12 初めてのお友達
声をかけられた当初は、どうやってあしらおうかしか考えていなかったわたしだが、この子、弄ると中々に面白い……。
多分だけど、あんまり同年代の異性と話す機会が無いのかな?
ちょいちょい話をしかけると、その都度、何かしらの反応を示してくれる。自分を題材に話すのは自意識が高いように思えて恥ずかしい面もあるけど、それを上回って相手が反応を返してくれるので、かえってわたしは冷静になることができたので、何度もちょっかいをかけてしまった。
加えて弄ると加速装置が稼働するようで、彼が逃げるようにして草むしりを手早くさばいていくので、実に仕事の進みが宜しかった。
けどやりすぎたせいか、最後は「お前、そろそろ土ぶっかけるぞ」と手元の土を両手で掬いあげていたのを見て、わたしは「はい、止めます」と手を挙げてイジリ終了を宣言せざるを得なかった。
そんなこんなで気づけば空は赤くなり、陽も地平線に半ば埋もれていく時間になっていた。
自分の付近ばかり気にかけていたので全体像まで意識が届かなかったけど、一度手元から目を外し、大きく背中を伸ばして周囲の状況に気付いた。
彼に話しかけられた時は4分の1程度だった進捗度合いは、いつのまにかほぼ終わりが見える段階まで進んでいたのだ。
休憩時間が長かった大人組も作業に戻り、休憩用に設置された長椅子には遊び疲れた子供たちが寝転がっているだけとなっていた。
「うお、もうこんな時間じゃねーか!」
わたしと追いかけっこをするような形で、倍速草刈り機として機能していた男の子も顔を上げて、自分が経過時間も気にせずに集中していたことに驚いているようだ。
土だらけの軍手の甲で頬を流れる汗を拭うものだから、彼の頬は泥だらけだ。
正直彼が加わってからの、わたしが受け持っていたエリアは著しく作業が進み、今では別のところの手助けまでできる状態にまで突き進んでいた。
わたしは最初「厄介そう」と思っていたことと、結果的に手伝ってくれたお礼に、手のひらに魔法で水を発生させ、水を零さない様にして彼の頬を濯いであげた。
「つめてぇ!? な、なんだ……!?」
「ほら、ジッとしててください。汚れた軍手で汗を拭ったせいで顔が泥だらけですよ?」
「え、これ……水か? どっから出して――」
「内緒です」
魔法です、だなんて言えないので、わたしは適当に誤魔化す。
タオルを持ってこなかったのは今回の反省点だ。
わたし自身、何度も汗を拭きとりたかった欲求に悩まされたし、今こうして男の子の頬を綺麗にするにも水で洗い流すことぐらいしかできない。
これも今まで魔法文化に身を浸しすぎてきた弊害というか……たとえ炎天下で分厚いドレスを着こもうと、魔力さえあればどこでも快適に過ごすことができていたからなぁ……。
「ま、まさか……これお前の汗とか涎とかじゃねぇよな……?」
「絶対に違うから安心してくださいっ!」
人がせっかく冷えた水を精製したっていうのに、汗や涎に見立てるとは何事か!
だいたいこんな量の汗が出るとか、わたしは多汗症か! いやそれはまだよくても、涎という想像はあり得ない……。
この子はわたしがかつての唾男のように下品に唾を吐き、男の子に塗りたくるような性癖を持っている可能性を考えたということなのだろうか……? プラムの前以外ではそれなりに猫被って、大人しくも礼儀正しい少女を演じてきたつもりだけに、かなりショックだ。
「じょ、冗談だよ……その、悪ぃな」
「冗談にしても別のものにしてください……はい、濡れたままですけど、泥は綺麗になりましたよ」
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして。……いえ、わたしの方こそありがとう、ですね」
「はぁ、何がだよ」
「貴方のおかげで無事、草むしりも済みそうですし」
わたしの言葉を受けて、彼は腰に手を当てて周囲を見渡した。
「ま、俺が一緒にやってんだから当然だな」
「ふふ、そうですね」
それには同意だ。
<身体強化>というドーピングがあるわたしよりも、彼の手際は良かった。倍速、とまでは行かずとも、間違いなく彼が作業した方が速いし、綺麗だった。
しかしわたしの方にかかりっきりで、彼の元々受け持っていた範囲は大丈夫だったのかと途中で彼に尋ねたのだが、実は既に終わっていたらしい。
終わった上でわたしの様子を見に来て、挙句の果てには手伝ってくれたのだから、彼は口調はぶっきらぼうだが、将来は人望の厚い人物に成長するかもしれない。
「それにしても随分と慣れてるのですね、草むしり」
「ああ? 別に草むしりだけじゃねぇぞ。こう見えて、料理もできんぞ。教会のガキんちょ共を喰わせてやってんのは、まさに俺だからな! お嬢様なお前には無理だろ、へへっ」
「だからお嬢様じゃないですって。それにわたしだって料理ぐらい……できます。………………簡単なものぐらいなら」
最後の方は自然と声が小さくなってしまったが、嘘は言ってない。
目玉焼きって、れっきとした料理だよね?
