13 王都風は薄味路線?
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さて、どうなることやらと思っていたガッテンツォン伯爵家での草むしりも無事終わり、執事の人から庭園の様子に及第点を貰ったあと、報酬の銀貨4枚を貰って、わたしとプラムは思わず「わぁーい」と両手を合わせて喜んだ。
ガッテンツォン伯爵家の内馬車でわたしたちは平民街まで送ってもらい、そこで解散と相成った。
ヒュージからは「お前、絶対にクーデ教会に遊びに来いよな!」と釘を刺されたので、行かないわけにはならなさそうだ。
しょうがない……それまでに料理の腕を鍛えることも、これからの指針に加えておくとするか……。
彼とは笑顔で手を振って別れた。
周囲の子供たちもヒュージのことはよく知っているのだろう。いつのまにか仲良くなっていたヒュージとわたしを交互に見つつ、少し驚きを含んだ表情のまま、親に手を引かれて帰っていった。
まあ君たちは遊び疲れて寝てたから、わたしとヒュージのやり取りなんか見てないもんね……。
その後二人で帰路につく際、プラムからはやけにヒュージについて尋ねられたが、彼が教会に住む孤児であること以外はわたしも良く知らないので、それを伝えるしかないのだが、何故だかプラムは納得してくれない。
「もっと他にあるんじゃないの?」と彼女にしては珍しく会話を引き延ばそうとする。
さっきの別れの挨拶で彼が住む教会の名前を初めて知ったぐらい情報が無いというのに、一体これ以上なにを話せというのか。
「うぅ~……セラちゃんはまだ姉離れには早いと思うの」
「別にわたしはお姉ちゃんから離れたいだなんて思ってないよ?」
「ほんと?」
「ほんとほんと。ほら、いっぱい働いちゃったからお腹すいちゃった。せっかくお金も入ったんだし、今日は美味しいものでも食べようよ」
「うん、そうだねっ! 昼前から働きどおしだったもんね! よぉし、今日は奮発しちゃうぞ~!」
二人で銀貨4枚の収入。
これは食費だけで換算するなら、軽く半月分ぐらいは賄える。
言ってしまえば、かなりの大金だ。そう考えると……ハイエロから頂いたお金はそんな大金すら霞むほどの金額だ。
貨幣価値――いわゆる銅貨を基準にした各貨幣の価値についてはハイエロから記憶喪失を全面に出して教えてもらった。
貨幣は白金貨、金貨、銀貨、銅貨の順に価値の高さが設定されており、白金貨は金貨100枚相当、金貨は銀貨50枚相当、銀貨は銅貨50枚相当の価値があり、銅貨はこの国の貨幣の基準となる。
人にもよるが、基本は金銭のやり取りが発生した際には「銅貨いくら分」という表現で買い手に説明するのが習わしらしい。
身近な例で言うと、わたしたちが泊まっている宿屋の一泊料金が銀貨1枚なのだが、窓口では「銅貨50枚になります」と客に提示するのが常識、とのことらしい。
何故なら平民が銀貨以上の貨幣を持つことはあまり無いらしく、民が利用可能な銀行のような施設が存在しないこの世界では両替という概念もない。両替をするとしても大元を持っている国に相談するしかないが、そんなことをする人間は間違いなくいないと思う。
ちまちまお金を稼いでも、銅貨ばっかりが溜まっていくので、銅貨単位での金額提示が当たり前になっているそうなのだ。
逆に国から分配金として収入を得ることができる、王族・貴族・騎士・役職持ち・聖職者・祭司・神父については、一括でまとまった貨幣が手元に来るため、金銭のやり取りは原則、銀貨以上になることが多いのだ。
今回の報酬が平民には馴染みの薄い銀貨単位だったのも伯爵家の依頼だったからだろう。
