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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第二章 操血女王の平民生活
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07 王都平民街の一日 前編

「ハッ!?」


 ガバッと身を起こすと、変わらず窓からは日差しが漏れていた。


 いや、変わらず……ではなく、どうやら昨日の夕方から翌日の朝まで寝過ごしてしまったらしい。


 明らかに昨日よりも陽が高い様子に、わたしは苦笑してベッドから起き上がった。「少し寝よう」の少しはどこに行ってしまったのか。


 隣を見ると幸せそうに、すぴぃすぴぃ、と寝息を立てるプラムがいた。


 亜麻色の髪をベッドの上に広げながら、ちょっと涎も出ている。


 きっと、こんなベッドの感覚一つでも、今のわたしたちには極楽に近いものなのだろう。

 わたしも転生してから初めて快眠したことで、全身にどこかまとわりついていた疲労が消えたのを確認し、思いっきり両腕を天井に伸ばし、背中を伸ばした。


「んん~~~~っ!」


 柔らかい子供の身体なせいか、関節音はせずとも、筋繊維が伸ばされていく感覚は気持ちがいい。


 ボサボサに寝ぐせがついた灰色の髪を肩から払い、部屋備え付けの立鏡の前に移動する。


 うーん、何とも気の抜けた表情だこと。


 睡眠といえば馬車だの牢部屋だの地下室だのとロクな場所がなかったのだから、これだけリラックスできるのも致し方はない。そう考えると、今日は一日のびのびと部屋の中で過ごしたい欲求に駆られたが、そうもいかないのが現実だ。


 わたしたちはこれから生きていくために、その方法を手に入れなくてはならない。


 ハイエロはそこまでは口にしなかった――というより、わたしも含めて互いにそこまで考えが回らなかったというか……。


 目先のことに精一杯な状態だったもんね。

 ハイエロは裏切った男爵家の後始末、わたしは早くこの場からプラムと共に去りたい一心で。


 しかし王都の門をくぐれば、ヒントはそこかしこにあった。

 第一内壁と外壁に挟まれた市場――壁間内市場へきかんないいちばなんて、その最たるものだ。


 場所代をどこに支払うのか、越権行為などのルールはどのようなものなのか、調べることは盛沢山だが、下調べさえきちんとすれば、あそこで収入を得られるんじゃないかとわたしは考えている。


 無論、売るものがなければ利益は立たないので、安全性・効率性・費用対効果・付加価値などなどがバランスよく成り立つ「商品」も見出さなければならないわけだが……まぁ、そこは追々考えていこう。


 最悪、わたしの魔法で大道芸まがいのことをしてもいい。

 形あるものだけが「商品」ではないからね。無形資産、万歳。


 ――あー、でもその前に風呂にも入りたいし、お腹も減った……。


 この髪では人前に出ることも憚れる。


 そういえば室内には洗面所なる場所はなかった。

 共用の場所でもあるんだろうか? こういった日常生活における利便性に関しては、最初の人生たる科学世界が最も秀でていたわけだが、前世でもポンプ式の水汲み機構は浸透していたのだ。

 この世界だって似たようなものがあってもおかしくないと決めてかかっていたのだが……実際、どうなんだろう?


 んー、と小さく唸りながら、昨日はあまり見て回れなかった部屋を歩き回る。


 基本、ベッド二つに記帳机と椅子が一つずつ。


 机の横に壁に設置された立鏡がある程度で、それ以外は無駄な調度品もなく、シンプルな部屋だ。


 けれど無駄を省き、宿代を抑えることで、内外様々な人が通るこの王都において、この宿は人気を得ているのだろう。


 大通りに面してなくても、昨日は大盛況だったように見えたしね。


 あとは土地の関係か、縦長の建造物、というのも関係しているのだろう。使える土地を最大限に活用した結果がこういう部屋を作りだしたのかもしれない。


 もちろん……貴族を招くにはあまりにも質素すぎるので、ここは完全に「平民向け」なのだろうけど。そういった点も逆に気楽で泊まれるから、人気の秘訣なのかもしれない。


 ……ふむ、商売するにしても、買い手の層を予め絞っておくのも手だね。


 あとは何が平民なり貴族なりに「必要とされているか」の需要部分だけど……っと、思考が別の方に向いちゃった。


 今は顔を洗って、髪を整えるのが先決だ。


 わたしは部屋の散策に戻り――といっても、もう唯一の出入り口ぐらいしか見るものはなかった。


 ドアの鍵を開けようとして――昨日、寝る前に鍵をかけ忘れていたことに気付いた。


「うわっ、まず……」


 思い返しても、確かに鍵をかけた記憶がない。


 ベッドに入った瞬間、その温もりに全てを任せたくなる誘惑に負けて、すっかり抜け落ちていたのだ。


 わたしたち自身に何もなかったことに一安心だが、今後は注意しないといけない……。


 念のため二つのリュックの中身も確認したが、貴重品や金品の類に異常はなく、持ち込んだ衣服も昨日のままなので、これでようやく完全に安堵の息を漏らすことが出来た。


 鍵は窓口で二人分貰っていて、当然、プラムとわたしで一つずつ持っている。

 おかげで熟睡しているプラムを起こす必要が無くて良かった。


 わたしはとりあえず顔を洗いたく、部屋を出て何処かに洗面所がないかを確認することにした。

 このボサボサ髪もせめて人前で恥ずかしくない程度にはまとめておきたい。


 今度はきちんと鍵を閉め、ノブを回して施錠を確認する。


 幾つも並んでいる部屋を素通りしていくと、この宿屋の案内板が階段傍の壁に貼ってあった。


 門の近くにもあったが、きちんと客の導線を設けているあたり、サービスというものを良く分かっている。客が何を求めるであろうかを予期して、従業員に聞かずとも自発的に移動してもらうようコントロールされている設備に、わたしは満足げに頷き、洗面所の場所を確認した。