「へぇ、んじゃ今度作ってみろよ」
「き、機会があれば……」
「なんだぁ、そのへんのだらしねぇ大人みてーな言い草しやがって」
う、鋭い。
彼の実力は不透明だけど、仮に目玉焼き以上の料理ができた場合に、わたしは敗北のレッテルを背負うことになってしまう。なんだかそれは癪なので、できれば避けたい機会なのだ。
けど彼はそんなわたしの心情を察知したようで、挑戦的な笑みでわたしの顔色を覗いてくる。
このまま料理の話が延長線上に進むのは面白くないので、わたしは無理やり話の軌道を変えることにした。
「そういえば教会って……何かお手伝いでもしているの?」
「あん? あー……王都以外に住んでっと、その辺も分からないのか? 教会でガキっていやぁ、親がいねぇ子供たちのことを言うんだよ」
「……孤児?」
「そーそー、別に珍しいことでもないだろ?」
「そ、そうね……」
争い在れば失くす命在り。
人の生き死にに酷く敏感だったのは、科学特化の世界ぐらいだろうか。
わたしが最初に生まれたあの世界は、数字と論理で雁字搦めになった世界であったものの、そのおかげで人々の生活には余裕があった。
……まあ先進国に限る話かもしれないけど、それでも魔法特化の世界に比べれば遥かにマシだ。文明の進化とは人心にゆとりを持たせることは間違いないだろう。だからこそ独自性、創造性が豊かになり、フィクション上での様々なアイデアが生まれていったのだと思う。二度目と前世を含めて経験しているわたしからすれば、それはより顕著に感じるものだ。
人を殺める者がいれば法が制定され、戦争を始める国がいれば抑止力が設けられる。
いたちごっこに見えなくもないが、あの世界は長い年月を経て、下位が過ちを犯そうとすれば上位が上から押さえつける、という図式が固まっていったのだ。
わたしが生きていた頃も空飛ぶ車や汽車もあり、脳と連結したVRゲームなんてものもあった時代だ。
発展した科学は利便性と娯楽を人々に与え、逆に身体機能の劣化や意欲欠如などの問題を植え付けていった。故に第三次世界大戦と称する大規模な戦争は結局のところ起らず、少なくとも争いが少ない世界へと進んでいった。
だからこそ「人を殺す」という行為に忌避感を強く持つ風潮が根付き、殺し合うより現存する娯楽に身を沈めたほうが楽だと思う人が多くなっていったのだ。
悪いことではない。
けど、反比例して増え続ける人と減り続ける資源。破壊される環境に当時のわたしは抗いたかったのかもしれない。だからフィクションがそのまま実現したかのような、操血の力に酔っていたんだ。
……なんで、わたしは急にそんなことを考えたんだろう。
この目の前の男の子は人の死を「よくある」と言ったから?
まるで事故にでも遭ったかのように「仕方ない」と割り切っているから?
わたしだって魔法に頼る世界では、身を護るために人を殺すことだってある。
そしてそれが許容される時代背景に抗おうとも否定しようとも思わなかった。
わたし一人が何をしようと、その世界で生きられる100年程度で何ができるっていうのか。人々が科学への道のりを選べたのだって、数億年の歴史があってこそのことだ。
――ああ、でも。
それでも何も生み出さない快楽に塗れた殺人を犯すヤツは今も昔も大嫌いだ。私腹を肥やすための無意味な殺戮も大嫌い。
動物だって一緒だ。食物連鎖の一環なら自然と割り切れるけど、己の欲求を満たすためだけに殺すような輩は相手が人だろうと動物だろうと等しく屑だ。
そんな奴らがこの世界を必死に生きようと足掻く者たちと肩を並べて、何気ない顔をして暮らしているという事実は納得がいかなかった。
そうだ――二度目の人生でわたしはある少年が世界を呪い、嘆く姿を見ていた。
無差別に、無遠慮に、無作為に――他者の物を奪うことに心血を注いでいた狂王が潰した、ちっぽけな村。そこに住んでいた何の取柄もないただの少年だ。
その少年と出会い、わたしは科学世界でも効果を証明した「抑止力」になろうとしたんだっけ? あまりにも昔の記憶で初心なんてものはすっかり溶けて消えてしまっていたけど、唐突に思い出してしまった。
ああ、そういえば、この少年は似ているなぁ。
きっと、あれほどまで世界を呪った少年と似ている子が、まるで人が死ぬことは仕方がない、なんて真逆の言葉を発するものだから、記憶の蓋が少しだけ剥がれてしまったのだろう。
二度目の人生は、わたしが能力と魔法をあらん限りまで使い、狂王率いる一国を滅ぼしたことで「崩国の紅の魔女」なんて呼ばれ、恐れられることになった。
まさに腫れ物。
