10 王都でお金を稼ぐには
三日間、投稿できずに申し訳ありません(T-T)
活動報告にも書きましたが、ちょっと仕事の関係で時間が不定期になりつつありますm( _ _ )m
今後ももし予定がずれそうな時は活動報告にて書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
今日も今日とて視界をくらませる暑い日差しが天から降り注いでいた。
昨日はわたしの勘違いで派手に大恥をかいたわけだが、一晩経って、一旦その思い出は鍵付きの箱にしまうことにした。
いつまでも引きずっていてもしょうがないし、幸いにも迷惑をかけた貴族と商家のカップルからは御咎めはなかった。
プラムも説教こそすれど、今朝にはケロッといつもと同じ様子でわたしと話してくれた。そんな中でわたしだけがいつまでも頭にキノコを生やすほどジメジメとした気分でいるわけにもいくまい。反省はするが、後に引かないことが何よりも大事だ。
というわけで、気持ちを入れ替えて、心機一転で今に至るわけだが――それにしても暑いし熱い。
わたしは燦燦と照り付ける太陽と、地熱から起こる空気の歪みに、顎から汗を落としつつ息を吐いた。
わたしとプラム、そしてその他何人からの人たちで、わたしたちは草むしりをしていた。
広大な貴族屋敷。
無駄に幅を広げている庭園。
これだけだだっ広い敷地も有効活用されていなければ、見るも無残な光景になるものだ。
広大なだけでロクに整備されていなかった庭園は雑草が生え渡り、まるでここが自分たちの私有地だと主張しているかのように太陽に向かって背を伸ばしている。
それに対してわたしたちは、雑草たちに強制立ち退きを実施しているわけなのだが……それにしても暑い。
それに雑草……相当この場所を気に入っているのか、きっちりと根を張って立ち退き拒否を行ってくる。
……あいたっ!?
こ、この野郎、武器を隠し持っていやがったぞぅ!
しかも棘が刺さったまま折れて、指の腹の中に入り込んでしまった……。
お、おのれ……わたしが操血の能力を持っているからいいものの……やってくれるわね! と、どうでもいいことばっかり考えつつ、わたしは操血による硬化した血液を使って、内部から棘を押し出し、傷口には血を凝固させて止血した。
――王都二日目。
わたしたちが何故、炎天下の中、緑に埋もれた庭の整備をしているのかというと――これが与えられた仕事だからだ。
わたしたちは何の指標も目標もなく、ただ周囲の思惑の流れに乗って、ここまで来てしまった。
つまり、王都での生活を夢見る田舎者でもなければ、国内で最も繁盛している市場を持つ王都で一旗上げようとする商人でもないし、王都で新発見や自己啓発を目指すような意識の高い人間でもない。
まあ研究という点では、恩恵能力やこの世界の情勢など、色々と掘り下げたい情報はあるのだけれど、ここに生活基盤を根差すには、わたしたちには余りにも考える時間がなかった。
というわけで、行き当たりばったり……というのも微妙な表現だけど、そういう立ち位置のわたしたちは仕事をするにも、どうしていいか分からないし、何をしたいかも具体的な案が思いつかなかった。
これは自分たちで考え込んでも、答えの出ない渦の中に巻き込まれると踏んだわたしは第三者――宿屋の主人に尋ねることにした。
そこで得た答えが、公益所、という存在だ。
王都中心部にあり、そこで何と依頼主は平民・貴族に関わらずの単発の仕事が紹介されており、小遣い稼ぎや、王都に来たはいいものの事業に失敗して資金が苦しい人間など、さまざまな人たちが入り乱れている場所だった。
おそらく……あまりにも多種多様な人間が集まったことで、溢れ出る失業者や借金を重ねる者が増えた時代があったのではないかと思う。みんながみんな、努力に比例して正式な職を得られればいいのだけれど、そうもいかないのがどの世界でも共通な、世の常、というものだ。
正式な職となれば、貴族の屋敷仕えになったり、商人や食事処の下で働くなど、そういうものが代表的だろうけど、どれも定員というものがある。
それ以上の募集があれば、溢れ出るのは当然だ。
しかし逆に定着できない仕事というのもある。今、わたしたちがやっているような「草むしり」もそうだが、安定した需要と供給を得られない仕事内容というのも世間にはあるということだ。
要するに突発的な仕事。
この世界にはそういった雑務を請け負う会社のようなものが存在しないため、公益所に依頼が集まってくる、ということだ。同時にお金に困っているが働く場所が定まっていない者も、そういった仕事を求めて、公益所に集まってくる……というのが王都の日常の一つと化しているらしい。
