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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第二章 操血女王の平民生活
45/228

15 知識なき挑戦は勇敢ではなく無謀である

ご評価、ありがとうございますっ!(^-^)

「しかし孤児か……見間違えじゃなきゃ昨日の朝に宿屋横の食堂で見た気がするんだが……」


 あ、やっぱり気づいてたんだ。


 さっき、わたしを知っているかのような素振りを一瞬だけ見せたし、食堂で目が合ったと思ったのもどうやら気のせいではなかったらしい。


 じゃあ、あの時の視線の意味は何だったのか、と首を傾げてしまいそうになる。


 それにそもそも何故わたしに意識を向ける必要があるというのか。

 彼とわたしは接点がないのだし……可能性があるとしたらプラムだが、彼女も彼とは認識がなさそうだし、彼自身もプラムに対して何かおかしな反応を起こすことはない。


「はい、視線が合った気がしたのですが、気のせいではなかったのですね」


「……気づいていたか。気分を悪くしたのであれば謝るが……」


「あ、いえ……その言葉だけで充分です」


「そうか」


「……」


「……」


「理由を聞かないのか?」


「聞いて教えてくださるのですか?」


「いや、直接は君に関係のない話だからな……できれば気にしないでもらえると助かるんだが――」


 直接関係ない? なんだろう、その微妙な表現は気になるところだけど……あまり深入りして変な警戒心を持たれるのも嫌だし、ここは素直に従っておくかな。


「分かりました。わたし、結構頭の切り替えが早い方なのでお気になさらないでください」


「………………お前、本当に子供だよな?」


「はい、見てのとおりです」


「そ、そうか……」


 わたしは妙な緊張感をほぐそうと、にこりと笑う。


 だが、返ってそれが仇となり、青年は胡散臭そうなものを見るような眼でこちらを見下ろしてきた。


 わたしと彼のやり取りを横のプラムはきょとんと目を丸くして見ているが、すぐにわたしたちのお腹が音を鳴らし、二人して顔を赤くして俯いてしまった。


 そんな様子に青年は僅かに固まった後、静かに息を吐いた。


「はぁ……飯を食いにきたんだったよな。孤児といっていたが、教会暮らしじゃないのか? 西地区といやぁクーデ教会だろうが……見ない顔、だよな?」


 この言い草だと、本当にわたしやプラムのことは知らなさそうだ。


「クーデ教会……って、ヒュージのいる――」


「ん、あいつの顔見知りか?」


「はい。といっても今日出会ったばかりの関係ですけど。貴方は教会のことをご存知なのですね」


「まぁ、な……あまり顔を出すことはしないが、知ってはいる」


 また曖昧な言い方だなぁ……なんて思っていると、きゅうきゅうと餌を乞う小動物のような鳴き声が下腹部から催促される。


「分かった分かった、いま何か作ってやるから、適当な席に座っておけ」


「あ、はいっ」


「ありがとうございます」


「呼んでない客ばっかり来る場所だが、一応、飯屋の看板を出しているからな。金さえ出してくれるなら作るのは当然なことだ。…………教会の子供なら金はないと思うが、お前らは違うんだよな?」


「はい、今日稼いできたばかりです」


 プラムとわたしは入口付近の手身近な席に座り、厨房があるのであろう奥の部屋に向かう青年に返事をした。


「稼いできたって……ああ、なるほどな。それでヒュージと会ったわけだ。おおよそ理解した。その年齢で腐らずに働こうとする姿勢は大したものだ」


「あ、ありがとうございます」


 褒められるとは思わなかったため、わたしは思わずどもってしまった。

 彼はそんなわたしたちの姿を一瞥した後、奥の部屋へと完全に姿を消した。


「いやぁ、ビックリしたね、セラちゃん」


「え?」


「すっごい格好いい人だったもんね! あれできちんと恰好を整えていたら、お貴族様に見えてたかも!」


 え、もしかしてプラムの好み!? 素材はいいけど、猫背で着崩れしたちょっとだらしない男性がこの子のタイプなの!?


 あと……貴族=美形というのも間違ってるからね? どこぞの男爵の姿を思い出してあげて!