パンクが厩舎利用料について銀貨単位で口にしていたのも、わたしたちが貴族に関係する人間だと思ったからなのかもしれない。
と、市場価格を聞かずに貨幣価値だけ聞いていたわけだが、その計算で行くとハイエロから貰った全貨幣――通算銅貨35,100枚になるわけだ。
彼は一カ月は王都で暮らせるだろうと言ったけど……宿屋って一泊銅貨50枚だったよ? 単純計算で約700日は泊まれるし、食事や衣類などを抜かしても1年以上は持ちそうだ。
……もしかしたら、貴族街では銀貨2、3枚ぐらいが一泊の相場なのかもしれない。
でも下町でって言ってた気もするんだけど……まあ、まだ二日目だし、平民街の適正貨幣価値を見定めるにはまだまだ時間が足りていない。これからゆっくり覚えていけばいいか。
ちなみに昨日の昼食・夕食代は宿屋隣接の食堂で、一人一食銅貨5枚程度だった。
うーん、安い……なんて思ってしまうのは、きっとハイエロ貨幣が多すぎるせいだ。
この感覚に慣れてしまうと間違いなく、いつかお金が底をつき、わたしたちに路頭に迷う日が訪れる気がする。
ちなみに最初の一カ月はハイエロからの貨幣に頼る生活をする予定だが、それとは別にわたしたちで稼いだお金も貯蓄していく予定だ。そして一カ月後、残ったハイエロ貨幣は逆に貯蓄に回し、以降はわたしたちが働いて稼いだお金だけで自立していくプランをプラムと話し合って決めている。
ハイエロ貨幣はあくまでもあぶく銭。
足掛けに使わせてはもらうものの、頼る真似はしてはいけない。そういうお金に頼り始めると、人として堕落の一途をたどる可能性があるからだ。
「お姉ちゃん、今日はわたしたちで稼いだお金で食べよっか」
「うん、そのつもり。やっぱり貰ったお金で贅沢するのは何だか気が引けちゃうからね」
「ふふ、うん! そっちの方が気持ちよく食べれるもんね」
プラムが金銭に関してまともな感覚で良かった。
お金をある分だけ使う性分だと、間違いなく「無くなった先」で困ることになる。
お金が有り余っていた時の感覚を捨てきれず、働いて賃金を稼ぐ苦労も知らず、ただただ満足だった生活を追い求めるだけの愚者になり果ててしまうことだってあるからだ。
プラムはまだ若いし、根は素直だ。
仮に多少道を誤っても軌道修正できそうだけど、人間に関しては確実という言葉が当てはまることはほぼ無いとわたしは見ている。
だから入口である今、プラムがそっちの方面に向かわずに、こうしてわたしと同じ気持ちを抱いて、自分で働いて稼いだお金を自分のために使う、という当たり前の行為を当たり前にしてくれることに安堵を覚えたのだ。
わたしは思わず破顔し、プラムの手を取って早く帰ろうと急かす。
正直、空腹が限界だ。
さっきから道歩く喧噪に呑まれて聞こえないが、胃袋がきゅうきゅう鳴いて仕方がないのだ。
けど……一点だけ気になることがあると言えば。
「ねぇ、お姉ちゃん……今日は別のところで食べない?」
「んー? 別のとこって……昨日食べた食堂はお口に合わなかったの?」
「え、ええっと……」
はい、正直言うと、味がやっぱり薄いのです。
なんだろう。
こう……食べられるし、ちゃんと味はあるのだ。
けど、何かが足りない。
おそらく香辛料、調味料の類なのだろうけど、足りない何かを確認するために厨房を覗くわけにもいかない。
わたしは昼こそ自分で起こした騒動のせいであまり味まで確認できなかったが、夕食に関しては別だ。
落ち着いて咀嚼すれば、どこか淡泊な舌触り。
例の香草和えを食べているはずなのに、香りはおろか、味もしっくりこない始末。
はっきり言おう……食に関して言えば、わたしはこの国の味覚に合っていない、と。
けど、チャンスはまだ残っていると思うんだ……!
