16 水面下はゆったりと波紋を広げる 前編【視点:クラッツェード】
いつも読んで下さり、ありがとうございます^^
すみません、前半後半で分かれます。
俺の名はクラッツェード。
訳あって家を勘当されたため、家名は無い。
名乗るつもりもないが。
何はともあれ、今はただのクラッツェードだ。
親には14歳まで育ててくれて、知識を得るための勉学に人や金を割いてくれたことには感謝している。だがそれを上回って余りある「認識の差」が俺と家族を隔て、最終的には双方同意のもとで家を去ることになったわけだ。
西地区には古くからの知人もおり、伝手もいくつか持っていたため、それほど悲観になることもなかった。
一握りの金銭だけ与えられて家を追い出された俺は、王都の西地区で格安のボロ屋を借りた。
そこでほぼほぼ手持ちの金は消え失せたわけだが……幸い、王都には公益所があり、日雇いのような形で依頼をこなしていけば、その日の生活に困るような事態は避けられた。
特に一般人には難しい害獣討伐をこなせることが大きな利点となった。
いくら膨大な依頼量が来る公益所とはいえ、その依頼額や難易度はピンキリだ。
簡単な依頼はすぐに人員満了で受注終了になるし、難しい依頼は本当に難しい。
王城の騎士にでも依頼すべきじゃないか、だなんて思ってしまう頭のおかしい依頼まであるぐらいだ。
……もっともそういうものに関しては、公益所側もそれは理解しているので、依頼主の顔を立てるために掲示板に張り出してはいるが、それはあくまでも「張り出しましたが、誰も受注しませんでした」という体裁を建てるための行為で、実際に何も知らない者が受けようとすると、必ず窓口で止められるという仕組みなわけだ。
後はクラウン共の領分だな。
そんな中、俺は中~高難易度の依頼ばかりを受けていたせいか、稼ぎは一日の消費を超える金額を手にしていたし、それなりに知名度も上がってしまっていた。
公益所で仕事をさばく日常を3年も続けていくと、それなりに貯蓄ができる。
貯蓄ができると余裕もできるわけだが、そうなってくると人間、欲が出るものだ。俺は日々を刹那的に生きるよりも安定した収入を得られないかと画策し、市場に目を向けた。
他領や王都の商人、貴族の目に留められるという一攫千金を狙った人々が一堂に集まる国最大の市場。王都の外壁と第一内門の間を一周するようにして広がる市場は、まさに圧巻の一言だ。
幸い俺にはある程度の下地となる知識がある。
こと薬学に関しては関心が深かったこともあり、俺の調合する回復薬や強壮薬は一時期では王城の兵士や騎士に認められていたこともあるぐらいだ。
思えばそこれこそが最大最強の伝手を作るチャンスだったわけだが、実家との確執でそっち方面の話をうまく進めることができず、結局は繋がりを結ぶ前に追い出される方が速かったな。
思えば15の成人を迎える前に、家を出されたというのも父の計画の一端だったのかもしれない。
成人を迎えるということは、平民だろうと貴族だろうと関係なしに、家族内で発言権を得るということは常識だ。それは家によっては外向きにも発揮される。
王族であれば王位継承権による産まれたときからの格付けもあるが、政治に口を出すことが可能になる年齢でもある。貴族の場合は王より下賜された権限内であれば当主に近い発言が許されるのだ。
もっとも、発言権があるというだけで決定権は変わらず最高責任者である王や当主に依存する。
つまり無能な発言を繰り返せば、都度その意見は上位の者に踏み潰され、残されるのは不信のみ。言葉を選ばなければ諸刃の剣となって返ってくるというわけだ。
