持ちうる者かどうかの判別はできるらしい。
なんでも恩恵能力を持つ人間は、青白い力の流れが体中を駆け巡っているらしいのだ。模写された対象の姿はその体内まで透過されたような像となり、その内部の力の奔流を視覚化することができるとのことだ。
戦闘向きではないにしろ、決して役に立たない能力ではない。
むしろ相手が恩恵能力を隠し持っている場合、この力は戦いにおいて有効打になりうる一手にもなる。能力に頼らずとも隠密性と暗器の使いに長けたレジストンにとって、この能力はまさに最大の相棒と言えるわけだ。
諜報に関しては言うまでもなく、至宝クラスだな。
貴族の中でも恩恵能力を持てず、それを恥と隠し通そうとする輩は多い。俺はそういった事情に無頓着なんで気にも留めないが、無駄に見栄っ張りで形式ばかり気に掛ける貴族の中では、能力を持たぬ者を嘲笑の対象にする馬鹿も少なくはない。
そういった秘密をコイツの目は見透かしてしまうのだ。
人によっては致命的な弱点を無条件に握られる危険性を孕む存在、それがレジストンというわけだ。
「あの子、ちょっと走っただけで息切れを起こすような虚弱体質みたいだよ」
「……そうは見えないな」
座っているため、過度な運動をしているわけではないが、少なくとも俺の目には健康体のように見える。
「それを恩恵能力でカバーしているみたいだね。全身を青白いエネルギーが支えるようにして纏っているよ」
「身体強化か?」
有名どころで言えば、真っ先にそれが思い浮かぶ。
個体差はあるものの、身体能力の強化といえば身体強化が代名詞のようなものだ。しかし、恩恵能力持ちということは、あの子は貴族の血を継いでいるのだろうか?
でもそれじゃ、何で貴族街じゃなく平民街のいち食堂なんかにいるんだ?
まさか……本物の暴君姫なんてことは、あるまいな。
「たぶんね。けど興味深いと言ったのは、そっちじゃないよ」
「――どういうことだ?」
「あの子の体内には恩恵能力以外の力が巡っている」
「…………は?」
「それが何なのかは分からないけど、赤く……とても強大なエネルギーの奔流が彼女の根幹に流れているみたいだ」
「なんだそりゃ……恩恵能力じゃないって言やぁ信仰能力でも持ってるっていうのか?」
だったら確かに興味深いを通り越して、とんだサプライズだ。
あんな代物、偶然じゃ手に入らない――人には過ぎた力だ。
「いいや、信仰能力ではないよ。俺も数回しか見たことがないけど、信仰能力は神々しい黄金の光の球が心臓にあって、それが輝いて見えるんだ。だから彼女のソレは別物だよ」
「そうか……いや、だったら何なんだよ」
「分からないよ。こんな現象は初めてだ……でも嫌な感じは受けないね。恩恵能力も信仰能力も彼女の赤い力も、全てはただの力であって、それをどう行使するかはその人自身が決めることだ。なんていうのかな……悪意を持って力を使おうとする人はエネルギーが激しく揺らめいて見えるんだ。禍々しく、目の前の壁を穿つかのように尖っているんだ。彼女にはそれがない。澄んだ清流のような印象が強いかな」
「つまり……安全ってことでいいのか?」
「経験論で話してるから絶対は無い、けどね。俺的には悪い子じゃないかなっていう感想」
「お前にしか見えない映像なんだから、お前の経験論を元に話す他ないだろ。まあ何にせよ、王都に突如襲来した化け物の類じゃなくて良かったな」
「はっはっは、本当の化け物っていうのはクラッツも良く知っているんじゃないのかい?」
「まぁな」
ああ、そうだ。
真の化け物なんていうもんは人の心に巣食ってて、人の皮を都合いいように操ってる外道のことを指す。
そして俺はそういう奴らの一端を身近な場所で見てきた。
「……あいつらの最近の動向はどうなんだ?」
「まだ何とも。ただ新参のくせして急激に勢力を伸ばしているギルベルダン商会には注意を払ってるよ」
「そうか」
「おっとそろそろ注文の番だね」
レジストンの言葉に俺は意識を前方に戻した。
行列はいつの間にか大分前に進んでおり、気づけばあと2、3番目後が俺たちの順番であった。
「ちなみに亜麻色の子も後ろに並んだみたいだね」
途中から銀髪の子の能力について夢中だったせいで、すっかり意識を外していた。同じ話をしていたレジストンはしっかりと見逃さずにいたというのに、俺はうっかりしていたという落差に何とも面白くなく感じてしまう。
「さてレジストン。ここまで付き合ったんだから、メシぐらい奢れ。俺の貴重な時間を『ただ待つ』という行為だけで浪費したんだぞ。それに俺は収入源が昨日途絶えたから、無駄遣いする余裕がないんだよ」
「大丈夫だよ。ここには最安の野菜盛り合わせという人気メニューがあるはずだから、クラッツの痩せ細った財布でも、空の皿を注文するようなことにはならないさ」
人気メニューだぁ!?
野菜だけもしゃもしゃ食べる俺は草食動物か! んなもんより肉奢れ、肉! こっちは朝から待たされて腹が空いてるんだよ!
「さてっと、俺はもう少しあの子の力の一端を見たいなって思うから、ちょっとチョッカイをかけてくるね」
「チョッカイって、お前……何をする気だ?」
「一応こー見えて、王都の安全を任されている身だからね。過剰な力を持つ子供がどんな子なのか……今後の方針含めて見極めるだけだよ」
「おいっ――」
そう言い終えるや否や、レジストンは行列から外れ、店内を埋める人の渦に姿を消していった。
何をする気だ……?
いや、そんなことよりも……俺の朝食兼昼食は野菜決定、ということなのか……。
やっぱり来るんじゃなかった。
これなら金払って野菜食うより、フルーダ亭に残った食材で適当に飯を作った方が安上がりだし、腹持ちのいいものも食べれただろう。
心底、ここに足を運んだことを俺は後悔した。
アイツの自由気ままな性格は今に始まったことじゃないし、諦めも半ばついていることだが……それで今回の件を不問にする理由にはならない。絶対に後でアイツに今日の代償を請求してやる。
次回は「18 水面下はゆったりと波紋を広げる 後編【視点:クラッツェード】」となります(^-^)ノ
2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました