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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第一章 操血女王の奴隷生活
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03 わたしの今世はポンコツ?

 まず逃げるには、自分がどの程度、行動し続けることが可能かを見極める必要がある。

 と言っても、自分の体力の限界を計るために、持久力マラソンをするような場所も時間もない。


 だからわたしは体勢を低くしつつ、まずは自分の体を確認することにした。


 鏡はないから、見下ろして視覚内で確認できる範囲になるが、これだけでもおおよその体力や歩幅を計算できるから無駄にはならない。むしろ必須。


 よし、実測開始。


 10秒経過。


 ――実測完了。


「…………うわっ、完璧に子供だわ」


 見下ろした瞬間、思わず顔をしかめ、胸に溜まる絶望感を思いっきりため息として吐き出した。


 意識が浮上したばかりの時に、やけに自分の思考が子供っぽいように感じたことから、薄々は「そうなんじゃないかな」とは思っていたけど、やはりそうだったか。


 そもそもこの体に入り込んだ血の量が少ないことから、予想もついていた。


 わたしの転生は前世から流れ落ちた血が死体に入り、その身体を構成しなおして次の人生がスタートになる。わたしの血が全身に巡って初めて、わたしの体になるわけなのだ。逆を返すと、全身に血が巡りきらなかった、もしくは濃度が非常に薄いと、わたしは体を支配しきれず、意識はあっても動けないままの人形になるだろう。


 さっき骨格が変わる感覚があったけど、たぶん、その時に子供サイズまで縮まされたのではないかと思う。他人ごとのように言っているが、わたしも子供として転生したのは初めてなので、どうしてもそういう言い方になってしまうのだ。


 今まで意識はしていなかったが、転生後の肉体に十分な血が入り込むことができていたのだろう。

 過去2回の転生時は、いずれも二十歳前後の姿で転生することができていたのだ。


 それが今回は、こんなちんまい姿に……。


 自分で言うのもなんだが、成人時はそれなりに整った顔とスタイルにちょっとした優越感を持っていたのだが、今見下ろす今回の体はまさに寸胴。ドラム缶とまでは言わないが、メリハリが見られない。やや膨らみかけた胸部でちゃんと女として生まれ変わっていることは認識できるが、得るべきものはそれだけだ。


 ――これはマズイ。非常にマズイ気がするわ。


 過去の転生では、成人の上、操血そうけつに十分な血を蓄えられたため、新しい世界でも問題なく活動できた。すぐに魔物を狩り、生計を立てられたし、それなりの美貌を駆使すればうまく世の中を立ち回ることも可能だった。


 それが今回はどうだ。


 操血そうけつも不十分。おそらくここから立ち去る体力も微妙なところだ。歩幅だって全力疾走しても知れたことだろう。何より、この年代は転生前の最初の人生以来の経験である。かれこれ200年以上前の記憶が残っているはずもなく、間違いなく、今のわたしにこの体を使いこなすことはできないだろう。走ればきっと、転ぶ。転んだ先に剣でも転がっていれば、ザクッと死ぬ危険性もある。そんな終わり方は嫌だ。本当に死ぬにしても、せめて後悔がない人生を送った後がいい。


 成長過程を踏んで、いずれは同じ肉体へと至るのであろうが、それじゃ困るのだ。

 今、ここで、このタイミングで、臨機応変に動ける体でないとキツイのだ。


「まっずいわねー……」


 加えて無意識に出る言葉は、まさに子供のそれに近い。


 わたしの意識は200年以上の集大成だというのに、その集大成を操る根幹部分が幼児化している気がする。これは土壇場で……何か大きな失敗に繋がってしまう気がする。頭では理解していても、思わず感情的に動いてしまう的な――そんな直結行動を起こしてしまうのではないかと危惧が過ぎるのだ。そしてそれが致命的な失敗へと局面を傾けてしまう予感がするのだ。