 さりげなくハイエロを貶しつつ、わたしが言葉を失っているのに構わず、プラムは続けた。


「何だかお料理を作る人に全然見えなくて、ビックリしちゃった。どんな料理を作るんだろうねぇ~……お腹が空いちゃったから今なら何でも食べれそうだよ~」


「あ、そっちね……」


「え?」


「ううん、お姉ちゃんは純粋なままが一番いいと思う」


「う、うん?」


 まあでも、確かに。


 プラムの言う通り、わたしから見ても彼はコックに見えない。


 別に料理人の外見に偏見を持っている、という意味ではなく……何と表現すべきだろうか。


 何年も誰も住んでいないが掃除は常にされている家と、今も誰かが住んでいる家との違い――生活感が無いと感じるときの感覚に近いのかもしれない。


 きっと――この客が誰もいない店内の状況がそう思わせるのだろう。

 先入観、というやつだ。


 さて、食べるとなった以上、不安は捨てて期待するとしよう。


 プラムの言った通り、もしかしたら王国内で「普通」と位置付けられている薄味料理とは根底的に異なるがために、こうして客足が遠のいているのかもしれない。


 人とは理解できないものからは目を背けたがる性質があるし、それが伝播して最終的には集団心理へと発展し、こうして誰も近寄らないという現実に繋がってしまった、ということもあるだろう。つまり、この店で出す料理は他とは違う――わたしが求める味へのヒントに繋がる可能性だってある、ということだ。


 ……すごい希望的観測だっていうのは分かってるけどね。


 それからプラムと他愛のない話をしていると、ドアを開ける音が耳に届いた。


 わたしたちは会話を止め、音の方向へと目を向ける。


 青年は長い足でドアを抑え、その両手に薄皿を持ち、奥の部屋から姿を現した。


 皿からは白い煙が上っており、わたしたちからはどんな料理か見えないが、それでも食欲をそそる匂いが鼻孔をくすぐってくる。


 笑っちゃうほど現金なわたしたちのお腹は、食事にありつけると判断した後の待ち時間では落ち着きを取り戻し、今こうして食事を目の前にすると「は、早く寄越せ!」と怒鳴りつけるように大合唱だ。


「セ、セラちゃん!」


「う、うん!」


 これは期待できるぞ!

 そういう意味を込めて、わたしたちは目を合わせて微笑んだ。


「待たせたな。ったく、餌を待つ雛鳥みたいなやつらだな」


 ピィピィ、と巣から顔を出して、親鳥に餌をねだる雛鳥の様子を想像し、あながち間違いでもないかも、と笑ってしまった。


 そんな雛鳥たちのテーブルに、二つの皿が載せられる。


「わぁ、これってどんな料理なんですかっ?」


 興味津々なプラムが尋ねると、初めて――ふん、と気分よさげに笑った青年がいた。

 この表情……よほど自信があると見た!


「こいつは『炒め飯』といってな。ライスと具材を専用の油を使って鍋で加熱し、混ざ合わせた料理だ。王都じゃあまりしない調理法だからな……ふん、驚くのも無理はない話だ」


 いわゆる「チャーハン」だね!


 いやぁ、前世でも似た料理はあったけど、こういう調理法で作った御飯って本当、どんな具材であっても美味しいよね! あぁっ、涎が……いかんいかん、子供とはいえわたしは女の子なんだから、はしたない真似はしないようにしないと……。


「具材には先日採取した新鮮な山菜が入っている。陽の当たる場所で育ったペイロンの茎とラッピの葉だな。飯と共に炒めることで絶妙な調和がとれているはずだ。あとは採取の時に一緒に拾ったクームー鳥の卵を解かしたものも混ぜてある。ベーコンの薄切りも一緒に混ぜてあり、栄養面もばっちりだな」


 おお、卵も入ってるんだ!


 山菜のチャーハンだなんて初めてだけど、卵が入ってて失敗したチャーハンなんて聞いたことがない。それに目の前に佇む料理を見て――見た目良し、匂い良し、なのだから、疑う余地もないだろう。


「あ、あの……恥ずかしい話なんですけど、もうお腹が限界で……」


「た、食べてもいいですかっ?」


 プラムとわたしが耐えきれず、説明したがりな青年に歯止めをかけ、いい加減食事に移してもいいかどうかの確認を取った。


 青年はちょっとだけ話したりない様子を見せたが「冷めて不味くなっても仕方ないからな」と呟き、頷いた。


「ああ、悪かったな。冷めないうちに食べてくれ」


『いただきま~っす!』


 仲良くプラムと声を重なり合わせ、わたしたちは一緒に運ばれたスプーンを手に取り、チャーハンを口に入れた。


 咀嚼する。


 味を噛みしめる。


 嚥下する。


 ……もう一度、今度は具材ごとスプーンに乗せ、口に入れる。


 咀嚼する。


 味を噛みしめる。


 吐き出す。


 顔をしかめる。


 初めて交信を交わした宇宙生物を見るような眼で青年を見る。


 奇遇かな、プラムも似たような視線で青年を見上げるのはわたしと同時だった。


「なっ、おい! 食べたものを戻すとは何事だ!?」


 わたしたちの視線に慄きを感じたのか、僅かながら一歩後ろに下がりながらも、わたしの行為を咎めてくる。


「それは……すみません。食材に罪はありませんものね」


「まるで他には罪がありそうな物言いだな!」


「いやぁ……お姉ちゃん、どう思う?」


「……この店が空いている理由がわかったかも」


「うん……」


 好き放題言うわたしたちに「お、お前ら……!」と青年は肩を震わせた。


「……あの、味見ってされたんでしょうか?」


「はぁ? 当たり前だろう……そんなもんは作る前にしてるに決まってるだろ!」


「ええ、だったらどうしてこんな……ん、作る前?」


「ちゃんと素材の毒見は終えているし、素材の鮮度も味も悪くなかった。お前らの舌がおかしいんじゃないのか? なにかここ数日で変な物を食ったとか、そんな記憶はないのか?」