ある意味、成人後の子供たちの発言こそ、家督を継ぐに相応しいかどうかを見極める判断の場になっている、ということだ。
俺が発言を得る前に追い出されたのは、俺の言葉が実家の方針に影響を及ぼす危険性があると踏んだためだろう。無能と思われているなら、泳がしておくほうが都合がいいはずだからな。
実際それはその通りで、あのまま俺を成人後まで飼っていたならば、俺は王城にまで手を伸ばしてやりたい放題していただろう。それを未然に防いだことは父側から見れば英断であり、俺からすればまさに「してやられた」という展開だったわけだ。
まあ俺と家の話はどうでもいいか。
さてその3年間の中では色々な出来事があった。
そのうちの一つで、俺はボロ屋から一つの店へと居城を移動することになった。
友の母が経営する飲食店だ。
まさかあの殺しても死なないと思っていた人が逝去されるとは思わなかった。
会って話したのは片手で数える程度だったが、明らかに俺よりも強い女性だった。何と言うか……隙が一切ないのだ。背後から気配を隠したつもりで襲い掛かっても俺程度なら一瞬で抑え込まれることだろう。
……表向きは料理だの酒だのを振る舞っているが、裏では諜報として色々と暗躍していた人だ。その一人息子であるレジストンと俺は小さいころに気が合ってから、ちょくちょくつるむ仲だった。昔から剽軽な奴だったが、奴も人の子。さすがに母を亡くしたばかりの時期は奴も塞ぎこんでしまった。
俺も向こう40年はそんな日はこないだろうと思っていただけに、奴にかける言葉すら思いつかなかった。後に思えば半端な言葉をかけるよりは、奴が自分の中で区切りをつけるまでそっとしておくのが最善だと分かるのだが、当時は何も言えない自分自身に怒りを覚えたものだな。
レジストンが母の死を認め、前を向いたのはそれから数か月後のことだったか。
レジストンは彼の母の跡次として生前から、様々な技術と情報戦術を仕込まれていた。
いかに治世に優れた王の世とは言え、王の暗記たる彼の一族は国に必要だ。そんな重い一役を担っていた彼の母の空席はそう長いこと許されるものではない。
故に奴は数か月という空白の間を得た後、母が担っていた立場というものを継ぐ決心をした。その際に奴に言われた言葉は何とも予想外なものだった。
「寄る辺がないなら、しばらく店を預かってくれないか」
何を馬鹿な、と言い返した記憶がある。
店なんかやったことあるか。料理なんぞ自分で食べる分の単純なものしかやったことがない、と。
そう言うとレジストンは笑って「俺もだ」と返してきた。
だが続けて「店を畳むのはちょいと難儀しててな。俺の踏ん切りがつかないという点もあるが、ここは諜報の拠点の一つとしても使われているから、急になくなるのはちとまずいんだ」と言った。
じゃあ料理人でも雇えよ、と正論を返したが、奴は小さく首を振って「知らん奴に母さんの店を任せられるか」と言いやがった。
本当に我儘な奴だ。
そんな台詞を吐かれて――しかも、オンボロな狭い部屋を借りている俺としては、断る理由が見つけづらくなってしまった。
そんなこんなで酒場「フルーダ亭」を一時的にも預かる身となってしまったのだが、接客要員もいないし、料理が経験不足な俺一人でどうしろって言うんだ、と初めは思っていたな。ひどく当たり前な感想だろう? だがそんな心配もすぐにする必要が無くなってしまった。
最初に客の相手をした際の話だ。
太った客だったのを覚えている。店に入り、接客に不慣れな俺の態度に眉をしかめるも、手慣れた風に料理を注文してきたから、分かる範囲で俺なりのアイデアも盛り込んで料理を作って出したら、一口食って店を出ていきやがった。
するとどうだ?