多種多様の人が集まってくる王都のことだ。
必ず様々な人の味覚に対応した料理を出す店があるんじゃないかって……。
イマイチ国家間の関係まで分からないので、他国の文化が出入りできるような情勢になっているのかまでは分からない。もし、他国の料理が入ってこない……まさに鎖国状態の上に、この王国全土に同じ味覚の者しかいなかったとしたら……その時は諦めよう。
諦めて、自分で馴染みのある料理を作れるよう努力しよう。
あ、そういえばわたしが疑問を抱いていた「クダ」と「テモール」だけど、クダはゼンマイのようなもので、テモールはタケノコのようなものだった。
――のような、という表現になってしまうのは食感と見た目だけで判断しているからだ。
味は……言わずもがな、例のごとく薄すぎて素材そのものの味が全面に出すぎてて、わたしの知っている味とはかけ離れていた。
「そういえばセラちゃん、野宿した時も味が薄いって言ってたよね?」
「……ご、ごめんなさい」
何だか我儘を言っているような気分になり、わたしは思わず謝った。
けどプラムは「ううん」と首を振って、ふんわりとほほ笑む。
「セラちゃん、あんまり『ああしたい』とか『こうしたい』とか言わないから、色々抱え込んでるんじゃないかって心配してたけど……そうやって少しでも自分を出してくれると、私も嬉しいよ」
「お、お姉ちゃん……!」
て、天使がいる!?
陽も暮れて夜の帳が下りてきているというのに、後光が見えてしまう!
わたしは若干涙目になりつつも、もっと味付けの濃い料理、素材の出汁などを使った深みのある味を食べたいと彼女に訴えかけた。
「う、う~ん……ダシっていうのはよく分からないけど、味付けが濃いものなら私も食べたことがあるよっ」
「えっ?」
「昔ね、私の村がちょっと余裕がある時期があったんだけど……隣の猟師のおじさんが山で鹿を獲ってきてくれたの。なんでもすぐに処置をして、一晩寝かせれば美味しいお肉ができるんだって」
「へぇ……」
処置、というのは血抜きとかのことだろうか。
野生の動物、魚もそうだけど、基本、肉を腐らせたり味を落とすのは死後の血液が原因だ。
だから動物に関してはすぐに動脈を切って血を全て外に出し、内臓も全て抜き取ってしまうのが良い。
魚に関しては種類にもよるが、その場で食べるなら血抜きだけで十分。
遠方から持って帰るなら、鮮度を保つためにあえて血抜きは行わず、神経だけ締めて持って帰るのが確か一番良かった覚えがある。
もっと良い保存法があるのかもしれないけど、以前耳にした話としてはそんなところだろうか。
「それでね、それでね。次の日に村人みんなで焼き肉を食べたの。塩をふって焼いただけなのに、すっごく美味しくてね! こう……口の中でじゅわっと何か出たかと思うと、それがとても味が深くって……あれは本当にご馳走だったなぁ」
「ご、ごくっ……」
「あまり私たちの村近くの山には動物がいないから、それを食べられたのは一度きりだったけど、今でも覚えてるぐらい、衝撃的だったよ。アレに比べると確かに私たちの料理は薄味だねぇ……」
あれ?
でも、その言い方だと……。
「もしかして、プラムお姉ちゃんも今の薄味より、濃い味の方が……好き?」
恐る恐る尋ねると、プラムはん~と人差し指を頬に当てながら考え、
「あの焼き肉が、セラちゃんの言う濃い味の料理、っていうならそうだね。私もそっちの方が好みかな」
「ほ、ほんとっ?」
「う、うん。でも普段の味だって嫌いじゃないよ?」
「ううん、わたしと味覚がそんなに違わないって分かっただけでも十分だよ!」
「そ、そう? よくわからないけど、セラちゃんが喜んでくれるなら良かったよ」
よし!
ということは……この王都内にも、わたしの味覚に同調する人がゼロではないという希望が芽生えた。
きっとどこかにあるはずだ! わたしの舌を満足させてくれる料理が!
「お姉ちゃん、はやくお店を探しにいこっ!」
「あ、こら。もう、あんまり焦って走ると転んじゃうよ!」
「えへへ、大丈夫大丈夫」
こうしちゃいられない。
まだ動き回れる程度に体力が残っているうちに、王都内からそういう店を探さなくては。
わたしは過去に食べた料理の数々を思い返しながら、舌鼓を打たせてくれる店をプラムと一緒に探しに――王都西部地区の夜を駆けて行った。
次回は「14 料理人との出会い」となります(^-^)ノ
2019/2/24 追記:文体と一部の表現を変更しました。