11 草むしり最中のじゃれ合い
わたしは内心、面倒事になりませんよーに、と願いつつ、表面上はきょとんと首を傾げた。
「ええっと……わたしに何か御用ですか?」
差しさわりのない返しに、対面する男の子は一瞬だけ目を瞬いたが、すぐにニヤッと笑みを浮かべた。
「はは~ん、お前さてはどっかいいとこのお嬢様だな!?」
「ええ? いえ……ここに来ている時点でお察しかと思いますが、お金を稼がないといけない程度には貧乏ですよ」
実際はハイエロからもらった初期資金があるため、言うほど貧乏という感じはしないのだが、根無し草なわたしたちは泊まる場所でさえお金がかかる。
黙って生きているだけで普通に王都で暮らしている人よりも早く消費されていくのだ。
このまま資金繰りもままならなければ、いずれは貧困に喘ぐ結果となるだろう。そういう視点でいけば貧乏予備軍なる存在という方が正しいかもしれない。説明が面倒なので、訂正をするつもりはないが。
「へっ! 俺を騙そうだってそうはいかないぜ! その口調……お嬢様っぽい感じがプンプンするぜ! ぜってぇ間違いねぇ!」
口調?
ああ、余計ないざこざに巻き込まれないように丁寧語で統一したわたしの口調が、そういう風に聞こえてしまうらしい。
まあ、本来のお嬢様的な存在なら丁寧語ではなく、謙譲語や尊敬語を使うだろうし、貴族であれば彼ら独自の言い回しなども多用することだろう。
その辺りの事情に触れていれば、その辺の違いに気づきもしただろうが、相手は子供。周囲の言葉遣いと異なる=お嬢様、という短絡的な回答へ行きついてしまったのだろう。
うーん、訂正しようにも話を聞いてくれるような雰囲気じゃないなぁ……。
あと、草むしり、サボるな!
わたしの手も動いてはいるものの、視線は彼に向けているため、かなり作業効率が低下しているというのに、これ以上のロスに繋がる行為はしたくない。
あと、そのさっきから右手だけ頑なに後ろ手にしているのは何? あーもう、嫌な予感しかしないなぁ。この年代の男の子って、どんな感じだっけ? あんまり関わり合いがなかったせいか、子供との接し方すら忘れてしまったわたしだけに、どうも上手く彼をあしらわれない。
「あら、わたしがお嬢様だったら、こんな汗水たらしてまで働こうとはしないですよ」
「ん? あー、まあそれはアレだ。良くわかんねぇけど、なんかあんだろ」
え、その返しにわたしは何て返したらいいの?
論理的に攻めてみる?
ううん、間違いなく伝わらない気がする。
言葉を躱されるとかではなく、言葉が伝わらない。
この根拠のない絶対的な自信に満ちた顔から察するに「わたし=お嬢様」という方程式は確固たるものだと彼の認識に刻まれているようだ。
感情的になって話したところでどうにもならないし、むしろ互いに疲れるだけだと思う。
だから、ここは無難にテキトーに流しつつ、話が終わるのを待つ。
よし、それで行こう。
「良く分かりませんけど、とりあえず草むしりに戻りませんか?」
にこり、とわたしは柔らかく微笑んで、彼に暗に「仕事に戻れ」と促す。
「ばっか、お前、馬鹿だろ」
二度、馬鹿と言われてしまった……。
「な、なんででしょう?」
え、笑顔が引き攣る……!
子供との会話って、こんなに面倒だったっけ!?
「なんでって……お前、そんなこともわかんねぇの? やっぱアレだなぁ……何だっけ。ほら、アレだ……箱なんとかってやつ……」
「……箱入り娘?」
「それだ! そうそれ!」
「…………まあそれはどうでもいいのですけど、なんで貴方は仕事の手を止めてわたしに食いついているのでしょう」
もはや笑顔は消失し、気づけばジト目になってわたしは男の子に尋ねる。
いい加減「金もらって仕事してるんだから、最後まで集中しなさいよ」と強く訴えるわたしの目に気付いて! 正面から言うと、絶対にこじれる自信があるから、こうして遠回しに言葉と態度で訴えかけているというのに、この子は完全にどこ吹く風状態だ。いや、風が吹いていることすら気づかれていない気もする。
ブチッ。
あ、雑草を引き抜く力加減を誤って、根が残った状態になってしまった……。
……中途半端に顔を出したままの根っこは、周りの土をかぶせて隠しておこう。どうせ品評会が終わったらまた雑草畑になりそうな雰囲気だし、いいよね? うん、いいという声が聞こえた気がした。
「お前、草抜くの下手だな~。それじゃあんまし意味ねーだろ」
くっそぉ!