 どうやら場所は一階で、お手洗いと隣接しているらしい。

 当然ながら男女で別れている。


 洗面所や手洗いが各階、もしくは各部屋にないのは、そこまで水を引き上げさせるためのポンプがないせいだろうか。快適性という面においては多少の不便は感じるものの、それがこの世界の技術の限界なのかもしれない。


 案内板を何度か見返したが、風呂なる設備はないらしい。

 そもそも、この世界には風呂という文化自体、あるんだろうか。


 水浴びに関しては、川でプラムと一緒にした際に、彼女から何ら疑問は抱かれなかったので、そういう文化は根付いているのだろう。


 しかし風呂となれば話は別だ。


 この五階という高さならまだしも、案内板を見る限り、二階にすらお手洗いなどの設備はない。水を汲む、という工程だけを見ても、そのレベルなのだ。わざわざ水を沸かして、そこに入ろうとする手間をかける人間がいるだろうか? それ以前に温かい水に入る――という発想を持つ人がいるような文化なのかどうかも疑問だ。


 ……いないだろうなぁ。


 うーん、文明レベル的には、前世とそう変わらない気がするんだけど。

 魔法が今のところ確認できていない、というだけで、他はそんなに遜色ないと思っている。


 実を言うと、前世も道具に関する技術は微妙なところだったのだ。

 それを補う「魔法」という強力な要素があった、というだけで。


 水が無ければ魔法で発生させればいい。

 お湯が必要なら魔法で沸かせばいい。

 風呂釜がいるなら魔法で造ればいい。


 ほら、そんな生活が当たり前であれば、当然、技術なんて進歩するわけがないのだ。だって不便を感じていないんだもの。


「……この世界の人たちは、不便を感じてないのかしら? それとも、そもそもそういう考えに至ってない?」


 独り言ちたが、当然、返してくれる人はおらず。


 わたしは一階に降りようかどうか迷ったが、今はおそらく朝の混んでいる時間帯なんじゃないかと思う。それに受付や食堂もある一階じゃ、このボサボサ頭を確実に不特定多数に目撃されてしまうだろう。


「しょうがない……」


 わたしは一旦、部屋に戻ると、相変わらず熟睡中のプラムの様子を窺って、「よし」と頷いた。


 <身体強化テイラー>を発動。


 魔力を操作し、天井に向けて開いた掌に集中させる。


 魔力は世界の理に接続され、徐々に魔法使いであるわたしの意のままに魔法へと変質していく。発動された魔法は大気中の水分を集約させていき、やがて――わたしの掌上にはわたしの頭をすっぽり覆えるほどの水球が生成された。


「ぷわっ」


 宙に浮いた水球にわたしは思いっきり頭を入れ、魔力の流れを制御して、簡易的な洗濯機のように、水流を水球内に発生させる。わたしは息を止めて水流になすがままになり、寝起きに少し乾燥していた皮膚を綺麗にしていく。ついでに灰色の髪も巻き込み、何度か息継ぎをしつつ、水で梳くイメージで髪を洗っていった。


 数分後、頭部だけびしょ濡れになったわたしは、水球を右手で払う。


 普通なら水球は弾け、部屋中を水浸しにするだろうが、そこは魔法使いのわたしだ。魔力で作った水球は、元の大気中の元素へと返したため、払った右手の通り過ぎた後には、僅かな清涼感だけが漂うだけであった。


「ふぅ」


 すっきりしたわたしは、次に温風魔法を両掌で発生させ、ぽたぽたと落ちる雫が床を濡らしすぎる前に乾かすことにした。


 まさにドライヤー要らずのわたし。


 うん、魔法ってやっぱり便利。

 そして<身体強化テイラー>が無ければ、今頃、魔力枯渇で吐いていただろうから、恩恵能力アビリティにも感謝だ。


 顔、髪と乾かしていき、最後に足元に垂れてしまった水痕を魔法で乾かす。


 ここまでやって、魔力は半分程度使ったぐらいかな。


 <身体強化テイラー>で強化されているとはいえ、全盛期の1%にも満たない量だ。わたしの血よ。別世界で遊んでないで、はやく戻っておいで……!


「むにゃむにゃ……」


「……ふふ、良く寝てるなぁ」


 彼女が見れば確実に驚くであろう光景が、たった今、同じ部屋で行われたというのに、何とも気が抜ける寝顔である。


 さて、この朝の一面で分かったことは――この世界における対人サービスは充実しているが、生活面における技術はかなり低いということだ。


 科学に長けた世界、魔法に長けた世界に慣れ親しんでいたわたしにとって、その生活は意外と気になる部分である。


 ……早い段階で、プラムにわたしの魔法について、打ち明けた方がいいかも。


 プラムと一緒に行動するなら、生活姿勢も同じく行わなければならない。

 わたしだけこっそり魔法で楽をして、プラムだけに負担を傾けさせたくないし、そもそもそんなことをしていれば早い段階でバレるだろう。それなら最初から話してしまった方がいい。


 けど――怖がられないかなぁ。


 それだけが黙っている理由であり、わたしの最大の心配であった。


 よし、寝起きでぼんやりしている隙を使って、打ち明けよう! そうわたしは決めて、横のベッドに腰をかけ、彼女の幸せそうな寝顔を堪能する朝を過ごしたのであった。



次回は「08 王都平民街の一日 中編」となります(^-^)ノ


2019/2/24 追記:文体と一部の表現を変更しました。

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[一言] お、いろいろと便利な魔法ですね☆彡 私はこういうファンタジーの日常場面が大好物だったりします (((o(*゜▽゜*)o)))
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