驚くほどの速度で西地区中に「フルーダ亭の飯は毒と思えるほどのマズさ」という風評被害に出会っていた。
なんでもあの太った客は王都内の飲食店に対して、評論などをまとめ、それを冊子にして収入にしているそうだ。意外と知名度と影響力が高いらしく、気づけば彼の吹聴した噂により、フルーダ亭はすっかり過疎化してしまった。過疎というより、もはや無人か。
たまに仕事の合間に遊びに来るレジストンにそのことを告げたら、奴は怒るでも悲しむでもなく、半笑いで「店を潰す気か」と言ってきたが、それ以上は特に問い詰めてこなかった。
だから料理人を雇えと言っただろうに、と口をついて文句がでかけたが、言ったところで奴の耳に届かないだろう。長い仲だから分かる。奴はそういう奴だ。
というわけで半ば店の運営は諦めた。
だが料理自体は少し興味がわいたので、金に余裕があれば、市場でレシピを買い、自分で採ってきた食材を元に料理の研究などはしている。
時間が空いた時程度にする趣味のようなものだが、なかなか気分転換になる。
美味くはないが、不味くもない。
それが俺の料理のラインだ。
しかし何故かな……自分で食べる分に関してはあまり新たな調理法や具材に挑戦したいと思わないのは。不思議なことにあまり食指が動かないのだ。俺以外の誰かが食べるときはあんなに意欲的になるというのに、我ながら理解しがたい性質である。
そんな濃厚な3年間で西地区に根を生やし、17歳になった俺はそれなりに蓄えもでき、市場捜査を行った。
その結果、食料や調度品などはそれなりに充実していたが、医薬品などについては平民に専門家が少ないことから、それほど供給がなされていないことが分かった。もちろん医薬品に限らず、専門知識を有しなくては揃えられない商品に関しては、軒並み市場であまり姿を見ないか、一部の商人が独占しているような状態だった。
まあ当然と言えば当然な話だ。その中で薬学をそれなりに修めていた俺は、その方面で切り込めないかと様々な商人と対談を交わし、ようやく一つの店舗を持つ商人と関係を持つことができた。
それが1年前のことだ。
なんでも薬師はいるが、薬師が薬を調合する上で材料を入荷する商路が中々決まらず困っていた、ということらしい。
なるほど、俺自身も多少は心得はあるものの国から正式に認可された人間ではない。
それなら実際の調合はその薬師に任せて、俺はその原材料を集めてくる。
ぱっと見、その辺の雑草と外見が変わらない薬草を見極めるのも知識を持った人間が必要だ。いち商人ではそこまで人材を集めてまで採算がとれる事業でもなかったのだろう。
けれど同じ気持ちを持つ商人がほとんどで、薬に関しては市場にぽっかり空白が空いているかのように、誰も着手していない「美味しい事業」でもある。成功すれば独占に近い形で商売ができるからだ。
だから商人は、格安で請け負う俺に「助かるよ」と堅い握手を交わしてまで喜んだ。
俺も市場に参入できるという意味では助かったので、互いに利害関係が一致したというわけだな。
――それも数日前に破綻したわけだが。
「ギルベルダン商会、ねぇ」
俺はフルーダ亭の別室、いわば俺の寝室と化した部屋の椅子に背を預け、独り言ちた。
ついさっき、市場で思いのほか感情的になってしまい、大声をあげてしまった。それもそうだろう。こちとらそれなりに時間を取って、王都外の森や山で薬草を数種類、先方から依頼のあった分を採ってきたのだ。
しかも今回は薬草でもあり香草でもある山奥にしか自生していない「チギ」という難しい草まで依頼通り採ってきたというのに、これだ。
それを納品しようと思ったら突然「他にいい取引先が見つかったから、これからはもういい」の一言だ。
不義理にもほどがある。
俺より旨い話があったんなら、理路整然と商人らしく舌戦で俺を抑えつけてみろってんだ。それがアイツときたらどうだ? 馬鹿正直に「他に乗り換えたい」なんて言ってきたら、そりゃ俺だって反論したくなるわ。
しかも反論が長引くと今度は俺との契約自体無かったことにしようとしやがって……! ああ、思い出したら腹が立ってきた。
と、いつの間にか部屋の壁に背を預けて佇む男が、頼んでもいないのに返事をしてきた。
「はっはっは、災難だったな」
「……完全に気配を断って部屋に侵入するのは止めてくれ。俺の心臓を止める気か、レジストン」
友の名であり、このフルーダ亭の今の持ち主の名を呼ぶと、彼は「悪い悪い」と全く悪びれた様子もなく答えてきた。まあ言ったところで無駄なのはわかっているが、言わずにいられないというのが人間の性だ。
「しかしお前の卸売りを受けていたあの商人、アイツは大成しないなぁ。あんな隠し事できない商人は初めて見たよ。きっとギルベルダン商会にいいようにこき使われるだろうなぁ」
「正直なことは一種、人の美徳だが……商人としちゃ致命的だな」
「だねぇ。ああ、それと……俺がここに来たのは、別に気まぐれでも偶然でもないんだ」
「気まぐれはともかく、お前がここに来ていても偶然だなんて思わねえよ。元々お前の家だろうが」
一応、いつまで俺に預けさせておく気だ? という意味を込めて言葉を投げたのだが、奴は「はっはっは」と笑って聞き流すばかりだ。
「実は今、俺もギルベルダン商会について調べていてね。彼ら、王都に越してきて土地を買って店舗を開いて……まだ半年の商会だ。だというのに、随分と市場で幅を利かせているみたいじゃないか。なんでだろうねぇ」
「答えを知ってて聞くのは止めろ。試されるのは嫌いだ」
「はっはっは、相変わらずクラッツはビシバシ本音を漏らすねぇ。ま、だからこそ、信頼できるんだけどね」
「別に包み隠さず何でも言ってるわけじゃないぞ?」
「分かってるよ。さすがに常時全てさらけ出すような人間がいたら、正気を疑うよ。何事も調和が大事なんだよ」
「そうかよ」
そっちこそ相変わらず面倒な奴だ。
「そういえば、妖術使いの暴君姫はクラッツも知ってるだろ?」
っておい!