重要なことは全てスルーのくせして、どうでもいいことばっかり目敏い! いや、実際のところどうでもいいとは言っていけないことだし、仕事しろと思っているわたしがそんないい加減な真似をしていいわけもないんだけど……でも、ちょっとだけズルしたっていいじゃない!
だって……同年代の子たちなんて遊んでばっかだし、休憩に行ったはずの大人だって何人かは未だに寛ぎっぱなしだし。
真面目に頑張っている少人数派としては、少しぐらい気を抜くぐらい許してほしいと訴えたいわ!
「はん、やっぱお嬢様に草むしりなんて無理だな!」
「……それじゃ、貴方にお手本を見せてほしいですわ」
「お、なんだなんだ。もう根を上げんのかよ」
いやいや、根を上げているのは貴方を筆頭にした、真正サボり組だよ!
わたしはさっきから真面目に手を動かしてるっての!
いかん、内なる幼児化したわたしの精神内部が悲鳴を上げている。
声を出して批判したい気持ちがニョキニョキと蠢いているが、そこはわたしの経験値――本来の精神年齢であるはずの過去の記憶のわたしが待ったをかけてくれる。
ここで彼に乗っかってわたしも脱落しては、未だに休みなく頑張っているプラムに申し訳が立たない。
あの子はきっと年相応のことをしても怒らないだろうけど、それはわたしの矜持が許さないのだ。
ふぅ、我慢……我慢。
「ふ、ふふふ……そ、そうですわね。できれば腕の立つ貴方の仕事姿を見て、学ばせていただきたいと思いますわ」
「……へ、へぇ、ま……まあいい心掛け、じゃねぇの?」
お、照れてる?
日差しで汗まみれの表情ではよく分からないけど、どこか照れ隠しに視線を逸らす彼の様子に、わたしは可愛いところもあるのかな、と首を傾げた。
「よし、気が変わった」
と、男の子は右手に隠し持っていた何かをポイッと遠くに投げ捨てた。
その何かが頭の上に乗っかったのか、別の場所で草むしりをしていた20代ぐらいの女性が、頭の上のものを手に取り、悲鳴をあげたのを聞いて、ああ……きっと毛虫とか蜘蛛とかそういう類のなんかだったんだろうな、と心を寒くしながら察した。
それでわたしに何をしようとしていたんだか……。
「おい、どこ見てんだよ。ちゃんと俺の仕事っぷりを見てろよ」
「はいはい」
まあ何であれ、やる気になってくれたのは有難い。
わたしは彼の前向きになった視線を逸らしてしまわないよう、わたしは苦笑しつつ流れに乗っかることにした。
言うだけのことはあって、軍手を履いた指で次々と根っこから雑草を抜いて行く手際の良さは、中々のものであった。
ほい、ほい、と声を漏らしながら雑草を抜いてはわたしのほうへと投げてくる。
投げられる度にわたしは雑草をまとめる作業に入らざるを得ないわけだが、これではわたしが作業できないじゃない、と愚痴りたくなる。
けど、わたしが一人でやっているスピードより遥かに速いという結果を見ると、あながちこの選択肢も間違いじゃなかったのかもしれない、と考えを改めた。
だから水を差すのではなく、わたしは気になることを聞いてみることにした。
「あの、何でわたしに声をかけたのですか?」
「あー? ああ、だってお前、見たことない顔だったからな」
「え?」
「俺は二年前ぐらいから、こうして色んなとこで小遣い稼ぎしてっからなぁー。だいたい同じぐらいの奴らとは顔なじみなの。けど、お前は初めて見る顔だったからな……だから、声かけた」
「広い王都ですもの。初めて会う子だっているのではないですか?」
「まぁー無いとは言わねぇけど、その感じだと、やっぱお前、最近ここに来ただろ」
「……なんでですか?」
おかしなことを言った、という認識はない。
だというのに、頓珍漢な子だと思っていた男の子は、わたしが最近王都にきたという事実を言い当てた。
「あの公益所の仕事ってのは、地区別でまとめられるんだよ。だからいくらここが広いからって、別の場所の奴が混ざる時ってのは、大体引っ越してきたとかそんな時だ。お前、知らなかっただろ」
なるほど。
そういえば、公益所の受付時に住所を尋ねられた記憶がある。
宿屋住まいであることを伝えたら、少し驚かれたが、宿屋の住所でも構わないと言われたので、宿屋の名前を受付嬢に伝えたのだ。
ちなみに住所を書け、と言われても、この世界の住所識別方法が全くといっていいほど分からないため、王都にやってきて二日目という理由でそこは受付嬢の人に書いてもらった。
チラッと見たところ、数字の羅列が記載されていたため、それが住所を指しているということなのだろう。こうして見ると、日常をただ生きるだけでも早めに覚えないといけないことは多々ありそうだ。
しかし、この子。
もしかして、実は予想以上に頭の回転が速いのかな?