触れれば一瞬で血が沸騰し、蒸発させられる、だなんて噂が出るほど怖がられた。いや、そんなことはしないし、したことも無いんだけどね? でも抑止力としては都合がいいから黙って通していたら、最後は全世界の魔法師団に囲まれ、高位魔法を全方位から撃ち込まれたんだっけ。
そんな過去から転生した前世では「やっぱ独りじゃ無理だね」と反省し、魔法の研究を趣味として続けつつ、人とのつながりを最低限確保したあと、同じように屑な人間には制裁を加えていくと、気づけば望んでいた抑止力として女王の座についていた。
けど結局、血の気が沸騰どころかぶっ飛んでいる連中ばっかりの世界で争いが消えるわけもなく、最終的にはよく分からん謎の化け物が舞い降りてきて――終幕。
そんでもう色々と疲れたから、今生はゆっくり過ごしたいなぁ、なんて思うようになってたんだっけ。
ははは、こうして思い返すと、わたしって波乱万丈な人生しか送ってないね。
何の前振りもなく、急速に色んなものを思い出してしまった。
「おい、どうした?」
「あ、ご、ごめんなさい。ボーっとしてました」
急に黙り込んだわたしを心配してくれたのか、男の子が肩に手を置いて揺さぶってきたため、わたしは急に走馬燈のように浮かんできた過去の人生を振り払い、笑顔で向き直った。
「ええと、それじゃ君はその教会に住んでるの? でもさっき……姉貴って言ってたような」
「別に血は繋がってねーぞ。教会の年長組だから姉貴って呼んでるだけだ」
「そうなんだ」
「ああ、そんで教会に住んでるって言っても、できんのは掃除とか料理ぐれぇだからな。こういうのには勝手に慣れてくる、ってわけだ」
ふん、と胸を張る男の子に、わたしは「すごいすごい」と手を叩いて褒めてあげた。
本心だったのに何故か「子供扱いすんな!」と怒られてしまった。
むぅ、頭を撫でようにも彼の方が背が高いし、わたしの手は軍手でむれているせいかちょっと汗臭い。だから拍手で褒めたというのに、難しいなぁ。
「ま、ナントカ商会の娘じゃないってんなら、いつでも遊びに来ていいぜ。そこでぜひ、自慢の料理を見せてみろよ」
「う……ま、まぁそれは置いておきまして、それより何故その商会を目の敵のように扱うのですか?」
料理の話には目を逸らし、商会の話へと方向を強制的に向ける。
その思惑は当然、彼にも伝わっており、彼もむぅと眉をしかめたが、腕を組んでまずはわたしの疑問について返してくれた。
「別に……大したことじゃねぇよ。ちょいと最近、派手にやってくれてるなって思ってるだけだ」
「派手に……?」
商会が派手に、と言われても特段、悪いイメージが思い浮かばない。
悪事を働いているのであれば王の名の下で断罪されているだろうし、そうでないなら水面下で何か起きている、ということだろうか。派手というと、出血大バーゲンみたいな光景が過ったけど、それなら国民からすればむしろ大歓迎だろうから、違うんだろうな。
「皆さま、お疲れ様でした」
頃合いを見計らっていたのだろうか、執事の人が手をパンパンと叩き、今日午前から夕方までひたすら雑草と格闘していた平民集に対して、労いの言葉を投げかけた。
おそらく「終了」の合図だろう。
わたしと彼は向き合って頷き、わたしは自然と集まっていくメンバーの元へと歩き出そうとした。
「あっ、ちょっと待てよ!」
「え?」
止められるとは思わなかったから、わたしは何度か瞬きしつつ、男の子へと向き直った。
「――名前」
「……あ」
そういえば、数時間とはいえ、一緒に働き、それなりに会話も交わしたというのに、わたしたちは互いの名を知らなかった。
「一応、覚えておいてやるよ」
ぶっきらぼうに視線を外しつつ、そういう彼からは悪意は感じられず、やっぱり照れ隠しなのかなと思った。
「ふふ、これは失礼しました。わたしの名はセラフィエル=バーゲンです。今日は本当にありがとうございました」
貴族の庭園らしく、わざと貴族風に――スカートの端をつまみ、言い終えた後にゆったりとわたしは頭を下げた。
「…………やっぱ、どっかのお嬢様とかじゃねーのか?」
「今のはわざとですよ」
「わざとでも普通はできないんじゃないのか?」
「そうですか? 言うほど難しいものではありませんよ」
くすりと笑うと、男の子はやれやれと肩を竦めて手をひらひらと振った。
「俺はヒュージだ。性も神名も無い、ただのヒュージ。ま、これからも宜しくな」
「ええ――宜しくお願いします」
出会いは唐突で、意図したものではなかったが……わたしにとって、これがこの世界で初めてのお友達ができた、というわけだ。
ちなみに……プラムは、お姉ちゃん枠で友達とは別枠扱いとなっている。
次回は「13 王都風は薄味路線?」となります(^-^)ノ
2019/2/24 追記:文体と一部の表現を変更しました。