「いやいや、ちょっと待ってください。味見って、最初にするものじゃないですよね?」


「…………いや、最初にするものだろう?」


「……えっと、それじゃ味付けする際とか、炒めた後とかに味の確認は――」


「客に出すものを途中で料理人が食べるなど、失礼に値するだろう!」


「こんなくっそマズイ飯を客に出す方が失礼ですよっ!」


 思わずわたしは声を張り上げ、客のそんな態度に青年は「なん、だと……」とふらりとよろける。


 この人、自分の料理食べたことないんだろうか?


 まだ現実が見えていないみたいだから、難しい顔をしてチャーハンを見下ろしているプラムに参戦してもらうことにした。


「お姉ちゃん、これ……かなり美味しくないよね」


「う、うん……言いづらいけど、ちょっと厳しいかも……」


「だいたい、山菜は苦いわ渋みはあるわ味も沁みていないわで、完璧に足を引っ張ってるし」


「……ライスはパサパサで、食べにくい……かも」


「使った油のせいかもしれないけど、ライスはなんだか変な味もする……舌触りもヌルヌルしてて――うう、なんで匂いだけこんな美味いしそうなのよっ!」


「それは違うよ、セラちゃん」


「え、お姉ちゃん……?」


「ベーコンだけは美味しいよ」


「そうだね……」


 ちなみに卵も油と融合してご飯と同様に、ちょっと受け付けない食感と味になってしまっていた。


 わたしたちは器用にベーコンだけスプーンでかきわけ、口に入れた。

 ああ、水分が浸透しづらい山菜やベーコンだけ味が染みわたっていないことが幸せに感じる。


 そんなわたしたちを呆然と見ていた青年が、やがて口を開いた。


「なぜだ……山菜も卵も市場で売ればそれなりの価格のものだぞ。何故、美味しくないなんて結果に繋がるんだ……」


「あの……というか、貴方はこれを自分で食べてないんですか? いつも作ってるんですよね?」


「いや……久しぶりの客だったし、市場で売れなかった山菜が大量に余っていてな。気合を入れて新しい料理に挑戦してみたんだが……」


「客相手に新しい挑戦なんかしないでっ!?」


「……」


 なぜそこで黙る!?

 せめて肯定して、次からは気を付けるぐらい言って欲しい。


「……とりあえず食べてみてください。そうしないと貴方も納得いかないと思うので」


「う、な、なにを……」


 わたしはスプーンでチャーハンを掬い、青年の方へと差し出す。


「はい、口を開けて」


「じ、自分で食べられる……!」


「ふふふ、これは罰なのです。客に味見もしない、練習もしない行きあたりばったりのものを出した罰なのです……!」


「お、お前……わざとか! くっ、ガキの癖にませた真似を……!」


「なんとなくこういうのは苦手かなって思いましたが、ふふ、効果覿面でしたね。はいっ、いーからさっさと食べてくださいっ!」


 わたしは半ば強引に腕を伸ばしてスプーンを彼に向ける。

 身長差が著しい上に、わたしは座ったままだから、彼の口元には届かない。


 しかし食べるまでこの姿勢を止めない、というわたしの気合が伝わったのか、青年は「くっ」と観念した声を漏らし、やがてゆっくりとスプーンを口に含み、彼のチャーハンを口にした。


 そして、速攻で皿の上に吐きだした。


 皿の上には大量に残ったチャーハンと、わたしがこれから食べようとしたベーコンの切れ端がまだ残っており――、


「ああっ、まだわたしのベーコンが残ってたのにっ!」


「黙れ! こんなまずいもん食わせやがって!」


「貴方が作ったものじゃないですか!」


「わ、分かってるが……言わずにはいられなかったんだ!」


「り、理不尽……!」


「くそ、何故だ……素材も完璧、気合も十分、客をもてなそうという愛情すらあったというのに……何故、こんな結果に……!?」


 口に手を当て、青年は酷く困惑した表情を浮かべるわけだが……わたしは冷めた目で思った。



 ――いや、単純に料理の知識と腕が足りなかったんじゃないですかねぇ。




次回は「16 水面下はゆったりと波紋を広げる【視点:クラッツェード】」となります(^-^)ノ


2019/2/24 追記:文体と一部の表現を変更しました。

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