相手の言葉や態度から、その裏側を読み取るって結構難しいことだと思うんだけど……。
「はい、知りませんでした」
素直にそういうと、男の子は「へへっ」と鼻の下を擦り、
「ひとつ勉強になったな!」
と偉そうに言ってきた。
まあ勉強になったのは事実なので、わたしは思わずふんわりと笑ってしまった。
「ふふ、ありがとう」
「…………、べ、べつに」
「でも、だからってわたしに話しかけた理由としては薄い気がするのですが……もしかして、わたしが独りぼっちで孤立しているように見えました?」
雰囲気的にリーダー気質っぽいし、初めてこの地区で仕事をしたわたしに気を遣ってくれたのかな?
だとしたら、いきなり上から話しかけられたとはいえ、邪険にはできない話だ。
「あ、あん? ま、そうだな……それもある」
「それも?」
「あとは……アレだ。お前があ~……最近、ここでよく名前を聞くようになったナントカ商会の子供かなって思ったから話しかけたんだ。話し方的にも間違いねぇだろ。お前、そこのお嬢様なんだろ?」
最近名前を聞く割に覚えてないのね……。
いや、もしかして本当の「ナントカ」って名前の商会なのかしら?
「いえ、違いますけど?」
とりあえずハッキリと否定はしておこう。
ここでおざなりな返事をすると、後で面倒なことになりそうな気がした。
「はぁ? なんで隠すんだよ……。ここ最近で俺らの地区に越してきたって言ったら、そこぐらいだろ?」
「いえ、わたしは引っ越したわけではなく、宿屋に住んでるのです。しかもまだ今日で二日目の王都暮らしです」
「…………ほんと?」
「本当です。あ、手が止まってますよ?」
「わ、わかってら! なんだよ、畜生……華奢でチビで可愛いって言ったらお嬢様だって姉貴が言ってたのに……違うじゃねぇか」
「あら、わたしって可愛いですか?」
チビは聞かなかったことにしよう。
華奢で可愛い。うん、いい褒め言葉だね!
わたしは悪戯心が芽生え始め、口元に笑みを張りつかせながら男の子の顔を覗き込む。
「う、うっせ! お前のことじゃねーよ! 姉貴が勝手にそう言ってたんだよ!」
「でもお姉さんの言葉に照らし合わせて、わたしがそうだと思ったのですよね?」
「う、うるせーぞ!」
「わぷっ!?」
彼が手に溜め込んでいた雑草の束をわたしの顔面に投げつけられ、わたしは思わず変な声を出してしまった。<身体強化>で強化されていたというのに、何たる不覚。
当てられた跡を抑えつつ、わたしは顔を上げると、そこには顔を真っ赤にした男の子がいた。
わたしから顔を逸らして一心に草をむしっていく様子は、今度こそ間違いなく照れ隠しだと言える。
恋愛感情とかではなく、純粋に恥ずかしかったのだろうけど、こうして見ると……子供同士の会話っていうのも、存外に悪くないものだね、とわたしは彼のむしる雑草を整理しつつ思うのであった。
次回は「12 初めてのお友達」となります(^-^)ノ
2019/2/24 追記:文体と一部の表現を変更しました。