公益所での仕事の受注方法は、原則、巨大な掲示板に張り出された依頼書を早い者勝ちで取っていくシステムのようだ。取った依頼書は受注受付嬢に手渡し、そこで契約を交わす。
複数人、例えば30人ほど人員を必要としている場合は、依頼書が30枚掲示板に張ってあり、それが無くなり次第、その依頼は完全受注済という仕組みだ。
こういう仕組みだからか、剥がす勢いが強すぎて間違って複数枚の依頼書を持って行ったりする人もいるらしい。
あとは報酬を独り占めしようと思ったのか、まとめて依頼書を取って「代表で来た」と嘘をつき、一人で受注をしようとする者もいるようだが、全て受付嬢で「待った」がかかるらしいのだ。
前者であれば、純粋に後で掲示板に未発注の依頼書を戻すだけだが、後者に関しては「受注は必ず本人が来ること」というルールが敷かれているらしく、一人で多人数分を受注し、その報酬を一人で受け取ろうなどという不正は許さない仕組みになっているのだそうだ。
入口の近くに貼ってあった案内にそう書いてあった。
わざわざ見えやすい場所にデカデカと書くってことは、未だに後が絶たないのね、そういう輩が……。
わたしたちは人が殺到する掲示板の中でまだ枚数が残っていた依頼を手に取り、その簡単な依頼文に目を丸くする。
『依頼内容:庭の草むしり
依頼主 :ガッテンツォン伯爵
依頼人数:40~50人(年齢問わず)
報酬 :一人銀貨2枚
期日 :規定した日中』
え、それだけ?
草むしりしただけで、一人銀貨2枚? プラムと合わせて4枚?
今の宿屋だって一人一泊で銅貨50枚だったっていうのに、ちょっとボロくない?
もうそんなんだったら、ずっと草むしりでもしてるよ。
まあ……今回限りの話だから、公益所に依頼が降りてきたんだろうけれど……。
その時はプラムと目を合わせて、即決! という感じで、笑顔で受付嬢の元へと持って行った。
けれど、わたしたちは気づくべきだったのだ。
なぜ、こんな好条件の仕事が平穏無事に掲示板に残っていたのかを。受付嬢がなぜわたしたちに「体力はある方?」と尋ねてきたのかを。
そして今に戻る。
正直舐めてました。
ガッテンツォン伯爵が用意した内馬車で、今回の依頼で集まった40余名を何台かに乗せて第二内門を通り抜け、貴族街に入った時は「おお!」と普段なら入ることすら許されない街並みに感動していたのだが、やがて屋敷につき、仕事内容を説明され、問題の庭園に案内されたとき――参加者全員が固まった。
え、ここって何処から何処までが庭園ですか、と。
颯爽と生い茂る草原のように雑草が生えている。
そこまではいい。
けど、その草原が奥の方に広がる木々のところまで伸びているわけだが、目測で軽く1キロメートルはありそうだ。これ……全部、私有地? 私有地、っていうか邸内? これ、今日中に処理する……ってこと?
固まっているわたしたちに気を遣ってくれたのだろうか、白髪を後ろでまとめあげた初老の貴族、ガッテンツォン伯爵はにこやかに認識のずれを訂正してくれた。
「ああ、誤解を与えてしまってすまないね。ここ全てというわけではないんだ。前に妻が考案した刺繍模様が当たってね。その模様を使った織物の品評会を今回行うことになったのだけれど、たまたま館内の大部屋が別件で使えなくてね。それでこの庭園を使う案が出たわけなんだけれど……さすがに全部の雑草を刈っていては今日中では終わらないから、品評会で使うスペースだけ確保できればいいと思っているんだ」
ああ、よかった。
和やかにほほ笑むガッテンツォン伯爵が神様のように見える。
きっとわたし以外の皆もそう思っているに違いない。
全員がホッとした姿にガッテンツォン伯爵も笑みを深め、近くにいる執事に「皆に範囲を説明してくれ」と指示を出した。
指示された執事は「既に恙なく準備は済んでおります」と応えれば、その返事に満足そうに微笑みながらガッテンツォン伯爵は執事に説明役を変わった。
「さて、皆様方……あちらにある旗がお見えになりますでしょうか?」
執事の手に差し向けられた方角を全員が追い、背の高い雑草に紛れて赤い旗が立っていることを確認し、全員がまばらに頷く。よく見れば赤い旗は何箇所かに立てられており、庭園の一部を長方形で囲うように配置されているように思えた。
まさか……。
「幾つか赤い旗がお見えになると思いますが、その旗と旗を境界線として見ていただき、その内部が今回、皆様方に草刈りをしていただく範囲となります」
ざわざわ、とホッとしていた参加者一様が一変して、再び顔を青ざめる。
確かに範囲はかなり狭くなった。
狭くなったけど……それはあくまでもこの庭園の広さに比例した話であって、一般常識的な範囲で言えば、まだまだ広い。そりゃ二日、三日あればこの人数で行けると思うけど……今日中だよね? だって一番長い一辺でも200メートルぐらいはあるよ?