流れ的にギルベルダン商会について知ってることを話すんじゃないのかよ!
唐突に話の流れが変わったな! ……本当に面倒な奴だ。
「ああ」
「最近ね、王都付近の山を根城にしていた野盗の一団を滅ぼしただのなんだのって噂になっててね」
「はぁ? 暴君だのなんだのって言われてるが、一応王位継承権を持った王女だろ? そんな簡単に城を抜け出せるような真似できねぇだろ。どーせデマだな、デマ」
「…………うん、まあそうだね」
「おい待て。なんだその間は。……まさか、頻繁に抜け出してんのか、その王女様は」
「頻繁ではないよ」
「偶に抜け出してんのかよ……」
なるほど、聞きしに勝るじゃじゃ馬のようだ。
「まあ……とはいえ、デマという点では間違いないよ。彼女の能力による被害痕は王都周辺で確認できなかったからね。いくらあの子でも恩恵能力や信仰能力を行使せずに淘汰はできないからねぇ」
「ああ……そういや、そいつも信仰契約してたんだったな」
――信仰能力。
14柱信徒たる半神と同調し、その信仰が認められた際に得られるという、恩恵能力と双肩を成す能力。王都でも数えるほどしかいない、まさに特別な存在だ。
「ただ、火のないところに煙は立たぬ、って言うしね。ちょっと明日の朝、確認をしに行きたい場所があるんだけど――」
「まさか、俺に一緒に行けとか言わないよな?」
「別にいいだろ? 失業したてで暇を持て余す予定なんだから」
「だからだろ! とっとと次の取引先を探したいんだよ!」
「ギルベルダン商会に売れ筋は抑えられてるから、今は無理に動いたところで無駄に終わると思うけど」
「貴重な情報をありがとな、くそっ!」
つまり、せっかく市場で陣地取りを始められたというのに、圧倒的な戦力を保持したギルベルダン商会という連中に陣地どころか市場を制圧されたということか。
コイツの情報はほぼ間違いがないだろう。信頼できる話なだけに、俺は思わず目を閉じて眉間に指をあてた。
「というわけで、今はちょっとした休暇期間だと思って、俺と一緒に羽を伸ばそう」
「……伸ばすどころか、毟られたような気分を味わいそうだが、はぁ……分かった。それで、どこに行くんだ?」
「くらり亭だよ。きっと朝食は横の食堂でとるだろうから、朝食がてら行こうよ」
「ああ、門の近くの宿屋か……で、そこで何を確認するんだ?」
「銀髪の少女」
「あ?」
銀髪って……暴君姫? まさか明日、くらり亭にお忍びで遊びに降りてきてる、ってことか?
「本人ではないと思うよ。でもちょっと気になってね……こっそり近くで確認しようかな、って思ったわけ」
「……覗き見は悪趣味だぞ」
「はっはっは、風呂を覗くわけじゃないんだから」
――場合によっちゃ、風呂よりも嫌だろうよ……お前に「視られる」のは。
「……ほんと、お前は諜報向きな力を持ったよな」
コイツの今は亡き母親が戦闘向きだった半面、より際立って見える。
何はともあれ、気は進まないが明日の予定は決まってしまったらしい。
俺は大きくため息を吐き、数秒目頭を指で抑えつけた。そして、ふと目を開けると既にレジストンの姿はなく、そのことに俺は再び大きくため息を吐くのだった。
次回は「17 水面下はゆったりと波紋を広げる 後編【視点:クラッツェード】」となります(^-^)ノ
2019/2/25 追記:文体と一部の表現を変更しました。