 ……いやいや待って。


 そんなフラグは折って、燃やして、土に埋めてしまえ。


 物事はポジティブに見ないと、上手く行くことも失敗に繋がってしまう。かといって、楽観しすぎて慎重さを打ち消すのは論外だが、慎重をきたし過ぎて身動きが取れなくなるのも論外だ。ポジティブに慎重に程よく力を抜きつつ円滑に動かなくてはならない……ん、それってどういう動きなんだろ。良く分かんなくなってきた。


「いっそのこと、そこら辺の死体の山に隠れてやり過ごす?」


 本当はやりたくない。

 心の底からやりたくない。


 前世からの続きとでも言わんばかりに転がるむくろたち。零れ落ちた眼球がこちらを凝視している錯覚すら覚える。みんなが「何で、お前……生きてんの?」と問いかけてくるような圧迫感に満ち溢れている。


 わたしは長い間、様々な経験を経てここにいる。

 だからこういった人の死に対しても、かなりの耐性を持っていることは自覚している。


 前世なんかは特に毎日が戦争日和だったからね。女王の座につくまでは、わたしもわが身を守るために魔法や操血で数えきれない人の命を奪ったこともある。


 贖罪だの何だのを乞うつもりは一切ない。

 そういう時代背景の中で生き抜くには避けられない行為なのだから。


 無論、操血の能力に酔ってヒャッハーしてた第一人生でのごうは例外だ。基本、悪人のみを付け狙って活動していたものの、何か確固たる誇りや正義を背にやった行為でもない。悪人だの何だのという戯言は免罪符にならないだろう。信念なき行動は、一歩離れてみてしまえば、それだけ見っとも無いということだ。本当にごめんなさい。


 互いに生きるために命を奪い合ったのであれば、相手を恨むのではなく、そうなってしまった時代を恨む。


 だけど、一度死んでしまった相手は、敵ではなくただの死体だ。そこに向ける感情は、いつだってわたしの中でも整理がつかない。だから未だにわたしは躯を踏むことができず、前世の最後のように、今のように、地上が死で充満している場所であっても、死体を避けて歩くように心がけているのだ。


 やっぱり完全には慣れないものだな、と自嘲する。同時にそれが自身が人間のカテゴリにまだ僅かながら足を延ばしている証明にもなるような気がして、少しだけ安心した。


 いっそのこと、死んだ人間なんぞ、ただの物だ! とでも吹っ切れてしまえば楽なんだろうが、そうなってしまえば人として大事な何かを失うであろう確信もあるため、そうはなりたくないものだな、と切実に思った。


 さて、葛藤なんかで時間を無駄にするわけにもいかない。

 やるならやるで、腹を括る必要がある。


「…………はぁ」


 外から見れば短い時間でも、わたしにとっては長く感じる時間であった。


 結論として、わたしは死体の山の中に隠れるのではなく、さっきどかした鎧の男。その鎧を拝借してその中に身を隠す方針に決めた。


 サイズは当然合うわけもないが、このちっこい体なら、胴体部分の鎧だけでも丸まって入れそうだ。それでもはみ出る頭や手足は、その辺に落ちている盾や旗で隠すことにしよう。


「悪いけど、借りていくね」


 鎧のこびりついた土を手で払いのけ、留め金を外して鎧を脱がそうとする。


「んぃ~~~~~~~っ、……はぁ、はぁ……え、ええっ?」


 脳内の計画では、すぽーんと鎧を脱がし、華麗に着込んで戦場の躯に擬態する予定であった。


 ところが現実は無常である。


 留め金を外すところまでは良かったものの、亡くなった遺体は想像以上に重く、上手く鎧だけを剥がすことができなかったのだ。鎧には兵士の重心が重くのしかかっているため、必ず兵士を持ち上げて鎧を外す……という手順が生まれてしまうのだ。そしてその兵士を持ち上げる筋力は、残念ながら幼女版のわたしには持ち合わせていなかった。


 しかも体力の半分を持ってかれたかのような疲労感。


 おっと、これ……本当にまずいヤツじゃないんですかねぇ?