「妻は今回の品評会を楽しみにしていてね。なんせ自分の考案した刺繍が作品となって返ってくるのだから。それもまだ誰の目にも映らない段階にね。だから張り切っている妻のためにも、私からも宜しく頼むよ」
「整地と芝の植え付けに関しては専門を呼びますので、皆様はこの雑草を抜くことに意識を集中していただけますと宜しいかと思います」
ガッテンツォン伯爵の言葉に続いて、執事の人が補足を最後に付け加えた。
きっと、ガッテンツォン伯爵は妻想いの優しいオジサマなのだろう。
しかし今は、その優しさが作業者たるわたしたちの背にずっしりとのしかかり、期待している奥さんのためにも「できませんでした」とは決して言えない流れとなってしまった。
一応、違約金のようなものは無かったと思うけど……その期待を裏切った時の、この微笑みがどんな鬼の形相になるのやら……ああ、恐ろしい。
これだけの土地を王から下賜される伯爵家。
間違いなく平民の集まりであるわたしたちを社会的につぶすことなど容易いだろう。
そういう経緯もあって、参加者たちは死に物狂いで草をむしり始めたのだが、今日の晴天はそんなわたしたちの心を折ろうと、必死に太陽光を降り注いできたのだ。そして数時間も作業をしていれば、一人、また一人と休憩を求む人が増えていき、今では半数だけの作業者となってしまった。
執事の人が気を遣ってくれて、冷たい茶を用意してくれているので、脱水症状には辛うじてなっていないが、それでもこれは中々に辛い作業だ。
わたしは「こんなに元気に生えてきやがって!」と恨みつらみを加えて雑草を根っこから引っこ抜く。
整地は気にしなくていいのだから、多少乱暴でもスピード重視で突き進むのが最も効率的だろう。いや……最も効率的なのは、魔法で一気に吹き飛ばすことだが……さすがにそれはこの場ではできないことだ。ああ、魔法ぶっ放したい欲求に駆られる……!
腰を伸ばしつつわたしは周囲の進捗を確認する。
大人勢は頑張って続けているが、一緒に来た子供たちに関しては丁度いい遊び場と化してしまい、今も追いかけっこや草むらを走り抜けたりしている。
ああ……あれも40人の枠に含まれているんだっけ……。
実働としては30人弱と考えると、なおさらキッツイなぁ……。
きっと遊びまわる子供の両親は周囲からの視線に心を狭くしつつ、作業に勤しんでいるんだろうなぁ、とちょっと同情も過った。子供って飽きやすいからね。こんな単純作業、しかも晴天の外で反復作業を何時間もするなんて耐えきれないのは自明の理ともいえた。
「あっつぅ~……」
胸元をパタパタとして、わたしは袖で額の汗をぬぐった。
「おい」
「はぁ……ようやく四分の一、ってとこかなぁ。先が思いやられる……」
「おいって」
「そういえばプラムお姉ちゃんはどこで作業してるんだろう。わたしは子供だからって背の低い草が密集している場所を割り当てられちゃったけど……」
「おぉいっ!」
「ひゃ!?」
耳元で急に怒鳴られ、わたしは驚いて後ろに飛びのいた。
なんか声が聞こえるなぁとは思っていたけど、まさか自分が声をかけられているとは思いもせず、うっかり聞き流していた。
わたしは改めて声の方に向き直ると、そこには――腕を組んで悪戯っぽい笑みを浮かべた同年代ぐらいの男の子が立っていた。
――嫌な予感がするなぁ……。
次回は「11 草むしり最中のじゃれ合い」となります(^-^)ノ
2019/2/24 追記:文体と一部の表現を変更しました。