 もう戦争終わったかな、と希望的観測を持って背後を振り返ると、未だ遠くで鉄がぶつかる音が空気を震わせている。良く見れば、上空を細い線が何本も飛んでいるのがわかった。おそらく矢だろう。頼むからどこぞのノーコンがこっちに矢を飛ばさないことを祈る。切に祈る。フリじゃないからね! 本当に飛ばしてこないでよ!


「っ……!」


 うっわー、しかもあたふたしていたら、地面に転がっている剣で指切った!

 痛いっ! なにこれ! わたしの転生史上、最悪の出だしだよっ!


 もう最悪……泣きたい気持ちになる。


 湧き上がる感情のまま、癇癪を起しそうになる……が、慌てて理性全開で抑え込み、冷静さをいくばくか取り戻すことができた。


 しかし、こと戦いに関しては、絶対的な優位性を持ち続けていただけに、唐突に無力な存在に叩き落された気分になり、わたしは大きく肩を落とした。


「止血ぐらい……できるよね?」


 我が血に命じると、指の腹から這い出ていた血の塊がヒュッと傷口の内部に戻っていき、傷口も残りはしたものの、出血自体は止まった。


 良かった、どうやらこの程度は操作できるみたいだ。


 ホッと一安心していると、再び後方から爆音が鳴り響いた。


「んなっ――」


 今までで一番大きな音だ。

 思わず振り返ったわたしは、その光景に上空を見上げてしまった。


 はるか天を貫くように大地から伸びた複数の巨大な氷柱。その側面からも枝のように氷の棘が伸び続けている。


 ――間違いない。

 

 こんな平野であんな真似ができるのは、魔法を使ったからだろう。


 魔法主体の前世の魔法と照らし合わせるならば、あの魔法は中位魔法に位置する威力だろう。多勢に対しての攻撃と牽制を兼ね揃えた実用性のある魔法に見えるが、難点があるとしたら、敵味方ともに氷柱に邪魔されて、敵の補足が一度切れてしまうことだろうか。それを踏まえて、何か策があるのであれば大したものだと思う。


「まあ相手が高位魔法を使えるなら、氷ごと吹き飛ばされるのがオチだけど……」


 そう言う、わたしも高位魔法は幾つも使える。


 二度も魔法主体の世界を渡ったわたしは、いずれの世界でも魔女だの何だのと言われるほどに魔法を使いこなしていた。わたしよりも魔法を使いこなす人間がいなかった、とは言い切れないが、それでも上から数えて五本の指に数えられるほどの実力者だったのだ。魔法の極致を極めた者として、女王の座に括りつけられるほど名が知られてたんだから。ふふん、すごいでしょ。


 そんなわたしから見れば、目の前であの程度の氷柱を繰り出されれば、こりゃチャンスと、それを上回る高位魔法で氷柱ごと、その裏に隠れた敵を吹き飛ばすことだろう。


「けど……魔法があるってことは、わたしにも使えるはず!」


 二度目の人生で培った魔法の力は、三度目の人生でも引き継がれた。


 故に前世では「強くなってニューゲーム」状態で、ちょっとした無双人生だったのだ。そのせいで女王だなんて似つかわしくない場所に押し込まれたわけなんだが。


 何にせよ、魔法が使えるなら話は別だ。

 というか、魔法のことは頭にあったんだから、早々に使えるか自分で試すべきだった。


 魔法さえ使えるならば、認識阻害をかけて飛行なり、地中遊泳なり、この場から離れる術はいくらでも転がっている。


「ふっふっふ、わたしに魔法を使わせれば千人力よ!」


 言いつつ、ああ……やっぱり精神が子供に退化している気がする、と涙目になる。


 そんな感情を振り切って、わたしは二度の人生で培った経験に倣い、魔法の発動を試みるのであった。




2019/2/23 追記:文体と多少の表現を変更しました。

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